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75 煉獄の悪魔

75


「それはそうとユーリ、お前がミーシャにキスされていた件についてだが……」


「え!?」


リヒトが部屋を出て行ってから、シュリはいきなりその話題を持ち出した。


「あっあの! それについてはですね! 不可抗力というか何というか!」


優里は慌てて弁解した。


「いや、お前から目を離した私の責任だ。前科もあるミーシャの事を、もっと注意して監視しておくべきだった」


(前科って……おでこへのキスの事かな……)


少し赤くなった優里の頬を、シュリの掌が包んだ。


「お前が妊娠しなくてよかった」


「いや、シュリさん、キスで妊娠はしませんよ」


優里が苦笑いをすると、シュリは口元に手を添えて考えた。


「確かに……ミーシャはよく自分を止められたな。あいつの自制心には驚いた」


「え? 自制心?」


優里が首を傾けると、シュリは真剣な表情をした。


「わたしだったら、キスだけでは済まない」


「え!?」


(シュリさん!? 今なんて!?)


聞き間違いかと思い目を見開いた優里を、シュリの綺麗な深い海の色の瞳が捉えた。


「キスだけでは満足できない。私はきっと、無理矢理にでも抱いてしまうだろう」


(この人、真面目な顔で何言ってんのーーーーーー!?)


優里は一気に熱が集中した頬を、両手で押さえた。


「えっと、あの、だだだ抱くっていうのは……」


(そうだ、落ち着け私! シュリさんの言う抱くって、きっとそういう意味じゃ……)


「お前も子供ではないのだから、わかるだろう」


(そ、そういう意味だったーーーー!? てかシュリさんてもしかしてロールキャベツ男子!? いやロールキャベツ男子って! またリヒト君に古いとか言われてしまう……いやいや、そーじゃなくて! 無理矢理にでも抱いてしまうって……シュリさん、もしかして私の事……いやいやいや! ()()なんて一言も言ってないし、男は下半身で生きてるって友達が言ってたし、シュリさんだって例外じゃなく、もしかしたらこれはユニコーンの生態かもしれないって話で! てゆうか、シュリさんが言うキス(イコール)妊娠って、キスしたら最後までしちゃうからとかそうゆう事!?)


「少し遅くなってしまったが、わたしたちももう休もう。今日はだいぶ魔力を使ったからな。お前のスキルと合わせて、ぐっすり眠れそうだ」


(こんな濃厚なカミングアウトの後で、ぐっすり眠れる気がしないんですけどーーーー!?)


頭を抱える優里を尻目に、シュリはいつも通り至って普通にベッドに入るのだった。




次の日、優里たちはハヤセも含め、西の国に行く日取りを決めた。レイラの時に使わなかった解毒剤もあった為、明日の朝すぐに出発する事になった。


「ユーリ、わたしはアリシャに手紙を出して来る。リヒトたちとここで待っていてくれ」


「あ、はい……」


「シュリ、手紙を出すくらい、アダムに頼んだらどうだい?」


そう言ったハヤセに、シュリは外に出る準備をしながら答えた。


「いや……アリシャのいる場所を他の者に知られたくない。アダムは信用できる男だが、余計な危険に巻き込む様な事も避けたい」


(そっか……。ユニコーンがいる場所を知ってるかもなんて情報がもし洩れたら、アダムさんも誰かに狙われるかもしれないもんね……。だから、きっと前もシュリさんは、あの時ひとりで手紙を出しに行ったんだ)


優里は、この世界でシュリやミーシャと、初めて町に行った時の事を思い出していた。


「すぐ戻る」


シュリは優里の頭を撫でると、部屋を出て行った。


「でも、異世界って不思議だよね。魔法っていう凄いものがあるのに、携帯とか自動車は無くて、手紙とか馬車とかが主流なんて」


「僕の転移魔法や千里眼、薬を調合する能力とか、魔力と相応のスキルがあれば便利に暮らせるし、逆に化学は発展しにくいのかもね」


ハヤセの言葉に、優里はなるほどと思った。


「前世でもこんな能力があれば……もっとたくさんの人を救えたかもしれない」


ハヤセが少し目を伏せてそう呟いた。


「僕は……前世では医者だったんだ。この世界でエルフの種族を選んだのは、聡明で魔力が高いから。その特性を活かせば、薬師としてたくさんの人を救えるかもしれないと思ったんだ。君にあげるポイントを稼ぐのにも、薬師という職業は僕にとってうってつけだったしね」


「そう……だったんだね」


優里はハヤセの前世の職業を聞いて、色々と納得がいった。


(“伝説の薬師”って呼ばれるくらいだもんね。やっぱり、元々医学の知識があって、それを今でも活かしてるんだ……)


「リヒト君はすごくしっかりしてるけど、前世では何してたの?」


優里はリヒトの前世にも興味を持ち、話を振った。


「俺は……普通に、工場で働いてました」


「へー、そうなんだ! 何か作ったりするのが好きなのかな?」


「そうですね。俺が種族を選べたら、ドワーフとかが良かったですね」


「え? リヒト君も、もしかして勝手に神さまに種族を決められたの?」


リヒトはハッとした様に口を噤んだ。

優里は自分の事もあったので、リヒトもそうだったのかと思い訊き返した。


「リヒト君も種族を選べなかったなんて……。あ、もしかして、転生ポイントが足りなかったとか?」


(そうだよね、普通に考えて、悪魔になりたいっていう人なんて……そうはいないよね)


「あ、いや、俺は……」


リヒトは口ごもったが、短く息を吸って優里に何か言おうとした時、ハヤセが口を出した。


「優里ちゃんはどんな仕事してたの?」


「え? えっと、私は広告代理店で働いてたよ」


「そうなんだ。あの仕事って、結構ハードって聞くけど」


「大変だったけど、楽しかったよ」


話が優里の事にずれ、リヒトは内心ホッとした。

その後もたわいのない前世の話で盛り上がり、喉が渇いた優里は、水を貰いに部屋を出た。



「……すみませんでした、先生」


優里が部屋を出てすぐ、リヒトはハヤセに頭を下げた。


「いや……前世の話を持ち出しちゃったのは僕だしね。迂闊だった」


リヒトはギュッと拳を握り、目を伏せた。


「正直……ユーリさんを騙している様で、辛いです」


「どうするべきなのかは……僕にもわからない。けど、優里ちゃんを悩ませたくないし、無駄に怖がらせたくもないと思うのは、僕だって同じだ」


「そう……ですね……」


リヒトは俯いたまま、握りしめた自分の拳を見つめた。




(久しぶりに前世での話になって、面白かったなぁ……)


優里はそんな事を考えながら、鼻歌まじりに廊下を歩いていた。


「あんたってホント、おめでたいよね」


「ひゃあ!」


目の前に、急に逆さになったアスタロトが現れ、優里は思わず悲鳴を上げた。


「アスタロト! 今までどこに行ってたの!?」


「別にどこだっていいでしょ。それよりもあんたさぁ、サルガタナスの(あるじ)を助けに、西の国に行くんだって?」


アスタロトはくるりと体を反転させ、床に着地すると優里に向き合った。


「……そうだよ。大事な仲間だし、リヒト君には色々お世話になってるし」


「大事な仲間……ねぇ……。信用してるんだ? あの煉獄の悪魔を」


優里は、アスタロトがリヒトの事を、あえて“煉獄の悪魔”と言った事が引っかかった。


「リヒト君は、悪い悪魔じゃないよ」


そう言って通り過ぎようとした優里を、アスタロトは壁に手をついて行く手を阻んだ。


(うっ……壁ドン!)


優里の脳裏に、バルダーに壁ドンされた時のトラウマがよぎったが、目線を上げてアスタロトを睨んだ。


「ど、どいてよ」


「さてここでモンダイです。ヒトは、死んだら何処に行くと思う?」


「え?」


アスタロトの突然の問いに、優里は訳がわからないながらも答えた。


「天国に行くんでしょ」


「正解! 大抵のヒトは天国に行く。じゃあ第二問。ワルイコトをしたヒトは何処に行くと思う?」


アスタロトは、楽しそうに次の問題を優里に投げかけた。


「悪い事をした人は、地獄に行くんでしょ。もういい加減どいてよ」


優里がそう言ってアスタロトを避けようとした時、アスタロトは首を傾けて、優里と無理矢理視線を合わせた。


「またまた正解! ではここで最後のモンダイです。何故、サルガタナスは煉獄にいたのでしょーか?」


「なぜって……」


その時、優里の胸がドクリと音を立て、目の前のアスタロトの妖艶な笑みから目を逸らせなくなった。


「ヒトは死んだら天国へ行く。ワルイコトをしたヒトは地獄に行く。死んで煉獄に行ったサルガタナスは、前世で何をしたと思う?」


優里は自分の心臓が、まるで不安を煽るかのようにドクドクと速くなっていくのを感じた。

アスタロトはそんな優里の耳に唇を近付け、楽しそうに囁いた。


「ヒトを殺したんだよ、あいつは」


優里は、目の前が真っ暗になったような感覚に襲われ、一歩も動けなくなった。




月・水・金曜日に更新予定です。

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