71 ミーシャの過去 その9
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オレは母上の笑顔の為に、このままキーラとして生きていこうと思ったが、オレの変身は朝になると解かれ、元の姿に戻ってしまった。
父上が機転を利かせ、キーラは朝早く病院で検査をする事になったとかなんとか言って、母上をごまかした。
オレは必死でもう一度子供姿になろうとしたが、魔力が安定せず、自ら変身する事は出来なかった。けれど日が沈み、夜になるとオレは再び子供姿になった。どうやらオレの変身能力は、夜になると現れるらしかった。
オレは父上と相談して、昼間はミハイルとして、夜はキーラとして過ごす事にした。使用人たちにも事情を説明し、口裏を合わせる様にしてもらった。
大学の研究室での助手としての仕事は、休日の昼間だけにしてもらい、夜、子供姿になったオレは、なるべく母上と過ごすようにした。
オレは弟と、髪の色も目の色も匂いも、全然違う。なのに、母上はオレをキーラだと信じて疑わなかった。
オレも父上も、いつまでもこのままでいる訳にはいかないだろうと、誤魔化しながらも母上を医師に診てもらった。しかし誰も母上を正気に戻す事が出来なかった。
ある医師は、母上の中の防衛本能が、無意識のうちに心が壊れない様に守っているのかもしれないと言った。だから、もしも無理矢理真実を突き付けてしまえば、母上の心は本当に壊れてしまうかもしれないと懸念した。
オレと父上は、母上を大事に思うあまり、結局何も出来ないでいた。
オレが変身するようになって3年がたったある日、いつまでも成長しないキーラに、母上は不安を感じ始めていた。オレと父上は、早急に、でも細心の注意を払って、母上を正気に戻す方法を探した。
その頃オレは、大学の研究室で“伝説の薬師”についての噂を耳にした。その薬師は、2、3年前から突然現れ、あらゆる病気に苦しむ人達を治しながら旅をしているというものだった。そんなに凄い人なら、人々の記憶に残り、顔も名前もすぐ特定出来そうなものだったが、何故か治してもらったという当人達でさえも、その薬師の事を思い出せないというのだ。まるでその部分の記憶だけが、すっぽりと抜けてしまったように。故に信憑性に欠け、“伝説”と呼ばれていた。
オレは、“伝説の薬師”なら、母上を正気に戻す事が出来るかもしれないと思った。
すぐに父上に相談し、オレは学校を休学して薬師を探す旅に出ると決めた。父上からは、例え薬師が見つからなくとも、1年で必ず戻って来るように言われた。オレがいないという事は、キーラもいないという事になり、母上を誤魔化すのに1年が限界だとの判断だった。
母上に、弟は検査の為に病院に長期入院する事になり、特殊な検査だから面会も出来ないと言った。母上は入院に反対したが、長い目で見て、キーラを治す為だと父上がなんとか説得した。
オレは母上に、弟を治す為に、オレはオレで薬師を探す旅に出ると伝えた。必ず薬師を見つけて連れて来るからと、母上を励ました。
父上はオレの為に旅の資金を準備してくれたが、オレは頑として受け取らなかった。助手の仕事で貯めた金も結構あったし、オレはどうしても、自分の力だけで何とかしたかった。
薬師を見つけたからと言って、オレの罪が許される訳じゃない。それでも、父上を頼る事はオレの罪悪感を増幅させる。せめてもの罪滅ぼしに、この人達の役に立つんだ。
そして母上が正気に戻ったら、全て告白しよう。それで恨まれ、罵られ、嫌悪されたとしても、それは当然の報いだ。
誰に許されなくても仕方がない。オレ自身ですら、臆病者の自分の事が許せないのだから・・・・。
ミーシャはゆっくりと目を開けた。しかしそこは、誰もいない真っ暗なキーラの部屋だった。
「なんだ・・・・今のは・・・・夢、か?」
辺りを見回し、まだ自分は夢を見ているのだと悟った。
(これが・・・・過去を夢で見せるというユーリのスキルか? 母上じゃなくて、オレにスキルが発動したのか?)
「ミーシャ」
その時、誰かがミーシャを呼んだ。振り向くと、そこにはユーリとクロエ、そして大粒の涙をこぼしているレイラがいた。
「は、ははう・・・・え・・・・」
ミーシャは思わず息をのんだ。
(そうか、オレにスキルが発動したという事は、バルダー様が言っていたみたいに、オレの過去を母上が視てしまったという事だ)
「キーラは・・・・もうこの世にいないのね・・・・」
「!!」
ボロボロと泣きながらそう言ったレイラを見て、ミーシャは唇を震わせた。
「はい・・・・」
レイラがキーラの死を思い出してくれた事は、ミーシャの望む結果だった。しかしそれと同時に、自分がしてしまった取り返しのつかない罪を知られてしまったミーシャは、俯き、レイラの顔をまともに見る事ができなかった。
「今、視て貰った通りです・・・・。貴方の大事な息子さんの死は、オレのせいなんです・・・・。本当に、本当に申し訳ございませんでした」
ミーシャは深く頭を下げた。
「謝って済む様な事ではないと理解しています。オレの事は・・・・貴方の思うようにして下さい」
「そう・・・・、私の思うように・・・・」
頭を下げたままのミーシャに、レイラは静かな声で言った。
「レ、レイラさん、待って下さい」
レイラの感情が読み取れず、不安に駆られた優里は思わずレイラを引き留めた。しかしレイラはそれを無視し、ゆっくりとミーシャに近付いた。
「顔を上げなさい、ミーシャ」
今まで聞いた事のない様なレイラの声色に、ミーシャは唇を引き締めて顔を上げた。次の瞬間、ミーシャの頬に痛みが走り、レイラに平手で打たれたのだとわかった。
「どうして・・・・貴方は・・・・」
頬を打たれ、そのまま目を合わせられないでいるミーシャに、レイラは涙声で言った。
「どうして貴方は、いつもひとりで抱え込むの!!」
そして、ミーシャを強く抱きしめた。
「貴方の事は全部受け止めるって・・・・そう言ったでしょう!? 例えどんな事でも、私に打ち明けて欲しかった! ひとりで悩んで欲しくなかった! だって私は貴方の母親なのよ! 今だって、まるで他人に接するみたいな喋り方をして・・・・!!」
肩を震わせながらそう言うレイラに、ミーシャは目を見開いた。
「キーラの事は・・・・不幸な事故よ・・・・。目を離した私にも責任があるわ。貴方のせいじゃない。私が心を病んでしまったのも、私が弱い人間だったから。貴方のせいじゃない。貴方は十分後悔をして、反省している。もうそれ以上、自分を責めないで・・・・」
ミーシャが初めてヴォルコフ家に来た時の様に、レイラはミーシャを強く抱きしめた。ただ、あの頃とは違い、自分よりも背が高くなったミーシャの胸に、レイラは顔を埋めたままポロポロと涙を零した。
「私がもっと強くなって、貴方を支えられる様な母親になるから・・・・貴方に頼りにされるような母親になるから・・・・だから、だから私を、貴方の母親だって認めて頂戴・・・・」
ミーシャは、胸が熱くなるのを感じた。レイラの涙で胸元が濡れているからというだけではなく、レイラの気持ちを初めて聞かされ、レイラ自身も、母親として悩んでいたのだと知った。
(オレは・・・・いつも、母上に負担をかけないように、自分が認めて貰えるようにって事ばかりを考えて、母上の気持ちを考えてなかったのか・・・・)
ミーシャは震える手で、レイラを抱きしめた。
月・水・金曜日に更新予定です。




