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36 死ぬほど愛して

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(まさか……恋をするつもりが、されてしまうなんて……!)


風呂に入り、クロエと別れた後、優里は部屋でひとり悶々と考えていた。


(ルーファスさん、魅了にかかってるわけじゃないよね? クロエの時と違って、毒による魅了は浄化されたり死んじゃったらリセットされるわけだし……。という事は、本当に私の事……)


その事実に行きついて、再び熱が上がってきた優里は、ギュッと目を瞑ってルーファスの言葉を思い返した。


『ボクは……キミが好きなんだ。シュリに腹を立てる程に』


(シュリさんとケンカしたのも、私のせいなのかな……)


シュリは優里をそばに置く為に、優里が処女でいる事を望んでいる。一番初めのルーファスの告白をシュリも聞いていたわけだから、その事でふたりが口論になってもおかしくないと思った。


(でも、あの朝みたいな言い合いは、私も冗談だと思ったくらいいつもの事だし、もっと何か別の事が原因なのかも)


優里はごろんとベッドに寝っ転がった。


(シュリさんは……ルーファスさんの気持ちを知って、どう思ったんだろう……)


胸の鼓動がなぜか速くなり、優里は枕に顔を埋めた。


(きっと何とも思わないよね。私の貞操を守ろうとはするだろうけど、そこに特別な感情は何も……)


そこまで考えて、優里はハッとした。


(違う違う、今はシュリさんの事じゃなくて、ルーファスさんの事をちゃんと考えなくちゃ……)


「ユーリ」


「ひゃいっ!」


突然声をかけられ、優里は飛び上がった。振り向くとそこには、シュリとお屋敷の使用人のアダムがいた。


「失礼致します、りんごのカクテルをお持ち致しました」


「カクテル……ですか?」


「はい、北の国で有名なお酒を、温めたりんごの飲み物で割ったものです。よろしければいかがでしょうか?」


カクテルの載ったワゴンからは、りんごのいい香りが漂っていた。


「おいしそうですね、いただきます! シュリさん、一緒に飲みましょう」


「いや、わたしは酒があまり得意ではない」


「えっ、そうなんですか? でもひとりで飲むのもなぁ……」


優里が少し寂しそうな顔をしたので、シュリはひとつ息をついてアダムに言った。


「……では、1杯だけもらおう」


「かしこまりました」


アダムは手際よくテーブルを整え、カクテルと簡単なおつまみを準備し、部屋を後にした。


「シュリさんとお酒を飲むのって、初めてですね!」


優里はにこにこしながらカップを手にした。


「……嬉しいのか?」


優里の表情を見て、シュリも席に着いた。


「はい!」


「……そうか」


カップを持ち、優しい顔で微笑んだシュリを見て、優里の胸はトクトクと音を立てた。


「え、えーとじゃあ、お疲れ様です」


優里は赤くなった顔を隠すように、少し下を向きながらカップを前に掲げた。


「お疲れ様? 何がだ?」


シュリは優里の言動がよくわからなかったらしく、首を傾げた。


(あ、しまった。つい、前世の癖で……)


社会人として忙しく働いていた優里にとって、“お疲れ様”は、お酒を飲む時の定番のセリフだった。


「あ、その、私の故郷では、今日も一日頑張ったって事を労うって意味で、カップを合わせる時にそう言うんです」


(たぶん……)


優里は、それっぽい理由をつけて誤魔化した。


「そうなのか。普通は不純物や毒が入っていないかを確認する為の行為だから、特別何か言ったりはしないものだと思っていた」


「何ですか、その物騒な理由!?」


「ではここは、お前の故郷のしきたりに沿おう。お疲れ様」


シュリはそう言って、カップを前に掲げた。


「お、お疲れ様です……」


優里もカップを前に掲げ、ふたつのカップはコツリと静かに音を立てた。


「美味しい!」


りんごの優しい甘みと爽やかな酸味が口の中に広がり、その後、喉奥がカーっと熱くなる感覚があった。


(美味しいけど、結構強いお酒だな……。1杯でも酔っぱらっちゃいそう。シュリさん、お酒は苦手みたいだったけど……大丈夫かな?)


優里がチラリとシュリの顔を窺がうと、シュリはテーブルに肘をつき、片手に顎を乗せてにこやかに優里を見つめていた。


(えっ……)


正直、そんな状態のシュリを見るのは初めてだった。いつも背筋を伸ばし、凛とした態度のシュリが、テーブルに肘をついている事自体珍しかった。


「お前はホントに……美味しそうな顔をするな」


シュリはそう言って、顎を乗せていない方の手を伸ばし、優里の頬に触れた。


「その表情が好きだ」


「……っ!!」


優里は耳まで真っ赤になった。


「えっ、すっ、好きっ……て」


(いや! 落ち着け! 落ち着け私! シュリさんが言ったのはその()()!! 美味しそうな表情!!)


優里は自分にそう言い聞かせた。

そんな優里を見つめながら、シュリは同じ手で、今度は優里の髪の毛を指に絡め、弄び始めた。


「この髪も好きだ。艶やかで柔らかく、いい香りがする」


シュリはそう言うと、優里の髪に唇を近付け、キスをした。


(な、な、な、何をーーーー!?)


優里の体温は一気に上昇した。

シュリはいつも動揺させるような言動をするが、それはいつも他意のないものだと優里も理解していた。しかし今は、目線や声色に甘さが滲み、愛しさを孕んでいるように思えた。


「あっ、あのっ、シュ、シュ、シュリさんっ……」


優里は、一気に酔いが回ってしまったかのように、頭のシンがクラクラした。胸の鼓動は治まらず、激しくなる一方だった。


「顔が真っ赤だな、ユーリ。りんごみたいだ」


シュリはふふっと笑った。その笑顔はとても愛らしく、まるで子供のようだった。

それは、ルーファスの夢の中で見た、シュリの兄ルドラの笑顔とそっくりだった。


(か……かわいい!! シュリさん、こんな顔で笑うの!?)


今まで見た事がなかったシュリの笑顔に、優里の胸はぎゅうと強く締め付けられた。


(ど、どうしよう! 何だろうこの気持ち!)


シュリの笑顔から目が離せず、暫く黙って見つめていると、シュリの唇が動いた。


「少し……熱いな」


「え?」


シュリは、おもむろに服をはだけさせた。


「ええー!? シュリさん! ちょっと待って下さい!!」


優里は慌てて、シュリを止めた。


「なぜ止める? 喉の奥が熱い。お前も顔が真っ赤ではないか。わたしが脱がせてやろう」


シュリは、今度は優里の服に手をかけた。


「キャーーーー! 待って下さい! 脱いだら余計赤くなります!!」


(こ、これは……シュリさん、完全に酔ってるんじゃ……!?)


優里がチラリとシュリのカクテルが入ったカップを見ると、ほんの一口か二口分程しか減っていなかった。


(いやいや、弱いにも程があるでしょー!? アルコールって、浄化されないの!?)


「と、とりあえずお水貰って来るんで、脱がずに待ってて下さい!」


慌てて部屋を出て行こうとした優里の手を、シュリが掴んだ。


「どこへ行く」


「いや、だからお水を……」


そう言いかけた優里を、シュリが引き戻しギュッと抱きしめた。弾みでテーブルの上のカップが倒れ、こぼれたカクテルがテーブルを伝い、絨毯へと滴った。


「行かないでくれ、どこにも……」


ピタピタと水滴が絨毯へ落ちる音だけが、静かな部屋に響いた。


「シュ、リさん……?」


きつく抱きしめられ、優里は動けなくなった。はだけたシュリの胸元から、ドクドクと鼓動の音が聞こえた。速くなる鼓動の音が、自分のものなのかシュリのものなのかわからなくなり、息苦しさを感じた。


「んっ」


空気を求めて無理矢理顔を上げると、深い海の色の瞳が、優里を見つめていた。

冷たい色だと感じていたシュリの瞳に、不安や焦り、寂しさの色が見え、それはそのまま言葉となって優里に届いた。


「お前を、ルーファスに渡したくない」


優里は、今までにない程の飢餓感に襲われた。生気が足りずに感じるそれとは、明らかに違った。

息が上がり、体が熱くなり、相手を“死ぬほど”好きにさせたいという欲求が、優里の心を支配した。


「シュリ…さん……」


次の瞬間、優里の体が紫色に輝き、黒い翼がばさりと現れ、サキュバス本来の姿になった。紫色の(もや)が発生し、瞬く間にふたりを包み込んだ。


「うっ……」


猛烈な睡魔に襲われたシュリの体がふらつき、優里はそんなシュリをベッドに押し倒した。仰向けになっているシュリに馬乗りになると、息も荒々し気に見下ろした。


「ユー……リ……」


息も絶え絶えにシュリは優里の名を呼び、手を伸ばして優里の頬に触れようとしたが、優里はその手を取り、ベッドへ押さえつけた。


(欲しい……欲しい)


ぐったりとしているシュリの首筋に指を這わせると、ゆっくりと顔を近付け、甘い香りを堪能した。


「もっと……死ぬほど……愛して欲しい」


優里はそう呟くと、シュリの首筋に唇を押し当てた。




朝方、優里は柔らかな日差しを感じ、目を覚ました。


「う…ん……」


眩しさに顔を動かすと、すぐそばにシュリの寝顔があった。

優里は、シュリの硬い胸板に頭を預け、上から覆いかぶさるように眠っていた事に気が付き、飛び起きた。


(わっ、私っ、昨日何を……!?)


優里は昨夜の事を思い出していた。


(ふたりでお酒を飲んで、シュリさんが酔っぱらって、それで……)


『お前を、ルーファスに渡したくない』


シュリに言われたセリフを思い出し、優里の体温は再び上昇した。


(シュリさんにあんな事言われて、それで私……何だかわけがわからなくなって、急にシュリさんの生気が欲しくなって、それで…それで、シュリさんを押し倒して……無理矢理生気を奪った!?)


そこまで思い出し、優里は両手で熱くなった自分のほっぺたを挟んだ。


(酔って、無防備になってる相手に襲い掛かっただなんて……これがサキュバスの本能!? 私、遂に身も心もサキュバスになっちゃったの!? 恐れていた事が現実に!!)


優里は、昨夜の自分の行動に頭を抱えた。


(どうしよう!! シュリさんが起きたら、どんな顔すればいいの!? てかこれって土下座案件!?)


優里は必死で心を落ち着けようと深呼吸した。隣にいるシュリを見ると、まるで何事もなかったかのように、すやすやと眠っていた。


(綺麗な顔だな……。まつ毛も長くてふさふさ……。唇も……)


優里は形のいいシュリの唇を見つめ、鼓動が速くなるのを感じた。


(何だろう……この気持ち……すごく、すごく……シュリさんに触れたい……)


優里は、眠っているシュリにゆっくりと顔を近付けた。すると次の瞬間、ドアをノックする音と同時に、ミーシャの声が聞こえた。


「シュリー! 起きてるかー? 開けるぞー?」


「!!」


優里は慌てて体勢を起こし、ドアに駆け寄った。


「開けます!! 今すぐ開けます!!」


「おう、ユーリ、おはよ……って、何でサキュバスの姿になってんだ? しかもこの部屋、酒臭ぇ!」


ドアを開けるや否や、ミーシャは腕で鼻を覆った。


「あ、ご、ごめん! 実は昨日、お酒をこぼしちゃって……」


「ああ、りんごのカクテルだね。昨晩、僕たちも頂いたよ」


ミーシャの後ろには、ハヤセとリヒトが立っていた。


「まさか朝まで飲んでたんじゃねーだろーな? シュリは? 今日は解毒薬を作る約束だぜ」


ミーシャは部屋に入ると、まだベッドで寝ているシュリを見た。


「シュリ、おい起きろ! さっさとメシ食って薬作るぞ!」


シュリが起きる気配は全くなく、ミーシャはしびれを切らしベッドを蹴飛ばした。


「おいシュリ! いい加減起きろ!」


「ミ、ミーシャ君、そんな乱暴な……」


ミーシャの蹴りでベッドが少し揺れたが、シュリは起きなかった。

その事に違和感を感じ、ミーシャはシュリの肩を掴んで、軽く揺らした。


「おい…シュリ? シュリ!」


(え……?)


体を揺さぶられてもシュリは目を覚まさず、優里は言いようのない不安に襲われ、シュリの名を呼んだ。


「シュリさん! 起きて下さい! シュリさん!」


優里はシュリの両肩を掴んで、ガクガクと揺らしながら叫んだ。


「シュリさん! シュリさん!!」


「優里ちゃん、落ち着いて。僕に診せて」


ハヤセは動揺する優里をシュリから引き離し、呼吸や脈拍を確認した。


(なんで!? どうして!? どうして目を覚まさないの!?)


口元を手で覆って小刻みに震えている優里を、ミーシャが支えた。

りんごの香りが充満する部屋で、シュリの瞳は固く閉ざされたまま、一向に目を覚ます気配はなかった。



月・水・金曜日に更新予定です。

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