72 ブローチ
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「母上……」
ミーシャに抱きしめられ、レイラは気持ちを落ち着かせるように息をつき顔を上げると、少し赤くなっていたミーシャの頬に手を添えた。
「叩いたりしてごめんなさい」
ミーシャは、その手に自分の手を重ね、小さく首を振った。
「謝るのはオレの方です、母上……。母上に苦しい思いをさせて、本当に申し訳ございませんでした。オレは母上に……ずっと謝りたかった。そして、許して欲しかったんです……」
その時、ミーシャの目の前に光が集まり、その中に、ひとりの男性の姿が現れた。
「……!? 父さん!?」
ミーシャの驚きの声に、レイラも振り向いて光を見た。ミーシャの父親は、何かを訴えるような目をして口を動かしていたが、ミーシャには何も聞こえなかった。
レイラはその様子を見て、ミーシャに語りかけた。
「あの方は……今の貴方と同じ目をしているわ。今の貴方と同じ、ずっと謝りたくて……そして、きっと許して欲しかったのよ……」
レイラの言葉を聞いて、ミーシャは静かに光の中の父親を見つめた。そしてひとつ息をつくと、目元を和らげた。
「父さん……貴方の事を、許さない訳がない。だって……家族なんだから……」
光の中の父親の瞳から、涙が零れた。そして光はそのまま小さくなっていき、父親の姿も光と共に消えた。
レイラは再び、ミーシャの瞳を優しく見つめた。
「私は、今の貴方と同じ気持ちよ。家族なんだから、許さない訳がない」
レイラにそう言われ、ミーシャは静かに目を瞑った。ミーシャの頬を、父親と同じ様に涙が伝い、レイラはそれを優しく拭った。
その時、真っ暗だったキーラの部屋に再び光が満ちた。部屋の光はミーシャたちを包み込み、一気に輝くと目の前にキーラの姿が現れた。
「キーラ!?」
レイラは光から現れたキーラに驚き、口元を手で覆った。無邪気に笑うキーラを見て、ミーシャは思わず膝をつき、キーラに視線を合わせると涙声で叫んだ。
「キーラごめん……、ごめんなキーラ! オレが……オレがもっとちゃんと考えていたら、お前は、お前は……!」
キーラは、ミーシャの元にゆっくりと歩み寄ると、涙で濡れた頬にキスをした。
「キーラ……」
そしてレイラの方を見て、ギュッと抱きついた。
「キ……キーラ! キーラ!」
レイラは力いっぱいキーラを抱きしめた。キーラはレイラから離れると、自分のベッドを指差して何か言っていた。
「キーラ! なんて言ってるんだ!? キーラ!!」
キーラの声はミーシャには届かず、ミーシャは思わずキーラの方へと手を伸ばした。
「ベッドの下……」
その時、優里が言葉を発した。
「ベッドの下に、ミーシャ君に渡したいものがあるって言ってる……」
「ユーリ! キーラの声が聞こえるのか!?」
優里は小さく頷いた。ルーファスやアイリックの夢の時のように、他の誰にも聞こえなかった死者の声が、優里には聞こえていた。
「ベッドの下? キーラのベッドの下に何が……」
ミーシャが疑問を投げかける途中で、部屋は再び強い光で溢れた。光は虹色に輝き、まるでオーロラの様だった。キーラは光に導かれる様に空に舞い上がり、無邪気な笑顔を向けた。
『兄さま、オーロラきれいだね!』
「キーラ……」
虹色のオーロラの光の中で、キーラは手を振っていた。ミーシャはそれをずっと見つめていたが、あまりの眩しさに目を瞑り、次に目を開けた時、ミーシャの目の前にはハヤセたちの姿があった。
「目が覚めたんだね、ミーシャ」
「ハヤセさん……」
その時、ミーシャの手がギュッと強く握られ、横を向くとレイラがミーシャを見つめていた。そしてハヤセの方を向くと、頭を下げた。
「ハヤセ先生、全て思い出しました。先生にもご迷惑をおかけしました」
「レイラ……記憶が……戻ったのか?」
ハヤセの隣にいたヴィクトルが、レイラを見つめた。
「ええ、あなた……。あなたにも、心配をかけてしまってごめんなさい。私はもう大丈夫よ……」
レイラの返事を聞いて、リヒトが口元を手で覆い驚きの表情を見せた。
「記憶が……戻った……本当に……!? レイラさん、本当に思い出したんですか!?」
珍しく動揺したようなリヒトに向かい、レイラはこくりと頷いた。
「夢の中で、私はキーラに会う事ができたわ。最後に……抱きしめる事ができた……。優しく温かいオーロラの様な光の中で、幸せそうに笑っていたわ……」
レイラが涙ぐみながらそう言い、ミーシャはそんなレイラを気遣うように肩を抱いた。
優里はクロエの隣でまだ眠っており、クロエは紫の光に包まれ、消えかけていた。ルーファスが気付いて優里を支えようとしたが、それよりも早くシュリが優里を横抱きにした。
ミーシャたちは優里の言葉を信じ、皆でキーラの部屋へ行った。部屋へ行く途中で日が沈み、ミーシャは歩きながら子供の姿になった。
キーラのベッドの下を覗くと、大きなベッドの中央付近に、小さな箱が置いてあるのが見えた。
「今のオレの姿なら、ベッドの下に潜れる」
ミーシャはそう言って、狭いベッドの下に潜りこみ、箱を取った。それは、誕生日にキーラが貰ったエレミア石のブローチが入っていた箱だった。
「この箱を、キーラがオレに……?」
ベッドの下から這い出たミーシャは、不思議に思いながらも箱を開けた。するとひらりと小さいカードが落ちて、箱の中には、木の実で出来た手作りのブローチが入っていた。
「これ……」
ミーシャは落ちたカードを拾い上げた。
『兄さまへ。森の木の実でブローチを作りました。兄さまを守ってくれますように』
カードには、拙い字でそう書かれていた。
「……!!」
ミーシャは木の実で出来たブローチを見つめ、呟いた。
「キーラ、お前……森で……ずっとこれを作ってたのか……」
誕生日の後から、自分に内緒だと言って森に通っていたキーラ。その理由を知り、ミーシャの瞳から涙が溢れ、カードの文字を滲ませた。
「キーラごめん……ごめん……ごめんな……」
ヴィクトルはミーシャのそばに行くと、優しくミーシャに語りかけた。
「ミーシャ、こういう時は、ごめんじゃなくてありがとうって言うんだ」
まるで子供に言うようだったが、ミーシャはヴィクトルの言葉を素直に受け止め、涙を拭うと木の実のブローチを握りしめ、口元に当てた。
「ありがとう、キーラ……ありがとう……」
ミーシャの瞳から溢れる涙は止まらなかったが、それは温かく、夢で感じたキーラの光の温かさに似ていた。
涙を流すミーシャのそばに、ヴィクトルとレイラが寄り添った。シュリたちは3人を残し、そっと部屋から出た。
「ユーリは部屋へ連れて行く。目覚めれば生気が必要になるかもしれない」
シュリはそう言って、優里を横抱きにしたままその場を離れた。リヒトは何か言いたげにシュリについて行こうとしたが、眠る優里の顔を見てその場に留まった。
「ユーリさん……貴方なら……、貴方なら、リオを救えるかもしれない」
リヒトはギュッと拳を握りしめ、その後ろ姿を見つめていた。
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