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9 先生


「あー、ひどい目にあったぜ……」


()()()()()、ミハイルは水浴びをし、テントに戻った。


「すまなかった」


シュリはそんなミハイルに謝罪したが、ミハイルは尻尾を逆立ててシュリに念を押した。


「オメーは金輪際、処女以外には近付くな!」


「あ、ミハイル君、これ」


優里はミハイルの元に行き、クロエから預かった革の袋を渡した。


「あぁ、悪ぃな……って、なんだよ! 半分以上ねーじゃねぇか! どこが『少し』使っただ!」


どうやらクロエは、ミハイルの金を大分使いこんでいたようだった。


「くそっ……これじゃあ……」


東の国まで行けない、ミハイルがそう思ったとき、シュリが口を開いた。


「ミハイル、ずっと言う機会を逃していたが、わたしたちも東の国に向かっている」


「え……?」


ミハイルは目を見開いた。


「わたしも、伝説の薬師を探しているのだ。お前さえ良ければ、旅路を共にしても構わない。ユーリもそれを望んでいる」


ミハイルが水浴びをしてる間、優里はシュリにお願いしていた。

今は大人の姿をしているが、夜になればまた子供の姿になる所や、さらにミハイルの少し感情に流されやすい所を心配したのだ。


シュリは初めは難色を示していたが、先程のミハイルの戦い方に関して戦力にはなると思った。と言うよりもやはり、優里のお願いを断れなかったのだ。


(ユーリのお人好し体質が、わたしにもうつったか……)


そう思いながら優里を見つめるシュリの視線には気付かず、優里はミハイルにあるものを渡した。


「あと、これ!」


ミハイルは、優里に渡されたものを見て、言葉に詰まった。

それは、弟の形見だと言って、ミハイルが胸に付けていたブローチだった。


「結果的には、あとで返してもらえたのかもしれないけど……あのときは必死で拾いに行っちゃって、そのままずっと握りしめてたの。渡すの遅くなって、ごめんね」


ミハイルはそう言った優里を見て、ようやく口を開いた。


「お前、これのせいで死ぬとこだったんだぞ。なのになんで……なんで謝るんだ」


優里はきょとんとした。


「だって、大事なものがなくなったら、悲しいし、探すでしょ? 無くなって、ミハイル君が不安になってると思って……」


そのときミハイルの脳裏に、辛い過去がフラッシュバックした。


「オレも……お前みたいに……あの時、ちゃんと考える事が出来たら……」


「え?」


ミハイルが言った言葉を、優里は理解できなかった。

不思議そうな顔で見つめてくる優里に、ミハイルは言った。


「オレ……こういうの付けるの苦手なんだ。お前がやってくれよ」


ミハイルはブローチを優里に渡すと、自分の胸元を指さした。


「あ、うん。いいよ」


優里は、ミハイルの胸元にブローチを付けようとして、少し顔を上げた。

するとそのとき、温かくて柔らかい何かが、優里のおでこに触れた。


(……え?)


優里は、一瞬何が起こったのかわからなかった。


「……オレのことは、ミーシャって呼べよ、ユーリ」


ミハイル……もとい、ミーシャは、少し頬を赤らめて、笑顔で優里にそう言った。

初めて痴女ではなく、名前を呼ばれたことよりも、優里は、先程のおでこへの感触が何だったのか気付き、一気に顔に熱が集中した。


(今……、おでこに、キ、キ、キ、キスされた!?)


するとすかさずシュリがやって来て、優里をミーシャから引きはがした。


「やめろ。妊娠したらどうする」


「えぇ!? キスしたら妊娠するの!?」


「する訳ねーだろ!! 不思議ちゃんかオメーらは!!」


(そ、そうだよね、びっくりした……。この世界はキスで妊娠するのかと思った)


優里はふうと息をついた。


「だいたい、おでこへのキスなんて挨拶みたいなモンだし、お前ら別に恋人同士じゃねーんだろ?」


ミーシャは腕組みしながら、シュリに反論した。


「わたしは、ユーリの()()()()()だ」


「シュリさん!? ()()()()()()()()()()ね!? 誤解を招くような言い方はしないで下さい!!」


優里は、さらに顔を赤らめてシュリに訴えた。すると今度は、ミーシャが優里に質問した。


「ユーリ、お前、今までキスされたことあんのか?」


「へ!?」


動揺を隠しきれない優里を見て、ミーシャはふふんと鼻を鳴らした。


「ないんだな? じゃあ、オレも()()()()()()()()()()()()()()()()だ」


(何なのこれ! 何の勝負なの!? ていうか、()()()にこだわりたいのは、むしろ私の方なんですけど!)


優里を挟んで火花をちらしていたふたりだったが、突然、何かを察知して森の方へ視線を向けた。


ふたりが同時に森へ視線を移したのを見て、優里も同じ方を向いたが、そこにはただ、森の木々が揺れているだけだった。


「お前も何か感じたか?」


シュリがミーシャにそう聞くと、ミーシャは視線を森に向けたまま答えた。


「ああ……。敵意はないが……観察するような視線だったな」


(視線? 何も感じなかったけど……。あれ? そう言えば、前もこんな事なかったっけ?)


優里は、デジャヴを感じた。


「昨日も……いや、もう少し前からか? 誰かに見られている感覚がしている」


シュリがそう言ったのを聞いて、優里は思い出した。


(あ、そうか、行商で買い物した後、シュリさん立ち止まって、森を見てたよね。きっとあのときも、同じ視線を感じてたんだ)


「不気味だな……。お前、誰かに狙われてるんじゃないか?」


ミーシャがシュリにそう言ったのを聞いて、優里はハッとした。


「もしかして、シュリさんの正体に気付いた人が、角を狙ってるんじゃ……」


優里は心配そうな顔でシュリを見たが、シュリはふっと笑って、優里の頭を撫でた。


「大丈夫だ。敵意はないとミーシャも言っていただろう?」


「はい……」


そうは言っても、意図がわからない限り、ミーシャが言うように不気味なことに変わりはなかった。


(何でもなければいいけど……)


優里は少し不安を抱いたまま、森を見つめた。




時を同じくして、遠く離れた東の地に、黄色の光と共にひとりの青年が降り立った。


「只今戻りました、先生」


藍色の髪の毛に、綺麗な黄色い瞳、しかし右目に眼帯をしたその青年は、大きな木の幹にあった扉を開けながら、そう言った。

木の中は意外に広く、上に向かって吹き抜けになっており、2階の方から淡い緑色の光が漏れていた。


『おかえり、リヒト』


頭の中に声が響き、リヒトと呼ばれた青年がふと足元を見ると、グレーの毛並みに青い目をしたしなやかな猫が見上げていた。


「神様、来てたんですか?」


()()ハヤセに呼ばれたんじゃよ。向上心があるのは良い事じゃが、少々猫使いが荒いと思わんか?』


神様と呼ばれた猫は、リヒトの後についてトントンと階段を上り始めた。そして、淡い光が漏れている部屋の辺りでするりとリヒトを追い越し、少し開いていたドアから部屋に入った。


『ハヤセ、来てやったぞ』


「神様! お待ちしてました」


部屋では、眼鏡をかけた童顔の男が、何やら色々な種類の植物を器に入れ、手をかざしていた。

器は緑色に輝いていて、植物はそのうちいくつかの小さな玉になった。


「リヒト、君も帰って来てたんだね。優里さんは元気にしてましたか?」


「ほぼ毎日様子を窺ってるんですよ。元気もなにも、昨日と同じです。ですが、カンの鋭いふたりの男に、危うく見つかりそうになりました」


「君のスキルをもってすれば、たとえ見つかっても大丈夫でしょう?」


ハヤセと呼ばれた童顔の男は、そう言いながら出来上がった玉をガラス瓶に入れて、蓋をした。


「まぁそうですけど」


リヒトは、並べられたガラス瓶を見ながら息をついた。


「彼女のことを、ふたりの男性が取り合いしてましたよ」


ハヤセは一瞬手を止めたが、気を取り直したように、再び作業を再開した。


「そう……。でも、彼女を守ってくれているということは、感謝しなくちゃね。相手がユニコーンなら、優里さんに手を出す心配もないだろうし」


『ハヤセ、心なしか、声と手が震えとるぞ』


猫は、ハヤセが作業している机の上へと軽やかにジャンプし、顔を覗き込んだ。


「……神様、新しいスキルの取得、お願いします」


ハヤセは動揺を気取られないようにウウンと咳ばらいをして、腰に下げていたポーチから地図を取り出し、猫の前に広げて見せた。

地図には、優里が持っていた物と同じように、星マークが記されていた。ただし優里のそれとは比べ物にならないくらい星が散らばっており、幾つかの星マークは色が違っていた。


『せっかちなやつじゃのう。まぁわしも暇ではないからの。で、今回はいくつ使うんじゃ?』


「ひとつです。基本、ポイントはためておきたいんで」


『おぬしもブレないやつよの。ではいくぞ』


猫は机の上に座り、ハヤセの顔を見上げた。次の瞬間猫の目が光り、地図の中の色が違う星がひとつ飛び出して、それは虹色の光となってハヤセを包んだ。

しばらくして光が消えると、ハヤセはふうと息をついた。


「“千里眼”ですか。これは中々のレアスキルですね」


『おぬしは本当に運が良いの。転生ポイントで幸運値を上げたのは、これの為か?』


「幸運値は、意外と馬鹿にできないんですよ」


ハヤセはにっこりと笑って地図をポーチにしまうと、今度は机の上のガラス瓶を、いくつか袋に詰め始めた。


『食えん奴じゃ。用が済んだなら、わしはもう帰るぞ』


「はい。次回もよろしくお願いします」


ハヤセがペロペロと前足を舐めている猫にそう言うと、猫は光に包まれ、やがてその姿は見えなくなり、光が消えると猫も消えていた。


「先生、千里眼を手に入れたなら、もう俺がいなくてもユーリさんの状況を把握できるんじゃないんですか? それは、遠く離れた場所を見通せるスキルですよね?」


「リヒト、状況を把握できても、手を差し伸べる事が出来なかったら意味がないだろ。君は僕の代わりに優里さんを見守って、危険を感じたら助ける。それが、僕の助手としての君の役割だ。もし優里さんに何かあったら……僕は研究をやめるからね」


ハヤセの言葉に、リヒトは目を伏せた。ハヤセはそんなリヒトを見て、小さくため息をついた。


「とにかく、僕はまだ、この地でやることが山積みなんだ。この地の星マークも、まだ半分以上残黒いままだ」


ハヤセは再び地図を取りだすと、リヒトに見せた。


「先生の魔力とスキルがあれば、1ヶ月ぐらいで終わるんじゃないですか?」


リヒトは、まるで他人事のように呟いた。

そんなリヒトにお灸を据えるように、ハヤセは少し強めの口調で言った。


「忙しい僕の代わりに君が助手としてやる事、もう一度言おうか?」


「ユーリさんを見守り、危険を感じたら助ける、ですね。わかってます。先生には恩がありますし、助手としての仕事は、ちゃんとやります」


(……今日、そのユーリさんが殺されそうになったことは、黙っておこう)


リヒトは、そんなことを考えながらも、無表情のままハヤセを見つめた。

ハヤセは、少し疑わしいといった顔をしながら、ガラス瓶を入れた袋を背負った。


「今の仕事があらかた片付いたら、優里さんに会いに行くつもりだ。その時まで君には、僕の代わりに優里さんを見守っててもらうからね」


ハヤセは手にしていた地図を見て、扉を開けた。


「今は優里さんの為に、少しでも多くこの星マークの人を助ける。それが、今の僕にできる唯一の事だ」


ハヤセはそう呟くと、木漏れ日の射す森の中を、颯爽と歩いて行った。



月・水・金曜日に更新予定です。

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