52 帰還
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「アイリック様!」
アイリックの目の前には、自分を心配する表情で見ているミーシャがいた。そして、ハラルドに刺された所は、応急手当がされていた。
「……貴様がやったのか?」
「い、いえ、これはリヒトが……彼は、あの伝説の薬師の助手です」
「先生の薬を、偶然持っていました。ですがあくまでも応急処置ですので、早急にきちんとした治療を。呼吸も浅かったし、正直駄目かと思いましたが、さすが生命力の強いオーガですね」
リヒトがそう言うと、アイリックはフッと笑った。
「呼び止められたのだ」
そして傷を庇いながら起き上がると、バルダーがそれを支えた。
「兄上!」
「バルダー、貴様も目覚めたのか」
「兄上、俺は逃げません。兄上と共に城に戻ります。父上の事が心配だし、それに……母上が、俺は呪われてなどいないと……俺に人々を救う力があると言って下さいました」
バルダーは何かを決意したような目をしていた。その目を見つめ、アイリックはフッと笑い頷いた。
「よし。共に城に戻ろう。ところであの娘は……?」
優里はクロエに抱えられ、まだ眠っていた。クロエは紫色の光に包まれていて、今にも消えそうだった。
「クロエ、あの時のように、魔力の扉が閉まりそうなのかい?」
ルーファスが慌てて優里を抱え直した。
「はい、ユーリ様の事、頼みましたよ!」
「任せておけ」
なぜかアイリックが返事をし、ルーファスから優里を取り上げると、横抱きをして立ち上がった。
「兄上! 傷に触ります! ユーリは俺が!」
バルダーが手を出そうとしたが、アイリックはすいっとそれを避けた。
「大丈夫だ。この娘は私が運ぶ! 貴様は鳥にでも変身して、サッサと……」
話の途中で、ルーファスがいとも簡単に優里を奪い返した。
「王子様の手を煩わす訳にはいきません。ユーリはボクにお任せ下さい」
ニコニコと笑いながら言うルーファスに、アイリックの顔が引きつった。
「……いや、私の事なら心配無用だ。貴様の善意は心に留めておこう」
そう言って再び優里を奪い返そうとしたが、ルーファスは素早くそれを避けた。
「……貴様、私に喧嘩を売っているのか?」
「まさかそんな! ボクは王子様の傷を心配しているだけですよ」
ふたりの間に不穏な空気が漂った時、リヒトがルーファスから優里を奪い取り、翼を広げ空中へと飛んだ。
「いい加減にして下さい。皆びしょ濡れだし、体力も消耗しています。早く城に戻りましょう」
「飛ぶとは卑怯だぞ貴様ぁ!」
「そうだよリヒト君! ボクはクロエにユーリを任されたんだからね!」
空を飛ぶリヒトに向かって、地上からやいやい文句を言うルーファスとアイリックを見て、ミーシャは大きくため息をついた。
「……バルダー様、リヒトの言う通りです。アイリック様の傷も心配だし、早く城に戻りましょう」
「……そうだな」
バルダーも半ば呆れた様子でルーファスたちを見ていたが、気を取り直し、神経を集中させた。
「城へ繋がる抜け道があるのだが、俺や兄上は体が大きすぎて、もうそこは通れないだろう。兄上たち全員を乗せられる様な、翼がある生き物に変身する」
そう言ったバルダーの体が山吹色に光り、それはみるみる大きくなっていった。そして光が消えると、そこには真っ赤なドラゴンの姿があった。
「す、すげぇ!! めちゃくちゃカッコイイ!!」
ミーシャは思わず感嘆の声を上げた。ルーファスとアイリックも、その姿に息をのんで、言い争いを止めた。
『皆背中に乗って下さい。城まで飛ばします』
「これ……城に近付いたら、むしろ攻撃されるんじゃないかい?」
「いや、私が乗っていれば大丈夫だ」
ルーファスが心配そうに言ったが、アイリックはドラゴン姿のバルダーの背中に飛び乗ると、ルーファスに向かって手を伸ばした。
「一時休戦だ。城に戻るぞ」
ルーファスはフッと息をつくと、ミーシャを抱えてアイリックの手を取った。
バルダーはそのまま翼を動かし、空へと飛び上がった。リヒトは優里を抱えたまま、バルダーの後を追った。
城に近付くと、案の定衛兵が弓を向けた。
「炎竜だ!!」
「城を襲いに来たのか!?」
慌ただしく攻撃態勢に入る衛兵に、アイリックが叫んだ。
「待て! 攻撃するな! この竜は味方だ!!」
「アイリック様だ!! 攻撃止め!!」
衛兵長がアイリックに気付き部下に叫んだが、混乱の中聞こえていない者もいて、なかなか攻撃が止まず、バルダーは必死にそれをかわしていた。
『くっ……近付けない!』
その時、城の屋上に現れた人物が叫んだ。
「攻撃を止めろ!! 背中に乗っている者の姿が見えんのか!!」
その声に驚いた衛兵は、攻撃を止めた。そしてそのタイミングを逃さず、バルダーは屋上へ降り立った。
「よく……戻った、アイリック」
声の主は王だった。王はアイリックに近付くと、血が滲んでいる胸元を見て、顔を歪ませた。
「お前には……本当に辛い役目をさせた……すまない……」
「私は大丈夫です陛下。それより、ハラルドは……?」
「あの男は死んだ。その件を、明日、国民に大々的に報告しなければならない」
「承知しております」
そして、王はドラゴンに目を向けると、涙を浮かべた。
「……バルダー、お前も、無事でよかった」
『……っ!』
バルダーは息をのんだ。黙り込むバルダーに、王は続けた。
「元の姿に戻り、お前も休め。明日は、お前にもわたしの隣にいてもらう」
バルダーは戸惑いながらも、元の姿に戻った。
「バルダー様だ……!!」
「生きておられたのか!?」
事情を吞み込めない衛兵は、バルダーの姿に動揺を隠せなかった。
「全ては明日明らかにする。お前たちは速やかに持ち場へ戻れ」
「はっ!」
王の言葉に、衛兵たちは姿勢を正し返事をすると、足早に職務に戻って行った。
王と共に、アイリックたちも城の中へと入った。すると廊下には、アスタロトの姿があった。
「やあ、また会ったね」
アスタロトは、優里を抱えているリヒトのそばに行くと、子供のように笑った。
「ねぇ、ホントにぼくに殺されると思った?」
リヒトはふうと息をついて、アスタロトを見つめた。
「アスタロト様が考えている事は、俺にはわかりません。けれど……」
リヒトは眠る優里に目を向けた後、アスタロトを睨みつけた。
「いたずらにしては、やり過ぎです」
「ふふっ! サルガタナスにそんな顔をさせるなんて、そのサキュバスに俄然興味が沸いたよ」
アスタロトはそう言って、狭い廊下を歩く人を器用に縫いながら、王の方へと飛んで行った。
「あの悪魔……まだこの城に居座るつもりなのか?」
「……」
ミーシャが心配そうに見つめる中、リヒトも黙って何か考えていた。
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