99 普通の恋愛
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「猫さん!」
『今日はハヤセはおらんのか』
虹色の光に包まれ、部屋に降り立ったグレーの猫姿の神様は、キョロキョロと辺りを見回した。
『なんじゃ、転生者じゃない者がおるではないか』
猫はベッドの上に飛び乗ると、眠っているシュリの顔を覗き込んだ。
「先生は、所用でこの場にはいません。あと、シュリさんは絶対起きないんで大丈夫です。万が一目を覚ましても、神様はただの猫にしか見えませんし、疑われたら俺が記憶を消します」
リヒトがそう言うと、猫は顔を上げた。
『リヒト、おぬし、わしに訊きたい事があるんじゃろ?』
猫の言葉に、リヒトは短く息を吸った。
「さすが……神様は何でもお見通しですね。俺は……人間に召喚されて、その人の願いを叶えてあげられたのか……気になって」
少し伏し目がちにそう言ったリヒトを、優里は黙って見つめた。
(そっか、リヒト君……リオ君が本当に救われたのか、気になってたんだな……)
『ふむ……あの、病に侵された子供の事じゃな。安心しろ、あの者の魂は満足しておる』
「本当ですか!?」
リヒトはホッとした様に息をついた。
『あの者の魂は、今幸せに満ちておる。おぬしの罪は、召喚者の幸せで拭われた。おぬしもこれで、天国へ行けるじゃろ』
「え……」
『ミッションコンプリートというやつじゃな、リヒト。たった1回の召喚でここまでの満足度をもたらすとは、おぬしの運が良かったのか、はたまた実力か……』
優里は、リヒトの夢で視た“煉獄の悪魔”のシステムについて思い出していた。
(そうだ、リヒト君は地図がない代わりに、召喚者の満足度を得る事で、天国に行けるようになるって……)
「よかったね! リヒト君!」
「リオを救ってくれたのは、ユーリさんです。俺は橋渡しをしただけで、何も……」
『そんな事はないぞリヒト。あの子供は、おぬしが与えた懐中時計に支えられてきた。ユーリの力だけではない。おぬしの優しい心があったからこそ、救えたのじゃ。自信を持て』
「そうだよ、リヒト君! リヒト君がいたから、リオ君は頑張れたんだよ!」
猫と優里の言葉に、リヒトは遠慮がちに微笑んだ。
「はい、ありがとうございます……」
『さて、じゃあわしは帰るぞ』
そう言って虹色の光に包まれた猫を、優里が慌てて捕まえた。
「わわ! ま、待って猫さん! 私のスキル!!」
『冗談じゃ。そう慌てるでない。星はいくつ使うんじゃ?』
猫の冗談にホッと息をついた優里は、地図を広げた。
「4つです! お願いします!」
『よし。では一気にいくぞ』
優里と向き合った猫の目が光り、地図から色が変わった星が4つ飛び出した。そして優里の周りをぐるりと飛び回ると、やがて虹色の光になって優里を包み込んだ。一気に4つのスキル名が脳裏に浮かび、優里は胸を高鳴らせた。
「えっと……、隠密、種族隠蔽……、使役……あと、欲望制御?」
『ふむ、まぁまぁの結果じゃな』
「種族隠蔽はわかりますけど、あとは初めて聞いたスキルです」
「隠密は、その名の通り隠密行動を補佐するスキルですね。きっと元盗賊のクロエさんなら使えるかもしれません。後で詳しい内容を聞いてみたらいいですよ」
優里の疑問にリヒトが答え、猫はその言葉に続いて説明をした。
『使役は、対象者を意のままに操るスキルじゃ』
「意のままに操る……魅了みたいな感じですか?」
『似ているが、ちと違う。魅了は必ずしも発動者の言う事を聞くというものではない。あくまでも相手を自分に夢中にさせるスキルじゃ。使役は命令すれば必ず従う。じゃが使役は一時的なものじゃから、時間が経てば対象者は元に戻り、使役されていた時の記憶は失う』
「なるほど……。あと、欲望制御っていうのは……?」
『その名の通り、人の欲望を制御するスキルじゃな。食欲、物欲、性欲、睡眠欲・・・・様々な欲を制御できる。これも、効果は一時的なものじゃ』
「なんか……あんまり使い所がないスキルですね……」
優里の言葉に、リヒトが目を見開いた。
「何を言うんですかユーリさん! ユーリさんの有り余る性欲を抑えるのに必須なスキルですよ!」
「ちょっ!! 有り余る性欲とか言わないで!!」
真っ赤になって言い返した優里に、猫はキョトンとした目を向けた。
『なんじゃおぬし、なんだかんだでサキュバスという種族を愉しんでおるのか?』
「そうなんです神様、その結果、シュリさんがこの様な姿になってしまい……」
『なんと! この男の足腰が立たなくなるまで! おぬしやり過ぎじゃぞ!』
「違う違う違う!! 違いますーーーー!!」
(違わないけど違うーーーー!!)
『みなまで言うなユーリ。わしはおぬしの本質を、ちゃんと見抜いておったぞ』
「さすが神様です」
『初めてこやつの顔を見た時に、もうピンときたのじゃ。遠回しに恋をしたいと言ってはおるが、その実ただやりたいだけじゃと……』
「何言ってるんですかーーーー!?」
涙目で真っ赤になっている優里を尻目に、猫はウンウンと頷いて、得意げにリヒトに語るのだった。
「はぁ……疲れた……」
スキル取得以外の事でぐったりとしてしまった優里は、リヒトと猫と別れた後、ベッドの横にある長椅子に寝転がり、眠っているシュリの横顔を見つめた。
(でも確かに……シュリさんと両想いになった事で私の気持ちが昂って、生気を吸う時にまた本来の姿になっちゃうかもしれないから、、これからは生気を吸う前に、クロエに欲望制御してもらった方がいいのかも……)
優里はそんな事を考えて、ため息をついた。
(もしも私がサキュバスじゃなかったら……普通の恋人同士みたいな事ができたのかな……。いやいや、そもそも普通のサキュバスには毒スキルなんかないからここまで悩む事も……。あ、でも、毒スキルがなかったら、シュリさんの不眠症を助けてあげられなかった訳で、そうするとシュリさんにそこまで興味を持ってもらえなかったかもしれないよね……)
優里は長椅子に仰向けになり、天井を見つめた。
(私がサキュバスになったのは、ある意味正解だったのかな……? それに、別に今だって、デートしたりキスしたりは……)
そこで優里は、前にシュリが言っていた事を思い出し、ハッとした。
『キスだけでは満足できない。わたしはきっと、無理矢理にも抱いてしまうだろう』
(そうだ、シュリさんは実は肉食系……! キスして、さささ最後までいっちゃったら……シュリさんは吐き気に襲われて、私のそばにいられなくなる!?)
優里はがばっと体を起こし、再び考え込んだ。
(あ、でも、今日取得したスキルを使えば……)
優里は、もしもシュリとキスする事になったら……というのを、テレビショッピング風に想像した。
(キスしたカレの興奮が治まらない! そんな経験、アナタにもあるんじゃない? でも大丈夫! そんな時は“欲望制御”! たちまちカレはアナタに興味を失って、あっという間にプラトニックな関係に! ……って、なんか悲し過ぎる……)
馬鹿な想像をしたなと、優里はうなだれながら再び眠るシュリを見つめた。
「初めて彼氏ができたのに……最初から詰んでる……」
優里は、シュリと両思いになれたという事に多少浮かれていたが、シュリと普通の恋愛をする事の難しさに、改めて気付いたのだった。
月・水・金曜日に更新予定です。




