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6 ミハイルの正体


『伝説の薬師に会いに行く』


そんなミハイルの言葉を聞いて、シュリはしばらく何か考えていたが、やがて口を開いた。


「東の国に行くというくらいなら、十分な費用は準備してきたはずだろう」


「……騙されて、取られた」


「ええっ!?」


優里は思わず声を上げた。


「夜、宿屋に泊まろうとしてたら女が近寄ってきて、部屋が空いてないから、一晩だけ一緒に泊めてほしいって言ってきたんだ。お金は払うからって。それで……オレの部屋に泊めてやったんだ。でも、朝起きたら、金も荷物も無くなってて……女も消えてた」


「それって……」


(もしかして、行商のおじさんが言ってた、盗賊のこと?)


「それで……女の匂いを追って、ここまで来たんだ。金を返してもらわないと、東の国まで行けない」


ミハイルは唇を噛み締めた。


(子供を騙すなんて……酷い)


「お前の格好を見て、目をつけていたのだろう。どこかで金を払ったときに、大金を持っているのを見られたのかもしれんしな。子供が夜、ひとりでいるなんていいカモだ」


シュリは冷静に分析した。

確かにミハイルは、仕立ての良い服を着ていて、見た目からいい所のお坊ちゃまに見えた。

実際に資産家の息子で、旅の資金として大金を持っていたのだろう。


「ご両親に連絡して、お金を送ってもらう事は出来ないの?」


そもそも、お金持ちのお坊ちゃまが、ひとりで旅をしている事自体が腑に落ちなかったが、送金してもらう事は可能なのではないかと、優里は思った。


「あれは、オレが自分で貯めた金だ。伝説の薬師を探すと決めたのも、オレ自身だ。父上や母上の為に役に立ちたいのに、逆に頼るなんて出来ない」


「でも……」


「金を盗まれたのは、オレ自身の責任だ。親は関係ない。オレは、伝説の薬師を探し出すまでは、絶対にこの旅を諦めたくないんだ!」


ミハイルは小さな手をギュッと握りしめ、強い口調でそう言った。


(まだこんなに小さいのに、強い信念があるんだ……。それでも、こんな子供が女性を襲って食べ物を奪おうとするまで追い詰められて……無一文になって、相当切羽詰まってたんだな……)


優里は複雑な気持ちになり、何も言えなくなってしまった。シュリはミハイルの胸元を見ながら、話を続けた。


「ユーリから木の実を奪うよりも、そのブローチを売った方が金になるし、よっぽど効率がいいんじゃないか?」


ミハイルは、透明に近い青色の綺麗な石が付いた、高そうなブローチを胸に付けていた。


「これは弟の形見だ! 誰が売るか!」


ミハイルは声を荒げた。


(形見……。弟さんは、亡くなったんだ……)


優里は胸が痛くなった。


「どうして、伝説の薬師に会いに行こうとしてるの?」


気軽に聞いてはいけないことなのかもしれないが、優里は、この小さな子供に寄り添いたいと思った。


「……母上が……病気なんだ。色んな医者に診てもらったけど、みんな匙を投げた」


(シュリさんが言ってた。伝説の薬師は、どんなケガや病気も治すって……。根も葉もない噂でも、それにすがる人がたくさんいるんだ……)


優里は、訴えるような目でシュリを見た。シュリもそれに気付き、小さくため息をついた。


「とにかく、今日はもう遅い。とりあえずお前は泊まっていけ。明日また話そう」


シュリがミハイルにそう言うと、下を向き唇を尖らせた。


「……馬ヤローなんて言って……悪かったよ……」


もごもごと気まずそうにしているミハイルの頭を、優里は優しく撫でた。


「明日、朝ごはん食べながら、また話そう?」


「だから……ガキ扱いすんじゃねーよ」


ミハイルは少し赤くなってそっぽを向いたが、尻尾は嬉しそうにブンブンと動いていた。


(頭撫でられるの好きなのかな? かわいいな)


優里は、素直な尻尾に目を細めながら、こっそりとシュリに聞いた。


「シュリさん、私のスキル、この子を襲ったりしないですよね?」


一緒に眠るとなると、優里にはそれが心配だった。

こそこそと話す優里とは裏腹に、シュリはよく通る声できっぱりと断言した。


「ありえないな。誰が毎晩お前を満足させていると思っている? わたしが抱いている最中に、他のヤツを誘惑する余裕など与えん」


「おい! 聞こえてるぞ! エロ馬ヤロー!」


「シュリさん! 私が小声で言った意味を理解して下さい!!」


優里とミハイルは真っ赤になりながら訴えたが、シュリは気にも留めず、サッサと食事の後片づけを始めたのだった。



ミハイルはよっぽど気を張って疲れていたのか、寝床に入るとすぐに眠りについたようだった。


「生意気ですけど……素直な所もありますよね」


優里は、ミハイルの隣に横になり、すやすやと眠る寝顔を見つめた。

シュリは黙って、横向きになっている優里を後ろから抱きしめるように、同じく横になった。


(後ろから……! より一層緊張する!)


シュリの吐息が耳元に感じられ、優里の胸が早鐘を打った。甘い香りが鼻をくすぐり、紫色の靄が立ち込める。


その時、目の前のミハイルの寝顔が歪んだ。


「ごめ……キー……ラ……、母……上……」


そう呟いたミハイルの長いまつ毛の間から、ポロリと涙がこぼれた。

片手で胸元のブローチを握りしめ、うなされているように見えた。


(泣いてる……?)


優里は、朦朧としながらも小さく丸まったミハイルを見つめ、シュリに言った。


「……あの、ミハイル君の手を握っても……大丈夫ですか?」


「……好きにしろ」


シュリは静かにそう言うと、自分の指を優里の唇に押し付けた。


「んっ……」


シュリの指から、生気が入ってくるのがわかった。


「んん……」


押し付けられた指に夢中で吸い付きながらも、優里はそっとミハイルの手を握った。

そのぬくもりに落ち着いたのか、ミハイルは再びすやすやと寝息を立て始めた。


(よかっ……た……落ち着いた……みたい……)


優里はホッとして、そのまま眠りについた。



次の日、テントの隙間から僅かに射す日の光で、優里は目が覚めた。


(また……生気をもらったまま、寝ちゃったんだな……)


緩やかに意識を取り戻す中、誰かの手のぬくもりを感じた。


(あぁ、そうだ。昨日、ミハイル君の手を握ったまま寝たんだっけ……)


しかし、小さな子供の手にしては、何かがおかしいと思った。


(なんか……大きい? ゴツゴツしてるような……)


ゆっくりと目を開けると、優里は、目の前で横になっている、知らない男性の手を握っていた。


「は……?」


一瞬で目が覚め、飛び起きた。


「キャーーーーーー!!」


突然の悲鳴に、優里を後ろから抱きしめたまま眠っていたシュリも、目を覚ました。

見知らぬ男性も、優里の悲鳴で目を覚まし、大きなあくびをしながら起き上がった。


「なんだよ……うるせぇな……」


「な、なんですかあなた!? 誰ですか!? 勝手に、こんな、ひっ、人のベッドに……!!」


優里はパニックになりながら、男性に向かって叫んだ。


「あぁ? 誰って……昨日名乗っただろ」


男性は、頭をくしゃくしゃとかきながら、優里を見た。


「え?」


(昨日? 名乗った??)


優里の後ろから男性を見ていたシュリが、呟いた。


「これは……驚いたな」


さすがのシュリも、本当に驚いた様子で、優里に言った。


「この男は、ミハイルだ」


「え……」


(ミハイル? だ、だって、ミハイル君は小さな子供で……)


混乱しながらも、優里はまじまじと男性を見た。


満月のような金色の瞳に、銀色の髪の毛、犬のような耳に、ふさふさとした尻尾……確かに、ミハイルと同じ特徴があった。


「あー……、昨日言い忘れたけど、オレ、夜になるとガキの姿に変身するんだ」


「えぇーーーーーーーー!?」


(つまりは、こっちが本当の姿ってこと!?)


「朝食を準備する。詳しい話を聞こう」


動揺する優里を尻目に、シュリは冷静にそう言ってテントを出て行った。


「オレをガキ扱いするなって、言ったろ?」


そう言って、いたずらっぽく笑うミハイルからは大人の色気も感じられ、優里は、この先も翻弄されそうな予感でいっぱいになった。


月・水・金曜日に更新予定です。

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