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46 アイリックの過去 その2

46


私は愛されて育った。

威厳があり、皆に尊敬されていた北の国の王を父に持ち、優しくて思慮深く、美しい母を持つ私は、北の国の民に祝福され、期待されていた。


一方弟は、同じ両親から生まれたにもかかわらず、それが月食の日だったというだけで、“呪われた子”として人々から恐れられ、忌み嫌われていた。


なぜこんな理不尽な事がまかり通っているのだろう。私はこの国の間違った考えをどうにかしたかった。けれど、父が言っていた様に、この問題は北の国に深く根付いていて、簡単に変えられるようなものではなかった。


弟はあの日、ハラルドに母の死は呪いのせいだと言われ、そうかもしれないと考えてしまった自身の弱さを認め、受け入れ、呪いと共存する道を選んだ。


相変わらず地下で暮らす弟は、本を読んだり図鑑を見たりして、大半を地下室で過ごしていた。私はそんな弟を、無理に連れ出すのを止めた。そのかわり私も、弟と一緒に本を読む様になった。


北の国に昔から伝わる、“王子と犬”という物語を読んで、弟は言った。


「どうして月の女神様は、こんな悲劇が起こる前に助けてくれなかったのでしょう」


「女神様はきっと、我々人の暮らしには干渉できないのだろう。だが、この物語の注目すべき点はそこではない。この、愚かな王子の方だ。この王子の様に、間違った道に進んではいけないという教訓が、この物語が一番伝えたかったことなのだろう」


「兄上、犬の存在は、きっと周りの助けや信じる事の大切さを教えてくれてるのではないでしょうか? 犬がいれば悪意のある者が近付かなかったように、周りの声に耳を傾け、ひとりで考え込むなという事を伝えたかったのでは?」


「そうだな。では悪魔の存在は……」


こんな風に、私たちは読んだ本の内容をふたりで話しながら、分析してお互いの意見を出し合い、外に出なくても充実した日々を送っていた。


しかし、ずっと籠りっきりというのも体が鈍ってしまう。そんな時ふと、私は王家の地下にある泉の事を思い出した。


それは昔、まだ弟が生まれていなかった頃、父と母がこの王都ダヴィードについて話してくれたことがあった。実はこの城の地下深くに、“王子と犬”に出てきたダヴィード王子の涙でできた泉があるというものだった。だけどその泉は王家の者にしか伝えられておらず、いざという時に王家の者を助けてくれる役割があると教えられた。危険な場所だから、普段は近寄ってはいけないと言われ、その泉がある建屋の鍵は、父が大事に保管していた。幼かった私は何だか怖くて、そのまま記憶の片隅に追いやってしまっていた。


私は、運動がてら、その泉を弟と一緒に見に行ってみようと考えた。


従者の目を盗みながら、王宮の敷地内にある、泉があると教えられた円柱型の建屋に行き、事前にくすねておいた鍵で扉を開けた。すると、気圧差なのか何なのか、吸い込まれるような強風が吹いて、私と弟は建物の中に入り急いで扉を閉めた。


「すごい……」


円柱状の壁面に取り付けられた階段は、地下深くまで続いていた。私は正直「やっぱり帰ろう」と言いたかったが、兄としての尊厳を守る為、ごくりと喉を鳴らして一歩づつ階段を下り始めた。


「バルダー、足元に気を付けろよ」


「はい、兄上」


足の震えを気取られないようにしている私とは裏腹に、弟は何だかワクワクしているように見えた。高揚している弟の顔を見て、やはり、たまにはこうして冒険のような事をするのも必要だと思った。


子供の足で慎重に歩を進め、時間はかかったが私たちはようやく底に辿り着いた。


「これが、ダヴィードの泉……?」


それは、泉というよりも、馬鹿でかい井戸のようだった。床に開いた大きな穴の中に水が溜まっているだけで、泉と呼んでいいものかどうかも迷うほどだ。


「何かもっと神秘的なものを想像していたが……ただのため池の様だな」


正直私はがっかりした。しかし弟は泉を覗き込み、楽しそうに笑った。


「でも、水はすごく綺麗ですよ兄上!」


「おい、そんなに身を乗り出すと危ないぞ」


「わぁ!」


言ってるそばから、弟は泉に落ちた。


「バルダー!!」


私が泉を覗き込むと、弟は器用に立ち泳ぎをしていた。


「気持ちいいですよ! 兄上!」


「まったく……」


ふうと胸をなでおろした私は、弟の水遊びに付き合う事にした。


「見てろよ、バルダー!」


私は助走をつけると、一回転して泉に飛び込んでみせた。


「すごいです兄上! さすがです!」


弟は瞳をキラキラさせて喜んだ。私は少し得意げになったが、それよりも弟が笑っている事が嬉しかった。弟の笑顔を見たのは、久しぶりだった。


「けど兄上、どうやって上に上がりましょうか?」


「あ……」


(しまった。何も考えずに飛び込んでしまった)


水面から縁までは割と高さがあって、子供の私たちには縁まで手が届かなかった。


「どこか、足をかけられそうな場所はないか?」


円柱状の穴には、特に足場の様なものはなかった。


「兄上、ここに手をひっかけられそうです」


弟は、壁面が少し崩れている所に片手をひっかけた。その時、凪いでいた水面が、突然振動し始めた。


「な、何だ!?」


私は自分の体が流されて行くのを感じた。


「兄上!」


弟は壁の窪みを掴んだまま、もう片方の手で私の手を掴んだ。

流れはどんどん速く激しくなり、あっという間に水面が渦を巻いて、私はその渦の中に引き込まれそうになった。


「くっ……」


弟は片手を窪みに引っ掛けたまま、必死で流されないように耐えていた。


「バ、バルダー! 私の手を離せ!」


私は、押し寄せる水に逆らいながらも必死で叫んだ。


「嫌です!!」


だが、このままでは弟まで流されてしまう。


「は、離せ! 離すんだ、バルダー!」


「絶対に離しません!!」


必死に耐える弟の体が、山吹色に光った。


(な、何だ!? この光は!?)


その時、弟の手が窪みから外れた。


「うわぁぁぁ!!」


私と弟は、渦の中に引き込まれた。私は泳ぎが得意だったが、渦の中は上下左右が分からなくなるほど流れが速く、私の泳ぎなどは全く役に立たなかった。


(くそ……! もう駄目だ! バルダーは!? 流されたのか!?)


私は渦にもみくちゃにされながらも、弟の事を考えていた。


(私が泉の中に飛び込まなければ……上から手を取って、弟の事を助けられたのに! そもそも、泉を見に行こうなんて事を言い出さなければ……!)


『兄上!』


頭の中に、弟の声が響いた。


『兄上! 俺に掴まって下さい!』


幻聴かと思ったが、その声はしっかりと私に呼びかけていた。渦の中で目を凝らすと、そこには、赤いイルカの姿があった。


私は混乱した。なぜこんな所にイルカが? 図鑑でしか見た事がなかったが、確かにそれはイルカだった。しかも真っ赤なイルカだ。


『俺の背びれに掴まって下さい!』


(俺の背びれ!? このイルカは何なのだ!? 私に話しかけているのか!?)


『兄上!』


イルカは、流されながらもそう言って、山吹色の瞳で私を見つめていた。この目を、この目が宿している光を、私は知っていた。


(バルダー!?)


信じられない事だが、目の前のイルカは我が弟以外考えられなかった。

私は、激しい流れの中、必死でイルカの背びれに掴まった。



月・水・金曜日に更新予定です。

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