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47 アイリックの過去 その3

47


「……上、兄上!」


優しい月明かりと弟の呼びかける声で、私は目を覚ました。


「……バルダー……」


「兄上! よかった……!」


弟は、目を覚ました私を見て、心底ホッとしたようだった。


「ここは……どこだ?」


私は辺りを見回した。そこは、森の中だった。横を見ると、それこそ泉と呼ぶに相応しい大きな美しい泉があった。


「場所はわかりませんが、王宮の近くの森の中だと思います。あのダヴィードの泉は、この泉と繋がっていました」


そこで私はハッとした。


「バルダー、貴様、あのイルカの姿はどういう事なのだ!?」


私が弟に詰め寄ると、弟は気まずそうに目を伏せた。


「黙っていて……申し訳ありません」


「あれは貴様のスキルなのか? 貴様は、イルカに変身する事が出来たのか? 一体いつから!?」


私の矢継ぎ早に繰り出される質問に、弟はひとつずつ、静かに答えた。


「スキルと呼んでいいのか、俺にもわかりません。ですが、まだ上手く制御出来ない部分もあるので、恐らく魔力で発動する能力だと思います。イルカに変身したのは偶然です。兄上を助けたいと思って……気付いたらイルカになってました。自分で、これに変身したいと思って出来た事は、まだありません」


「という事は、他の動物にも姿を変えられるのか?」


「……俺が初めて変身したのは、半年ほど前の事です。地下室にネズミが出て、フリーダがネズミを怖がっていたのを思い出して、何とかしたいと思ったんです。それで……気が付いたら猫の姿になってました。猫になった俺に驚いたネズミはそのまま逃げ出して……しばらくして、俺も元の姿に戻りました」


「なぜ私に黙っていた」


私は少なからず落ち込んでいた。年上の自分よりも先に、弟がスキルを身につけた事、私の不注意で弟を危険に晒し、その上助けられた事。兄として、常に弟に尊敬されるような人物でいたいと思っていたのに、弟に先を越されてばかりだ。もしかしたら弟は、私が不甲斐ないから、変身能力の事を相談できなかったのかもしれない。


弟はギュッと膝の上で拳を握ると、小さな声で言った。


「信じて……もらえないと思って」


「は?」


私は思わず変な声を出した。


「今、変身しろと言われても……できませんし、証拠を見せられないから、信じてもらえないと思ったんです。オーガに変身能力があるなんて、どの本にも書いてありませんし……俺は、兄上に疑われるのが……一番辛いのです」


私は、思ってもみなかった答えにポカンとした。弟は、そんな事を心配していたのか。


俯く弟の頭を、私は手の縁で軽く叩いた。


「馬鹿者」


「痛っ」


弟は叩かれた頭をさすりながら、顔を上げた。


「私が貴様を疑うだと? あり得ない! 私は誰よりも、貴様が正直者だと知っている! 誰が何と言おうとも、私は貴様を一生信じ続けるぞ! 一生だ!」


私は弟の目を真っ直ぐ見て言った。


「だから貴様も、余計な事は考えずに私を信じろ、バルダー!」


「……はい、兄上」


弟は、少し潤んだ目を擦りながら笑った。


「……ところで貴様、なぜ裸なのだ?」


「あの……イルカに変身した時に、破れてしまいました」


そうか、変身する種族は、そういえば服に魔法をかけていたなと思い出した。魔法がかかっていなかった弟の服は、そのまま破けてしまったのだろう。


「今後の事を考えると、服に魔法をかけて貰わなくてはならないだろう。ゆえに父上には、変身能力の事を話す必要がある。城に戻って、一緒に父上の所に行こう。父上だって、絶対信じてくれるはずだ」


私はそう言って、自分の上着を弟に着せた。


この泉と、あの地下の泉が繋がっているという事は、流れて来た道を泳いで戻れば、城に帰れるのではないかと思った。


「少し様子を見てくる。貴様はここで待っていろ」


私は弟にそう言って、泉の中に入った。潜っていくと、不自然に石壁に囲まれた横穴があった。


(この横穴が、あの地下の泉に繋がっていそうだな)


私が横穴を覗いた瞬間、物凄い水流が穴から流れ出てきて、私は弟が待つ岸辺へと押し戻された。


「兄上! 大丈夫ですか!?」


「……大丈夫だ。だが、どうやらあの地下で起こる渦によって、自然とこの場所まで流されてしまうようだ。地下からはここまで来られるが、泳いで戻る事は無理そうだな……」


いくら城から近いと言っても、森を彷徨うのは避けたかった。体は濡れていたし、弟は裸だ。上着を貸したとはいえ、夜の森は冷える。体温が下がっては動けなくなる。


「獣人族のように鼻が利けば、城までの道のりがわかるかもしれないが……」


泉に入った私は、少し震えていた。それを見た弟は、私に上着を返そうとした。


「兄上、俺は大丈夫なので、これを着て下さい」


「必要ない。大丈夫だ」


そうは言ったものの、体の震えは止まらなかった。


「兄上……」


心配そうな顔で私を見つめる弟の体が、またもや山吹色の光に包まれた。


「な、何だ!?」


光が収まると、そこには真っ赤な狼の姿があった。


「バルダー!? 変身したのか!?」


『あ、兄上を早く温かい場所に連れていきたいと思ったら……』


変身した弟の声が、私の頭の中に響いた。


『……! 兄上! 城の地下の匂いがします!』


弟はそう言うと、フンフンと地面を嗅ぎ出した。そして大きな木の根が交差している場所で顔を上げた。


『この奥から、城の匂いがします!』


「本当か!?」


私が木の根元を見ると、土が擦り減ったように根がむき出しになっていて、そこに人ひとりが通れるぐらいの穴が開いているのを見つけた。


「この穴が……城に続いているのか?」


私は四つん這いになって、穴をくぐった。すると中は坑道の様になっていて、風が通り抜けるのを感じた。


「よし! 行ってみるぞ、バルダー!」


『はい!』


四つん這いのまま進んでいくと、途中で土の壁から明らかに人の手が造ったと思われる石壁に変わり、その先は行き止まりだった。突き当りの石壁を押すと、ゴトゴトと音を立てて動いた為、慎重に押し出した。


「ここは……地下の倉庫か?」


そこは見覚えがあった。昔、弟とかくれんぼをして遊んだ地下の倉庫……城の中だった。


「バルダー! 貴様の言った通り、城の地下に繋がっていたぞ!」


そう言って私が振り向くと、弟は元の姿に戻っていた。


「はい、兄上! これで、兄上を温める事ができますね! 父上の所へ行く前に、共にお風呂で温まりましょう!」


私は、弟の変身能力は、誰かの事を思いやった時に発動するのではないかと思った。ネズミを怖がったフリーダの為、溺れそうだった私の為、震える私を温めたいと思いやった事が、魔力を制御できない状態の今、弟の能力を発揮させたのではないかと。


「貴様は本当に……優しいやつだ」


「……? 優しいのは兄上です。俺の為に、上着を貸してくださいました」


私は弟と風呂で体を温めた後、共に父上の所へ行き、今日の事を全て話した。勝手にダヴィードの泉に行った事に関してはこっぴどく叱られたが、泉の真の目的について教えてくれた。


ダヴィードの泉は、城で有事の際に、王族の逃げ道として造られたものだという。その歴史は古く、父上の幼少の頃から既に存在していたようだ。


あの泉に身を投じれば、表向きには逃げ道を失い、諦めた者の愚かな行為にしか思えないが、実際はあの森の泉へとつながっていて、逃げ延びることが出来る。

木の根元にあった城へ続く坑道の事は、父も知らなかったので驚いていた。恐らく、大昔にダヴィードの泉を造った時、技師たちが城との行き来をしやすいように道を造ったのが、そのまま残っていたのだろうと結論付けた。


「バルダー、お前に渡すものがある」


泉の件の話が終わると、父はそう言って、おもむろに綺麗にたたまれた洋服をバルダーに渡した。


「父上、これは……?」


弟が不思議そうに父の顔を見ると、父は優しく微笑んだ。


「魔法がかかっている服だ。変身すれば消え、人型に戻れば現れる」


「!!」


私と弟は驚いた。父は、既に弟の変身能力の事を知っていたのだ。


「たまたま……わたしが地下のお前の部屋を訪れた時、お前が猫に変身する所を見た。だが、お前はわたしに何も言ってこないから、正直少し落ち込んだ。父親として、信用されていないのかと」


父は少し気まずそうにした。父も、私と同じ気持ちを感じていたのか。


「お前には……辛い思いばかりさせている。不甲斐ない父を許してくれ。お前にはこれからも、様々な理不尽な事が降りかかるだろう。それは、わたしにとっても辛い事だ。私は……お前を誰の目にも触れさせず、このまま静かに暮らす方がお前の為なのではないかと考えていた。だが……お前はそれを望むか?」


父の言葉に、弟は渡された服をギュッと抱きしめて姿勢を正した。


「いいえ。俺は、この国を変えたいです。父上と……兄上と共に」


父はフッと笑って、私と弟の肩を抱いた。


「そうか……」


自分の子供を心配する気持ちと、信じる気持ちの葛藤が父にはあった。きっと今もそれは変わらない。けれど父は弟に道を選ばせ、それを支える選択をした。


険しい道だが、私は心強かった。父が、弟が、私が、同じ目標に向けて心をひとつにした。この国は変われる。きっと変わる。


この時の私は希望に満ち溢れていた。すぐ近くで、王位を狙う小さな獣が爪を研いでいたとは知らずに。



月・水・金曜日に更新予定です。

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