表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
82/144

82 リヒトの過去 その5

82


「ただいまー! あー、腹減った!」


夕方、リオは秘密基地に戻って来た。一日中炭鉱の中にいたのだろう。体中泥で汚れていた。


「リオ、メシの前にシャワーを浴びろ」


「メシが先だよ! もうお腹ペコペコなんだ」


「ダメだ。手洗いとうがいも忘れるな」


俺がそう言うと、リオはなぜか少し嬉しそうにした。


「リヒト、なんか母さんみたいだ」


「お前の母さんは……どんな人だったんだ?」


俺が尋ねると、リオは笑顔で語りだした。


「すっげー優しかった! 料理も上手で、おれの好きなものをいーっぱい作ってくれた! あの頃はお弁当を持って、母さんと父さんとおれでよく出掛けてて、父さんは、オレが疲れたって言ったら必ず肩車してくれたんだ!」


「……そうなのか?」


「うん! 父さんも母さんもいつも笑ってて……でも、母さんが死んでから……父さん、笑わなくなっちゃったんだ……」


リオは、そこまで言うとハッとした様に顔を上げた。


「じゃ、おれシャワー浴びてくる!」


慌てた様子で話を切り上げ、リオはシャワーを浴びに行った。俺はバレない様に、そっとその様子を窺った。

リオの体は不自然なあざだらけで、仕事で出来た傷だとは思えなかった。


俺は、父親の事をどう切り出すか考えていた。


昨日父親の事を訊いた時、リオはあの怯えた目をした。リオは父親を怖がっている。あのあざだらけの体を見る限り、恐らく暴力を受けているに違いない。仕事が終わってから、家ではなくこの秘密基地に来る事が、すぐに父親のいる家には帰りたくないという事を物語っていた。


でも先程のリオの態度を見る限り、母親が生きていた頃は幸せだった様に思えた。父親が変わったのは、母親が死んでから……?


シャワーを終え、俺が作ったメシを頬張るリオに、俺は慎重に切り出した。


「リオ、俺を召喚したという事を、お前の父親も知らないのか?」


リオは一瞬食事をする手を止めたが、すぐにパンをちぎり口に含みながら答えた。


「知らないよ」


「お前の父親はどんな人なんだ? (あるじ)の事は把握しておきたい。召喚した事を言えないのなら、“友達”でも“仕事仲間”としてでも、適当な理由をつけて紹介してくれ」


俺がそう言うと、リオは呆れたような声を出した。


「こんな年の離れた悪魔の友達がいるなんて、よけい怪しまれるよ! あと、魔族は炭鉱なんかで働かない。炭鉱は、魔力が無い人間が働く場所だ」


どうやら、遠回しに父親の事を訊くのは失敗したようだ。父親から暴力を受けているのか? と直接訊いても、恐らく本当の事は言わないだろう。むしろ、父親の事を庇い立てするかもしれない。俺の母がそうだった様に。


「それよりもさ、今日仕事でおもしろいもの見つけたんだ! 見てよこれ!」


そう言って、リオは鞄から鍵のかかった宝石箱の様な物や、何に使うかわからない、何かの部品の様な物を取り出した。


「これでさぁ、何か作れないかなぁ? 何か、おもしろいもの!」


(この部屋にあるガラクタは、リオが炭鉱で拾って来た物なのか……)


俺は宝石箱を見て、スキルで鍵を解除した。


「開いたぞ」


「え!? ホント!? すごい!」


宝石箱の中には、針が止まった懐中時計が入っていた。


「カッコイイ! これ、動かないかなぁ?」


「……箱の中に入っていたからか、状態がいい。少しいじれば動くかもしれないな」


「ホント!?」


懐中時計をいじる俺の手元を、目を輝かせ楽しそうに見るリオに、俺は父親の事をそれ以上訊けなくなってしまった。もしかして、これがリオの望みだったのだろうか? ほんのひと時の、楽しい時間の共有。俺も、義父が出張でいない時は、ホッとしていたのを覚えている。


だけど、このままでいい訳ない。


その日、俺は家に帰るというリオをこっそり尾行した。

リオの家は、どうやら今日俺が行った町にあるようで、帰る途中リオは市場で酒を買い、路地に入った。そして娼館が立ち並ぶ建物の一角にあるドアを開けた。


「父さん、ただいま」


俺は、家の中を覗き見るというスキルを持っていた。そのスキルを発動し、リオの父親を確認した。


「遅かったじゃねぇか。酒は買って来たのか?」


「うん……。でも、いつものお酒がなくて……」


「あぁ? ないわけねぇだろ? オレが行く時はいつもあるぞ」


「でも、今日はなかったんだ。それで……」


父親は、リオのわき腹をつねった。


「いっ……」


リオの顔が痛みで歪んだが、父親は手を緩める所か、さらに強くつねった。


「おめぇはホントに使えねぇな! “でも”、“だって”っていう言葉は使うなっていつも言ってんだろ?」


「ご、ごめんなさい……」


「どうして違う酒を買って来た? おめぇの悪い頭で考えた理由を言ってみろ」


俺の頭の中に、前世の記憶がフラッシュバックした。


(同じだ、この男は……俺や母を追い詰めていた、あの義父と同じ人種だ)


前世で、俺はそんな義父に恐怖を抱き、動けなかった。

だけど悪魔となった今、禍々しいオーラが全身を包み、俺の恐怖を、トラウマを、闇が覆った。


「なんだてめぇは!?」


気が付くと俺は、リオをつねる男の前に立っていた。


「リオから手を離せ、ゲス野郎」


「リ……ヒト……」


リオも、突然俺が現れた事に驚いている様だった。


「勝手に人んちに上がり込みやがって! 出ていけ!」


俺は、そう怒鳴った男のわき腹を掴んだ。


「いっ……痛でででででぇ……!! 何しやがる!? 離せ!!」


「一人前に痛がるな、クズが」


「ぎゃあぁぁぁ!! 痛てぇ!! やめっ、やめろぉ!!」


苦痛に歪む男の顔を見ても、俺の心は何の感情もなく、ただ冷たく鼓動しているのがわかった。


俺は、冷静に男を痛めつけながらも、自分の中にこんな残忍な部分がある事に驚いていた。これは悪魔の本質なのか、はたまた元々俺の中にあった性質なのか……。


その時、リオが俺の腕を掴んだ。


「やめて、リヒト!! やめてよ!! 父さんは悪くない!! おれが悪いんだ!!」


リオは、俺の母と同じセリフを吐いた。


「リオ、目を覚ませ! お前は何も悪くない! 悪いのはこの男だ! お前の父親の方だ!」


俺がそう叫ぶと、リオは涙目になり、必死で俺と父親を引き離そうとした。


「やめて! おれの父さんに酷い事しないで! 煉獄に帰ってよ!」


次の瞬間、俺の体は黒い(もや)に包まれ、俺は煉獄に戻された。


(召喚が解かれたのか!)


「くそっ!」


俺は、近くにあった岩山に拳を打ち付けた。

これで、リオに再び召喚されない限り、俺は地上に戻れない。


「あれ~? サルガタナス、戻って来てたの?」


楽しそうな声と共に、アスタロト様が俺の顔を覗き込んだ。


「ふふっ、ヒドイカオしてるね? あんたの(あるじ)は、一筋縄ではいかなかった?」


その言葉を聞いて、俺はある事に気付いた。


「……アスタロト様、リオが虐待を受けていた事を知っていたんでしょう? そして、わざと俺に行かせる様に仕向けたんですね?」


「ええー!? あの子、虐待されてたの? ゼーンゼン知らなかったよ~! じゃあさ、サルガタナスってばもしかして、昔の傷を思い出しちゃったりしちゃったのかな?」


口の端を上げながら大袈裟にとぼけるアスタロト様を、俺は唇を噛んで睨みつけた。


「悪魔め……!」


そう呟いた俺の腹を、アスタロト様が蹴り上げた。俺は物凄い勢いで吹っ飛んで、岩壁に叩きつけられた。


「ゲホッ!! ゲホッ……!!」


俺は大量の血を吐いて、その場に膝をついた。


「口の聞き方に気を付けなよサルガタナス。与えられた()()がうまくいかないからって、ぼくのせいにするの?」


アスタロト様は少し低い声でそう言うと、すぐに妖艶な笑みを浮かべ、跪いている俺を見下ろした。


「あの子、またあんたを召喚してくれるといいね? もしかしたら、あんたの暴挙を恐れて、召喚しないまま死んじゃうかもねぇ……」


そう言って、アスタロト様はクスクスと笑いながらその場を去った。俺は、地面についた手をギュッと握りしめる事しか出来なかった。その時、俺のポケットから何かが落ちた。


「これは……」


それは、リオが拾って来た宝石箱に入っていた懐中時計だった。


(直そうと思って、ポケットに入れておいたんだ)


懐中時計を見た時の、リオの嬉しそうな顔が頭をよぎった。


再びリオが俺を召喚してくれるかどうかはわからない。それでも俺は、もう一度リオに会って、何とかしたいと切に思った。


そして俺が煉獄に戻されてから3日後、俺は再び地上に降り立つ事が出来た。



月・水・金曜日に更新予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ