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53 朝

53


夜が明け、優里はふかふかのベッドの上で目が覚めた。


「ここは……」


ごろりと横を向くと、大人姿になったミーシャが気持ち良さそうに寝ていた。


(ミ、ミーシャ君!? 私、昨日ミーシャ君と寝たのかな!?)


カーテンの隙間から差し込む朝日が、ミーシャの銀髪をキラキラと照らし、大人姿とはいえ、あどけなく無防備な寝顔に優里は釘付けになった。


(そういえば……夕飯の時に、大学の研究室に行ったみたいな話をしてたよね。という事は、ミーシャ君は大学生なのかな……? もう少し若く見えるけど……)


まじまじとミーシャの寝顔を見つめていた優里だったが、ふと我に返った。


(私ってばじろじろ見過ぎ!)


優里はドキドキする胸を押さえ、反対側を向いた。するとそこには、ルーファスが眠っていた。


(えぇぇー!? ルーファスさん!? ルーファスさんも一緒に寝てたの!?)


いつもニコニコしておちゃらけているルーファスだが、綺麗な寝顔に優里はドキリとした。白い肌に長いまつ毛が影を落とし、黒髪がさらりと頬にかかったその寝顔は、まるで美しい絵画のようだった。


(ルーファスさん……やっぱりすごい綺麗な顔立ちしてるよね。こうして見ると、儚げな吸血鬼って感じ……)


優里はまたしても、不躾に見つめている自分に気が付き、目を逸らした。

そして、最後に見たシュリの寝顔を思い出していた。


(シュリさんは、目が覚めたのかな……。それとも、まだ……)


優里は、シュリがそばにいない事に改めて不安を感じた。


(私、思ってたよりもずっと、シュリさんに頼ってたんだな……)


優里がそう思いながらベッドの上で体を起こした時、廊下の方から騒がしい声と足音が聞こえた。


「兄上! そんなに走っては、お体に触ります!」


「これが走らないでいられるか! あの娘があの吸血鬼と一緒に寝てるなんぞ、私は聞いていないぞ!!」


「それは、兄上が城に戻られてすぐ気を失ったからで……。それに、ミハイルも一緒ですから大丈夫ですよ」


「ミハイルは朝になると大人の姿になると聞いたぞ! むしろ危険ではないか! とにかく、間違いがあってからでは遅い!」


騒がしい声は、優里のいる部屋にどんどん近付いて来て、そしてバンと大きな音を立てて扉が開かれた。


「無事か!? 娘よ!!」


「ア、アイリック……様!?」


アイリックは優里を見つけ、足早に近寄ると、両隣で寝ていたミーシャとルーファスをベッドから引きずり落とした。


「何を添い寝してるんだ貴様らは!!」


「いてぇ!!」


「ふご!」


「ア、アイリック様! 乱暴はやめて下さい!」


優里が慌てて止めようとすると、アイリックは顔を赤らめながらじろりと視線を向けた。


「貴様……寝起きのちょっと鼻にかかった声も可愛いではないか! そんな甘い声で話しかけるとは、私を試しているのか!?」


(いや、話しかけたというより、注意したんだけど……てか、相変わらず褒められてるのかキレられてるのかわからない!)


困り顔の優里を見て、アイリックと一緒に部屋に来たバルダーが間に入った。


「兄上、ユーリは生気を欲する時に、毒で相手を死に至らしめるスキルが発動してしまうのです。なので、万が一の時の為に、不死身のルーファスが一緒にいたんですよ。ミハイルは、ルーファスの監視役を自ら志願して、一緒に寝ていたのです」


「いってぇ……何だ? オレ、ベッドから落ちたのか……?」


ミーシャは顔面を打った様で、鼻をさすりながら起き上がった。


「そ、そうなのか!? ミハイル、貴様の働きに気付かず、酷い事をした。すまない」


「え!? アイリック様にバルダー様!?」


ミーシャはまだ状況を呑み込めてはいなかったが、目の前にいる王族に失礼にならぬよう、慌てて身なりを整えた。


「時に娘、貴様、ユーリというのか?」


アイリックは、再び優里の方へ目を向けた。


「え? あ、はい」


「ユーリ……北の国のいい名だ。まるで私の隣に立つ為に生まれてきたようなものだ」


「え?」


アイリックは跪き、優里の手を取るとその指先を自身の唇に近付けた。


「まさに運命と呼ぶに相応しい。私の伴侶となり、共に北の国を導いていこうではないか、ユーリ」


「はい!?」


「あ、兄上!?」


「え!? 伴侶!? アイリック様とユーリが結婚!?」


アイリックの突拍子もないプロポーズに、優里たちは固まった。しかし、そのアイリックを諫めたのは、意外にもバルダーだった。


「兄上、待って下さい。ユーリは……その、毒スキルの事もあって……兄上の身に何かあっては……」


(まさかの危険物扱い!)


優里は少しショックを受けた。


「なんだバルダー、貴様は兄の恋路を邪魔するというのか? まさか、貴様も……ユーリが好きなのか!?」


「え!?」


優里とバルダーの顔が一気に赤くなった。


「あ、お、俺は……」


バルダーはチラリと優里を見ると、一旦目を逸らした後、再度優里を見つめ、真剣な顔になった。


「俺は、ユーリが視せてくれた兄上の夢のおかげで、救われた。兄上の心の内を知る事ができたし、母上の温かい愛情を感じる事ができた。俺の中にあった辛い記憶が、優しいものに変わった。俺はちゃんと愛されていたんだと……心が、救われたんだ」


「バルダー……」


優里が見つめ返すと、バルダーは優しく微笑んだ。


「ありがとう、ユーリ」


穏やかに笑うバルダーを見て、アイリックも口元を緩ませたが、すぐにキュッと引き戻した。


「質問の答えになっていないな。つまり好きなのか? どうなんだ?」


「つっ、つまり……感謝しているという意味では、好意を抱いているというか……」


バルダーは再び赤くなって、しどろもどろに説明し始めた。その時、廊下からひとりの女性が声を掛けてきた。


「アイリック様、バルダー様! こちらにおられたんですか? もう民が城に集まってますよ!」


「フリーダ」


(あっ、この人、アイリックの夢で見た乳母の方だ)


フリーダも魔族だろうか、夢で見た姿より少し年を取ってはいたが、まだ若々しく、長いウエーブした髪型が特徴的な女性だった。


「もうそんな時間か。すぐに準備する」


アイリックはそう言うと、優里に向き合った。


「ユーリ、私たちはこれから、民にハラルドの事を報告する。貴様たちも、その場に同席して欲しい」


「え!? 私たちもですか?」


「貴様たちは、弟の大事な仲間だ。弟のそばにいてやってくれ」


(アイリック様は少し変わってるけど、バルダーの事をホントに大事に思ってる。いいお兄ちゃんだよね)


優里は、アイリックの弟を思いやる気持ちに、心が温かくなった。


「話がよく見えねーけど、とりあえずルーファスを起こすか」


アイリックにベッドから引きずり落とされたルーファスは、未だに床で枕を抱きしめて眠っていた。


「……ああっ! ミーシャ君…ダメだよそんな所を……そんな……大胆すぎるよ、ミーシャ君っ…そこは……あっ! あっ!」


枕を抱きしめながら、床でゴロゴロと悶えているルーファスのとんでもない寝言に、ミーシャの顔がみるみる赤くなった。


「なんつー夢見てんだテメーはぁ!! さっさと起きろーーーーーー!!」


ルーファスはミーシャに胸倉を掴まれ、頭に強烈な頭突きを入れられて、やっと目を覚ましたのだった。




優里たちは身支度を整え、民が待つという城の広場が一望できるバルコニーへ向かって歩いていた。


「次は、もっと優しく起こしてくれないかい? ミーシャ君……」


たんこぶができたおでこをさすりながら、ルーファスがミーシャに言った。


「うるせえ! 夢の中で、オレを犯してんじゃねぇ!」


「いやだなぁ、ミーシャ君、誤解だよ。ボクは夢の中で、キミにマッサージをしてもらってただけだよ。ミーシャ君が想像してる様な、あんな事やこんな事は何も……」


「テメェ……それ以上喋ったら永遠の眠りにつかすぞ、コラ」


ミーシャは再び赤くなって、ルーファスの胸倉を掴み睨みつけたが、ルーファスはニコニコと笑っていた。


「ボクは不死身だよ、ミーシャ君」


「知るか! 何度でもボコボコにしてやる!」


そんなふたりのやり取りに苦笑いをしながら、優里は隣を歩くバルダーに目を向けた。

バルダーは、いつもの山賊の様な格好とは違う、豪華で美しい衣装に身を包んでいた。


(バルダーって、本当に王子様だったんだなぁ……)


視線に気が付いたバルダーに目を向けられたので、優里は慌てて目を逸らした。


「どうした? ユーリ」


「あっ、えっと、ごめん、じろじろ見ちゃって……。バルダー、今日はすごい綺麗な格好してるなと思って」


「ああ、王族として民の前に出るからと、兄上が貸してくれたんだ。俺は王宮にいた時から、あまり公の場に出た事がなかったから、きちんとした服が少なくて……。肩の辺りが少しきついのだが、おかしいか?」


「ううん。すごく似合ってて、かっこいいよ!」


優里の言葉に、バルダーは少し赤くなった。


「そうか、ありがとう……」


照れくさそうに笑うバルダーに、優里もつられて赤くなった。


「なぁんか、あんたたちって平和だよねぇ~」


突然、目の前にふわりと降り立ったアスタロトに驚いて、優里とバルダーは足を止めた。


「ユーリって、バルダーみたいなのが好みなワケ?」


アスタロトが優里に近付いて顔を覗き込んだが、すぐにバルダーが優里を引き寄せ、庇う様に前に立った。


「アスタロト、お前も民の前に出るのか?」


“内通者”という話は聞いていたが、バルダーは禍々しいオーラを放つ悪魔のアスタロトを、まだ警戒していた。


「少し見学するだけだよ。ホントは、ぼくが一番の功労者だと思うケドね」


「……」


「貴様ら何をしている。早く来い」


バルダーは黙ってアスタロトを見つめていたが、前を歩くアイリックに促され、優里を気遣いながら再び歩き出した。


「平和って……タイクツだよねぇ~」


アスタロトは通り過ぎた優里とバルダーの後ろ姿を見つめながら、不敵に笑うのだった。



月・水・金曜日に更新予定です。

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