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56 新しいお友達

56


太陽がちょうど真上に位置する頃、ヴォルコフ家の客間のベッドで、ひとりの男が目を覚ました。


「シュリ! 目が覚めたんだね」


ベッドの隣で、椅子に腰かけ本を読んでいたハヤセが、ゆっくりと起き上がるシュリに気が付いた。


「ハヤセ……なぜお前がわたしの部屋にいる? ユーリはどこだ」


シュリは、目覚めた時はいつも隣にいる優里の姿を探した。


「シュリ、君は、本来の姿の優里ちゃんに生気を吸われて、丸2日眠り続けてたんだよ」


「何だと?」


「とにかく、僕は君の事を優里ちゃんに任されてるから、軽く診察させて。どこか違和感を感じる所はある?」


「私が眠っている間、ユーリは誰に生気を貰っていた? ルーファスか?」


シュリは、ギュッと拳を握った。


「誰からも貰ってないよ。実は今、優里ちゃんは王都にいるんだけど、ぼくが千里眼で視ていた限り、まだ誰からも生気を貰ってないし、本人も欲してないみたいだ。これは憶測だけど、君が丸2日目覚めなかったのは、本来の姿になった優里ちゃんに、2日分の生気を奪われたからじゃないかな? それで優里ちゃんも、今の所は生気を欲していないのかもしれない」


「……」


シュリは口元に手を置いて少し考えた後、ハヤセの方を向いた。


「なぜユーリは王都に行った?」


「その事も、一から説明するよ。よし、体も問題ないみたいだし、何か口にした方がいい。寝ていただけとはいえ、解毒するのに体力を消耗したはずだ」


「水だけでいい。わたしが目覚めたという事は、ユーリの生気が切れる可能性がある。手短に説明して、早くわたしをユーリの元へ連れていけ」


シュリはそう言って、少しよろけながら立ち上がった。


「君ってホント……ムカつくよね。優里ちゃんの事が気掛かりなのはわかるけど、君の面倒を見てた僕に、労いの言葉のひとつも言えないわけ? 僕だって一応、君の事心配してたんだよ」


ハヤセは大きくため息をついて、診察の為に手元に広げていた道具を片付け始めた。

シュリはハッとしてハヤセを見つめると、少し目を伏せた。


「……わたしは、もっと人の気持ちを理解しようとするべきだと……ある男に言われた」


「別に、そこまで大袈裟な話じゃないけど、僕は君の召使いじゃない。命令されて動くなんてまっぴらごめんだ」


シュリはハヤセに向き直り、真剣な表情をした。


「ハヤセ、お前を不快にさせるつもりはなかった。すまない」


真摯な態度を見せたシュリに、ハヤセは再びため息をついた。


(僕はただ、心配かけて悪かったって言って欲しかっただけなんだけど……シュリってどこかズレてるよね)


とは言え、頭を下げるシュリを無下にする事もできず、ハヤセは転移魔法の準備をし始めた。


「まぁ、君が言い出さなくとも、僕も王都に向かおうと思ってたよ。僕が魔法陣を描いてる間、君は何か食べて体力を回復させておく事! わかった?」


「ああ。アダムに何か用意して貰おう」


シュリは素直にハヤセの言葉に従い、食事をとる準備を始めた。




その頃、優里たちは王宮の一室に集まっていた。


「……と言う訳で、皆さんの新しいお友達です。皆仲良くするように」


リヒトが、かけてもいない眼鏡を指で押し上げる仕草をしながらそう言うと、隣にいたアスタロトが子供の様に笑った。


「堕天使アスタロトで~す! よろしくね!」


「アスタロト様は煉獄での暮らしが長かった為、地上での生活は色々わからない事があるだろうから、皆さん丁寧に教えてあげて下さいね。ではアスタロト様、あの空いてる席に座って下さい」


「は~い!」


「待て待て待て待て! ツッコミが追いつかねぇ!!」


ミーシャは立ち上がり、しれっと隣に座ったアスタロトに指を指した。


「何でこいつは生きてんだ!? てか新しいお友達って何だ!? まさかこいつを仲間に加えようって言うんじゃねーだろーな!?」


「ミハイル君、仲間外れは良くないですよ。あと、人に指を指すのは失礼です」


「ああ!?」


リヒトの小芝居に、ミーシャは声を荒げた。


「あんた、ミハイルっていうの? どっかのムカつく大天使に由来した、クソみたいな名前だね」


アスタロトは、自分の髪の毛をくるくると指に絡めながら、ミーシャを見上げた。


「……喧嘩売ってんのか、テメェ……」


一触即発といった雰囲気になったその場を治めるように、バルダーが間に入った。


「ミハイル、アスタロトは、この国に巣食っていた呪いという良くない信条を払拭してくれた。北の国の未来の為に、尽力したんだ。その件に関しては感謝しなくてはならない。アスタロトも、皆と上手くやっていきたいのなら、そんな風に人を侮辱する様な物言いをしては駄目だ」


「ザ・正論ですね。さすがバルダー君です」


リヒトが再びかけていない眼鏡を押し上げる真似をすると、アスタロトはバルダーに近寄って、上目遣いをした。


「ふうん……ぼくに感謝してるんだ? じゃあさ、その感謝のキモチをカタチにして見せてよ。とりあえずは、銀貨10枚でいいからさ」


「銀貨……? そうか、地上で生活するとなると、金は必要だな。わかった、何とかしよう」


「おい! バルダー様の優しさに漬け込むんじゃねぇ! この悪魔!」


「アスタロト様、金品の要求は駄目ですよ。バルダー君も、簡単に騙されないで下さいね」


(この小芝居はいつまで続くんだろう……)


優里が苦笑いをしながらみんなのやり取りを見つめていると、アイリックがソファーから立ち上がった。


「事情はわかった。つまりは、北の国を滅ぼそうとしたのは、演技だったという訳だな。アスタロト、貴様の働きには感謝する。だが、もしバルダーが竜に変身しなければ、黒い玉は民に直撃していただろう。貴様のやった事は、あまりにも無計画で危険な行為だ。もう二度と勝手な行動はするな」


険しい顔でそう言ったアイリックを、アスタロトは綺麗な顔で睨み返した。


「……ぼくに命令しないでくれる? 言っとくけどぼくは、無計画にやったわけじゃない。ぼくには、ちゃんと()()()()んだ。こうなる未来がね」


「視えてた? どういう意味だ」


「ぼくはね、あんたたちの過去や未来が()()()んだよ。だから、あの時バルダーが竜に変身するコトがわかってた。何も考えてないとか、勝手に決め付けないでくれる?」


アスタロトは、不満をあらわにしてソファーにもたれかかった。


(過去や未来が視える? そっか、だからあの時……)


優里は、地下牢でアスタロトに言われた言葉を思い出した。


(私を見て、悲惨な死に方をしたって言ってた……。という事は、アスタロトは私が転生者だってわかってるって事?)


優里がチラリとアスタロトを見ると、その視線に気付いたアスタロトが優里のそばに擦り寄り、腕を絡めて無邪気に笑った。


「というワケで、ぼくはユーリたちと一緒に行くから、もうほっといてよ」


「私の妻に勝手に触るな!」


アイリックはすぐさま優里を自分の方へ引き寄せた。


「つ、妻!?」


すっとんきょんな声を出した優里に、アイリックは真剣な表情を見せた。


「ユーリ、私たちは早急に式の準備をしよう。王都は今、呪いの伝承が払拭されたとはいえ、少なからず民は動揺している。この機会に私たちの結婚を発表すれば、喜びに包まれ、北の国全体が再び活気に満ち溢れるであろう」


アイリックが優里の手を取ろうとすると、すぐさまルーファスが間に入り、代わりにアイリックの手を握った。


「王子様、お戯れが過ぎますよ。ユーリをからかってもらっては困ります」


ニコニコと牽制するルーファスに、アイリックの顔が引きつった。


「また貴様か、吸血鬼……! 私はからかってなどいない! 本気でユーリを妻にしたいと考えている!」


「王子様ではユーリに生気を与える事が出来ません。自分の妻をみすみす死なせるつもりなのですか?」


「ぐっ……! 毎晩解毒薬を準備する!」


「ユーリの毒に効く解毒薬は希少なものです。いくら王子様とはいえ、大量に用意するのは難しいですよ」


ルーファスとアイリックが押し問答する中、部屋の床に突如緑色の魔法陣が現れた。


「な、何だ!?」


アイリックは優里を庇う様にして咄嗟に前に出たが、優里はこの魔法陣に見覚えがあった。


(この魔法陣は……!)


それは、鉱山の街の作業場に現れた魔法陣と同じものだった。部屋は緑色の光に包まれ、魔法陣の中央がより一層光り輝き、柱の様な光の中から、シュリとハヤセが現れた。


「シュリさん!!」


優里は涙目になり、シュリの元へ駆け寄って行った。



月・水・金曜日に更新予定です。

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