60 恋は落ちるもの
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優里は虹色の光に包まれ、頭の中に浮かんだ言葉に首を傾げた。
「浄化……?」
「浄化!?」
優里が取得したスキルに、ハヤセとリヒトは目を見開いた。
(えっ!? ふたりがこんなに驚くなんて、もしかして結構レアなスキルなの?)
「浄化って、どんなスキルなんですか?」
優里は期待に胸を膨らませた。
「浄化は、天使固有のスキルです。他の種族が……ましてや、悪魔族のユーリさんが取得できるなんて……」
驚くリヒトの顔を、猫はビー玉の様なクリクリした瞳で見た。
『この世界の者達の様に、成長と共にスキルを覚えていくのではなく、ポイントでしかスキルを覚えられない転生者ならではの特権とでもいうべきか……しかし長年転生者と関わってきたが、中々珍しい事例じゃ』
「そうなんですね……。ところで、浄化って具体的にはどんな事ができるんですか?」
『浄化は、穢れや汚れを祓うスキルじゃ。天使にとっては基礎中の基礎のスキルじゃから、そこまでレアと言えるようなモノではないな。悪魔族のおぬしが覚えたという事がレアじゃ。まぁ、このスキルがあれば……とりあえず水が美味くなるぞ』
「浄水って事ですね……」
優里は少しガッカリした。
『あからさまにガッカリするでない。意外と便利なスキルじゃぞ。洗濯もラクになるし、洗い物や部屋の掃除もお手の物じゃ』
「ユーリさん、カリスマ主婦目指して頑張って下さい」
「……リヒト君、馬鹿にしてるでしょ?」
優里のじろりとした視線から、リヒトは目を逸らした。そんなふたりの様子を見ていたハヤセが、少し心配そうに口を開いた。
「優里ちゃんの魔力の制御をしているクロエには、今回取得したスキルの事を言っておくべきだとは思うけど……天使固有のスキルを悪魔族が覚えたなんて言ったら、変に思われたりしないかな」
「確かに……」
ハヤセの言葉に、優里も不安になった。
「一応説明して、もし変に疑い始めたら、すぐにリヒトに記憶を消してもらおう。その後は、何かうまい言い訳が思いつくまで、浄化のスキルの事はクロエには内緒だ。クロエの召喚が解けてからそろそろ半日経つ。優里ちゃん、呼び出せるかどうかやってみてもらってもいいかい?」
「うん……」
『では、わしはもうゆくぞ』
「あ、猫さ…じゃなくて、神さま、ありがとうございました」
『またいつでも呼ぶがよい』
優里が礼を言うと、猫は虹色の光と共に消えた。
優里がスキルを取得していた頃、シュリたちは別室で解毒薬作りの準備を進めていた。
「ミーシャ、悪いが少しルーファスと話がしたい。席を外すが構わないか?」
「……? ああ、オレは器具を倉庫から運び出しておく。アダムにも手伝ってもらうから気にすんな」
「すまない、すぐ済む」
シュリはミーシャに断りを入れ、ルーファスを庭にある東屋まで連れ出した。そして真剣な表情でルーファスに向き合った。
「ルーファス、すまなかった」
開口一番、シュリに謝られ、ルーファスはある意味驚いた。
「わたしは、お前やユーリの気持ちを考えず、自分の考えだけを押し付けようとしていた。わたし自身もそれを望んでいた訳ではなかったのに……。わたしが鉱山の街の作業場で言った事は、お前の、純粋にユーリを思う気持ちを無視したものだ。本当にすまなかった」
「……」
申し訳なさそうに目を伏せるシュリを、ルーファスは黙って見つめた。
「それでも……お前がユーリを大事に思っていて、ユーリもお前に信頼を寄せているなら……わたしはふたりに恨まれても、自分の考えを曲げないつもりだった。優里の信念を守る為には、それしかないと……。だがわたしは、酷いジレンマに襲われた。ユーリをそばにおく事と、ルドラとの約束、どちらも私にとって大事なことだった。目の前でお前とユーリが仲良くしているのを見て、焦燥感に駆られる一方で、ルドラとの約束を守る使命感にも襲われた」
シュリは顔を上げると、真っ直ぐルーファスを見た。
「ユーリを誰にも渡したくない。ずっとそばにおいて、ずっと抱いていたい。だがわたしは、約束を守らなければならない」
ルーファスは短く息をのみ、シュリに問いかけた。
「それで、キミの出した答えは、ボクには“渡さない”だろ?」
「……そうだ。お前には“渡さない”し、約束も“守る”。その為に、これからどうしていけばいいのかを考える」
「……ユーリの気持ちは考えたの?」
「これは……わたしの我儘だ。ユーリにも納得してもらえるような答えを探し出す」
凛とした声で強くそう言ったシュリに、ルーファスは表情を和らげた。
「ま、鉱山の街で言ってた事よりかは、だいぶマシだね。ちなみにボクは、既にユーリに告白してるよ。彼女は、ボクの事を真剣に考えてくれると言った。キミよりかボクの方が進んでるね」
ルーファスがどや顔でそう言ったので、シュリはフッと鼻で笑った。
「わたしも、先程城で気持ちを伝えたぞ」
(いや、アレ全然伝わってなかったと思うよ……)
ルーファスは、バルダーたちの決闘の最中に、シュリが優里に告白の様なものをしていた事を知っていたが、それがちゃんと伝わっていない事もわかっていた。だが、あえて言わなかった。
「シュリ、ボクは、キミのそうゆう天然でかわいい所が好きだよ」
「何がだ? わたしはお前が嫌いだ」
「またまた~! ボクの事、信頼できる相手って言ってたよね?」
「お前はわたし以外で、唯一死なずにユーリに生気を与える事ができる最大の恋敵だ。お前にだけは、絶対にユーリを渡さない」
「シュリ……気付いていたかい? ボクがユーリを吸血したら、ユーリは一時的にスキルが発動できなくなる。アイリックの魔力を抑える鎖とは違う。スキルだけを使えなくすることができるんだ。つまりボクは、ユーリの毒を食らう事なく、彼女に生気を与える事ができて、なおかつそのまま彼女を“抱く”事が可能だ」
ルーファスがシュリの肩を抱きながらそう言うと、シュリは冷たい深い海の色の瞳を鋭く光らせた
「お前が吸血すれば、相手は意識を失うだろう?」
「知らなかったのかい、シュリ? ボクはいつも、飲む量を調節してるんだよ。気を失わない程度に血を吸う事なんて容易い」
「……やはり、お前だけは生かしておけない」
「ボクが不死身で残念だったね」
シュリは、したり顔のルーファスを睨みつけると、踵を返し屋敷の方へ戻って行った。
「……ボクにしてみたら、キミはまだまだ未熟で、恋に落ちたばかりのかわいい子供だ」
ルーファスは何故か少し嬉しそうに、屋敷へ向かうシュリを追いかけた。
「浄化……!? 天使固有のスキルをモノにしてしまうなんて……さすがユーリ様ですわ!!」
一方、新しいスキルについて説明を受けていたクロエは、目を輝かせた。
(微塵も疑われなかった……)
クロエの様子に苦笑いしながらも、優里たちはホッと胸をなでおろした。
(そして、召喚に必要なクールタイムは、半日って事がわかった。覚えておこう)
「じゃあ僕たちは失礼するよ。シュリの解毒薬作りを見学したいんだ。優里ちゃんもクロエも、明日の為に今日はゆっくりしてね」
ハヤセはそう言うと、リヒトと共に部屋を後にした。
「浄化って、あんまり使いどころが無さそうだけどね」
ハヤセたちが出て行った後、優里とクロエはアダムにお茶とお菓子を用意してもらい、のんびりしていた。
「そんな事ありませんわ、ユーリ様! 浄化……即ち、ユーリ様の毒スキルも、浄化出来るという事ではありませんか!?」
「え?」
クロエの言葉に、優里は思わず口元に運んだお菓子を持った手を止めた。
「浄化は穢れや汚れを祓うスキル……。体内に入った毒も、不純物とみなされれば排除する事が出来るんじゃないでしょうか? そうなれば、シュリじゃなくとも、ユーリ様に死なずに生気を分ける事が出来るはずですわ! さあ! 試しにわたくしから生気を吸ってみて下さいまし! さあ、さあ!!」
息を荒くして迫って来るクロエに、優里は後ずさりをした。
「いや、ま、待ってクロエ! ホントに毒を浄化できるかわからないし、毒に侵されたクロエが魔力を操れるかもわからないし!」
「……では、今度解毒薬を準備した上で試してみましょう。もしも浄化に毒を排除する効果があれば、誰からでも生気を吸えるという事になります。ユーリ様が誰の命も奪わずに済み、シュリやルーファスがいなくても大丈夫という事になりますわ!」
(シュリさんが……いなくても……?)
優里の心に、何故か焦りの様な感情が生まれた。
(私は……その方法をずっと探してた。素敵な人と恋をする為に、シュリさんから離れる方法を、ずっと考えてた……はずなのに……。なんだろう、この気持ち……)
優里は胸の前でギュッと拳を握り、言い訳の様にクロエに説明した。
「でも、シュリさんは……私の毒スキルがないと眠れないし、生気を貰うならシュリさんからじゃないと……」
「ユーリ様は優し過ぎますわ。人の事よりも、ご自分の事を考えて下さいまし」
「わ、私は……シュリさんに毎日ちゃんと眠って欲しいし……」
下を向いてもごもごと口を動かす優里を見て、クロエは眉間にしわを寄せた。
「ユーリ様……少し前から思っていたのですが、ユーリ様はシュリの事が好きなんですの?」
「え?」
クロエの言葉に、優里は思わず顔を上げた。
「前に温泉で、シュリに手を出されないと言った時も残念そうでしたし、あのダヴィードの泉に落ちた時、ユーリ様の思念が魔力と共に流れてきたのですが、シュリの事を思っているのが伝わってきました。そして今も……ユーリ様はシュリからしか生気を貰いたくない様に感じられます。それは……シュリの事が好きだからではないのですか?」
「え……」
優里は、今まで自分の中にあった不可解な気持ちが、ストンと落ちたのを感じた。
(私が……シュリさんを……好き?)
「シュリに、恋をしているのではないのですか?」
クロエの一言に、優里の顔がみるみるうちに赤くなっていった。
「こっ、恋!? 私が、シュリさんに!?」
優里は自分自身の頬を両手で挟み、口をパクパクさせた。
「そっ、そりゃあ私は恋がしたかったけどっ、でっ、でもっ、シュリさんはそういう立ち位置じゃないというかっ、私とシュリさんは、生気を得て睡眠を与えるだけの関係でっ……私にとってシュリさんは、色んな事を教えてくれて守ってくれる頼りになる人って感じで、恋をするとかそんな雰囲気じゃ……」
動揺する優里に、クロエは強い口調で言い放った。
「ユーリ様、恋は、しようと思ってするものではございません。落ちるものなのですよ!」
(えーーーー! そ、そうなのーーーーーー!?)
知らない間に自分は恋に落ちていたのだと、優里は初めて自覚したのだった。
月・水・金曜日に更新予定です。




