62 夢の中へ
62
「ルーファスさん」
次の日の朝食の後、優里は、中庭の東屋で食後の紅茶を飲んでいたルーファスに話しかけた。優里は、ルーファスに告白の返事をしなければと思っていたのだ。
「ユーリ、どうしたんだい?」
「えっと……その……」
優里は下を向いて、少し言いづらそうな態度をとったが、意を決してルーファスに向き合った。
「あのっ、私……好きな人がいるんです!」
ルーファスは、少しビックリしたように優里を見た。
「……ごめんなさいルーファスさん、だから私は……あなたの気持ちには答えられません」
優里はそう言って、深く頭を下げた。ルーファスは手に持っていたカップを静かにソーサーに置くと、にっこりと笑った。
「うん、知ってたよ。シュリだろう?」
「え?」
ルーファスの口から、思ってもみなかった言葉が飛び出し、優里は思わず顔を上げた。
「キミは、シュリが好きなんだろう? でも……予想が外れたな。キミがそれに気付くのは、もっとずっと後だと思っていたよ」
「……え? え?」
優里は状況が呑み込めず、ポカンとした表情でルーファスを見つめた。
「キミが自分の気持ちに気付くよりも前から、ボクはキミの気持ちを知ってたよ。キミは、とてもわかりやすかったからね」
「わかり……やすかった?」
ルーファスはカップを持ち上げ紅茶を一口飲むと、口を開いた。
「ボクがアリシャの話をした時、キミはすごく不安そうにしたし、鉱山の街の作業場で、シュリにおはようって言う前に深呼吸して、すごく緊張してたのが伝わったよ。北の国に転移する時、シュリに手を繋がれて赤くなってたよね。シュリが昏睡してた時もとても動揺していたし、目覚めたシュリを涙目で見つめて、その後シュリに抱きしめられたキミは……」
「まっ、まっ、待って下さい!!」
事細かく説明を始めたルーファスを、優里は真っ赤になって止めた。
「ルーファスさんがアリシャさんの話をしたのって……初めて会った時ですよね!? てことは……ルーファスさんは、最初からずっと、私がシュリさんの事が好きって気付いてたって事ですか!?」
「うん、まぁ、そういう事だよね」
「な、なのに私の事が好きって……」
頭を抱える優里に、ルーファスは悪びれもせずに言った。
「告白した時に言っただろう? ただ、ボクの気持ちを知って欲しかったって。キミがシュリに夢中なのは一目瞭然だったけど、キミ自身もその事に全く気付いてなかったみたいだったから、告白すれば、少しはボクの事も気にしてくれるかな~って思ったんだ」
ニコニコとそう語るルーファスに、優里は脱帽した。
「私……真剣に悩んだんですけど……」
「ボクも真剣だよ、ユーリ。真剣に、キミと子供を作りたいと思ってるよ」
「そっ、そうゆう事を軽く言われても、私の事からかってるようにしか思えません!」
優里が赤くなって反論すると、ルーファスは急に真顔になり、優里の手首を掴み自分の方へ引き寄せた。
「きゃっ……」
立っていた優里は、座っているルーファスへ倒れ込み、ルーファスは優里が立ち上がれない様に強引に腰へ腕を回した。
「ちょっ……ルーファスさん!」
ルーファスの吐息が耳にかかり、優里は慌てて離れようとした。
「ユーリ、ボクはね、本当はずっと我慢してるんだよ……。キミの……血を、吸いたくて吸いたくて仕方ないのを……」
色っぽく耳元で囁かれ、優里は息をのんだ。
「ル……ルーファスさんっ! 離して下さい!」
優里はルーファスの胸板に手を当て、グッと押したがびくともしなかった。
ルーファスは優里の白い首筋に唇を近付けたが、フッと息をついて優里を離した。
「……なんてね。ユーリ、キミの気持ちはわかった。キミが……ボクにちゃんと向き合ってくれた事が嬉しいよ」
ルーファスは穏やかな口調でそう言うと、優しく笑った。
「ルーファスさん……」
優里はまたからかわれたような気分になったが、ルーファスの声色と瞳の奥に、少し寂しさの様なものが見えた気がして、申し訳なさそうな顔をした。
そんな優里に気付き、ルーファスはいたずらっぽく笑った。
「シュリにフラれたら、いつでも慰めてあげるよ」
「うっ……そうならないように頑張ります」
優里はぺこりと頭を下げ、その場を離れた。
(ユーリ……優しいキミは、シュリとルドラの“約束”を知った時、どうするだろうね)
優里の後ろ姿を見つめながら、ルーファスは冷めてしまった紅茶に口を付けた。
「ユーリ」
ルーファスと東屋で話をした後、ひとりで歩いていた優里に、ミーシャが声をかけた。
「ミーシャ君、どうしたの? もしかして、もう夢を見せる準備を始めるのかな?」
「いや……実は、泉から城に戻った時に、バルダー様からお前が見せる過去の夢の話を聞いたんだ。アイリック様の過去の夢を、バルダー様も共有したって……。それで……」
ミーシャは優里の瞳を見つめると、真剣な顔で言った。
「オレも、母上の過去の夢を共有したい。何ができるってわけじゃないけど、そばにいたいんだ」
「え……」
「母上に過去を見せるという事は、キーラの……弟の死をもう一度認識させるって事だ。勿論、それが目的なんだけど、そんな辛い状況の時に、母上をひとりにさせたくない。オレが……そばで支えたいんだ……」
ミーシャは、懇願するような瞳で優里を見つめた。
(ミーシャ君……)
優里は、母親を心配するミーシャの気持ちを汲んであげたいと思った。
「うん、わかった。バルダーの時みたく上手くいくかはわからないけど、クロエにも相談してやってみよう。でも、夢を見てる相手には干渉できないよ?」
「ああ、それもバルダー様から聞いてる。オレが母上のそばにいたいだけだから……。ありがとう、ユーリ」
優里は、早速相談する為に、クロエの部屋に向かった。そんな優里の後ろ姿を見つめながら、ミーシャは拳を握りしめた。
(母上が……キーラの死を認識したら、オレは……オレは、母上に真実を言うんだ……。それでオレが、この屋敷に居られなくなるかもしれないとしても、オレは……)
ミーシャは何かを決意するかのように、握りしめた拳を胸に当てた。
昼過ぎ、優里たちはキーラの治療の相談という名目で、ミーシャの母レイラを呼び出した。
「キーラ君の話をする前に、貴方の健康状態を診せてもらっても?」
「え? ええ……構いませんが……」
少し不安げな表情のレイラの手を、優里が握った。クロエもさり気なく近くに立ち、ハヤセに向かって目配せした。
「このふたりは僕の助手です。大丈夫、心を落ち着けて、呼吸を楽にして下さい」
「母上、オレも近くにいるので、安心して下さい」
ミーシャはレイラの隣に座ると、もう片方の手を取った。
「ミーシャ……私の健康状態を診るなんて、やっぱりキーラが病弱なのは、私のせいなの?」
「違います母上!」
ミーシャはギュッとレイラの手を握りしめた。
「レイラさん、キーラ君の治療のヒントが欲しいだけですよ。血圧を測りたいので、目を閉じて深呼吸をして下さい。ゆっくり息を吸って……吐いて……」
レイラはハヤセの言葉に従い、目を瞑り深く息を吸った。クロエはそっとレイラの手を握っている優里に耳打ちした。
「ユーリ様、ミーシャもレイラさんに触れているこの状況なら、バルダーの時の様に、過去の夢を共有出来ると思いますわ」
優里は、心配そうに母を見つめているミーシャを見た。
「よし、行こう」
「かしこまりましたわ」
クロエは優里に触れ、魔力をコントロールした。
(誰かの夢を共有する事で、救う事もできる。バルダーがそうだったように……)
優里は目を瞑り、その可能性にかけた。
(頼む、ユーリ! 母上を……助けてくれ!)
ミーシャはレイラの手を握りしめたまま、強く祈った。
(ミーシャ君を助けたい……! ミーシャ君の心を救いたい!)
優里の強い思いを感じ取り、クロエは過去の夢を見せるスキルを発動させた。
優里の体が紫色に輝き、その輝きは光の粒になってレイラと、レイラの手を握りしめていたミーシャにも降り注いだ。
(……なんだ? 急に…眠……)
ミーシャは抗えないほどの睡魔に襲われ、隣を見ると、レイラも眠たそうにミーシャの方へもたれかかってきた。
(これが……ユーリの、過去を見せる……スキル……か)
ミーシャは静かに目を閉じた。
(母上……キーラ……オレは、オレ……は……)
気が付くと、優里は小さな部屋の中にいた。部屋の真ん中には、銀色の髪に犬の様な耳と尻尾が生えた獣人の子供が、寝っ転がって絵を描いていた。
(あの子は……)
優里が気付いたのと同時に、隣にいた女性が声を上げた。
「キーラ!?」
(えっ……)
優里が隣を見ると、そこにはレイラの姿があった。
「あれは……キーラ? いいえ、あれは……あの子は……」
「レイラさん!? どうしてレイラさんが……」
優里が驚いていると、後ろからクロエの声がした。
「申し訳ありませんユーリ様、ユーリ様のミーシャを助けたいと願う思いが強すぎて……引っ張られてしまいました」
「ミーシャ……、そう……あの子はキーラじゃない……でも……」
レイラはそう呟いて、口元に手を当てた。
(レイラさん、思い出しかけてる!? そうだ、ミーシャ君もキーラ君の死には直面してるはず。なら、ミーシャ君の夢の中で、キーラ君の死を知れば、レイラさんも思い出すかもしれない)
優里は動揺しているレイラに、静かに語りかけた。
「レイラさん、落ち着いて聞いて下さい。ここは……ミーシャ君の過去の夢の世界です」
「ミーシャの……夢?」
「はい。過去の夢を見せる、私のスキルです。レイラさん、私たちと一緒に、ミーシャ君の過去の夢を視て下さい。あなたの……大切な何かを取り戻すために」
優里は真剣な表情でレイラに訴えた。レイラは動揺しながらも、部屋の真ん中で絵を描いている子供姿のミーシャを見つめた。
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