59 スキル取得
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ハヤセの転移魔法でミーシャの家に戻った優里たちは、心配していたミーシャの父親、ヴィクトルに諸々の報告をした。
ヴィクトルは城には赴いていなかったが、ハヤセが千里眼で視ていた内容を説明していた為、状況を把握していた。
「バルダー様が生きておられたという事も喜ばしかったが、皆が呪いに対して意見を改めたのが何よりも素晴らしい事だ。バルダー様は、ご自分でその偉業を成し遂げた。国王陛下もアイリック様も、悪政を行おうとしていたハラルド大臣から北の国を守る為、密かに動いておられた事を知った。我が国の王族は、尊敬に値する偉大な方々だ」
「はい、その通りです父上!」
ミーシャも、自身の国の王族の素晴らしい活躍に、誇らしげに胸を張った。
「すぐにでも陛下や王子たちに会いたいと謁見を申し込んだのだが……何故か受け入れてもらえず、3日後にまた申請する様に言われてな……何故だろう?」
「あ、そ、それは……王宮内は、後処理で少し立て込んでいる様でしたよ」
(まさか、王子ふたりが乳母に石にされたなんて言えないよね……)
優里が苦笑いをする中、ヴィクトルの疑問を、ミーシャは何とか誤魔化していた。
「お前が家を飛び出した時……本当はすぐに連れ戻すつもりだった。だが、ハヤセ先生に自分の息子を信じろと言われてね……。先生は、バルダー様を助ける為にお前が必死で行動していると、千里眼で視た光景を私に教えてくれていたんだ。危険な事もあったようだが、無事に戻って来てくれて本当によかった」
ヴィクトルはミーシャに向かってそう言うと、安堵の息を漏らした。
「……心配をおかけして、申し訳ございませんでした、父上」
ミーシャは少し気まずそうに俯いた。
「自分の息子を心配するのは、親として当然だ。ミーシャ、お前は私の跡取りとして、本当によくやってくれている。学校での成績も優秀だし、まだ17だというのに大学の研究にも助力していて、私も鼻が高い」
「17!?」
優里は、思わず声を上げた。
(ミーシャ君、17歳だったの!? 若いはずだ!! 私とひとまわり以上も離れてたなんて!)
「オレは……まだまだです、父上。早く、父上が安心して全てを任せられるように、これからも努力していきます。今回、間近でバルダー様たちを見て、改めてそう思いました。オレもバルダー様たちのように、自分の力で大切な人たちを守れるような、立派な男になりたいです」
「ああ。期待している」
ヴィクトルにそう言われ、決意を新たにしたミーシャは、シュリの方へ振り向いた。
「よし! シュリ! 早速解毒薬を作ろう! オレの家には、鉱山の街の作業場よりも道具が揃ってるから、もっと質のいいやつが作れるかもしれないぜ!」
「……ああ、また手伝ってくれ、ミーシャ。あとルーファス、少し……話がある」
シュリにそう言われ、ルーファスもシュリたちと一緒にその場を離れた。
「さて……じゃあ、僕たちも」
ハヤセはヴィクトルにお願いして客間を貸してもらい、優里とハヤセとリヒトの3人は、その客間に入ると鍵をかけた。
「そういえば……アスタロトの姿が見えないけど、大丈夫?」
アスタロトが、自由に煉獄と地上を行き来できる事をリヒトから聞いていた優里だったが、何かしでかすのではないかと少し不安に思っていた。
「大丈夫ですよ。構って欲しい時は自分から寄って来る方なんで。そうでない時は、ほっといて欲しいという事です」
(めちゃくちゃ自分勝手だな……)
リヒトの言葉に、優里は苦笑いした。
「途中で邪魔されたら面倒だから、一応結界を張っておくよ」
そう言って、ハヤセは部屋の壁に向かってぐるりと左手をかざした。すると薄い緑色の膜の様なものが部屋全体に広がり、優里はこれが結界というものなのかと思った。
「じゃあ、早速地図の使い方を説明するね。ところで優里ちゃん、色が違う星を既に持ってたりする?」
「うん! ひとつだけあったと思う!」
優里はポーチから地図を取りだした。
「あれ……」
優里は、地図が見た事もない様な状態になっている事に気が付いた。
「どうかした?」
「えっと……なんか、地図の右上にワイプみたいに隔離されてる部分があって……そこにも色が違う星マークがある……」
「ああ、それはね、優里ちゃんが助けた人が、この付近以外の場所にいる時にそうやって表示されるんだ。この地図は、自分の周り……せいぜい、半径1キロぐらいしか表示されないんだけど、色が変わった星がある時に限って、離れていても使えるように、ワイプで表示されるんだよ」
「そうなの?」
優里は地図を見ながら考えた。色が変わった星のひとつは、ヴォルコフ家に記されていた為、これがシュリやミーシャと共にいるルーファスの星だという事はわかった。
(この場にいない人たちで、私が関わったのはアイリック様にバルダー、アスタロトとデクさんたち……その中で、私が助けた人ってなると……)
その時、優里はバルダーに言われた言葉を思い出した。
『俺は、ユーリが視せてくれた兄上の夢のおかげで、救われた。兄上の心の内を知る事ができたし、母上の温かい愛情を感じる事ができた。俺の中にあった辛い記憶が、優しいものに変わった。俺はちゃんと愛されていたんだと……心が、救われたんだ』
(ワイプの星は……きっと王宮にいるバルダーのだ。バルダーは、私の夢のおかげで心が救われたって言ってた。私が実際に夢を見せたのはアイリック様だったけど、その人に関係している誰かの夢を共有する事でも、救う事ができるのかもしれない)
「とにかく、色が違う星があるなら、その数だけスキルの取得が可能だよ。試しに一度やってみようか」
考え込んでいる優里に、ハヤセが声をかけた。
「うん!」
「じゃあまず、神様を呼び出そう」
「神様を?」
「うん。転生の手続きをした時、猫の神様に会ったでしょ? あの神様が、言わば僕たちの担当者だから、スキルの取得もあの猫神様にお願いするんだ」
(あの猫さんは、神様だったのか……。そういえば、この世界に降り立った時、最後にそんな事を叫んでいたような……)
本当に何もわからないまま転生させられたんだな……と、優里は改めて思った。
「神様を呼び出すのは、案外簡単だよ。地図を手にして、『神様、来て下さい』って念じるだけ。やってみて」
「うん、わかった!」
優里は地図を持ったまま、ハヤセに言われた通りにした。
(神様、来て下さい……)
優里はそう念じ、ドキドキしながら待っていると、目の前に虹色の光が差し込み、光の中から1匹の猫が現れた。
『なんじゃ、おぬしも遂にスキルポイントを取得したか』
「神……さま?」
目の前に現れたのは、あの時の服を着て二足歩行をしていた猫ではなく、グレーの毛並みに青い目をした普通の猫だった。
『いかにも。この姿は、わしの分身体じゃ。本業をおろそかにするわけにはいかんからの』
不思議そうな顔をしている優里の疑問を察したのか、猫はそう言うと近くにあったソファーへと飛び乗り、ハヤセに目を向けた。
『どうやらおぬしはフラれたみたいじゃの』
「まだ決まった訳ではありませんよ。絶賛説得中です」
からかい半分の猫の言葉に、ハヤセはにっこりと笑って答えた。
『さて、早速始めるか。ポイントはいくつ使うんじゃ?』
猫は優里の方に向き直った。
「え? えっと……」
「神様、それはそうと、優里ちゃんに何の説明もないまま転生させましたよね?」
ハヤセがじろりと猫を見ると、猫は目を泳がせた。
『そうじゃったかの?』
「そっ、そうですよ猫さん! なんで私はサキュバスなんですか!? しかも厄介なスキルまで!」
『それはアレじゃ、処女のおぬしがとにかくやりたいと言うから……』
「そうなんですかユーリさん? 死してもなお、凄まじい性欲ですね」
リヒトが若干引きながら優里を見た。
「ちっ、違う! そんなこと言ってない!!」
優里は真っ赤になって反論したが、猫は慌てた様子で事を進めた。
『とりあえず星ひとつ分じゃな! ゆくぞ!』
そう言った猫の目が光り、優里の地図から色が違う星がひとつ飛び出した。星は優里の周りをぐるりと飛び回ると、虹色の光になって優里を包み込んだ。
「わっ……」
驚いて目を瞑った優里の脳裏に、“魔力感知”という言葉が浮かんだ。
「魔力…感知?」
やがて光が消え、優里がそう呟くと、猫が説明をした。
『それが、おぬしが新たに取得したスキルじゃ。相手の魔力の感知ができる……即ち、近くに魔族がいる事が見なくてもわかるし、相手の種族も確認できる。まぁ、基礎中の基礎といったスキルじゃな』
「そうですね、この世界の魔族なら、3歳ぐらいで取得できるゴミスキルです」
「ゴミ……!!」
リヒトの一言に、優里はショックを受けた。
「リヒト! それでも、なかったら不便なスキルだよ! 優里ちゃん、前も説明したけど、スキルの取得はランダムで、運なんだよ。落ち込まないで」
優里が、そう言って慰めてくれたハヤセの方に目を向けると、頭の中に“エルフ”という言葉が浮かんだ。
「あ、優一郎君がエルフだってわかります……」
優里はハァとため息をついたが、気を取り直して猫に向き合った。
「ポイントはあとひとつあります! 猫さん! お願いします!」
『よし、前向きなのがおぬしの良い所じゃ! ゆくぞ!』
猫も気合を入れ、優里を見つめた。再び猫の目が光り、地図から星が飛び出した。
(魔力制御、魔力制御……!)
優里は、希望を胸に心の中で欲しいスキルを呟いた。
月・水・金曜日に更新予定です。




