97 愛してる
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目を覚ましたアスタロトは、すぐにベルナエルの様子を確認した。
「ベルナエル、大丈夫!?」
「う、うん、大丈夫だよ、アスタロト」
「よかった! ベルナエルのままだ! すぐに鎖を外すよ! ヒドイコトしてごめんね」
アスタロトはテキパキとベルナエルを繋いでいた鎖を外し、痕が残っている手首を優しくさすった。
「ごめんね、痛いよね」
「平気だよアスタロト。この遺跡の力で、何だか治ってきてるみたい」
「ベルナエル……やっぱりあんたって天使のままなの?」
アスタロトが問いかけると、同じく優里の夢から目を覚ましたシュリが口を挟んだ。
「魔力感知をする限り、ベルナエルは悪魔だ。だが……不思議と、負の気配を感じない。信じられない事だが、恐らく追放されたと同時に失う天使の能力を、ベリアルの陰に隠れていた為に失わずに済んだのかもしれない」
「じゃあ……もしかしてベルナエル、悪魔だけど天使のスキルが使えたりするの?」
「わ、わかんない……やってみる」
シュリたちは、悪魔のベルナエルが魔力操作が出来る様に、遺跡の外へ出た。そしてベルナエルは、自分の汚れた服に手をかざした。すると、淡い光がベルナエルの服を包み、まるで新品の様な状態になった。
「浄化……使えた」
「すごいよベルナエル! 悪魔なのに浄化が使えるなんて!」
ベルナエルの手を握り、はしゃいだ笑顔を見せたアスタロトを、ハヤセとリヒトはポカンとした表情で見つめていた。
「あのどSのアスタロト様が……物凄く優しい顔で笑っている……!」
「一体、夢の中で何があったの、シュリ?」
ハヤセがシュリに問いかけると、シュリは横抱きにした眠ったままの優里に一度目を落とし、顔を上げた。
「詳しく話す。とりあえず……早く消えてくれ、クロエ。吐きそうだ」
「まじでぶっ殺されたいんですの!?」
シュリの隣に立っていたクロエは声を荒げたが、そのまま紫の光に包まれ消えた。
優里が目を覚ますと、そこはミーシャの屋敷の部屋だった。遺跡に行ったのは昼前だったが、窓の外はもう暗く、星が見え始めていた。シュリは優里が寝ていたベッドの横に置いてある椅子に座り、本を読んでいた。
「ユーリ、目が覚めたのか」
シュリは目覚めた優里に気が付き、読んでいた本をパタンと閉じた。
「はい……。あの、アスタロトとベルナエルの様子は……」
「問題ない。あと、リヒトの件ももう終わった」
「え!? 終わった!?」
「目覚めたベルナエルが、悪魔でありながら浄化のスキルを使えたのだ。あの後リオの元へ行き、ベルナエルがリオの魂を浄化し、アスタロトが契約の変更を行った」
「ええ!? そうなんですか!?」
「契約はリオの父親に移された。これで、リオは安らかな死を迎えられるだろう」
優里は、シュリの話を聞きホッとした半面、少し複雑な気持ちになった。
(ベルナエルも浄化が使えるなんて……。なんか私の能力、ますますレアじゃなくなっていくな……)
優里が少し落ち込んだような表情を見せた時、部屋のドアがノックされた。
「シュリ、ぼくだよ。ユーリは起きた?」
「アスタロトか。入れ」
シュリの返事に、アスタロトはドアを開け、ベルナエルと共に部屋に入ってきた。
「やあユーリ。あんたがぐーすか寝てる間に、ぼくとベルナエルがやるコトはやっておいたからね。ベルナエルってば、悪魔なのに浄化のスキルが使えたんだ! 華麗に魔力を操り、リオの魂を浄化したベルナエルの手腕ときたら、正直、あんたの出る幕はなかったよ」
「はぁ……そのようで……」
アスタロトの言葉がグサグサ突き刺さり、落ち込んで下を向いた優里だったが、その様子を見たベルナエルが楽し気なアスタロトを制するように声をかけた。
「あ、あのっ、ユーリさん!」
優里が顔を上げると、少し頬を赤くしたベルナエルが、もじもじしながら口を開いた。
「ユーリさんのおかげで……ボクは、またこうしてアスタロトと一緒にいられる様になりました。本当にありがとうございました」
ぺこりと頭を下げたベルナエルに、優里は少し気恥ずかしくなった。
「ううん! 私は何も特別な事はしてないよ。あの時……ベルナエルがアスタロトを思う強い気持ちが聞こえただけで……ベルナエルの一途な思いに気付いたから、それをアスタロトに伝えて欲しい……伝えるべきだと思ったんだ」
(ベルナエルは、アスタロトと離れたくなかった。だからベリアルの存在を隠してた。私もシュリさんと離れたくなくて、浄化のスキルの事シュリさんに隠してたから……ベルナエルの気持ちがわかったんだ)
優里の言葉を聞いて、ベルナエルはアスタロトと顔を見合わせると、再び優里の方を向いて優しい表情をした。
「ベリアルは……悪い子だったけど、ボクの一部だったんです。ボクの抑制された感情が生んだ、もうひとりのボク……。今は、ボクの中で穏やかに眠っています。あのベリアルが、眠る事で安らぎを感じているのがわかるんです。ユーリさん、貴方の優しい心が、ボクだけじゃなくベリアルの事も救ってくれたんです」
「ベルナエル……」
「あ、あの、それでっ、感謝の気持ちを伝えたくて……」
ベルナエルは、ずっと後ろ手に隠していたものを、優里の前に差し出した。それは、可愛らしい小さな花束だった。
『ヒトが、感謝を表したい時や気持ちを伝えたい時などに、花を送っているのを目にした事があります。とりわけ女性には効果があるようですよ』
優里は、夢の中でミカエルにそう言われ、ベルナエルに花を贈っていたアスタロトの事を思い出した。
(ああ……そっか。アスタロトがクロエに花をあげたのも、ホントにお詫びの気持ちがあったからだったんだな)
「受け取って……もらえますか?」
小さな花束を差し出し、上目遣いで見つめてくるベルナエルに、優里の胸はきゅんとした。
(か、かわいい……!)
「もちろんだよ、ベルナエル! ありがとう!」
花束を受け取った優里に、アスタロトも笑顔を向けた。
「ぼくからも改めてお礼を言わせてもらうよ。ありがとね、ユーリ。ぼくは、ぼくが抱いてた感情が何なのかずっとわからなかった。サルガタナスのコトで、ユーリが悲しいって言った気持ちも理解できなかった。だけど、過去をなぞってベルナエルに会えたトキに気付いたんだ。ぼくもずっと、悲しかっただけだったんだって。ベルナエルと今こうして一緒にいられるのも、あんたのおかげだよユーリ」
「アスタロト……」
改めて感謝を述べたアスタロトに、優里は温かい気持ちになった。
「これは、相手を好きだから抱く感情だったんだね。それにしても知らなかったよ。まさかユーリが、サルガタナスのコトを好きだったなんて」
「ん?」
アスタロトが放った言葉に、優里の思考が一瞬止まった。そして、黙って話を聞いていたシュリが、隣で息をのんだのがわかった。
「お礼も兼ねて、ぼくがあんたとサルガタナスの仲を取り持ってあげてもいいよ。見た感じサルガタナスもユーリのコト好きそうだし、うまくいくのは時間の問題だね」
「え!? ええ!? ちょ、ちょっと待ってアスタロト!! わた、私は……」
「好きなんでしょ? サルガタナスのコト」
「……そうだったのか、ユーリ」
シュリは静かにそう言って、優里を見つめた。その瞳は暗く、優里は今まで見た事がない様なシュリの表情に、焦りを感じた。
「ち、違う!! 違います、シュリさん!! 私が好きなのはシュリさんです!!」
思わず大声でそう言った優里に、シュリは目を見開いた。
「あ……」
(私、今……!)
思わず告白してしまった事に気が付いた優里の顔が、みるみるうちに赤くなった。
「ええ!? ユーリってばシュリのコトが好きだったの? 知らなかったなぁ! ビックリしたなぁ! てっきりサルガタナスが好きなんだと思ってたよ! そうかぁ、シュリが好きだったんだぁ!」」
追い打ちをかけるように、アスタロトはニヤニヤと笑いながらそう言った。優里は誘導されたのだと気付いたが、遅かった。
「ユーリ……」
「あ、あの……えと……」
「お前は、わたしの事が好きだったのか?」
「……っ!」
優里はいたたまれない気持ちになったが、否定する事もできず、俯いて小さく返事をした。
「はい……好き、です……」
少しの沈黙が流れ、優里にはその時間がとても長く感じられた。心臓がバクバクと音を立てて、シュリが何か言おうと息を吸ったのがわかり、ギュッと体を硬直させた。
(怖い……! シュリさんの返事を聞くのが怖い!)
緊張している優里とは裏腹に、シュリはホッとした様に息をつくと、ゆっくりと優里を抱き寄せた。
「私の気持ちに応えてくれて……ありがとう」
「……え?」
優里がキョトンとした顔で見上げると、シュリも驚いたように見つめ返した。
「あ、あの……シュリさんの気持ちって……?」
「え?」
今度はシュリが訊き返し、そして唖然とした表情で優里に問いかけた。
「ユーリ……私の気持ちを知っていただろう? お前を愛しているという事を」
「愛……」
優里は一瞬、シュリに何を言われたのか理解が追いつかなかったが、すぐに愛してると言われたのだと気付き、口をパクパクさせた。
「あ、愛してる!? シュリさんが私を!?」
「まさか……今まで伝わってなかったのか?」
シュリは呆然として、口元に手を当てた。
「し、知りません! 初耳です!!」
「わたしはてっきり、伝わっていたものだとばかり……」
真っ赤になって動揺している優里を見て、シュリはフッと息をついた。
「アイリックがお前に求婚した時、お前はまだそういう事を考えていないと言った。だからわたしの気持ちも、迷惑なんだろうと思った。それでもわたしは、お前のそばにいたかった」
そして改めて優里と目を合わせ、愛しい気持ちを言葉にした。
「お前を愛してる、ユーリ」
「シュ……リさ……」
優里は胸がギュッと締め付けられ、涙目になった。シュリは優しく優里の頬に手を添えると、子供の様に笑った。
「気持ちが通じ合って、とても嬉しい」
(シュリさん……!)
素直な気持ちをぶつけられ、優里の心は昂った。シュリが酔った時に見せた、無邪気でかわいい笑顔を再び見せられ、昂る気持ちを抑えられなかった。
すると次の瞬間、優里の背中からばさりと漆黒の翼が現れた。それを見たシュリが、思わず優里を制止しようとした。
「ユーリ、待て! その姿で生気を吸われたら……」
「ご、ごめんなさいシュリさん……! 私……なんかもうドキドキして……! 今すぐ欲しいんです!!」
優里の体から紫色の靄が溢れ出し、瞬く間にシュリを襲った。
「た、大変! もしかして毒!? 浄化できるかな!?」
その様子を見ていたベルナエルが、慌ててスキルを発動しようとしたが、アスタロトがそれを止めた。
「大丈夫だよ、ベルナエル。シュリはユニコーンだ。自分で浄化できる。ふたりの邪魔しちゃ悪いし、ぼくたちはお暇しようか」
「そ、そうなの? でも、ユーリさんて……意外と積極的だったんだね……」
シュリを押し倒し、馬乗りになってる優里を見て、ベルナエルが恥ずかしそうに呟いた。
「そうだねぇ~。なかなかオモシロイモノが見れてよかったよ。今見たコト、皆にも漏らさず報告しないとねぇ~」
アスタロトはニヤニヤと笑いながらそう言って、ベルナエルの手を引き部屋を出て行くのであった。
月・水・金曜日に更新予定です。




