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7 ユーリの正体


狼男とは、満月の夜に狼に変身すると言われている獣人である。


(……ってネットで見た気がするんですけど!?)


「狼族が、満月の夜に変身するというのは有名な話だが、大人が子供の姿に変身するというのは、初めて聞いた」


シュリは、目の前で朝食を平らげるミハイルを、改めて見た。


「オレの場合はまだ魔力が不安定で、満月とか関係なく、日が落ちると勝手に変身しちまうんだけどな」


(自分でコントロールできないのは、私と一緒だな……。とはいえ、狼じゃなくて子供姿に変身するなんて、シュリさんも驚いてたし、きっとミハイル君が獣人として特別なのかも……)


ミハイルは、背も高く骨格もしっかりした大人の姿だったが、それでもまだ若い、ティーンエイジャーに見えた。


「でも、服とかそのままだね? 急に大きくなって、破けたりしないの?」


優里は素朴な疑問を投げかけた。


「はぁ? 今時、魔法がかかってない服なんて無いだろ」


「魔法?」


首を傾げる優里に、シュリが説明した。


「わたしたちのように、変身する魔族の服は、用途に合わせた魔法がかかっている。わたしの場合は、ユニコーン姿のときは消え、人型になれば現れる魔法、ミハイルの場合は、大きさが変わる魔法だ」


「なるほど……」


(言われてみれば、シュリさんがユニコーンから人型になったとき、いつも普通に服着てたもんね……)


優里は、今更ながら納得した。


「オレの服が破けなくて残念か? さすが痴女だな」


「そんなわけないでしょ!!」


痴女と言われ、本当にこの男性があの子供なのだと、優里は改めて思った。


「あ、そうだシュリさん、魔法と言えば……私にも使えるものなんですか?」


優里は、昨日の夜聞きそびれてしまったことを、シュリに聞いた。


「そうだな……お前の例のスキルも、魔力によって発動している。ゆえにその魔力で、ほかの魔法を使うことは可能だろう。だが、その魔力を自在に操れないうちは、事実上使えないだろうな」


「えっ、じゃあつまり、魔力を自在に操れるようになったら……あのスキルも発動しないようにできるって事ですか!?」


「理屈ではそうなるな」


優里に、希望の光が灯った。


(まさかこんな簡単に、問題が解決するなんて!!)


「シュリさん! 私に、魔力の操り方を教えて下さい!」


「それはできない」


前のめりになった優里に、シュリはきっぱりと言い切った。


「な、何でですか!?」


優里が食い下がっていると、ミハイルが割って入った。


「お前、ちゃんと教育を受けてないのか? 魔力の制御は、教えられてどうこうなるもんじゃねーんだよ。オレだってまだ不安定だって言ったろ? 魔力は成長すると共に、体が扱い方を覚えていくんだ。どんなに才能のあるヤツでも、軽く100年はかかるだろうな」


「100年!?」


(魔法って、そんな扱いにくいものだったのか……)


「でも……それって結構危険だよね? 小さい頃は制御できないから、勝手に発動しちゃう事もあるわけだし……」


優里がそう言うと、シュリがじろりと優里を見た。


「魔力が不安定な時期に、周りに影響を及ぼすようなスキルは()()覚えない」


「あ、ですよねー……」


優里は自分が“普通”じゃなかった事に気が付いた。

せっかく、問題解決への糸口を掴んだと思った優里だったが、あっけなく砕け散ってしまった。



そのとき、ミハイルが何かに反応して、顔を上げた。


「あいつの匂いがする! 近くにいるんだ!」


「あいつ?」


優里は訊き返したが、すぐにピンときた。


(もしかして、例の盗賊!?)


「金を取り戻したら、必ず礼はする。お前らはいい奴だ」


「あっ! ちょっと、待っ……」


優里の静止も聞かず、ミハイルは走り出した。


「シュリさん、ミハイル君ひとりで大丈夫でしょうか?」


優里がシュリに聞くと、食器を片付けながら冷静に答えた。


「これはあいつの問題だ。わたしたちには関係ないだろう」


「でも……」


(相手は一人じゃないかもしれない。ミハイル君はまだ若く見えたし、無茶をするかもしれない)


「私…心配なんで、ちょっと見てきます! クルル、乗せてくれる?」


「ピピィ」


優里はクルルに跨った。クルルは、すぐにミハイルが消えた方へと走り出した。


「ユーリ!」


シュリは優里の名を呼んだが、木々に遮られ、姿はすぐに見えなくなった。


「……ったく、あのお人好しめ!」


シュリは持っていた食器を置くと、すぐに優里を追いかけた。



「えっと、確かこっちの方に……」


優里はキョロキョロと辺りを見回した。


(あ、そうだ! 確か地図に……)


優里は例の地図を取り出した。すると、自分の周りに星のマークがふたつあり、恐らく近くにある星マークがミハイルだろうと思った。


(どうして、ミハイル君にも星マークが付いてるのかわからないけど、とにかく今は追いつかないと)


近くにある星マークの方へクルルを走らせると、ミハイルの声が聞こえてきた。


「金を返せ! お前が盗んだことはわかってるんだ!」


優里は、声のした方へ向かった。


「ミハイル君!」


ミハイルは、シスターのような格好をした、清楚な女性と対峙していた。


(この人が……盗賊!?)


薄紫色の髪の毛に、桜色の瞳。神に仕えることを生業にしているような、穢れを知らない無垢な見た目は、とても盗賊には見えなかった。


「あの……何か勘違いをしているのではないでしょうか? わたくしは、あなたと今、初めてお会いしましたが……」


女性も、困惑した様子でミハイルをなだめようとしていた。


()()姿()()()初めてだろうな! けど、お前の匂いも、お前が胸元に隠してるオレの匂いがついた金の匂いも、オレの鼻はしっかり覚えてるぜ!」


「恐らく勘違いだとは思いますが……そこまでおっしゃるなら、その……どうぞ身体検査をなさって下さいまし」


女性はそう言うと、恥ずかしそうに胸を突き出した。


「うっ……、いや……そ、それは……」


ミハイルは、女性の態度に動揺し、赤くなった。


「あの、じゃあ私が確認してもいいですか?」


優里はクルルから降りて、女性に近付いた。


(女同士だし、もし間違いなら、それに越したことはないもんね)


「ええ、もちろんですわ、どうぞ」


優里が女性の体に触れようとしたとき、追いついたシュリが叫んだ。


「離れろ! ユーリ!」


「え?」


その声に反応したミハイルが、後ろから優里の体を掴み、引き戻した。と同時に、鋭い何かが、優里の鼻先で空を切った。


「!?」


「……チッ」


舌打ちが聞こえ、優里は女性の方を見た。すると、女性の爪が鋭く変形していて、優里はこの爪に攻撃されたのだと思った。


「あなたたち……あの子供の保護者か何かですか?」


女性は、鋭い爪をペロリと舐めた。


「なんだか面倒くさそうですわねぇ……サッサと終わらせるとしましょうか」


女性はそう言うと、桜色の光に包まれ、みるみる形が変わっていった。下半身が蛇のような体になり、背中からはドラゴンのような羽が生えた。


「正体を現しやがったな! この盗人!」


ミハイルは優里を後ろに隠すと、女性に向かって行った。


女性は蛇のような下半身を巧みに操り、ミハイルを叩きつけようとしていたが、ミハイルは俊敏な動きでそれをかわし、攻撃を繰り返した。


(すごいスピードに瞬発力! 獣人って、こんなに素早いの!?)


ミハイルの猛攻に、蛇女は一瞬怯んだ。その隙をついて、ミハイルは追撃しようとしたが、何か直感的に不穏な空気を感じ、攻撃をやめ、一旦引いた。


「チッ! カンの鋭い坊やですわね……」


蛇女は、押されていると見せかけて、鋭い爪でミハイルを狙っていたようだった。


「そういえば……あの狼の子供もやたら警戒してましたけど、膝枕をしてあげたらすぐに寝入って、仕事がラクでしたわ」


蛇女はそう言って、再びペロリと爪を舐めた。


「お前……あの女に膝枕してもらったのか?」


シュリが冷静に突っ込んだ。


「ち、違う! あいつが、母上だと思って甘えていいとか言い出して……!」


ミハイルは、真っ赤になって反論した。


(うーん、うすうす思ってたけど……ミハイル君って……もしかしてマザコン?)


子供の姿のときは、ただ単に母親が恋しいのだと思ったが、まだ若そうには見えるとはいえ、大人の男にしては、母親に執着し過ぎていると思った。


「えっとシュリさん、とりあえず今は、戦いに集中しましょう」


「…………」


優里にそう言われたが、シュリは茂みの奥から出てこようとしなかった。


「シュリさん?」


優里はもう一度シュリの名を呼んだが、シュリは動かなかった。


「もしかして、ミハイル君の問題だからって、助けないつもりなんですか!?」


優里は、ギュッと手を握りしめてシュリを見た。


「……あの女は、純潔ではない。これ以上近寄れば、恐らくわたしは吐く」


「ええ!?」


(そんなに!?)


その言葉を聞いて、ミハイルは優里を見た。


「純潔じゃないと近寄れないのか? てことは、お前、痴女のくせに処女なのか!?」


「だから痴女じゃないってば!!」


(処女ではあるけど!!)


優里は赤くなりながらも、ミハイルに言い返した。

シュリはふたりがやり取りしてる間、蛇女を警戒し、左手を突き出して防御壁をつくった。


「ユーリ、わたしの防御魔法も範囲が限られている。なるべくわたしの近くにいろ」


「でも……」


優里は、前線で戦わなければいけないミハイルが心配だった。


「おしゃべりを楽しむなんて、随分と余裕ですわね!」


蛇女はそう言って、再びミハイルに襲い掛かった。ミハイルは反応するのが一瞬遅れ、蛇女の爪がミハイルの胸元に当たり、つけていたブローチが地面に転がった。


「しまった……!」


ミハイルはすぐに拾いに行こうとしたが、目の前が歪み、足がもつれ倒れこんだ。


「ミハイル君!?」


「離れるな、ユーリ!」


シュリが優里を制止しようと叫んだが、優里はミハイルのもとへ駆け寄った。


「くそ……! 何だ……!? 立てねぇ……!」


ミハイルは立ち上がろうとしていたが、体に力が入らず、倒れたまま動けなくなった。


「うふふ! 私の爪には、体を麻痺させる毒が仕込んでありますの! 油断しましたわね、坊や」


蛇女は、じりじりとミハイルに近付く途中で、転がったブローチに目をやった。


「これは……エレミア石ですわね。あの子供も、似たようなブローチをつけていましたわね。うなされながら硬く握りしめて離さないから、あれだけは盗めませんでしたのよねぇ……」


(うなされながら……?)


優里は、昨日の夜のことを思い出した。


(同じだ、昨日の夜と……。もしかしてミハイル君、毎晩そうやってうなされてるの?)


「思わぬ戦利品が手に入りましたわ」


蛇女は、そのブローチを拾おうとした。しかし、一瞬早く優里が飛び出し、ブローチを拾った。

自分の近くに飛び出してきた優里を、蛇女は下半身の蛇の様な部分を巻き付けて捕らえ、締め上げた。


「うっ……!」


「ユーリ!」


思わずシュリが茂みから飛び出し、右手を突き出した。


「止まりなさい! この女の首を、へし折りますわよ!」


蛇女の言葉に、シュリは制止を余儀なくされた。


「うふふ……わたくしだって、無駄な殺しはしたくはないんですのよ……。この女を殺されたくなかったら、そこで大人しくしているのが賢明ですわ」


蛇女は、ギリギリと容赦なく優里を締め上げ、シュリの頬を嫌な汗が伝った。


「く、くそ! そいつは関係ないんだ! 離せ!」


ミハイルは動けないまま叫んだが、蛇女は自分の爪を手入れしながら、不敵な笑みを浮かべた。


(苦…しい……息が……。死ぬ……の? 私……)


意識が遠のく中、優里は猫の言葉を思い出していた。


『おぬしは、前世でやり残したことはないのか? 次の人生でやりたいことはないのか?』


(ただ……恋が……したいって……思ってたのに……厄介なスキルのせいで……普通の生活もままならなくて……変なユニコーンに気に入られて……)


優里の脳裏に、シュリと出会ってからのことが、走馬灯のように流れていった。


(色々あって……私……全然……やりたいこと……やって……ないのに……)


胸に、強い思いが沸き上がり、ただひとつの感情だけが、優里を支配した。


(死にたくない!!)


次の瞬間、突如として優里は紫色の光に包まれた。


「何!? この光は!? 一体、何……を……か、体が……」


蛇女は、自分の体が異様に火照っていくのを感じ、力が抜けたようにその場に崩れ落ちた。


「ゴホッ……」


急に空気が入り込み、優里は咳込んだ。


「ユーリ!」


シュリは優里に駆け寄ったが、紫の光が消えた後に現れた姿を見て、驚いた。


「お前、その姿は……」


「シュリ……さん?」


優里は、自分の体に何か妙な異変を感じた。


(あれ? なんか……体が軽い?)


しかも、身長差のせいでいつも見下ろされているはずのシュリを、自分が見下ろしていた。


(ええ!? あれ!? もしかして私……)


優里は、背中に黒く大きな翼、頭には牛のような角、お尻からは、先が矢印のような形をした尻尾が生えた姿に変身していた。


(私、飛んでる!?)


シュリは、太陽を背に羽ばたいている優里を、眩しそうに見ながら言った。


「それが、お前の本来の姿か、ユーリ」


優里は、自分に何が起こったのか理解できぬまま、ふわふわと空中に浮かんでいるのであった。


月・水・金曜日に更新予定です。

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