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94 アスタロトの過去 その4

94


ベルナエルは、森の木の根元に倒れていた。


「ベルナエル!!」


ぼくがベルナエルを抱き起すと、彼女の綺麗なエメラルドの様な瞳から涙が零れた。


「……アス……タロト……」


そして、漆黒に染まっていたベルナエルの羽が、再び真っ白に変わっていった。


「ベルナエル!! ()()にいるの!?」


ベルナエルはそのまま気を失い、ぼくの腕の中でぐったりと動かなくなった。


天界から追放され、悪魔になったベルナエル。確かに、魔力感知で見る限り、彼女の種族は“悪魔”に変わっていた。けれどこの真っ白な羽は天使の象徴。ベルナエルは……きっとベルナエルは天使のままなんだ。ベルナエルのもうひとつの人格、ベリアルとかいうヤツが、悪魔になっただけなんだ。


「確かめなくちゃ……ベルナエルが、どうしてぼくを裏切ったのか……最初から……ぼくを騙すつもりで近付いたのか……」


ベルナエルは瀕死の状態だった。けれど、天界には連れていけない。かと言って、このまま森にいてミカエルや他の天使に見つかるのもまずい。


ぼくは考えた挙げ句、森の奥深くにある神殿へとベルナエルを連れて行くコトにした。


そこは、北の国のヒトたちが大昔に建てた神殿だった。森の奥深くにあった為、普段は使われておらず、特別な行事の時だけ神官が訪れ、祈りを捧げていた。けれど度重なる戦争で神殿の大半が破壊され、そのまま人々から忘れ去られてしまい、“神殿”から“遺跡”へと姿を変えようとしていた。

とは言え、その場所は今も聖なる力が満ちていた。ベルナエルが天使のままなら、その力で傷が治るかもしれない。ぼくはそう考えた。


神殿の一番奥の部屋に彼女を連れて行くと、彼女の傷は次第に回復していった。


「やっぱり! ベルナエルは天使だ!」


その時、崩れた神殿の隙間に射し込む日の光が、彼女の腕に当たった。すると、光が当たった場所が火傷の様に赤くただれ、前よりも酷くなった。


「な、何で……悪魔のベリアルがいるからか!?」


これが、ふたつの人格を持ち合わせているというコトなのだろうか。しかし、光に当たらなければ彼女の傷は治る。死なずに済む。ぼくは、ベルナエルが光に当たらない様に寝かせて、彼女が目覚めるのを待った。


数日間眠り続けたベルナエルだったが、ある朝、ようやく目を開けた。


「ベルナエル!」


ぼくが呼びかけると、彼女は綺麗なエメラルドの様な瞳を吊り上げた。


「アスタロト……!! クソッ!! オレの体に聖属性の力を注入しやがって……!!」


(こいつは……()()()()の方か!)


「ベルナエル! 聞こえる!? ぼくだ! アスタロトだ!!」


ぼくは、彼女の瞳の奥に宿る優しい光を探るように、ベルナエルに呼びかけた。


「うるせぇ! 聞こえてる! オレはベリアルだっつってんだろ!!」


ベルナエルは立ち上がろうとしたが、そのままがくりと膝を付いた。


「クソ……! 力が……入らねぇ……!」


ベルナエルの外傷は、神殿の力でほぼ回復していたが、ぼくが咬んで体内に送り込んだ聖属性の力は、悪魔になったベルナエルの体をずっと蝕んでいる様だった。


「この神殿には、聖なる力が満ちてる。悪魔のあんたにはキツイだろうね。わかったらベルナエルにその体を返せ!」


「オレとベルナエルは一心同体なんだよ! お前の()()()()()だって、追放されて悪魔になった! ()()()()()はもう悪魔だ!」


「違う! 悪魔になったのはお前だけだ! その白い羽を見ろ! ベルナエルは天使のままなんだ!」


「クソ! どけ!」


ベルナエルはぼくを押しのけて部屋の出口へ向かおうとしたが、神殿へと射し込む光が、ベルナエルの肌を焼いた。


「ぎゃああ!」


「ベルナエル! この光は悪魔を傷付ける! 光に当たるな!」


「う、うるせぇ! こんな所に居られるか!」


ベルナエルはそう言って光の方へ飛び出したが、強い光がベルナエルの背中を容赦なく焼いた。


「うがあぁぁ!」


「ダメだ! ベルナエル!」


背中を焼かれたベルナエルは、再び動かなくなった。このままベルナエルを自由にさせたら、きっと今よりもっと酷いケガを負うコトになるかもしれない。ぼくはベルナエルを鎖で繋ぎ、簡単には動けないようにした。


「ごめんねベルナエル……」


ぼくはこのまま彼女を神殿に残し、一度天界に戻るコトにした。この場所に来てから少し日が経っていたし、これ以上報告が遅れたら、回復したミカエルがぼくとベルナエルを探しに来るかもしれないと思ったからだ。




「ミカエル、ベルナエルは死んだよ」


天界に戻り、ぼくはミカエルに嘘をついた。


「探すのに苦労したケド、見つけたヤツは既に瀕死の状態だったからね。ぼくがとどめを刺した」


こう言っておけば、ミカエルや他の天使がベルナエルを探すコトはないだろう。万が一疑われても、あの聖なる力が満ち溢れている神殿に、まさか悪魔のベルナエルがいるとも思わないハズだ。


ベルナエルのコトを報告したぼくを、ミカエルは空に浮かんだまま見下ろしていた。ぼくが天界にいない間に、ミカエルは日頃の勤勉さが評価され、天界で高い地位に昇りつめていた。ヤツは、以前のヤツとは纏う空気が変わっていて、まるで見下すような目をぼくに向けた。


「ベルナエルの件はご苦労だった。だが、今回の北の国の件は、貴様に責任があると我々は判断した」


「我々?」


ミカエルはぼくに対して敬語を使っていたが、昇進したからか、上から命令するような口調に変わっていた。


「私や他の天使も、貴様の行いを見限った。貴様を、怠惰の罪で天界から追放する」


「……は?」


怠惰の罪だって? ぼくを、天界から追放するって?


「何を言ってるんだミカエル。僕は何も怠けちゃいない! ベルナエルだって退治したんだ!」


「自分では気付かぬか愚か者め。貴様は北の国の異常事態を放置していた。悪魔が関わっていると知りながらだ! その怠けた態度が悪魔を増長させ、北の国が滅ぶ一歩手前まで追いやった」


「ベルナエルは天使だった!! 追放して悪魔にしたのはあんただろ、ミカエル!!」


ぼくは声を荒げ、ミカエルを睨みつけた。


「何度も言わせるなアスタロト。貴様は天使の使命を疎かにし、悪魔のベルナエルをずっと庇いだてして、北の国の現状を見ようとしなかった。これを怠惰と言わずに何というのだ? せいぜい煉獄でその罪の重さを悔やむがいい」


「ベルナエルは退治した!! 北の国の王にも慈悲を与えた!!」


「アスタロト、私はお前の強さを尊敬していた。お前は強い。だが愚かだ」


ミカエルはそう言うと、有無を言わさず天に向かって聖なる光を放った。すると次の瞬間、光の(いかづち)がぼくに向かって天から真っ直ぐ伸びてくるのが見えた。


「やめろ!! ミカエル!!」


ぼくは叫び声と共に光の(いかづち)に打たれ、天界から追い出された。一瞬の出来事だった。気が付いた時には、ぼくはゴツゴツとした岩山に囲まれ、どろりとした熱い溶岩の様なものが流れる地に堕ちていた。




「ぐ……、ウソだろ……?」


ぼくは暫く呆然としていた。妙に暑く、負の生気に満ち溢れているその場所は、もう天界ではなかった。


「くそっ!! ミカエル……!!」


「おっ? 見ろよ! 天使が堕ちて来たぜ!」


そこへ、何やらエラそうに取り巻きを従えた悪魔が近付いて来た。


「ようこそ煉獄へ! ここでは俺様に従えクソ天使!」


そう言って、その悪魔はいきなりぼくに横から蹴りを食らわせ、跪いたぼくの頭を地面へと踏みつけた。


「ギャハハハ! あの崇高な天使サマが、いいザマだ! ほらどうした!? 新入りは挨拶もまともにできねぇのか!?」


ぐりぐりとぼくの頭を踏みつける低能な悪魔を、ぼくは睨みつけた。


「なんだその目は? 天使ってヤツは本当に胸クソ悪ぃなぁ!!」


その悪魔が足を上げ、再びぼくの頭を踏みつけようとした次の瞬間、ぼくはそいつの足を掴み、思い切り引きちぎった。


「ぎゃああああ!!」


ボタボタと大量の血が滴り、その悪魔は激痛のあまりその場をのたうち回った。


「なんだ……悪魔でも、血は赤いんだな」


ぼくはそう言って、引きちぎったその悪魔の足を、近くを流れていた溶岩の様な川に捨てた。ずぶずぶと沈んでいくちぎられた足を見て、取り巻きの悪魔たちは息をのんだ。


「テ……テメェ……!」


「このクソ天使が……!!」


取り巻きたちがぼくを取り囲み、臨戦態勢に入った。


「悪いケド、ぼくはもう“天使”じゃない」


ぼくの真っ白だった羽はどんどん黒く染まっていき、心が闇に支配されていく様な感覚と共に、自分では抑えきれない、ワケのわからない感情がふつふつと沸き起こった。


ぼくは何に心を乱されているのだろう。ぼくを追放したミカエルに? ぼくの頭を踏みつけたこのクソ悪魔に?


「まとめてかかって来なよ。誰がこの煉獄の頂点か、低能なあんたたちに教えてあげる」


悪魔となったぼくが煉獄を支配するのに、そう時間はかからなかった。



月・水・金曜日に更新予定です。

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