42 アイリック
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「それにしても……貴様らは金で動いているのか? まるで素人の寄せ集めのようだ。女や子供までいるではないか。一体誰の差し金だ?」
アイリックは優里たちを一瞥し、目を細めた。
「誰の差し金でもありません! オレたちは、自分たちの意思でバルダー様を助けたいのです! アイリック様、どうか話を聞いて下さい!」
前に出たミーシャを、アイリックは頭の先からつま先までじろじろと見た。
「貴様……見た事があるな……」
「お、オレは、ミハイル=ヴィクトロヴィチ=ヴォルコフです。アイリック様に進言するご無礼をお許し下さい。バルダー様がこの地に来たのは偶然なのです! 決して陛下を暗殺するなど……」
「そうか! ヴォルコフ家の息子か! ……しかし、何年も前に会った時から、全然成長してないではないか! むしろ若返っているような……」
アイリックはしゃがみ込むと、ミーシャの顔を両手で挟んで、まじまじと見つめた。
「こ、これはその……オレの変身能力の一種で……」
不思議そうに見つめてくるアイリックに、ミーシャはしどろもどろになりながらも説明した。
(なんか……このアイリックって人、ちょっと変わってるな……)
最初は物凄い威圧感を放っていたアイリックだったが、今は好奇心旺盛な子供のように、ミーシャの変身能力に興味深々だった。
「アイリック様、バルダー様は、ご自身の“呪い”で民に不安を与えないようにと、自ら王宮を去ったのです。そこまで北の国の民の事を考えておられるバルダー様が、陛下の暗殺を企てるなど、絶対にありえません!」
ミーシャがそう訴えると、アイリックは立ち上がって冷たい目でバルダーを見た。
「自ら……? バルダー、貴様は、この者らに真実を告げていないのか?」
(真実……?)
「あ、兄上! 俺は……」
何か言おうとしたバルダーの声を遮り、アイリックは豪快に笑い出した。
「バルダーよ! そうやって貴様は、いつもいつも私の神経を逆なでする! 私を助けたつもりでいるのか!? 私が、お前の養護無しでは何も成し遂げられない腑抜けに見えるのか!?」
アイリックはフンと鼻を鳴らし、優里たちに向き合った。
「何も知らない貴様らに教えてやろう。この愚弟が自ら北の国を出ただと? 笑わせる! この男にそんな度胸はない! いつも私の後について回り、私の言う事やる事に横槍を入れ、陰から私を支配しようとしたこの男を、私が追い出したのだ!」
「え……追い…出した……?」
ミーシャは、アイリックの言葉に固まった。
「そうだ! 私が、バルダーを山肌から突き落とし排除した。振動で雪崩が発生して、そのまま滑り落ちて行く様は愉快であったぞ。あれぐらいでこやつは死なんとは思ったが、まさかこうして、自分を殺そうとした男の元にのこのこと戻ってくるとはな。私に復讐するつもりだったのか? だが生憎、私は貴様の様に間抜けではない!」
(突き…落とした!? この人がバルダーを……!?)
優里が信じられない気持ちでバルダーに目をやると、バルダーはギュッと唇を結んで俯いた。その表情から、アイリックが言った事は真実なのだと確信した。
「な…なぜそんな事を! バルダー様は、アイリック様の事を思ってお力添えを……」
「それが要らぬと言っておるのだ!!」
アイリックは、ミーシャの言葉を遮り叫んだ。
「“呪われた子”が王族にいること自体が迷惑な話だ。本来なら内密に葬られてもおかしくない所だが、腐っても王族だ。処刑という、由緒正しいやり方を選んだ私に感謝しろ」
冷たい目でバルダーを見下ろすアイリックに、優里の心はブルブルと震えた。それは恐怖ではなく、怒りだった。
「待って下さい!!」
いてもたってもいられず、優里はアイリックの前に出た。
「何だ貴様は? サキュバスではないか」
アイリックはじろじろと優里を見ると、目を吊り上げた。
優里は少したじろいたが、ギュッと拳を握って大きく息を吸った。
「バルダーは、あなたとお父さんの事を本当に心配していました! 彼は王位など望んではいないし、暗殺なんてするわけがありません! 自分の弟さんの事を、どうして信じてあげられないんですか!?」
半ば睨みつけるようにアイリックを見つめる優里に対し、アイリックは小さくボソッと呟いた。
「可愛い……」
「え?」
よく聞き取れず、優里は思わず首を傾げた。するとアイリックは、優里に向かって声を荒げた。
「可愛いではないか貴様ぁ!! そんな潤んだ瞳で見つめられては、好きになってしまうに決まっているであろう!! ふざけているのか!!」
「え、えぇ!?」
優里は意味がわからず、固まった。
「この私に臆する事なく意見するなど、本来なら私の怒りを買う行為! なのに上目遣いでそれを緩和させるだと!? やり手か!? しかもサキュバスという種族とは真逆の、真面目な一面を思わせる発言! 正義感からくる気の強さと、相手を思いやる優しさを併せ持つとは、尊いが過ぎるぞ!! いい加減にしろ!!」
「え、ええ~!??」
(私、褒められてるの? キレられてるの? どっち!?)
混乱する優里の肩に、リヒトが手を置いた。
「ユーリさん、落ち着いて下さい。物凄くヤバい人ですが、彼はユーリさんにメロメロです。貴方なら彼を説得できるかもしれません」
「ど、どうしよう……。あんまり関わりたくないんだけど……」
優里は少し怯えながら後ずさりしたが、リヒトが手を置いているのとは反対側の肩に、ミーシャが手を置いた。
「リヒト、ヤバい人とか言うな。アイリック様は、誰よりも純粋で素直なだけだ。ユーリ、頼む。この局面でアイリック様に声を届ける事が出来るのは、お前だけだ」
「そうですわ、ユーリ様。ユーリ様の魅力に気が付くなんて、中々見所がありますわ。きっと話のわかる男に違いありませんわ」
「ユーリ、キミが魅力的な女性だという事は、ボクも保証するよ。キミならできる」
(えぇぇ~!)
みんなの期待を一身に背負い、優里は嫌と言えず再びアイリックに向き合った。
「え、え~っと……、発言してもよろしいでしょうか……?」
優里は、先程とは打って変わって、おずおずとアイリックに尋ねた。
「先程の強気の態度から急にしおらしくした所で、私は油断などせぬぞ!! だが発言を許す!! その可愛い声を存分に聞かせるがよい!!」
苦笑いをした優里は軽く咳払いをして、真っ直ぐアイリックを見つめた。
「バルダーの話をちゃんと聞いてあげて下さい。そうすれば、バルダーを処刑する必要がない事に気付くはずです。お願いします」
アイリックはしばらく黙って優里を見ていたが、少し目を伏せ、答えた。
「バルダーは処刑する。しかるべき方法で、今すぐにでも」
「アイリック様……!!」
青ざめたミーシャがアイリックの前に出ようとした時、リヒトが何かを感じ取り、ミーシャの腕を掴んで止めた。
「待て、ミーシャ! この気配は……」
アイリックの後ろから異様な気配を感じ、ミーシャも足を止めた。
「あれあれあれ~? なぁんか、懐かしい気配がするなぁと思ったら……」
柔らかい声と共に、アイリックの背後からひょっこりと白い髪の男性が顔を覗かせた。
「あんた、まぁだ地上をウロチョロしてたの? サルガタナス」
「アスタロト様……!?」
いつも冷静沈着なリヒトが、白い髪の男性を見てなぜか動揺しているようだった。
(この人……リヒト君の知り合い?)
アスタロトと呼ばれた男性は、流し目で笑いながら、優里たちを興味深そうに見つめていた。
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