77 父親
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リオの診察が終わり、薬を処方した後、優里たちはすぐにリオの父親の元へと向かった。
「ユーリさん、リオの父親の夢の中へは、オレも同行します」
「え? うん、いいけど……」
「女性ふたりじゃ何かと心配だからね、リヒトが付いてれば、僕も安心だ」
何故かハヤセが後押しをし、優里は不思議に思ったが、特に理由は訊かなかった。
優里はクロエを召喚し、父親の記憶を呼び戻す為、これから過去の夢を見せたいという事を簡単に説明した。
「かしこまりました。お任せ下さい」
クロエも納得し、優里たちは父親の家のドアを叩いた。
「ブラウンさん、失礼します」
リヒトはそう言うと、返事も待たずにドアを開けた。
「な、何だテメェらは!?」
ブラウンと呼ばれた男性は、ベッドの上に座り下着姿の女性の腰に手を回していた。
(えぇえ~!? なにこれ、どうゆう状態!?)
優里は思わず顔を赤くした。下着姿の女性は、優里を見ると男性から離れ、服を着ながら歩いて来た。
「あら、同業者じゃない。立て続けなんて、頑張るわねぇ。私はちょうど終わったとこだから、もうお暇するわ」
女性はそう言って、ひらひらと手を振って出て行った。優里の脳裏には“サキュバス”という種族名が浮かび、彼女がサキュバスだったのだと気付いた。
(えーと、という事はつまり、ブラウンさんは今まで、いやらしい夢を見せて頂いていたと……)
動揺を隠せない優里だったが、次の瞬間、禍々しいオーラを感じ、その出所であるリヒトを見た。
「ブラウンさん、目覚めたばかりで申し訳ないが、貴方にはまた眠って貰います」
そう言うと、リヒトは素早くブラウンに馬乗りになり、押さえ付けた。
「ぐっ……! この野郎! 何しやがる!!」
「リ、リヒト君!?」
優里とクロエは、リヒトの行動に驚いて動けないでいた。
「ユーリさん、お願いします!」
「で、でも……」
「この男は、素直に俺たちの言う事を聞くような奴じゃありません。暴れ出す前に、早く!」
リヒトに促され、優里は慌ててブラウンの腕に触れた。それを見たクロエも優里の手に自分の手を重ね、魔力のコントロールを始めた。
「リヒト! 父親が危険人物だと黙ってたな!?」
シュリがリヒトへと声を荒げた。
「シュリさん、大丈夫です! 私、やります!」
優里はリヒトの行動に驚いたが、その表情は苦悩している様に見えた。
(リヒト君の力になりたい)
「シュリさん、ユーリさんの事は必ず俺が守ります!」
そう言ったリヒトたちの体に、紫色の光が降り注いだ。優里たちは睡魔に襲われ、皆がゆっくりと目を瞑ったその時、クロエの背後に人影が現れた。
「ゴクローサマ。あとはぼくに任せて」
次の瞬間、背中から魔法を放たれ、クロエはシュリとハヤセが立っていた部屋の壁へと叩きつけられた。
「ぐっ!!」
「!?」
壁際にあった棚からは、振動でバサバサと本が落ちてきて埃が舞った。靄の様に部屋を漂う埃の向こうに目を向けると、今までクロエがいた優里の隣にはアスタロトがいて、紫の光を浴びながら妖艶に笑っていた。
「これがユーリのスキルか……すごい眠い。ふ……ふふふ……」
アスタロトは、そのまま深い眠りに落ちていった。
「そ、そんな……ユーリ様!!」
アスタロトに攻撃され、優里から強制的に引き離されたクロエは、血を吐きながらユーリの元へ駆け寄り、無理矢理起こそうとした。
「ユ、ユーリ様! ユーリ様ぁ!!」
だが、スキルが発動してしまったユーリたちが目覚める事はなく、クロエは眠っているアスタロトを睨みつけた。
「このっ……クソ悪魔ぁ!!」
アスタロトに魔法を放とうとしたクロエを、シュリが慌てて羽交い絞めにした。
「待て!! クロエ!! アスタロトは今、ユーリと繋がっている!! 下手に攻撃をすれば、ユーリにも影響が出る!!」
「クソ!! クソが!! ふざけやがって!! 目覚めたらブッ殺してやる!!」
怒りをあらわにするクロエを押さえ付けている途中で、優里との魔力を断ち切られたクロエは、紫の光と共に消えた。
部屋はしんと静まり返り、シュリは手で口元を覆い膝をついた。
「シュリ! 大丈夫!?」
「吐きそうだ」
ハヤセがシュリの元へ駆け寄り、背中をさすった。
シュリは襲ってくる吐き気を何とかこらえ、ふうと息をつくと、眠っている優里たちを見た。
「……何が起こった? なぜアスタロトがクロエとなり代わった?」
「わからない……。けれど、アスタロトの力はとても強い。召喚を目的とする煉獄の悪魔だ。優里ちゃんと同調して、夢へと誘われているクロエの魔力を断ち切り、追い出す事など容易いのかもしれない。でも、ただ夢の中に入りたかったのなら、そのままクロエに触れているだけで良かったはずだ。にもかかわらず、クロエを追い出したのは……単にクロエが邪魔だったのか、それとも別の目的があるのか……。結界を張っておくべきだった。ごめんシュリ、ぼくの落ち度だ」
ハヤセはそう言って頭を下げた。
「シュリ、リヒトが付いてる。アスタロトも、優里ちゃんのスキルの中で下手な行動はしないと思う」
「……わたしたちに出来る事は、何もないのか……」
シュリは眠る優里を見つめ、その頭を優しく撫でる事しか出来なかった。
「真っ暗……おかしいな……」
優里は、暗闇の中にいた。
「クロエー? リヒトくーん!」
不安になり、ふたりの名前を呼んだが、返事はなかった。その時、誰かが近付いて来る気配がした。
「ふたりともいないよ」
「……!」
暗闇からアスタロトが現れ、優里は思わず後ずさりをした。
「どうしてアスタロトが……!?」
そして、いつもと様子が違うのは、アスタロトが関わっているからだと気付き、優里はアスタロトを睨みつけた。
「何を……したの? クロエとリヒト君はどこ!?」
「クロエは追い出した。これから始まる大上映会の演目を変更したかったからね」
「な、何だここは!? どうなってやがる!?」
その時アスタロトの背後から、声を荒げるリオの父親が現れた。
「てめぇらの仕業か!? オレをどうするつもりだ!?」
(父親が、視る側にいる!?)
優里が少し後ずさりをする中、アスタロトはいきなり父親の頭を片手で掴み、地面に叩きつけた。
「ぎゃあああ!!」
「アスタロト!!」
優里が止めようとしたが、アスタロトは髪の毛を掴んで父親を立たせると、低い声で父親に言った。
「あんたちょっとうるさいよ。黙っててくれる?」
「アスタロト! 乱暴しないで!」
優里がアスタロトの腕を掴むと、アスタロトは大袈裟にため息をついた。
「あのさぁ、夢の中でどれだけ傷付けても、痛くも痒くもないよ。あんた、サキュバスなのにそんなコトも知らないの?」
「そ、それでも、そういう事はやめて」
「こいつが大人しくしてれば、何もしないよ」
そう言って、アスタロトは父親から乱暴に手を離した。父親はアスタロトの凄みに恐れをなしたのか、その場にへたり込んで静かになった。
アスタロトはその様子を横目で見てから、優里の隣に立った。
「さてと! じゃあ、視せてもらおうかな、あんたのスキル」
「……え?」
優里がアスタロトを見上げると、周りが次第に明るくなっていった。
「へぇ~、こんな感じで視れるんだ。凄いね、ぼくとは違う。360度の大画面だ」
優里の周りには、見覚えのある近代的な建物が立ち並んでいた。
「これって……まさか……」
そして目の前には、小学生くらいの男の子と母親らしき女性が、男の人を見送っている光景が現れた。
「知りたかったでしょ、ユーリ。サルガタナスが、どうやってヒトを……チチオヤを殺したのか」
アスタロトは笑みを浮かべながらそう言って、優里の顔を覗き込んだ。優里は息をのみ、リヒトと思われる幼い男の子を見つめた。
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