メカニカルな弔いはいかが?
2022年4月1日のことであった。
シズクとモネという名前の少女が水の上を桶のような船にて、きいこきいことゆったり散歩でもするように進んでいた。
どうやら仕事帰りらしい。
シズクがモネに話しかけている。
「ねえ、モネさん。やっぱり「はるか遠くの未来」っていう言葉は物語の導入部分として相応しくないと思うのですよ」
「えーなんでなん?」
仕事というのが漫画制作のことで、今度掲載する役割を任された歴史紹介的Web漫画の冒頭部分についてを相談しあっているらしい。
主に作画担当、ありとあらゆる人物骨格を描きまくりたい。そんなモネがシズクに反論をする。
「そないなこと言うても、何となく未来って言った方がかっこええやん。
実際、今はえっと……二千二十二年やから、かなり未来には変わらんやろ」
数字的な話。
それに対して、背景美術人間なんか興味無い延々と建造物を書いていたい(動植物機械類、ないし幼児や人妻!! は別件)、そんな漫画家シズクが一旦は同意を返そうとする。
「ええ、ええ、確かに千年単位の未来なんて、ぼくらとしては異世界転生レベル、全く違う世界なのでしょうね」
しかしながら。
シズクはどうにも譲ろうとしない。
「でも考えてみてください。
未来ってなんですか?
その概念がぼくにはあまりしっくり来ないのです。
未来と語られるいつかも所詮は当時を生きる誰かにとっての現代で、そして、かつての過去もその時生きていたはずの誰かにとっては間違いなく自分だけの瞬間だったはずなんです」
飛躍しすぎとも取れる会話が、しかしてモネにとっては……。
……いや、周りの破壊され尽くした、戦後の風景には酷く痛く染み込むような気がしてならなかった。
シズクは、まるで詩を朗読でもするかのように話し続けている。
静かな、冬の終わりに不意に香る春の甘さの不安感のような声。
「かつて、かつて。そんな、たったさん文字で片付けて……」
しかし、全てを言い終えるよりも先に、水没した街を進む桶船の船底に何かがごつん! とぶつかっていた。
「おろ?」
ほぼ躊躇いもなく、モネが水の中に顔をつけている。
しっかりまとめたポニーテール、亜麻色の髪の毛が塩を少し含んだ水に染る。
ぶはっと顔を上げる頃。
モネは船の漕ぎ手であるシズクに軽く命令を下していた。
……。
とりあえず見つけた浅瀬。
力持ちな少女たちは、別段それなりに筋力さえあれば少なからず二人組で少し余裕に運べるものを運んでいた。
それはロボットだった。
「あれですね」シズクが第一印象を話す。
「お掃除ロボのルンバと似ています」
「なんでルンバがこないなところに?」
シズクとモネが互いに不思議がっている最中。
「オハイヨございます!」
ロボットがすっとんきょうに明るい声で、とりあえず近くにいる人間らしき存在に挨拶をしていた。
少女二人がビックリして、しかしすぐに敵意が全くないことに気づく。
仮に敵意があったとしても、このお盆のような形のロボット程度なら簡単に制圧できそうであると目測する。
色々考えている人間どもとはことなり、お掃除ロボットは至極単純な行動しか起こさない。
「おはようございますご主人様!
本日をもって36万4500時間ぶりの起動でござすね。
お久しぶりでございます」
久しい、と規模がでかすぎている。
いくら科学戦争の影響でにじみ出た薬剤をたっぷり含んだ海原であっても、まさかここまで機械がうまく保存できるとは。
人間たちが驚きあっているなか、ロボットは話し続けている。
待っている誰かに語り続けている。
「待っていました。待っていました。
待っていました」
壊れているのだろうか。
モネの方は少なくともそう思っている、小さく確信を抱いている。
だが、シズクの方は。
「またご一緒に、おうちを掃除しましょう」
壊れているのか?
考えるよりも先に、感銘のようなものを受けていた。
「未来ですよ」
「ん?」
シズクが、バラードの歌いだしうに話すのに任せて、モネは少し眠気に近い感覚の位置で耳を傾けている。
「彼は未来を見ているのです」
「あ、このロボット男の子なんだ」
「分かりませんよ? モネさんが好きなマッツ・ミケルセン似の美中年男性かも知れません」
「それは素敵やね」
各々好きな想像虚妄妄想にて、ロボットの言葉に耳を傾ける。
聞いて、耳にして、シズクは考える。
「彼は未来を見ているのです。いつかご主人が帰ってくる未来をずっと信じている」
「ロボットやからね、死ぬってことが分からないんよ」
同時に、とこうも考える。
「彼は過去を忘れたりしない。
ぼくたち人間のように忘れてなどないのです。
ずっと、ご主人が存在していたことを一人、ただ一人だけで、ずっと証明し続けていました」
ともすれば泣きそうになっているシズク。
悲しみや哀れみとは全く異なる感情、歓喜、あるいは喜びや悦びのようなものだった。
「ぼくはいま感銘を受けています。
未来だ過去だなんて考える前にも、この悩む瞬間がかつての未来で、いつかの過去であって。
そのどれもが現在、一瞬たりとも待ってくれないせっかちな現在なのですよ」
「そういうもんかねえ?」
それにしても。
「このロボット、どうしようか?」
「まだ使えそうですし、彼が帰ってくるまでぼくたちの部屋の掃除でも頼んでみましょう」
その場合は起動する際に毎回、毎回いない誰かのことを思うロボット、その姿を見る。
モネは少し憂鬱になったが、シズクは至って楽しそうだった。
美しいものはたまに見るからいい。
それがモネであって、そして、美しいものは死ぬ瞬間であってもずっと見ていたい、それがシズクの考え方。
「世知辛いねぇ~」
帰りの船、思考のすれ違いについてモネは憂う。
憂うと同時、少なくとも同伴しているロボットが壊れるまでは床掃除が楽できる。
そんな未来に少なめの希望を抱いている。
と、ついでに、かつての過去についても思いを寄せる。
「ところでさ、シズクちゃん」
「はい?」
「さっきマッツ・ミケルセンがどうのこうの言っとったけど、でもさ、君はどうせイケメンのことなんて考えておらんかったでしょう?」
「え、……えっと、その」
「どうせ、どっかその辺の適当な人妻の声にあてがって」
「モネさん!?」
「あ、もしかして……初恋の未亡人の声を妄想……」
「モネさん!!」
与太話、色んな話をしながら、少女たちの現在は未来になったり過去になったりする。