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89 謝罪

89


「なるほど……そんな事が……」


ヴォルコフ家の広い客間に皆が集まり、アイリックは難しい顔をした。


ハヤセはリヒトが煉獄の悪魔で、リオという子供と契約をしていて、その子の命が後僅かな為、父親の記憶を取り戻しに行った事を話した。リヒトの過去の事や、何故父親が記憶を失ったのかは伏せ、西の国の現状を重点的に話し、論点をずらした。


「西の国は、炭鉱で栄えている。だが、子供を働かせたり、そのリオとかいう子の様に、肺の病気にかかる者が大勢いて、問題になっている事も知っている。国としては閉山させ、新しい事業を起こしやり直しを図りたいのだろうが、そうすると大勢の労働者が失業してしまう」


「そうですね……。僕は西の国で診療をしていた時、生活の為に仕方なく炭鉱で働いている人達を何人も治療しました。治っても結局そこで働くしかない彼らは、また肺を犯されてしまう。リオの様な子供も、減る事はなかった」


(そうなんだ……。リオ君以外にも、苦しんでる人がいっぱいいるんだな……)


優里は胸の前でギュッと拳を握った。国の問題に自分の力が及ばない事はわかっていたが、アイリックとハヤセの言葉に疑問を投げかけた。


「閉山して新しい事業を始めれば、皆その“新しい事業”で働けるんじゃないんですか?」


「炭鉱地のそばには、たくさんの硬山(ぼたやま)がある。いわば産業廃棄物の山だ。崩落の危険もあるし、何よりも土地が汚染されていて、新しくその地で何か始めるのは困難なんだ」


「汚染……」


その時、優里の頭の中にある事が浮かんだ。


「土地が綺麗になれば、別の事業をすぐに始められるんですか?」


「そうだな、何をやるかにもよるが……基本土地さえ綺麗なら、何でもできるだろう」


アイリックの言葉に、優里は身を乗り出した。


「あの! 私が綺麗にできるかもしれません!」


「何?」


「私の浄化のスキルなら、綺麗にできるんじゃないかと……」


「浄化だと!? 天使固有のスキルを、何故貴様が使えるのだ!?」


驚いたアイリックに、優里はしまったと思った。


(そうだ、思わずスキルの事言っちゃったけど、これって天使固有のやつだった! どうしよう、アイリック様に変に疑われたら……)


「悪魔族だというのに天使のスキルが使えるとは、貴様の心はどこまで美しいと言うのだ!? これ以上私を夢中にさせればどうなるか、思い知らせてやるぞ!!」


「ユーリ、お前の素直な心は、天使に共通しているのだな」


アイリックとバルダーは、そう言って優里を見つめた。


「ユーリさん、言い方は相変わらずアレですが、アイリック様はクロエと同じ人種です。バルダーは騙されやす……素直な方なので、ユーリさんの人柄を見て、疑問を持たず受け入れるでしょう。俺の記憶の操作は必要ないかと」


ふたりの反応に、リヒトがこっそり優里に耳打ちした。


(今、バルダーは騙されやすいって言いかけたよね……)


「う、うん、よかった……の、かな?」


苦笑いをした優里に、ミーシャが話しかけた。


「ユーリ、お前浄化が使えるのか? すげぇな……」


「あ、えっと……ミーシャ君がくれたこのブローチのおかげかも! 不浄を祓う強い力があるってシュリさんが教えてくれて……」


「オレが持ってた時は使えなかった。けど、やっぱお前の綺麗な心に、石が反応したのかもな。お前にこのブローチを譲ってよかった」


きっとミーシャは、生じた様々な疑問に目を瞑ってくれたのだろうと優里は思った。


「ユーリ、貴様が協力してくれるのなら、西の国との外交は私が行おう。我が北の国は閉鎖的だと言われているが、これからは他国と協力関係を結んでいきたいと思っていたのだ」


「なんかすげぇでかい話になってきたな……大丈夫か、ユーリ?」


ミーシャが心配して、優里に声をかけた。


「私は……リオ君みたいな子たちを、増やしたくない。私にできる事があるなら、何でもチャレンジ……えっと、挑戦してみたいんだ。あ、でもその前に、リオ君の事とか解決しなくちゃいけないけど……」


ユーリがそう言った時、バルダーが声を上げた。


「兄上、西の国との外交は、俺に任せて貰えませんか?」


「貴様に?」


「はい。兄上は城での仕事もありますし、俺も北の国の王子です。俺が指揮を執っていれば、西の国が新しい事業を始める際に、“深淵の番人”の仲間と共にすぐに協力体制を図る事が出来ます」


「なるほど……。よし、この件は貴様に任そう。他国とより良い関係を築く為の足掛かりになる、重要な案件だ。北の国の王子としての責務を果たせ」


「はい」


バルダーは力強く返事をすると、優里に向き合った。


「ユーリ、西の国の事は、当面は俺に任せておけ。お前は今出来る事に集中して、あまり気負わない様にしろ」


「うん、ありがとうバルダー」


(国同士の大きな話になって、私に負担がかからない様に気遣っってくれたんだな……)


優里は、改めてバルダーの優しさと力強さを実感した。



その後しばらく話し合いをし、バルダーはハヤセにお願いして鉱山の街に戻る日取りを決め、アイリックは公務の為、後ろ髪を引かれながらも城に帰って行った。


なんだかんだで、優里がゆっくりする時間を得たのは、夕飯を食べ終わった後だった。


「結局いつもの時間になってしまったな……体は大丈夫か? ユーリ」


「はい。でもちょっと眠いです」


ソファーに座りくつろいでいた優里の隣にシュリが腰を下ろし、優しく頭を撫でた。


「わたしから生気をたくさん吸って、しっかりと眠るがいい。明日クロエとアスタロトを引き合わせる事になっているから、また精神力を消耗してしまうかもしれないからな」


「クロエ……いきなりアスタロトに襲い掛かったりしませんよね?」


「そうならない様に、わたしがそばにいる。ハヤセとリヒトにも同席してもらうから安心しろ」


「はい……。ありがとうございます」


(とは言え、シュリさんはクロエには近付けない。私は(あるじ)として、クロエの事しっかり説得しないとな……)



次の日、朝食を済ませた後、シュリとハヤセ、リヒトが見守る中、優里はクロエを召喚した。


「ユーリ様!! ご無事ですか!?」


開口一番、クロエは優里の事を気遣った。


「私は大丈夫だよ。それよりもクロエの方こそ大丈夫? アスタロトに攻撃されたって聞いて……」


「わたくしは何ともありませんわ。あの程度の攻撃は盗賊時代に何度も経験済みです。ですがあのクソ悪魔……アスタロトは、わたくしとユーリ様の魔力の共有を断ち切り、ユーリ様を危険な目に遭わせました。絶対に許せません。殺します」


「ま、待ってクロエ! その事なんだけど……」


優里はリオとリヒトの契約を解除させるのに、アスタロトの協力が不可欠だという事と、交換条件として、アスタロトのお願いを聞かなくてはならないという事を話した。


「私はクロエがいないとスキルを自由に使えない。だから、リオ君を助ける為にクロエの協力が必要なの。だけど……クロエはアスタロトに酷い事をされて、私もその事について怒ってる」


「ユーリ様……」


「アスタロトに謝罪させる。もし、それに納得がいったら……クロエにも協力して欲しい。でも、それでもクロエがアスタロトを許せないって言うなら……何か別の方法を考えるよ」


クロエは優里の手をギュッと握ると、真っ直ぐ優里を見つめた。


「わたくしが第一に考えているのは、ユーリ様の事です。アスタロトの話を聞いて、ユーリ様に危険がないと判断すれば……協力しますわ。まずは、アスタロトの出方を見ます」


「うん、わかった」


優里が頷いた丁度その時、いい香りと共にアスタロトが部屋に入って来た。


「やあ……皆お揃いだね」


大きくて綺麗な花束を抱えたアスタロトは、クロエに目をやると静かに歩み寄った。


「クロエ、昨日は酷い事をしてごめんね。これ、お詫びの印だよ。受け取って欲しい」


アスタロトはそう言うと、クロエに花束を渡した。


「……何のつもりですの?」


クロエは訝しげにアスタロトを見た。


「ぼくなりに考えたんだよ。どうすれば許して貰えるのか……。言葉だけじゃなく、何か送りたいと思ったんだ」


優里は驚いていた。まさかあのアスタロトが、お詫びとして花を準備するなんて思ってもいなかった。


「もう二度と、あんたとユーリの間に入ったりしない。約束する」


「……」


クロエはアスタロトの言葉が信じられず、黙っていた。


「クロエ、悪魔は約束には誠実だ。悪魔が自分から“約束”と口にした時は、信じていい」


シュリが、少し離れた所からクロエに助言した。


「……わかりましたわ。貴方の謝罪は受け取ります。ですが、協力するかどうかは、貴方の話を聞いてからですわ」


「ありがとう、クロエ。ぼくはね、ユーリにトモダチを助けて貰いたいんだ。ぼくが……天使だった時のトモダチさ」


アスタロトの真っ黒い羽がばさりと広がって、綺麗な銀色の瞳がギラリと光った。両手を前に広げ、敵意は無いと見せつけたアスタロトを、シュリは注意深く見つめていた。



月・水・金曜日に更新予定です。

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