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84 リヒトの過去 その7

84


「リオ、俺は……」


俺が自分の事をリオにどう説明しようかと迷った時、リオが派手に咳込んだ。


「ゴホッ! ゴホゴホッ!!」


「リオ!!」


ヒューヒューと変な呼吸音が聞こえ、俺は苦しそうなリオの背中をさすった。


(咳が治まらない。さっき興奮し過ぎたからか!?)


その時、俺たちに近付く魔力を感知し、俺は警戒しながら振り向いた。


「酷い咳だ。待って、すぐに薬を処方する」


そこには、金茶色の髪の毛に緑色の瞳の、眼鏡をかけた童顔の男が立っていた。特徴的な尖った耳が髪から覗いていて、一目でエルフだとわかった。

男はリオの症状を簡単に確認すると、鞄から色々な薬草の様な物を取り出し、器に入れ手をかざした。器は緑色の光を放ち、薬草はとろりとした液体に変わっていた。


「これを飲ませて。ゆっくり、咳込まないように」


俺は言われた通り、リオにその液体を飲ませた。リオはゆっくりとそれを飲み干し、先程よりは呼吸がラクになったように見えた。


「あんた医者か?」


俺が童顔の男に尋ねると、男は器や薬草を片付けながら答えた。


「薬師だよ。それよりも、すぐに安静に出来る場所にこの子を運ばないと。この子の家はここかい?」


「この家はダメだ!」


俺は、腕の中でくったりと体を預けているリオとその薬師を、秘密基地に連れて行った。

リオは、薬の効果なのか、穏やかな寝息を立て始めた。俺はリオをベッドに寝かせ、男に礼を言った。


「ありがとう。薬代の事だが……生憎、持ち合わせがない」


俺は、この世界で使える金を持っていなかった。煉獄では金を必要としなかったし、リオの為に作る食事は、秘密基地にある食材で事足りていた。


「かまわないよ。悪魔に借りを作るのも悪くない」


男はそう言って、再び鞄から器具や薬草を取り出すと、先程の様に薬を作った。


「この子の病気は……かなり進行してる。僕にも完治させるのは無理だ。けど、症状を和らげる事は出来るから……何種類か薬を処方しておくよ」


「ありがとう……」


男は薬を作りながら、俺の事をまじまじと見た。


「君は、この子の何?」


「俺はリオの……この子の保護者みたいなもんだ」


「保護者? まさか、父親や兄貴って訳でもないだろ?」


どうやら男は、悪魔の俺とこんな小さな子供が一緒にいる事に、疑念を抱いている様だった。リオを父親の元へ帰したくない理由を納得させなければならなかったが、俺が疑われたままではそれも難しいと思い、真実を言う事にした。


「俺は煉獄の悪魔で、この子は俺の(あるじ)だ」


俺は首元にある召喚の(しるし)を見せた。リオの首元にも、俺と同じ(しるし)がある事を確認させた。

そして、俺がリオに召喚された時から今までの事を細かく話した。


「リオは、父親から暴力を受けていた。それで俺は、父親からリオが自分の息子だという記憶を奪ったんだ。でもリオはその事にショックを受けて、俺を責めた。そしたら俺の魔力が暴走して……」


()()()()?」


男は、俺の言葉を復唱し、話を遮った。


「ああ、そうだ。ショックを受けて、俺をなじって……。リオがあんなに取り乱すとは思わなかった。俺のミスだ……。俺は、リオに召喚しなければよかったと言われ、自分の魔力をコントロールできなくなった。その結果リオからも、俺を召喚したという記憶を奪ってしまった」


「コントロール……」


男はまたしても俺の言葉を復唱し、俺の顔を見た。


「君はもしかして、転生者なのか?」


「え?」


俺が驚いた顔で男を見ると、男は指で眼鏡を押し上げながら言った。


「この世界の人達は、“ショック”や“コントロール”といった言葉を使わない。“スキル”のように出回って使用されている言葉もあるけど、わからない言葉の方が多い。そして“ミス”は和製英語だ。君は、日本人の転生者じゃないのか?」


「じゃあ、まさかあんたも……」


俺の反応に、男は確信を得たようだった。


「僕は、早瀬優一郎(はやせゆういちろう)。日本では医者をやってた。エルフに転生して……今は薬師をやってる」


(医者……)


幼い見た目に、つい自分より年下だと思ってしまったが、この世界で見た目は実年齢と比例しない。転生者ならなおさらだ。この人は前世では医者になるくらいだ、俺より年上で、きっと学識のある大人なんだろうと思い、俺は慌てて言葉使いに気を使った。


「俺は……日下部理人(くさかべりひと)といいます。前世では工場に勤めていました。死んだ時は19歳でした」


「この世界に転生して長いの?」


「いえ……ずっと煉獄にいたので定かではありませんが、たぶん転生して1年ぐらいだと思います」


「1年……。失礼だけど、君が亡くなったのはいつだか覚えてる?」


「えっと……」


俺が、義父に襲われた日……つまり、俺が死んだ日付を答えると、早瀬さんは少し考えてから口を開いた。


「僕は、君が転生した日から約15日後に命を落とした。そして、異世界に来てからは半年になるんだ。君が転生したのが1年前だとすると、この世界の1年は、現実世界の1ヶ月って事になる」


「そうなんですか?」


「現実世界とは時間の流れが違うかもしれないと思ってたけど……確証を得たよ。実は僕には、3ヶ月後……こっちの世界の時の流れで言うと、3年後に会いたい人がいるんだ」


早瀬さんは、喋りながら鞄から1枚の地図を出した。


「それまでに、この地図に現れるスキルポイントを溜めれるだけ溜めたいと思ってたから、3年もあるって知って安心したよ。君は、召喚者を助ける事でポイントを集めてるの?」


「え、あ、いや、俺は……」


この人は、転生支援プログラムの“煉獄の悪魔”の事を知らないんだと思った。俺は打ち明けるべきか迷ったが、この人は聡明で思慮深い。下手に嘘をついて、せっかく出会った同じ“転生者”の信頼を崩すのは、得策ではないと思った。


「俺は、地図を持っていません」


「え?」


そうして俺は、自分が死んだ……()()()()経緯や、なぜ“煉獄の悪魔”になったのかという事を、全て早瀬さんに話した。


「なるほど……そんなシステムがある事は知らなかった。君も……大変だったね」


早瀬さんは、心から俺を労る様な瞳をした。


「あの、早瀬さん。人の記憶を取り戻す薬はないんですか?」


俺がそう尋ねると、早瀬さんは出来上がった薬を瓶に詰めながら答えた。


「現世では、認知症に効果があるっていう薬があったけど……忘れた記憶を自由に回復させるようなものではなかった。神経学的な事が原因でなければ、催眠療法とかも有効だとは思うけど、完全に失われた記憶だとすれば、難しいと思う」


「そう……ですか……」


「この子の記憶を取り戻したいの?」


「いえ……俺の事はいいんです……。俺は……リオの父親の記憶を取り戻さないと……」


目を伏せた俺に、早瀬さんは確認させるように少し強めの口調で言った。


「君は、本当にこの子の父親の記憶を取り戻したいの? 父親が思い出せば、この子はまた虐待されるとわかってるのに?」


俺は思わず息をのんだ。


「リオが……俺の(あるじ)が望んでるんです。例え暴力を振るわれても、リオが一緒にいたいと望むなら……」


「君は、自身の体験で知っているはずだ。それがこの子の為にならないと」


「リオは俺とは違う!! 父親を……本当に必要としていて……俺を……召喚しなければよかったって言うくらい……」


俺が強く机を叩いた為、早瀬さんが作って瓶詰めをした薬がゴトゴトと倒れた。


「あっ、すっ、すいません……」


俺は、取り乱してしまった心を落ち着けようと黙り込んだ。

早瀬さんは、ふうと息をつきながら倒れた瓶を直すと、俺に向き合った。


「僕の助手をする気はある?」


「え?」


突然何を言われたのかわからず、俺は早瀬さんの顔を見た。


「記憶を取り戻す研究をする。そのかわり、君は僕の助手として、僕の手助けをする。ギブアンドテイクの関係だ」


「それって……つまり……」


「何年かかるかわからない。もしかしたら、その子の死期に間に合わないかもしれない。それでも、僕は研究をする。君は話のわかる転生者だ。僕のそばで、助手として僕の仕事を手伝って欲しい」


「あの、でも俺……医学の知識とかありません」


「必要ないよ。君の、記憶を消すというスキルが僕には好都合なんだ」


「俺のスキルが……?」


「どうする? と言っても、(あるじ)が君の事を忘れている以上、君は煉獄に帰れないだろ? 僕と一緒にいるのが得策だと思うけどね」


(確かにそうだ……。アスタロト様なら、俺を煉獄に戻す事が可能かもしれないが、その後リオがどうなるかが心配だ。こんな事アスタロト様には報告できない。俺は地上で暮らすしかないんだ)


俺は、ベッドで眠るリオに目を向けた。


(リオ……お前は、あと5年しか生きられない。たった5年の命のお前が望むのなら、俺は……)


そして再び早瀬さんの方を向き、頭を下げた。


「貴方の助手になります。どうか……リオを助ける為に、力を貸してください」


こうして俺は、後に“伝説の薬師”と呼ばれるようになる早瀬優一郎と、行動を共にする事になった。



月・水・金曜日に更新予定です。

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