57 決闘
57
「シュリさん!! よかった……目が覚めたんですね!!」
涙目で自分を見つめる優里を見て、シュリは胸が締め付けられるのを感じた。そして、優里の頬に優しく手を添えると、申し訳なさそうに言った。
「心配をかけてすまなかった、ユーリ。私は大丈夫だ」
(僕に対しては出てこなかった言葉を、優里ちゃん相手にはスルッと言える訳ね……まぁいいけど)
ハヤセは軽く唇を尖らせ、横目で優里たちを見た。
「シュリさん……」
優里は張り詰めていた糸が切れたかのように、シュリの胸に顔を埋めた。
「よかった……本当に……あのままシュリさんが目覚めなかったら、私…私……」
小さく震える優里を前にして、シュリは思わず優里を抱きしめた。すると優里の体は紫色に輝き、翼や尻尾が消え、サキュバス本来の姿から人型に戻った。
「安心したか?」
シュリが優しく囁くと、優里は小さく頷いた。
「はい……」
「な……な……な……何をしている貴様ぁ!!」
剣を抜こうとしたアイリックを、バルダーが慌てて止めた。
「お、落ち着いて下さい兄上!」
「離せバルダー! 私の妻を私の目の前で抱きしめるなど、万死に値する!!」
「妻?」
「あ、ち、違うんですシュリさん! この方はですね……」
優里が説明しようとしたが、シュリは優里を抱きしめたままアイリックを見た。
「誰だお前は」
「貴様こそ何者だ!? 妻から離れろ!!」
「わたしはユーリの初めての男だ」
(もはや定番の返し……)
いい加減、優里もこのやり取りに慣れてきていた。
「な……初めての男……だと!?」
「そうだ。毎晩ユーリを抱いている」
「抱っ……!!」
アイリックは顔を紅潮させ、剣の柄を握りしめわなわなと震えた。
「そうか……ユーリ、貴様はこの男と恋人同士なのだな」
「え!?」
優里は赤くなりながらも、考えを巡らせた。
(ちっ、違うけど、ここは丸く収める為にそういう事にしといた方がいいのかも……)
優里がシュリに目配せをすると、シュリは軽く頷いた。
「違う。ユーリはわたしの恋人ではない」
「シュリさん!? 今の頷き何だったの!?」
全く目配せが通じてなかったシュリに対して、優里は思わず突っ込んだ。
「恋人でもない女を毎晩抱いているのか!? 貴様……サキュバスだからとユーリを弄んでいるのだな! 許さん!」
アイリックは手袋を外し、それをシュリへ投げつけた。
「貴様に決闘を申し込む! 貴様の様な男ではユーリを幸せにできない! 私は貴様に勝って、ユーリを我が妻にする!!」
「け、決闘!?」
優里は驚いて、シュリとアイリックの顔を交互に見た。
(私をかけて決闘なんて……めちゃくちゃ憧れのシチュエーション! ……って言ってる場合じゃないよね!?)
とはいえ、シュリの出方に優里は少し期待をした。ドキドキしている優里とは対照的に、シュリは落ち着いた様子でアイリックに言った。
「断る」
「断る!?」
優里は思わず上ずった声を上げたが、シュリは優里を抱きしめる手に力を込めた。
「お前の考えは独りよがりだ。ユーリの気持ちを考えていない。それにユーリはものではない。お前が、ユーリの今後を決めていい訳がない」
シュリは、まるで自分自身に言っているかのように、強い口調で言葉を発した。
(シュリさん……)
「では貴様は考えているとでも言うのか!? 貴様に抱かれるのを、ユーリは良しとしているとでも言うのか!?」
(よ、良しとしてるというか、そもそもシュリさんの抱くってそういう意味じゃないし!)
思わぬ飛び火に、優里の顔が真っ赤になった。
「わたしも……ある男にもっと人の気持ちを考えろと言われ、思う所があった。ユーリはわたしの恋人ではないが、わたしは、誰よりもユーリを大事に思っている。だからこそ……お前には渡さない」
そう言って、シュリはチラリとルーファスを見た。
視線に気付いたルーファスは、シュリを見据えフッと笑った。
(それがキミの出した答えかい? シュリ)
優里の知らない所で、密かに火花が散っていた。
(誰よりも大事って……思ってくれてるの? シュリさん……)
優里は、シュリの言葉に胸が締め付けられ、黙ってシュリを見つめた。
「それに、お前ではユーリに生気を与えられないだろう。もはや論外だ」
「フハハハハ! それは毒スキルの事を言っているのか? 先程そこの吸血鬼にも言われたが、私はいい事を思いついた! 私には、魔力を封じるというスキルがあるのだ! 毎晩ユーリを鎖で縛り、おねだりする彼女の欲を満たしてやる事が出来るぞ!!」
「まるで、ユーリさんが縛られる事を望んでいるかの様な口ぶりですね」
「私、そんなプレイ望んでないからね!?」
リヒトのツッコミに、優里は無駄に恥ずかしくなった。
「生気を吸うには、多少の魔力が必要だ。お前はユーリを餓死させるつもりか?」
シュリは冷静にアイリックをあしらった。
(生気を吸うのって、魔力も必要だったのか……。自分の事だけど、初めて知った)
「貴様、何かと理由をつけて、決闘を受けないつもりだな!? ならば実力行使に出るしかないな!」
アイリックはそう言って剣を抜こうとしたが、そこに参戦するひとりの男がいた。
「この決闘、俺が受けます、兄上」
バルダーは手袋を拾い、アイリックに向き合った。
「バルダー!?」
「兄上、俺も、ユーリが好きです。俺が勝ったら、ユーリを思う事をお許し下さい」
「!!」
(え、えぇえ~!? バルダーが私を!?)
思いもよらぬ告白に、優里は驚きで固まった。
「ユーリ、俺はきっと、初めて会った時からお前に惹かれていた。お前の優しさと温かさに癒され、守っていきたいと思った」
「バルダー……」
「認めたなバルダー。では、私が勝てば貴様はユーリを諦めるのか?」
「俺は諦めませんよ、兄上。なぜなら、俺が勝つからです」
バルダーの優しい山吹色の瞳に、今まで見せた事がない様な好戦的な光が宿った。アイリックは一瞬驚いたが、すぐに口の端を上げた。
「フッ、いいだろう。表へ出ろ。あの吸血鬼に咬まれた事で、私は今スキルが使えなくなっているようだが、丁度いい枷だ」
「兄上は怪我もされてますし、スキルが使えるようになってからでもいいのですよ? 後でそれを言い訳にされても困りますし」
「言う様になったな、バルダー。怪我人に負けて恥をかいても知らんぞ」
「俺は負けませんよ、兄上」
いささか楽しそうなふたりは、城の中庭へと出た。
「モテモテだね、ユーリ。あの王族ふたり、話聞いてた?ってくらいあんたの気持ちを無視して、決闘とか始めちゃうみたいだケド」
アスタロトが楽しそうに優里の顔を覗き込んだ。
「あっ、ど、どうしよう! 止めないと!」
「やらせておけ。たとえどちらが勝っても、わたしは誰にもユーリを渡さない。それだけだ」
シュリは優里を引き寄せ、凛とした声で言った。
「……ユーリ、わたしは……お前と一緒に旅をするようになって、お前の一生懸命な所も、からかった時に見せる恥ずかしそうな顔も、可愛いと……思うようになった」
「……っ!!」
優里は突然のシュリの言葉に、真っ赤になって言葉を詰まらせた。
(シュ、シュリさん、まさかまだ酔いが醒めてない訳じゃないよね……!?)
シュリは優里から視線を逸らさず続けた。
「毎晩お前を抱いて……このままずっと守っていきたいと思った。ユーリ、わたしはお前を……」
その時、部屋の窓ガラスが割れ、バルダーが優里たちの方へ吹っ飛んで来た。シュリは冷静に左手を突き出し防御壁を作ると、バルダーはそれにぶつかった。
「きゃあぁぁ!」
優里が悲鳴を上げる中、アイリックが笑いながらバルダーに剣を向けていた。
「どうしたバルダー! 貴様の本気はそんなものか!?」
バルダーは口の端から流れ出た血を片手で拭うと、ニヤリと笑った。
「手加減してるんですよ、兄上! 俺が本気を出したら、兄上が死んでしまいますからね!」
バルダーはそう言って、アイリックへと突進して行った。ふたりの激しい戦闘に、中庭のバラ園や城の壁がみるみる破壊され、オーガの戦いを目の当たりにした優里は、思わずシュリに訴えた。
「ほっ、ホントに止めなくていいんですか!? お城が壊れちゃいますよ!?」
「わたしの城ではないから関係ない。それよりもユーリ、わたしの話をちゃんと聞いてるか?」
(正直それどころじゃないんですけどーーーー!!)
防御壁の向こうでは、アイリックとバルダーが激しくぶつかり合い、シュリの話が全く頭に入らない優里であった。




