4 シュリの正体
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(それにしても……)
優里たちは、街へ向かって歩き始めていた。
(ホントに、すっごくかわいい!)
優里は、隣を歩く人が乗れるほど大きな白い鳥を、まじまじと見ていた。
数刻前――――
シュリの手を取った優里は、近くでピピッとかわいい鳴き声がしたのを耳にした。
「そうだ、旅の仲間を紹介する」
シュリは優里を連れて、テントの裏に回った。するとそこには、白くてふわふわした、人が乗れるほど大きな鳥がいた。
「わっ……!」
驚いた優里だったが、その鳥はとても大人しく、シュリによく懐いているようだった。
「クルルだ。力と体力があるから、荷物を運んでもらっている」
クルルと呼ばれたその鳥は、優里を見ると首をかしげた。
(めちゃくちゃ大きいけど、この見た目はまるで……白文鳥! ふわふわしてて、かわいい!)
丸いフォルムに白い羽、つやつやの赤いくちばしは、優里が昔飼っていた、白文鳥に似ていた。
「よろしくね、クルル」
「ピピッ」
優里が、クルルの頬っぺたの辺りを撫でると、気持ち良さそうに目を細めた。
すぐに優里に懐いたクルルを見て、シュリも安心した。
「お前は人間だけではなく、鳥をもたらしこむのだな」
「たらしこむとか、変な言い方しないで下さい!」
ふたりと一羽は、こうして野営地を後にした。
歩きながら、優里はふとした疑問を投げかけた。
「シュリさん、クルルに荷物を載せただけで、自分が乗ったりはしないんですか?」
「そうだな……クルルの負担にもなるだろうし、本来の姿になれば、正直わたしの方が何倍も早い」
「本来の姿?」
優里は、そういえばシュリの種族を聞いていなかったと思った。それに、優里も見た目は普通の人間と変わらないのに、なぜシュリにはサキュバスだと分かったのだろうと、疑問に思っていた。
「あの、シュリさん、私がサキュバスって、どうしてわかったんですか?」
「魔力のない人間ならともかく、魔族のように、魔力のある者ならわかるだろう。わたしのように、種族隠蔽のスキルを使っているのであれば別だが」
(魔族同士ならわかるのか……。何か見方があるのかな? それに種族隠蔽って、そんなこともできるんだ。でも、どうしてシュリさんはわざわざ隠蔽してるんだろう?)
「あの、シュリさんて……」
「シッ!」
優里が話しかけたとき、シュリは人差し指を優里の口元にあてて、言葉を遮った。
(!?)
優里はびっくりして、押し黙った。
シュリは優里の口元に指をあてたまま、何やら周囲を警戒していた。
(な……なんか、指に、キ、キスしてるような……)
細くきれいな指が、優里の唇にぴったりと触れていて、恥ずかしさのあまり、動けなくなってしまった。
だが次の瞬間、バリバリと大きな音をたてて、目の前の木が真っ二つに割れ、巨大な何かが襲い掛かり、優里は思わずシュリに抱きついた。
「きゃあぁぁ!?」
悲鳴を上げた優里だったが、シュリはしっかりと優里を支え、襲ってきた何かに左手を突き出した。
すると目の前に、青色に輝く障壁のようなものが現れて、襲ってきた何かはそれにぶつかり、後ずさりした。
「く……熊!?」
(熊に見えるけど、物凄く大きい!)
二本足で立ちあがって威嚇しているその熊のような生物は、優に3メートルは超えていた。
「アルクトドゥスだ。厄介な相手だな……」
聞いたこともないような名称を言われ、優里の足はガクガクと震えた。
「後ろに下がっていろ。アルクトドゥスは耐久力があるから、長期戦になるだろう。だが勝てる」
シュリはそう言うと、優里を後ろに下がらせ、右手で何やら文字のようなものを宙に描き、アルクトドゥスと呼ばれた生物に突き出した。
すると今度は、光の矢のようなものがアルクトドゥスに向かって飛んでいき、その矢に打たれたアルクトドゥスは、明らかに怯んだ。
(何!? もしかして魔法!?)
「キャルルルルル!!」
間髪を入れずにクルルが突進し、アルクトドゥスは近くの木に打ち付けられた。
(すごい! クルル強い!)
シュリとクルルの攻撃により、ダメージを負ったように見えたアルクトドゥスは、ゆっくりと起き上がると、この世の者とは思えないような鳴き声を上げた。
「ギャウゥゥゥゥゥゥ!!」
たたみかけようとしていたシュリだったが、その鳴き声を聞き、ピタリと動きを止めた。
「ユーリ」
「は、はいっ!?」
「逃げよう」
「ええっ!? 勝てるって言ってませんでした!?」
思いがけないシュリの言葉に、優里は思わず突っ込んだ。
「ヤツは今、仲間を呼んだ。数で攻められたら、お前を守りながらでは戦えない」
確かに、あの巨体が何体も襲い掛かってくれば、守備にも穴が開くだろう。
「幸い、人間の気配は感じられない。背中に乗って、しっかりと掴まっていろ」
「背中!?」
(おんぶってこと!?)
シュリはしゃがみ込むと、優里に背中を向けた。
「首に手を回せ。早くしろ」
「はっ、はいっ……!」
優里は、シュリに後ろから抱きつくように手を回した。
(お、おんぶって……意外と密着度高くない!? それに、胸が背中に当たっちゃうんですけどーーーー!)
ドキドキする優里とは裏腹に、シュリは冷静に念を押した。
「いいか、しっかりと掴まって、絶対に離すな」
次の瞬間、シュリの体が青色の光で包まれた。
「な、何……!?」
突然の光に優里は目をつぶった。自分の体が、地面から離れていくような感覚に襲われたが、シュリに言われた通り、しっかりと抱きついて離さなかった。
『行くぞ。振り落とされるなよ』
頭の中にシュリの声が響き、優里は恐る恐る目をあけた。
目に飛び込んできたのは、金色のたてがみと、長くしっかりとした首だった。
(えっ……!? 馬!?)
優里は、自分が、白く美しい馬に乗っていることに気が付いた。
(もしかしてこれが、シュリさんの本来の姿!?)
その白い馬は、前足を高く上げ、嘶いた。
すると、アルクトドゥスに対して威嚇を続けていたクルルが、その嘶きを合図に踵を返し走り出した。
白い馬もそれを見届けると、地面を蹴った。
「わっ……!」
半ばジャンプするように走り出したその馬は、グングン加速し、木々をすり抜けながら疾走した。
(は、速い!)
優里は、必死に馬の首にしがみつきながらも、後方を確認した。
あっという間にクルルを追い越していたが、優里たちの後にちゃんとついてきていた。アルクトドゥスの姿はどんどん小さくなっていき、やがて見えなくなった。
ゆっくりとスピードを落とし、白い馬が止まった。
『ここまで来れば、もう大丈夫だろう』
頭の中に、シュリの声が聞こえた。
「シュリさん……なんですか?」
優里は滑るように馬の背中から降り、まじまじと白い馬を見つめた。
『そうだ』
頭の中に響くのは、確かにシュリの声だった。
しっかりとした足に、美しい金のたてがみ。シュリと同じ、深い海の色の瞳。そして額の中央には、長く鋭い、螺旋状の筋の入った角が、真っすぐそびえ立っていた。
(馬というより、これは……)
『わたしはユニコーンだ』
そう言うと同時に、白い馬の体はまた青色の光に包まれた。光が消えると、シュリは元の人の姿に戻っていた。
ユニコーンとは、頭に角が生えた伝説上の生き物である。
「大丈夫か?」
シュリが、優里の頬に手を添えた。
「は、はい……」
「よく振り落とされなかったな。お前は意外と根性がある」
シュリは、優里の頭をポンポンと撫でた。
「ピピッ!」
後方からクルルの鳴き声が聞こえ、無事、二人に追いついた。
「少し休憩したら、すぐ出発しよう。今日は、この泉の反対側まで行くつもりだ」
シュリは、目の前の大きな泉を指さしながら言った。
優里は色々聞きたいことがあったが、シュリはクルルに水を与えたり、荷物を積み直したりしていたので、あとで落ち着いたら聞こうと思い、とりあえず手を動かし、シュリを手伝った。
夕刻頃、目標にしていた場所に辿り着き、優里たちは今晩はそこで休むことにした。
夕飯を終え、優里は、焚火の明かりで本を読んでいたシュリに話しかけた。
「シュリさん、ユニコーンの姿になれば、東の国まであっという間なんじゃないですか?」
ユニコーンの脚力はすさまじかった。東の国がどれだけ遠いのかはわからなかったが、のんびり歩いて行くよりも、よっぽど効率がいいのではと優里は思った。
「あの姿を、人間に見られることは避けたい」
(人間に? どうして? ここは人と魔族が共存してる世界じゃないの?)
優里が不思議そうな顔をしているのに気付き、シュリは読んでいた本をパタンと閉じ、話し始めた。
「ユニコーンの角に、解毒作用があることは知っているか?」
「え?」
「わたしに毒は効かないと、初めに言っただろう? それは、その解毒作用があるからだ。お前のスキルによって生気を吸われるときも、毒の作用で眠くはなるが、寝ている間に毒は浄化される」
「浄化……」
「高い浄化能力がある角は、とても希少で高価だ。ゆえに人間に目をつけられ、大昔から狙われてきた。わたしはユニコーン族の、数少ない生き残りだ」
シュリの話を聞いて、優里は言葉を失った。生き残りということは、同胞を失ってきたということだ。
「角は、わたしたちユニコーンにとって、生命の源だ。切り落とされれば、死ぬ」
(……っ!)
優里は息をのんだ。シュリの仲間は、人間の私利私欲の為に、殺されたのだ。
「人間に限らず、魔族でも金の為に仲間を売る奴がいる。故にわたしは普段は人型で生活し、種族も隠している」
それで、種族隠蔽のスキルを使っているのだと、優里は納得した。
「……人間の事、憎くはないんですか?」
優里を助けたあの時、関係ないと言いながらも、シュリは倒れた人間の男性を助けた。優里との交換条件だったとはいえ、見殺しにすることもできたはずだ。優里は、シュリがどういう気持ちで人間と接しているのか、知りたかった。
「復讐は、最も愚かな行為だ。憎しみを連鎖させることよりも、わたしは未来を守りたい」
守る、そう言ったシュリは、必ず薬師を見つけると言った時と、同じ表情をしていた。
(シュリさんの守りたいもの……守りたい人……親? 兄弟? それとも、恋人……?)
同胞を殺され、それでも憎しみに囚われることなく前を向くことは、きっと容易ではなかっただろうと思った。
(最初は、人が死ぬことを何とも思わない冷血漢だと思ったけど、この人にとって死は日常的な事で、たくさんの悲惨な現実を見てきたのかもしれない。自分たちを守る為なら、他人の死は関係ないと思えるほどに)
優里は、シュリが背負っているものを知って、目を伏せた。
そんな様子の優里を見て、シュリはふっと息をついて言った。
「お前が気に病むことはない。それより自分の心配をしたらどうだ? わたしに抱かれる準備はできているのか?」
「抱っ!?」
深刻そうな顔をしていた優里の頬が、一気に赤くなった。
「いや、あの、昨日いっぱいもらいましたし、今日は大丈夫です!」
「毎晩抱くと言っただろう? 昨日わたしから奪った分の生気は、もうほとんど残っていないはずだ」
実は夕飯前から、優里はすでにフラフラしていた。明らかに、生気が失われていたからだ。
シュリはそれを見抜いていた。
(うぅ……なんて燃費の悪い体……!)
縮こまる優里に近付き、シュリは後ろからそっと艶っぽく囁いた。
「ベッドへ行こうか、ユーリ」
ユーリは耳まで真っ赤になった。
「そ、そーゆう誤解するような言い方しないでください!」
「誤解も何もないだろう。ただ眠るだけだ」
(そうだけど!)
優里は、墓穴を掘ったと思った。
「シュリさんにとって、私はただの睡眠導入剤ですもんね!」
「ただではない。お前は、貴重な純潔の乙女だ」
シュリのその言葉を聞いて、優里はハッとした。
(そうか、シュリさんはユニコーン……ユニコーンって確か……)
「わたしは処女が大好きだ。そばにいると、とても癒され、落ち着く」
(カミングアウトした!! ユニコーンは処女に魅せられるってネットに書いてあったけど、本当だったんだ……!)
異世界で恋をして、好きな人と結ばれるという目標がある優里だったが、おそらくこのユニコーンは、自分の為に優里の貞操を守ろうとするだろう。
(この人の目をかいくぐって、誰かに恋をするなんてできるんだろうか……。厄介なスキルの件もあるし、生きるために生気も必要だし、問題が山積みだ……!)
頭を抱える優里だったが、抱きしめられ、シュリの甘い香りが鼻をくすぐると、脳が溶けるような感覚に陥った。
(考えなきゃいけないのに……シュリさんの香りが、体温が……心地いい……)
シュリは、くったりと体を預ける優里を横抱きにし、ベッドまで運ぶと、そのまま横になった。
紫色の靄が包み込む中、シュリは優里を抱きしめながら、眠りにつくのだった。
月・水・金曜日に更新予定です。