39 潜入
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「まさか……こうしてキミに抱かれる日が来るとは思わなかったよ、リヒト君……。今、何を考えているの?」
「今……ですか? ルーファスさん、俺は……この高さから人が落ちたら、どんな無残な姿になるのかと考えてましたよ」
そう言ったリヒトは、ルーファスをお姫様抱っこして空を飛んでいた。
「そうだねぇ、ボクはよく落ちてるけど、さすがにこの高さから落ちた経験はないなぁ! 怖いから、もっと強く抱きついてもいいかい?」
「ルーファスやめとけ。この悪魔は本当にやるぞ」
クロエに抱きかかえられ、同じく空を飛んでいたミーシャが呆れた顔でルーファスに言った。
優里も苦笑しながら、クロエに並んで飛んでいた。
数刻前、みんなでバルダーを助けに行くと決めた優里たちだったが、体力の消耗も激しく時間のかかる陸路ではなく、空路を使い王都まで行く事をリヒトが提案した。
「メリュジーヌのクロエと、本来の姿になってるユーリはいいけど、オレらはどーすんだよ? まさか女ふたりに、オレら男3人を抱えてもらうのか?」
ミーシャの言葉に、優里も考え込んだ。
(子供姿のミーシャ君はともかく、ルーファスさんとリヒト君を抱えるのは無理があるかも……)
「大丈夫だ」
そう言ったリヒトの体が黄色い光で包まれ、背中からばさりと黒い大きな翼が現れた。
「リヒト君、空を飛べるの!?」
「普段俺は魔力を使って瞬間移動しているんですが、一応悪魔なんで初期装備として翼があるんですよ。あまり使った事はありませんが」
「その瞬間移動で、わたくしたちを王都に運ぶことは出来ないんですの?」
「一度訪れた事のある場所なら可能ですが……俺は北の国の王都に行った事がないので、今回は無理ですね。先生の転移魔法も考えましたが、魔法陣を描くのに時間がかかるでしょうし、このまま空を飛んで行くのが一番早いかと」
リヒトはクロエの疑問にもテキパキと答え、背中の翼を少し動かして動作確認をした。
「ルーファスさんは俺が抱えるので、ミーシャはおふたりにお願いしてもいいですか?」
「わかりましたわ。では、わたくしがミーシャを抱えますわ」
クロエがひょいとミーシャを抱っこした。
「わ、悪い……頼む」
ミーシャは少し顔を赤くして俯いた。
「では行きましょう。道案内は頼んだぞ、ミーシャ」
リヒトはそう言うと、自分よりも背が高いルーファスを軽々とお姫様抱っこした。
「リヒト君……!」
「顔を赤らめて俺を見つめるのはやめて下さい、ルーファスさん」
こうして優里たちは、空路で王都へと向かう事になったのだった。
しばらく空を飛んでいると、広大な森の向こうに街があるのが見えた。街の中心には、大きくて立派な城があった。
「あの街が、王都ダヴィードだ。バルダー様は、あの城の地下牢にいるはずだ」
ミーシャがそう言うと、クロエが森の西側を指差して言った。
「あの、泉がある場所に降りましょう。城の地下への抜け道があるはずですわ」
「抜け道!? クロエ、お前何でそんな事知ってんだ!?」
ミーシャはクロエの言葉に驚いた。
「ユーリ様とルーファスには少し話した事がありましたが、わたくしは、昔バルダーに助けられた事がありますの。盗賊としてまだ駆け出しだったわたくしは、あの城の宝物庫に盗みに入って、衛兵に追われていて……逃げ込んだ地下の部屋にバルダーがいて、森への抜け道を教えてもらったんですの。そのおかげで、わたくしは捕まらずにすんだのですわ」
優里は、採掘場でクロエが言っていた事を思い出した。
「その後も、何度かその抜け道を利用してバルダーに会いに行ったんですの。勿論、助けられた借りを返すために。まさか、あんな薄暗い地下で暮らしていた者が、この国の王子だったなんて思いもしませんでしたけど」
「……バルダー様は、民が不安にならないように、隠れるように自ら地下で暮らしていたんだ……」
ミーシャはそう言って俯いた。
「そういえば……バルダーが捕まったって話をしている時に、呪いがどーのとか言ってましたわね。北の国に伝わる呪いの伝承なんて、本当にくだらないですわ。サッサと助け出して、バルダーをこの国のしがらみから解放しますわよ」
クロエの言葉に、ミーシャは顔を上げた。そしてキュッと唇を引き締め、決意を新たにした。
「ああ! 絶対に、バルダー様を処刑なんてさせない!」
優里も小さく頷いて、一行は森の西側にある泉のそばへと降り立った。
泉の周りには、太く背の高い大きな木が生い茂っていたが、クロエはその中の一本の木の根元に近付いた。
「この木の根元に、実は城の地下へと続く道があるのです」
その木は太い根が何本も表に出てきていて、一見するとただ土が擦り減ってしまっただけのように見えるが、その幾重にも重なる根の奥には、小さなトンネルのようなものがあった。
「結構小さい入り口ですね。俺とルーファスさんは入るでしょうか……」
「ボクたちふたりで、ここで見張りでも構わないよ」
ルーファスはそう言って、リヒトの肩を抱こうとしたが、リヒトはそれを巧みに避けてトンネルの前に屈んだ。
「いや、俺の能力は潜入には必須です。見張りはルーファスさんおひとりでどうぞ」
「つれないなぁリヒト君! シュリとはまた違った冷たさだ。でも、嫌いじゃない」
「馬鹿な事言ってないで行くぞ!」
ミーシャに引っ張られ、リヒトとルーファスも何とかトンネル内に入ることが出来た。
四つん這いになりながらしばらく進むと、土の壁から石壁に変わり、その先は行き止まりだった。
突き当りの石壁をクロエが慎重に押し出すと、そこは倉庫の様な空間だった。
「バルダー様の匂いがする! こっちだ!」
「待て、ミーシャ」
急いで倉庫を出ようとしたミーシャを、リヒトが止めた。
「迅速に救出する為には、衛兵に見つからないようにしなければならない」
リヒトはそう言うと、ミーシャに向かって手をかざした。するとミーシャの体が黄色い光に包まれ、やがてその姿が見えなくなった。
「え!? ミーシャ君!?」
突然目の前からミーシャの姿が消え、優里は驚いて辺りをキョロキョロと見回した。
「ユーリ? オレならここにいるぞ」
目の前からミーシャの声が聞こえたが、姿は見えなかった。
「俺は、人を透明にするというスキルを持っています。これなら、衛兵に見つからずにバルダーを探せます」
そう言いながらリヒトが手をかざしたので、優里は思わず目を瞑った。黄色の光で包まれた優里が目を開けると、そこにはミーシャの姿があった。
「透明になった者同士であれば、互いに認識できますが、他の者には見えません。ただしこのスキルは時間制限があって、ほんの数分しか持ちません。ミーシャ、その間にバルダーの匂いを辿ってくれ」
「わかった! 任せろ!」
皆が透明になり、優里たちは倉庫を出て地下牢のある場所へと向かった。
そこは両側にいくつもの扉が連なっており、不気味なほど静かで、陰湿な空気が漂っていた。
途中、衛兵とすれ違ったが、優里たちの姿は衛兵には本当に見えていないようで、すんなりと通り過ぎる事ができた。
「ずいぶん静かですわね……本当に牢屋ですの? 囚人はもっと騒がしいと思ってましたわ」
クロエがそう言うと、ミーシャがごくりと喉を鳴らした。
「いや……この扉のせいで、中の声が聞こえないだけだ。オレの耳には、囚人たちの叫び声が聞こえる。拷問を受けて……苦しんでるヤツもいるみたいだ……」
(そうなんだ……。バルダーは無事だといいけど……)
その時、先頭を歩いていたミーシャが、角を曲がった先にある重厚な扉の前で止まった。
「ここだ! この部屋からバルダー様の匂いがする!」
「当たり前ですが、鍵が掛かっていますわね。それも魔法で強化された、厄介な代物ですわ」
扉には、元盗賊のクロエでも開けるのに時間がかかりそうな、強固な鍵がかけられていた。
「俺も手伝います。他の皆さんは、誰か来ないか見張っていて下さい」
「リヒト君、鍵も開けれるの?」
「はい、施錠解除のスキルは、俺も持っています」
リヒトはそう言って、クロエと共に鍵の状態を確かめ始めた。
(なんか……リヒト君って何でもできるんだな……。同じ悪魔族なのに、私には役に立つスキルは何にもない……)
優里が自分の不甲斐なさにため息をついた時、皆の体が黄色の光で包まれた。
「しまった。時間切れのようです」
どうやら、リヒトの透明にするスキルの効果が切れたようだった。
「こんな時にかよ!? 数分って、短すぎるだろ!」
「ミーシャ君静かに! 衛兵がこっちに来るよ!」
こそこそと話したルーファスの視線の先を見ると、ひとりの衛兵が優里たちの方に向かって歩いてきていた。
「まずい! おいリヒト! もう一度透明にしろ!」
「無理だ。このスキルは、連続で使えない」
「じゃあどーすんだよ! このままじゃ見つかるぞ!」
「見つかった瞬間に、俺が魔眼で記憶を……」
ミーシャとリヒトがこそこそと言い合いをする中、優里が何かを決意したかのような顔でふたりを見た。
「私が時間を稼ぐ! その間に鍵を開けて!」
「は!? おいっ……ユーリ!」
ミーシャが止める間もなく、優里は死角から衛兵の前に飛び出した。
「何だお前は!?」
衛兵は、すぐに優里に剣の切っ先を向けた。
優里はごくりと喉を鳴らし、真っ直ぐ衛兵を見た。
(私も……役に立つんだ!)
優里は大きく息を吸い込むと、羽織っていた上着を脱いで、今まで出したことのないような猫なで声を発した。
「お…お兄さん……私と、あ、遊ばな~い?」
優里の突拍子もない行動に、その場にいた全員が固まった。
「サキュバスか!? 一体どこから潜り込んだ!?」
「そ、そんな細かい事どうでもいいじゃな~い……それよりも私と、い……イイコトしましょ」
必死でセクシーポーズをとる優里は、その場の空気が凍り付いていた事に、まだ気付いてはいなかった。
月・水・金曜日に更新予定です。




