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76 リオ

76


「ユーリ、聞いてるか? ユーリ!」


優里はハッとして我に返った。目の前には、心配そうに自分を見つめるシュリがいた。


「あ、す、すいませんシュリさん……。なんか……ぼーっとしちゃって……」


優里は取り繕うように笑って見せた。


「疲れているのか? 夕飯もあまり食べていなかった様だったし……明日西の国に行く予定だが、体調が悪いのなら延期するか?」


「いえ、大丈夫……です」




あの時……


あまりの衝撃に動けなくなった優里に、アスタロトは相変わらず楽しそうに話を続けた。


「あんたたちは転生者って呼ばれてて、一度死んでこの世界に来た。要は生まれ変わりってコトなんでしょ? ぼくは元天使だし、過去を視るスキルもあるから、あんたたちのコトは他のヤツよりかは知ってる。ぼくは悪魔になってからずっと煉獄に住んでたけど、煉獄に来るヤツらはみーんな、前世でワルイコトをしたヤツだ」


「う……嘘言わないで」


優里は、やっとの事で声を絞り出した。


「私の事、からかってるんでしょ? 悪魔は人を騙すって……」


優里が声を震わせると、アスタロトはふふっと笑った。


「そう、悪魔は人を騙し、裏切る。あんた忘れてない? サルガタナスだって悪魔だ」


優里は短く息を吸って黙り込んだ。言葉が出て来ず、心臓の音だけがドクドクと鳴り響いた。


「仲間だって信用してたヤツに裏切られるのって、さぞかし辛いよねぇ……。一体どんな気分なんだろう? ぼくに教えてよユーリ」


「う、裏切るって……リヒト君は裏切ってなんか……」


優里がそう言いかけると、妖艶な笑みを浮かべていたアスタロトが急に目を吊り上げ、優里を睨みつけ低い声で言った。


「ワルイコトをして黙ってるなんて、裏切ってるのと同じだ」


豹変したアスタロトの態度に、優里は恐怖を感じ動けなくなった。黙り込んだ優里を一瞥すると、アスタロトは再び口の端を上げた。


「ま、嘘だと思うなら、あんたのその自慢のスキルでサルガタナスの過去を覗いてみればいいよ。それとも直接訊いてみる? あんた、人殺しなのー? って。世間話でもするみたいに、軽~く尋ねてみれば?」


そう言って、アスタロトは子供の様に笑いながら優里の前から消えた。




アスタロトに衝撃的な事を言われてから、優里は自分の行動をよく覚えていなかった。部屋に戻ると、既にシュリが帰って来ていて、ハヤセもリヒトもいなかった。


それから夕飯まで、シュリはルーファスやミーシャと中庭の片付けをしていた。昨日シュリたちが中庭で()()()()()しまった為、責任を取って3人で元通りにする事になったのだ。優里は窓からそんな3人の様子を見つめていたが、頭の中はアスタロトが言った事でいっぱいだった。


それは眠る前になった今でも、優里の頭にこびりついて、ずっと優里を悩ませていた。


(リヒト君が……前世で人を……殺した……? 本当に……?)


優里の中で、リヒトは辛辣な所はあるが、しっかりしていて人を気遣う優しさも持ち合わせているし、とても人を殺すような人物には見えなかった。


『あんた、人殺しなのー? って。世間話でもするみたいに、軽~く尋ねてみれば?』


アスタロトが最後に言ったセリフを思い出し、優里はフルフルと首を振った。


(訊ける訳ない、こんな事……)


「ユーリ、明日はわたしとお前、リヒトとハヤセの4人で西の国に行く。クロエは現地で召喚して、その場で簡単に説明しろ。その間わたしは離れているが、見える位置で見守っている」


「え? ルーファスさんたちは一緒に行かないんですか?」


「中庭の修繕がまだ終わっていない。あいつらには直す義務がある」


(一番中庭を壊してたのは、シュリさんだったような気もするけど……)


優里はそう思ったが言わなかった。


(シュリさんに……相談する? リヒト君が……昔、人を殺した事があるかもしれないって、相談してみる?)


優里は、眠る準備をしているシュリを見つめた。

しかし、シュリの深い海の色の様な瞳が、初めて出会った時に冷たく光っていた事を思い出した。


(この世界では……死は身近なものだ。悪魔のリヒト君が誰かを殺してたとしても、シュリさんにとっては普通の事かもしれない。前世で……って事は言えないから、きっと私はうまく説明出来ない)


「ユーリ、おいで」


シュリがベッドに座り、両手を広げた。いつもならおずおずと腕の中に入るのだが、優里はもたれかかるようにシュリに体重を預けた。


「……ユーリ? 本当に大丈夫か?」


シュリは優里の顔を覗き込んだが、すぐに紫の(もや)に包み込まれ、激しい睡魔に襲われた。


(シュリさん……。今日は何だか、シュリさんに抱きしめて……抱いて……もらいたい)


優里はシュリの首に腕を回し、ゆっくりと唇を押し付けた。




次の日、優里たちはハヤセの転移魔法で西の国に到着した。


「すみません、先にリオの所に行ってもいいですか? 今週分の薬を渡したいんです」


「構わない。わたしも、お前の(あるじ)がどんな奴か見ておきたい」


優里はまだリヒトと挨拶程度しか言葉を交わしていなかったが、リヒトは主にシュリと話していたので、変に思われる事はなかった。


「父親とは一緒に住んでいないのか?」


シュリの問いに、リヒトは気まずそうに答えた。


「息子だという記憶を俺が奪ってから……父親はリオを追い出したんです」


それからしばらく無言のまま、優里たちは山の方へと歩いていた。


「リオは、山にひとりで住んでいるのか?」


「リオは病気が悪化するまで、炭鉱で働いていました。近くにある山小屋を、親方がリオに使わせてたんです。本人は秘密基地だと言って、その小屋を気に入っていて……。それで今も、親方の厚意で使わせて貰ってるんです。たまに親方が様子を見に来てくれてます」


「リオ君は、子供なのに働いてたの?」


優里は思わずリヒトに問いかけた。


「子供の小さな体は、狭い炭鉱では重宝します。リオの親方はいい人でしたが……中には、子供を脅したり騙したりして、無理矢理労働者にするヤツもいるんです」


「リオ君も……?」


「リオは……自ら志願して働いていました。父親の助けになりたいという気持ちがあって……」


そう言いながら、リヒトは強く拳を握りしめていた。


(リヒト君……怒ってる? 子供を思って怒るような人が、やっぱり悪い人だとは思えない)


優里はそう思いながらリヒトを見つめていると、小さな山小屋の前でリヒトが止まった。


「ここです」


リヒトはそう言って、ドアをノックした。


「リオ、俺だ。開けるぞ」


「……先生? どうぞ」


中から掠れた様な返事が聞こえ、リヒトはドアを開けた。


「薬を持って来た。調子はどうだ?」


優里たちが中に入ると、そこには、ベッドから体を起こそうとしている男の子がいた。赤みがかった茶色の髪の毛はボサボサで、髪の毛と同じ茶色の瞳には覇気がなく、顔色も悪かった。


(この子が、リオ君……。リヒト君の(あるじ)……)


「うん、調子いいよ」


リオはそう言うと咳込んだ。


「……悪そうだな」


リヒトはそう言うと、ハヤセを見た。ハヤセはリオの方に歩み寄ると、診察の準備を始めた。


「久しぶりだね、リオ」


「あれ、今日はハヤセ先生も来てたの……? ていうか、知らない人がいっぱいだ」


リオは優里たちを見ると、再び咳込んだ。


「この人達は薬師のたまごなんだ。今日、君の事を診察するのを見学させてもらうけど、いいかな?」


ハヤセが聴診器の様なものを当てながらそう言って、優里たちの事を誤魔化すと、リオは力なく笑った。


「え~、金とるぞ」


「生意気言うな」


リヒトが軽くリオの頭を小突くと、リオは咳込みながらも楽しそうにしていた。


(仲のいい兄弟みたいだな……)


優里は複雑な気持ちでリヒトとリオを見つめていた。

その時、リオがリヒトを見上げ尋ねた。


「お父さん、おれのことまだ思い出せないの?」


リヒトは息をのみ、唇を震わせた。言葉の出ないリヒトの代わりに、ハヤセがリオと目を合わせた。


「僕の研究も進んでるから、もう少し待ってて」


「もう少し……か。おれ……間に合わないかもしれないね……」


優里は泣きそうになったのをぐっとこらえた。


(この子は……自分の死期に気付いてる……)


目の前で笑う男の子からは、生命の躍動を全く感じられなかった。

優里の心は酷く痛み、それと同時に、この子を救いたいと願うリヒトの気持ちを理解した。


(アスタロトが言った事がずっと引っかかってる。でも、それでも、私は私が接してきた、優しくて思いやりのあるリヒト君の心を信じたい)


優里はそう強く思いながら、リヒトの後ろ姿を見つめた。



月・水・金曜日に更新予定です。

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