表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
69/144

69 ミーシャの過去 その7

69


弟のおかげで、森への恐怖を克服する事が出来たオレは、晴れて学校へ通える事となった。


少し遠かったが、隣町にある進学校まで通った。オレは家庭教師からきちんと教育を受けていたから、有数の秀才たちが通うと言われていた進学校でも、遅れをとる事なく授業についていけた。むしろ、先生から飛び級を薦められるほど成績は良かった。


休みの日は、友達と遊ぶ事もあった。児童施設で子供たちに勉強を教えていた友達もいて、社会貢献にもなるしお金も貰えて一石二鳥だと言っていた。オレは父上から十分小遣いを貰っていたが、友達の影響を受けて、そういった事に興味を持った。

もうすぐ弟の誕生日だし、自分が稼いだ金で、何か買ってあげたいとも思った。


そんな中、学校の廊下で、オレは孤児院で一緒だったアンドレイに出くわした。アンドレイも、オレと同じ学校に通っていたという事を、その時知った。


「下級生クラスに、すげぇ頭のいい奴が編入して来たって聞いたけど、お前の事だったのか」


アンドレイはそう言って、豪快に笑った。相変わらず体は大きく、俺様的な性格は変わらなかったが、意外にも女子からは憧れの視線を向けられていた。どうやら、オレの()()はそれなりにアンドレイを男として成長させていたらしい。


「昔のよしみだ。何か困った事があれば、オレに言えよ?」


投資の効果は、ちゃんとオレにも還元された。


オレは早速、家庭教師を必要としている場所はないかと相談してみた。すると、アンドレイの養父が大学の研究室で助手を探しているから、少し手伝ってみないかと持ち掛けられた。オレはふたつ返事で了承し、アンドレイの養父が教授をやっている大学へ赴いた。

まだ13歳だったオレに、教授も周りの研究員も驚いていたが、オレの助手としての働きに教授も満足してくれて、オレは大学の研究室で助手を務める事になった。


勿論、父上にもちゃんと相談してから決めた。母上は少し心配していたけど、父上は「良い社会勉強になる」と言って、快く承諾してくれた。


「兄さまが学校ばっかり行くからつまんない」


「家にいる時は、オレといっぱい遊ぼうな」


弟がふてくされたから、オレは機嫌を取る為に、家にいる時は極力弟と遊ぶようにした。


弟の5歳の誕生日の時、助手として稼いだお金で、弟が欲しがっていた星の図鑑を買ってやった。


「私たちからはこれを」


父上がそう言って、弟に綺麗に包装された小さな箱を渡した。


「わぁ……」


弟がおぼつかない手つきで箱を開けると、そこには、透明に近い青色の綺麗な石が付いたブローチが入っていた。


「すごくきれい! お星さまみたい!」


「エレミア石って言うのよ。この石には、貴方が望み通りの未来を手に出来ますようにって願いが込められているの。貴方を守ってくれる、神聖な石よ。胸に付けてあげるわ」


そう言って母上は、ブローチを弟の胸に付けた。


「ぼく大切にする! ありがとう、父さま、母さま!」


弟は嬉しそうに尻尾を振った。


望み通りの未来……弟は、きっと手にする事が出来るだろう。石の力がなくとも、無条件で愛され、守られている弟には、輝かしい未来が約束されている。その石が必要なのは、むしろオレの方だ……。


オレはきっと、物凄く物欲しそうな顔をしていたんだろう。弟はオレの顔を覗き込み、悪気のない瞳を向けた。


「兄さま、兄さまもブローチが欲しいの?」


「えっ? ち、違うよ。キーラはぼんやりしてるからな、すぐ無くすんじゃないかって心配してたんだよ」


「ひどーい! ぼく無くさないよ!」


「安心しろ。無くしても、オレが一緒に探してやるからな」


「無くさないったら!」


その場は温かい笑顔で包まれ、その後皆で弟が好きなりんごのケーキを食べた。

これが弟の最後の誕生日になるなんて、この時は誰も思わなかった。



誕生日が過ぎてから、弟はよく庭の森に行くようになった。父上や母上の言いつけを守り、奥まで行く事はなかったが、いつもオレに一緒に行こうとせがんでいたのに、最近はむしろ、オレがいない時を狙ってひとりで行っているようだった。


「キーラ、お前いつも、ひとりで森で何して遊んでんだ?」


「ないしょー!」


弟はそう言って無邪気に笑った。別に、危険な事じゃなければいいんだけど。


「そろそろ冬も近いから、遊びに夢中になって風邪ひくなよ」


弟は体が弱いから、ちょっとした風邪でも高熱を出す。オレはそれが心配だった。


「エレミア石が守ってくれるから、大丈夫!」


弟の胸には、誕生日に貰った綺麗なブローチが光っていた。



それからすぐに冬が来て、雪がちらつき始めた。オレは学校と教授の助手と弟の面倒で忙しくしてたが、友達との交流も大事にしていた。


ある日、クラスの女子が宝石の話で盛り上がっていた。


「でね、お父様に、誕生日はエレミア石のネックレスが欲しいっておねだりしたんだけど、希少過ぎて手に入らないから無理だって言われたの」


「エレミア石って凄く綺麗なんでしょう? 私も見た事ないわ」


(エレミア石? そういえば、キーラが貰ったブローチの石が、そんな名前だったよな)


「ねぇ、ミハイル君なら見た事あるんじゃない? 貴方のお父様って、宝石商の方とも親しいんでしょう?」


いきなり話を振られて、近くにいたオレの男友達も興味を持った。


「なになに? 何の話?」


「エレミア石っていう宝石がね……」


女子が一通り説明した後、オレは何気なく言った。


「弟が、この前その石の付いたブローチを貰ってたな」


「え!? 本当!?」


「見たい見たい!」


「やっぱお前の親父ってすげぇな!」


クラスの奴らは盛り上がって、ついに“エレミア石お披露目会”なるものが開かれる事になった。

その日の放課後、クラスの女子の家に集まる事になり、その女子を狙っていたオレの男友達の切なる願いもあって、オレは男友達と一緒に、その会に弟のブローチを持って参加する羽目になった。


弟に頼めば、ちょっとくらいブローチを貸してくれるだろう。

放課後、一度屋敷に戻り、オレは弟の部屋を訪れた。


「キーラ、悪い、頼みがあるんだけど……」


そう言って弟の部屋に入ると、弟はベッドで寝ていた。


(そういえば……朝方、少し熱があるって言ってたっけ……)


オレが学校に行く時、微熱があるから今日は安静にしておくようにと、弟が母上に言われていた事を思い出した。


(それで寝てんのか……。確かに、少し顔が赤いな)


オレは少し熱い弟のおでこに手を当て、ベッドのすぐ横にある小さいテーブルに目をやった。そこには、例のエレミア石のブローチが置かれていた。


(具合が悪くて寝てるのを、わざわざ起こすのもかわいそうだよな)


オレはそう思い、弟に何も言わずブローチを拝借した。


帰って来てから事情を説明して返そう。安易にそう思った。

オレが教えたから、弟は字を読む事も書く事も出来たが、書置きも残さなかった。


オレのこの浅はかな行動が、取り返しのつかない事態を招くなんて、この時は微塵も思わなかった。




オレは弟のブローチを借りて、隣町の女子の家まで行った。皆は初めて見るエレミア石に感動して、喜んだ。皆で、学校の事や進路の事、趣味の話も色々して、夕飯を食べて行かないかと誘われたけど、オレは断ってひとりで帰る事にした。


オレが遅くまで友達と遊んでたら、また弟がふてくされるだろうし、早くブローチも返さないといけないと思った。


「弟さんに、ありがとうって伝えてね。これ、弟さんへのお礼だよ」


そう言って、クラスの女子から、帰りに手作りのお菓子を渡された。


お礼か……弟の機嫌をとる為、オレも何か買って帰ろう。

日が落ちると急に冷え込んで、朝からチラチラと降っていた雪が、うっすらと道を白く覆い始めた。帰り道にある店を色々見て回ってる間に、雪は本格的に降って来て、オレは急いで本屋でオーロラの本を買った。


オレの故郷の田舎町では、よくオーロラを目にする事があった。オレがオーロラについて弟に話をした時、弟は目を輝かせ、尻尾を大きく揺らして自分も見てみたいと行った。大きくなったら、一緒に見に行こうと約束した。


(結局また本を買っちゃったけど、キーラ喜んでくれるかな……)


突然の大雪に、馬車はなかなか捕まらなかった。オレが屋敷に戻ったのは、夕飯の時間をとっくに過ぎた頃だった。


遅くなって、怒られるかもしれない。オレはビクビクしながら屋敷の扉を開けた。すると、何故か使用人たちは慌ただしく屋敷を走り回っていた。


「ミハイル様!」


玄関にいたオレに、アダムが気付いた。


「どうしたんだアダム。何かあったのか?」


「キリル様が……どこにもいないのです! 皆、総出で探しているんですが……!」


「キーラが!? 一体いつから!?」


「夕方、奥様がキリル様を起こしに行って、その後少し目を離した隙にいなくなっていたと……。それからずっと探しております」


「オレも手伝う! 父上は!?」


「先程連絡がついて、今屋敷に戻って来ている所だと思います。奥様は屋敷の中を探しておられます」


オレは、弟の匂いを辿った。


「キーラ!! どこだ!? キーラ!!」


屋敷のあちこちから弟の匂いがした。弟は屋敷の中を徘徊していたのだろうか?

オレは気持ちを落ち着ける様に深呼吸して、弟が遊んでいそうな場所を思い出していた。


最近……弟は、ひとりで森に行ってた。まさか、雪が降ってるのに森に行ったのか!?


オレは急いで庭に出て、森に入った。雪はどんどん積もって来ていて、足跡なんかは確認出来なかった。それでも、オレは弟の息遣いが聞こえないか、匂いはしないかと、意識を集中させた。


「キーラ! 居たら返事をしてくれ!」


森の中を駆けまわっていると、木の根元に、不自然な雪の膨らみがあるのに気が付いた。


(何であそこだけ雪が……まさか!?)


オレは急いでその木の根元に駆け寄り、雪の膨らみをかき分けた。

すると、オレの手に柔らかい何かが辺り、雪の中から青白い顔をした弟の姿が現れた。


「キーラ!!」


オレは動かない弟を抱えると、急いで屋敷に向かって走り出した。



月・水・金曜日に更新予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ