40 鎖
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「お、おれは今任務中だ! サキュバスと遊んでいる暇などない!」
衛兵はそう言いつつも、優里の拙いセクシーポーズに少し動揺しているようだった。
「えー! 残念だなぁ~。お兄さんが望む様な、すっっっごいイヤラシイ夢を見せてあげれるのにぃ~」
「そ…そうなのか? う、ううむ……じゃあ……少しだけなら……」
衛兵は鼻の穴を膨らまし、優里に近付いて来た。
「開きましたわ!」
クロエの声に、衛兵が反応した。
「ん? 何か言ったか?」
「いいえ、何も! じゃあ、目を瞑ってね」
優里がそう言うと、衛兵は素直に目を瞑った。次の瞬間、優里の後ろから素早くルーファスが飛び出し、衛兵の首元に咬みついた。
「うっ!!」
衛兵は必死で抵抗したが、ルーファスはそれを巧みに押さえつけ吸血した。しだいに血の気が引いていった衛兵は、意識を失いルーファスにもたれかかるように崩れ落ちた。
「ごちそうさま」
ルーファスはぺろりと唇を舐めると、衛兵を廊下の死角に隠した。
「やったね! みんな!」
優里が達成感に満ちた顔で振り向くと、明らかにミーシャは笑いをこらえていた。
「……な、なんだよあの体勢……見てるこっちが恥ずかしかったぜ」
(え!? 体勢って、セクシーポーズの事!? ダメだった!?)
「そうですね、正直古過ぎです。昭和の匂いがプンプンしました。というか若干イラッとしたので、二度とあんな真似はしないで下さい」
「一応平成生まれだからね!?」
リヒトの厳しい言葉に、優里は思わず言い返した。
「へいせいとか……お前らの故郷の言葉はよくわかんねーけど、とりあえずユーリが怪我した事だけはわかったぜ」
(まるですべったかのような言い方……!!)
優里は、やっと己の恥ずかしい行動に気付き、顔が真っ赤になった。
「みんな、ユーリはこの状況を打破する為に自らを犠牲にしたんだ。感謝しなきゃダメだよ。さ、ユーリ、上着を羽織って……大丈夫、ボクはキミの味方だよ」
まるでかわいそうな子を見るかのようなルーファスの優しさに、優里は余計いたたまれなくなった。
(あーーーー!! 慣れない事するんじゃなかったーーーー!!)
「ユーリ様! 落ち込まないで下さいまし! あの衛兵は、ユーリ様にメロメロだったではありませんか!」
涙目の優里をクロエが励まし、一行は扉を開け、中に入った。
部屋の中は薄暗く、錆びた鉄のような匂いが充満していた。ぴたんぴたんと何か滴が床に落ちるような音が聞こえ、目を凝らすと、そこには広げた両手を天井から鎖で吊るされ、膝をついた状態のバルダーの姿があった。足首にも同様の鎖が巻かれていて、それは床につながれていた。
「バルダー様!」
ミーシャはバルダーに駆け寄り、必死で名前を呼んだ。
「バルダー様! しっかりして下さい!」
「……ミハイル……か……? なぜ……ここに……」
バルダーはうっすらと目を開けて、ミーシャを見た。
体中傷だらけで、流れた血が床へと滴っていた。
「酷い……!!」
優里は思わず口元を手で覆った。
「きっと、酷い拷問を受けたんだね……」
ルーファスが眉間にしわを寄せた。
「バルダー様、助けに来ました! 今、鎖を外します!」
ミーシャはそう言って足首の鎖を引きちぎろうとしたが、バルダーを繋いでいる鎖は何かしらの魔力が働いているようで、ミーシャの力でどうにかなるものではなかった。
「これは魔法で出来た、魔力を抑える鎖だ。傷の治りが早いオーガの治癒能力を抑制したり、バルダーの変身能力を発揮させない為のものだろう。外すには、これを付けた術者に解除してもらうしかない」
ルーファスが鎖を見てそう言った。
「そんな……!! 力づくで何とかなりませんか!?」
優里が食い下がったが、ルーファスは静かに首を振った。
「バルダーの様に、強大な腕力の持ち主なら何とかなるかもしれないけど、ボクたちの中に、この鎖を純粋に力だけで壊せる者はいないよ……」
ルーファスの言葉に、優里は俯いた。当のバルダーは魔力を抑えられていて、傷も治らず満身創痍でとても自らの力で鎖を破壊できそうではなかった。
「バルダーは、スライが魔力で作った鳥籠を素手で壊してたけど、あれって相当すごい事だったんだね……」
優里がそう呟くと、リヒトが何かに気付いたように優里を見た。
「ユーリさん、そういえば、先生がデクの傷を治した時に、涙で虫籠を溶かしたって言ってましたよね?」
「え? あ、うん……。バルダーは、最初魔力が使えなくなる虫籠に閉じ込められてて、それが私の涙で溶けたから出られたんだ。その後、人型に戻って鳥籠を……」
優里はその時の事を思い出すように、斜め上を見た。
「その虫籠も、恐らくスライが魔力で作り出した物です。そして、今バルダーが繋がれている鎖も、誰かが魔力で作った物……という事は、この鎖も、ユーリさんの涙で溶かす事ができるのでは?」
リヒトの言葉に、皆が優里に注目した。
「そ、そっか! 同じ魔力で作った物なら……! 試してみる価値はあるかも!」
優里は目を擦って泣こうと試みたが、涙は一向に出てこなかった。
「……ごめん。泣けと言われても、急には泣けないかも……」
「そうですね……この丈夫そうな鎖を溶かすには、号泣クラスの涙が必要かもしれません。ミーシャ、お前はよく本を読んでいるだろう? 何か、ユーリさんが泣くような悲しい話はないか?」
「悲しい話? そんなの急に言われても思いつかねぇよ」
ミーシャが頭を掻きながらそう言うと、リヒトは再び考え込んだ。
「では……サミングをするしかないですね」
「さみんぐ? 何だい、それ?」
「サミングとは……」
首を傾げたルーファスの両眼に、リヒトはいきなり自分の親指を突っ込んだ。
「ギャーーーーーーーー!! 目がぁ!! 目がぁぁあーーーーーーーー!!」
両眼を手で覆い、激痛に床をのたうち回るルーファスを横目に、リヒトは淡々と説明を始めた。
「このように、いわゆる目潰しです。格闘技などでは反則技とされていますが、大量の涙が期待できます。やり方次第では失明の危険もありますが……」
「待て待て待て待て!! 秒で悲しい話を思い出すから、その技は絶対にユーリにはやるな!!」
ミーシャは震える優里を庇いながら、額に手を当てた。
「えーと、あれだ! 北の国に昔から伝わる話があって、王都の名前の由来とも言われてるんだが……“王子と犬”っていう話があってだな……」
ミーシャは、昔読んだ物語の記憶を辿るように、ゆっくりと話し始めた。
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