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81 リヒトの過去 その4


「うん……あんまり美味しくないね……」


そう言いながらも、男の子は俺の作ったメシを平らげた。


「料理はあまり得意じゃない」


俺はそう言って、改めて男の子を見つめた。


「お前、いくつだ?」


「“お前”じゃない。リオだよ。リオ=ブラウン。今年7歳」


(7歳……それにしては体が小さいな。あまり栄養を摂れていないのか……)


俺は、先程料理をした時、この家にはロクな食材がないと思った。


「お前……リオは、ここにひとりで住んでるのか?」


「ここは、おれの秘密基地だ。親方から自由に使っていいって言われてる。家は別の所にあるよ」


「親方?」


リオは俺の疑問には答えず、身を乗り出し俺の顔をまじまじと見た。


「すごいな、目の色が違う。何でだ?」


「オッドアイは珍しいのか?」


「おっどあいっていうの? おれは初めて見たよ」


リオは俺に興味深々で、煉獄がどういう場所なのか、悪魔とはどういうものなのか、時折咳込みながら好奇心のまま訊いて来た。


「リオ、お前は何で悪魔を召喚したんだ? 寿命を告げただろ? たった5年しか生きられないのにオレを呼び出し、大した願いもない。魂を食われるのが、どういう事だかちゃんとわかってるのか?」


俺は改めてリオに問いただした。


「……別に理由なんかないよ。それに寿命は長さじゃなくて質だって母さんが言ってた。母さんは2年前に病気で死んだけど、最後は幸せだったって笑ってたよ」


「……父親はどうしてる?」


俺がそう訊くと、リオは一瞬体を硬直させた。


「家にいるよ。おれ、そろそろ帰らなくちゃ」


そう言ってリオは目を逸らした。俺は、そんなリオの目を、何処かで見た事があるような感覚に襲われた。


(俺はこの目を知ってる? 何処で見たんだ?)


俺は思い出そうと黙って考えていたが、リオが身支度をして出て行こうとしたから、俺も後を追って出ようとした。


「何でついて来るんだよ」


「命令がない限り、俺は召喚者のそばにいる」


「じゃあ命令だ。お前はここにいろ」


「……“お前”じゃない。サルガタナスだ」


「サル……? 呼びにくいよ。もっとなんか違う呼び名はないの?」


確かに俺も、この名は気に入ってなかった。


「じゃあ、理人(りひと)と」


「リヒトね。いいじゃん」


リオはそう言うと後ろ向きで手を振った。


「リヒト、おれはまた明日の朝来るから、それまでここで待機だ。じゃーな!」


(一体何なんだ……。召喚とはこういうものなのか?)


でも一度召喚を解かれれば、次に呼ばれるまで俺はきっと煉獄に戻される。そうすると人使いの荒い上司にこき使われるだろうから、リオの命令通りここでのんびりするのは悪くないと思った。


リオを見送り、俺は古いベッドに横になった。

首を傾けると、俺を召喚した時の魔法陣がうっすらと床に残っていた。


(なぜリオは悪魔(おれ)を召喚したんだ? 具体的な願いもないのに、一体なぜ? それにあの目……何で見た事があると思ったんだ……?)


考えても答えは出なかった。何だかドッと疲れが襲ってきて、俺はその日、異世界に来てから初めてゆっくりと眠る事が出来た。




次の日、昨日の言葉通り、リオは朝早くやって来た。


「リヒト、おれはまたすぐに出かけなくちゃなんねーけど、夕方には戻るから、またメシ作っといてくれよ」


「何処に行くんだ?」


「仕事だよ、仕事! すぐそこの炭鉱で働いてんだ」


「炭鉱?」


昨日は暗くて気付かなかったが、リオが秘密基地だと言ったこの小屋は、山に囲まれていた。


「おれが悪魔を召喚したなんてバレたらクビになるから、目立った行動はすんなよ!」


リオは俺にそう念を押すと、仕事へ出かけて行った。


(あいつ……子供なのに働いてるのか? 昨日言っていた“親方”というのは、リオの仕事先の上司の事か……)


「リオ! いつも早いな!」


「あ! 親方!」


走っていくリオを見送っていると、山道を歩いて来た中年の男がリオに話しかけた。俺はその男に姿を見られない様、ドアの陰に隠れた。


「親方! 今日の昼飯は?」


「まだ朝なのに、もう昼飯の話か? お前の分の弁当も、ちゃんと家内に作って貰ったから楽しみにしとけ!」


「やったー!」


(あの男が、リオの親方か)


見る限り、リオは親方に懐いていて、親方もリオに優しく接していた。


(リオは、別に無理矢理働かされている訳じゃないのか……)


俺は転生してからずっと煉獄にいて、この世界の事をよく知らなかった。少し偵察してみるかと、俺は外に出て翼を動かし、空へと舞い上がった。

少し離れた所に町の様なものが見えたから、とりあえずそこに行ってみる事にした。


「すごい人だな……」


町は意外と賑わっていた。魔族もいたが、圧倒的に人間の方が多く、目の色が違う悪魔の俺は少し目立っていた。


(リオに目立つなと言われたな……)


俺はなるべく人気のない方へと足を進めた。賑わっている市場から路地を一歩入ると、そこは先程の場所よりも荒れ果てていて、ガラの悪そうな奴らがたむろしていた。


その一角から怒鳴り声が聞こえ、俺は足を止めた。


「何で仕事に来ねぇんだ!? タダ飯食わせる為に、オメェをここに置いてる訳じゃねぇんだぞ!!」


「ご、ごめんなさい、体調が悪くて、今、目が覚めて……」


ひとりの大人の男が、小学生くらいの子供に怒鳴り散らし、怒鳴られた子は怯え震えていた。男は苛立った様子で、その子の胸倉を掴んだ。それを見て、俺は思わず声をかけた。


「おい、何してるんだ」


「あぁ? 何だテメェは?」


男は俺の方を向くと、少し後ずさりした。


「気色の悪い目ェしやがって……テメェ魔族か?」


男は人間で、魔力の感知など出来ないはずだった。恐らく俺の見た目で、魔族だと判断したのだろう。そして、胸を押さえ咳込んでいる子供を顎で指すと、俺に言った。


「こいつはオレの炭鉱で働いてんだ。なのに、作業時間になっても姿を現さねぇ。それを叱咤して何が悪い?」


(炭鉱で働いてる? リオと一緒だ。やはり、この辺りの子供は働いているのか)


「この子を見てみろ。顔色が悪いし爪が紫色に変色してる。変な咳もしてるし、明らかに体調が悪そうだ。お前が雇い主なら、従業員の健康管理にも気を付けるべきじゃないのか?」


「なんだと……?」


男は苛立ちをあらわにしたが、魔族の俺とやり合うほど馬鹿じゃなかったらしい。


「……チッ! いいから準備してすぐに来い! わかったな!」


男は子供にそう吐き捨て、その場を後にした。


「大丈夫か?」


子供に声をかけると、その子は覇気のない目を向けた。


「ありがとう、おじさん……」


「おじ……」


俺は少なからずショックを受けた。俺が死んだ時は19歳だったが、今の見た目は20代半ばくらい……でも、この子から見ればもうおじさんなのか?


「病院には行ってるのか? 酷い顔色だぞ」


俺は咳ばらいをして気を取り直し、うずくまるその子を支えて立たせた。


「病院なんて行けないよ……お金ないし……」


「働いてるんだろう? なぜ金がない?」


「家族に……仕送りしてるから……」


訊けば、この子の家族は遠い田舎町に住んでいて、亡くなった父親の代わりに働いているのだという。


「家族の為に働いているのなら、余計早く治さなくてはダメだろう」


「無駄だよ……この病気は……治らない。父さんも、同じ様な症状で苦しんで死んだんだ」


そう言ってその子はまた咳込んだ。


俺は整備工場に就職してから、有害業務についての研修を受けた。自動車やバイクを整備するにあたって注意しなくてはならない、人体に影響を与える溶剤や有害物質について学んだ。その中に、粉塵というのがあったのを思い出した。


(確か……長い年月をかけて粉塵が肺を汚染し、二度と元には戻らない……そんな病気だった気がする。炭鉱では大量の粉塵を吸引してしまう。こんな子供にも、症状が出てしまうのか)


そしてリオも、この子の様な変な咳をしていた。俺が考え込んでると、その子がフラフラと仕事に行こうとしたから、俺は思わず肩を掴んだ。


「そんな状態で仕事に行くのか? 今日ぐらい休んだらどうだ?」


「だ、だめだよ……。働けなくなったら捨てられるし、行かないと……もっと……」


そう言ったその子は、昨日見たリオと同じ目をしていた。そして俺は思い出した。


(この目……この目は……)


見た事があるはずだ。この目はかつて、義父の暴言と暴力に怯えていた、俺や母の目と一緒だったんだ。



月・水・金曜日に更新予定です。

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