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35 告白

35


「結論から言うと、ミーシャ、君の母親の病気は……僕では治せない」


ハヤセの言葉に、ミーシャは息を吞んだ。


「僕は薬師だ。その病気に効き目のある薬草を調合して、薬を作る。僕は何でも治せると噂が広まっているけど、作っている薬は、正直他の薬師が作るものとそう変わらない。けれど僕は、どの薬を使うか見極めるスキルや、その薬の効果を最大限に引き上げたり、少量でも効果が出るスキルを持っているから、そのスキルのおかげで万能だと思われている。心の病による内傷や外傷は薬で緩和させる事ができるけど、心そのものを治す事は……不可能なんだ」


「そ…んな……」


ミーシャは、突き付けられた現実にしばし動けないでいた。

そんなミーシャを気遣うように、ハヤセは話を続けた。


「だけどミーシャ、僕は今、()()で記憶に関する事を研究しているんだ。忘れてしまった、または塗り替えられた記憶を呼び戻すにはどうするか……僕の故郷では、催眠療法なども取り入れられている。だから諦めず、希望を捨てないで欲しい」


そう言いながら、ハヤセはリヒトを見た。リヒトは何故か俯いて、ギュッと手を握りしめていた。


「皆……そう言うんだ。他の医者も皆、希望は捨てるなって……。希望を持って伝説の薬師を探し出したのに……ハヤセさんまで同じ事を言うのかよ……」


(ミーシャ君……)


優里は思わず、ミーシャに寄り添い肩を抱いた。子供姿で小さく震えているミーシャを、放っておくことが出来なかった。


「ちょっといいかな」


その時、黙って話を聞いていたルーファスが割って入った。


「ユーリなら、救う事が出来るかもしれない」


「え!? 私!?」


突然ルーファスに話を振られ、優里は驚いて声を上げた。


「ユーリは夢魔だ。レイラさんに過去の夢を見せて、思い出させることが出来るかもしれない。勿論、クロエの協力も必要だし、成功するかはわからないけど、試してみる価値はあると思うよ」


「過去の夢を見せる!? ユーリ、そんな事が出来るのか!?」


ミーシャが顔を上げ、優里を見た。


「え、えっと、前にルーファスさんに過去の夢を見せた事があって……。偶然発動したスキルだったんだけど……」


「本当か!? 頼むユーリ! 出来る事は何でもしたいんだ!」


すがるような目でミーシャに迫られ、優里は困惑した。


(どうしよう……こんな大事な事、私がやるかやらないか決めていいの? でも、私に出来ることがあるなら……)


優里は、自分の地図にあった星マークの事を思い出していた。


(これが、ミーシャ君を救う事なんだとしたら、私はミーシャ君を助けたい)


優里の戸惑いは、ミーシャを救いたいという気持ちにかき消された。


「わかった、ミーシャ君。成功するかはわからないけど、私、精一杯やってみる! まずはクロエを呼んで、あの時のスキルが発動できるかどうか確認しなくちゃ」


「ユーリ……頼む……!」


向き合って頭を下げたミーシャに、優里は小さく頷いた。クロエを召喚するにあたって、シュリが少し離れた所へ移動した。


「クロエ!」


優里が手の甲に描かれた印に向かってクロエの名を呼ぶと、印は紫色に輝き、光と共にクロエが現れた。


「ユーリ様ーーーー!! ご無事でよかったですわーーーー!!」


クロエは現れて早々、優里に抱きついた。


「クロエ、心配かけてごめんね」


「ところでここは……どこですの?」


「えっとね……」


優里は、クロエにこれまでの経緯をざっと説明し、ルーファスに夢を見せた時のスキルが発動できるかどうかを確認した。


「あの時のスキルの魔力の道筋は覚えてますわ。そのスキルだけがうまく発動するかどうかは、状況次第になるかもしれませんが……」


「構わない。可能性がある限り、オレは諦めたくない」


クロエの言葉に、ミーシャは強い決意を表した。

そんなミーシャを見て、シュリが続けて言った。


「では、念の為ユーリの毒に効く解毒薬を作っておく必要があるな。ミーシャ、明日また薬を作ろう。前の時のように、手伝ってくれ」


「わかった!」


シュリとミーシャは、解毒薬を作る相談を始めた。ハヤセとリヒトはクロエと初対面だった為、軽く自己紹介をしたが、クロエが優里との関係について詳しく訊いて来るので、ハヤセが誤魔化しながら丁寧に説明していた。




「ユーリ」


ひとりソファーに座っていた優里を、ルーファスがバルコニーの方へと手招きした。


「ルーファスさん」


呼ばれるがまま、優里はバルコニーへ出た。誰もその事に気付いてないように見えたが、シュリだけはルーファスの所へ行く優里を見ていた。


外は少し肌寒く、ぶるっと震えた優里に、ルーファスは自分が着ていた上着をかけた。


「急にキミの名前を出してしまってごめんね」


ルーファスは、少し申し訳なさそうに優里に言った。


「いいえ。私に出来ることがあるなら、ミーシャ君の力になりたいって思ってたんで大丈夫ですよ。ちょっと不安はありますけど……」


そう言った優里の頭を、ルーファスが優しく撫でた。


「キミなら出来るよ。ボクを助けてくれたみたいに」


ルーファスの温かい手と優しい視線に、少し気恥ずかしくなった優里は、話を逸らした。


「そ、そういえばルーファスさん、今日はシュリさんにあんまり絡んでませんね!?」


あんまりどころか、ルーファスが今日は一度もシュリに接触してない事に、優里は気付いていた。


「絡むって……ボクってそんなに厄介者?」


「あっ、いえ! そーゆう意味では!」


(言葉間違えた……!)


しまったという顔をした優里に、ルーファスはふふっと笑って、バルコニーから見える景色に目をやった。


「ボクが、一方的にシュリに腹を立ててるんだよ」


ルーファスの言葉に、優里が驚いた。


「え!? ルーファスさんが、ですか? 逆じゃなくて?」


「そう、ボクが。意外かい?」


「はい……。ルーファスさんて、懐が深いというか、あんまり怒ったりしないような印象だったので……」


ルーファスに対して感じていた事を、優里は正直に伝えた。


「ユーリ」


「は、はい」


いつになく真剣な表情のルーファスに、優里は少し身構えた。


「ボクは……キミが好きなんだ。シュリに腹を立てる程に」


「え?」


キョトンとした顔をした優里を、ルーファスの真紅の瞳が捉えた。


「昨日、キミは冗談だと思ったみたいだけど、ボクは本気だよ。ユーリ、キミを愛している」


(愛…してる? 私……を?)


優里は一瞬頭が真っ白になったが、何を言われたかを理解して、一気に顔に熱が集中した。


「えっ!? あのっ、えぇ!?」


真っ赤になって狼狽える優里に、ルーファスは続けて言った。


「キミはボクの恩人だ。キミが望むなら……ボクは何だってしたいと思ってるよ。それこそ、キミに生気を与える為なら、毎日死んでもいいぐらいだ」


「いやっ、ルーファスさん、それシャレになってませんからっ……てゆうか、あのっ、わ、私……っ」


突然の告白に、優里は激しく動揺した。


(どっ、どうしよう!! 本気!? 冗談じゃなくて!?)


ガチガチに動けなくなっている優里を見て、ルーファスは少し困ったような顔をした。


「そんなに身構えないで、ユーリ。ただキミに、ボクがどう思ってるか知って欲しかったんだ。まぁ、できれば今すぐキミとの子供が欲しいけど……」


「こっ、子供!?」


(そそそそれってつまり……!?)


ルーファスは優里の艶やかな髪をひと房すくい、艶っぽく囁いた。


「キミの事を抱きたいと思ってるのは、シュリだけじゃないんだよ」


優里は耳まで真っ赤になった。


(この“抱く”は、きっとシュリさんが言う“抱く”とは違う……!!)


「あっ、あのっ、わわわ私っ……」


優里は思わず後ずさりして、ルーファスと距離をとろうとした。

ルーファスの手から、するりと優里の髪が落ち、ふたりの間を風が通り過ぎた。


「今すぐ、答えを出して欲しいなんて言わない。ゆっくり考えてくれていいよ。何せボクには、時間だけはたっぷりあるからね」


ルーファスは、優里の緊張をほぐすように、冗談めかして軽くウインクをした。


(ルーファスさん……)


優里は、少し落ち着きを取り戻した。

そして、真剣に自分に好意を寄せてくれているルーファスに、自分も真剣に答えなくてはいけないと思った。


「……ルーファスさん、私、こんな風に言われた事が初めてで……正直どうしていいかわからないって動揺してます。でも、ルーファスさんの事は尊敬してるし、す…好きって言ってもらえて……嬉しく思います……。だから、あの、私、ちゃんと真剣に考えるんでっ……」


恥ずかしさのあまり、途中から下を向いた優里の頭を、ルーファスが優しく撫でた。


「うん、ありがとう」


温かい声色でそう言われ、優里が顔を上げると、ルーファスは優しく微笑んでいた。

優里がルーファスの笑顔に少しほっとしていると、頭を撫でていたルーファスの手が、髪の毛を撫で下ろすように下に下がり、その手はするりと優里の首筋と髪の毛の間に入り込んだ。


「髪を切ると……首筋が寒いね。ユーリのここは……温かい」


ルーファスはそう言って、そのままぐいっと優里を引き寄せた。


「……っ!」


ルーファスとの距離が一気に近付いて、優里は再び固まってしまった。

ルーファスの大きくて温かい手が、優里の首筋と腰を支え、怖いくらい綺麗な真紅の瞳が優里を捉えて離さなかった。


「ル…ルーファスさ……」


動けなくなった優里は、必死で唇を動かした。

その時、バルコニーの扉が開く音がした。


「ユーリ様ぁ! こちらですか?」


その声に、ルーファスはそっと優里から手を離した。

扉の向こうからクロエが現れ、優里たちの方へ近付いて来た。


「あ、ユーリ様! 早ければ、明日レイラさんに夢を見せるみたいですわ。まぁ、解毒薬の準備が出来ればの話ですけど……あら、ルーファスも一緒でしたのね。髪を切ったんですの?」


「やぁ、クロエ。おかげで少し寒いよ」


ルーファスは何事もなかったかのように、クロエに挨拶した。


「まぁ、その髪型も悪くないですわ。そんな事よりユーリ様! 明日の為に、わたくしも今夜ここに泊まる事になりましたの! ミーシャの家には、大きなお風呂があるんですって! 早速入りに行きましょう!」


クロエはルーファスにはまるで興味なさそうにして、優里をグイグイと引っ張った。


「えっ!? う、うん! あっ、えっとルーファスさん! 上着、ありがとうございました」


優里はそう言うと、借りていた上着をルーファスに渡し、クロエに連れられて部屋の中へ戻って行った。


「ユーリ様、お顔が少し赤いように見えますけど……」


「あっ、かっ、風が冷たかったからかな!? お風呂であったまらないとね!」


優里は両手でほっぺたを覆い、何とか誤魔化した。



バルコニーでは、ひとつ息を付いたルーファスが、優里とクロエの後ろ姿を見つめていた。

人肌に温かい上着からは、優里の残り香が漂い、ルーファスは強い吸血衝動に駆られた。


「シュリには、ユーリの気持ちを尊重したいなんて言ったけど……結構危なかったな……」


ルーファスはそう呟いて、気持ちを落ち着けるように、北の国の冷たい風に身をゆだねた。




月・水・金曜日に更新予定です。

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