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34 病気

34


いよいよ、優里たちは北の国へ向け出発する事になった。

ミーシャの希望で、出発は日が落ちる少し前という事になったので、日暮れ前に皆は庭に集まった。

デクたちが見守る中、魔法陣の中に足を踏み入れた優里は、ハヤセに問いかけた。


「優一郎君、ここに来た時もそうだったけど、転移魔法を使えるなんて凄いね。もう魔力を自在に操れるの?」


「僕は魔力制御のスキルを手に入れたからね。ポイントで」


ハヤセは、“ポイント”の部分だけわざと口パクをして、他の者には聞かれないようにした。


(ポイント! そっか! じゃあ私も、ポイントで魔力制御のスキルを手に入れられたら、毒スキルの発動を防げるかも!)


優里はポイントの使い方を詳しく訊こうと思ったが、ハヤセはミーシャと転移場所の最終確認をし始め、人の目もあったので一旦口を噤んだ。


「目標はミーシャの家の庭だね。じゃあ行くよ」


ハヤセは目を瞑り、神経を集中させた。すると魔法陣は緑色の光りを放ち、優里たちも同じ緑色の光に包まれた。


(うわ……! どうしよう、ちょっと怖い!)


優里が緊張して体を強張らせると、隣にいたシュリが優里の手を握った。


「……!」


顔を上げ隣に目をやると、シュリは少し顔を傾け、優里を見つめた。


「大丈夫だ」


たった一言、シュリにそう言われただけで、優里の心は安心感で満たされた。

シュリの手の温もりを感じ、恥ずかしかったけれど、何故かこの手を離したくないと思い、優里はキュッと握り返した。


「ユーリさん、ジェットコースターは好きですか?」


突然、前にいたリヒトが振り向いて、優里に訊いた。


「え? 何で? あんまり得意じゃないけど……」


「……じゃあ、覚悟して下さい」


「え? 覚悟?」


次の瞬間、ジェットコースターで急降下する時のような浮遊感が優里を襲い、思わずシュリに抱きついた。


「ひゃああああぁぁぁ!!」


それは一瞬の出来事だったが、その浮遊感が収まり、腰が砕けたようにヘナヘナと力が抜けていく優里を、シュリが支えた。


「転移は、ちょっとしたアトラクションなんですよ」


「言うの遅いよ!」


しれっとそう言ったリヒトに、優里は涙目で訴えた。


「あとらくしょんとは何だ? お前たちの故郷の言葉か?」


「え、えーっと」


(遊園地の……とか言っても、シュリさんには伝わらないよね……)


優里がどう伝えるか考えていると、リヒトが口を挟んだ。


「元々は、人を引き付けるものとか、魅力のあるもの……という意味ですよ」


「なるほど……。転移魔法は、とても便利で魅力のあるものだからな」


(解釈が若干違うような気がするけど……まぁいっか……。それにしても、リヒト君っていつでも冷静でしっかりしてるよね。前世ではどんな人だったんだろう……)


優里がそんな事を考えていると、頭の中でバルダーの声がした。


『北の国の空気だ……』


「バルダー様、ひとまずオレの屋敷に来て下さい。部屋を準備しますので……」


(確かに、このままだとクルルと一緒に厩舎に案内されちゃうよね……王子様が厩舎で寝泊りなんて、後々問題になりそうだ……)


『俺の事は気にするなミハイル。俺はこのまま王都へ行く』


「おひとりでですか? 護衛としてオレも……」


ミーシャがそう言いかけたが、バルダーはミーシャの言葉を遮った。


『お前は母親の事でこの国に戻って来たのだろう。俺はひとりで大丈夫だ。お前はお前のやるべきことをやるんだ』


「バルダー様……。わかりました。この庭は森と繋がっています。森を抜ければ、王都まで舗装された道が続いています。少し遠いですが…その鳥姿の足なら、半日もかからず王都に着くと思います。どうかお気を付けて……」


『ああ。行って来る』


(バルダー、少しでも早くお父さんやお兄さんの近況を知りたいんだろうな・・・・)


優里がそんな事を考えながら、木々の間をすり抜けていくバルダーの後ろ姿を見つめていると、シュリが優里の顔を覗き込んだ。


「ユーリ、寒くないか? 夏が近いとはいえ、北の国はまだ冷えるだろう」


シュリにそう言われ、優里は少し肌寒さを感じた。


「そっか、ここってもう……北の国なんだね!」


優里は、キョロキョロと辺りを見回した。

白樺のような木の森が広がり、大きな噴水や彫像があるその場所は、確かに先程まで自分が立っていた作業場の裏庭ではなかった。


「あれ……でも、どこかの公園にでも転移しちゃったのかな?」


「いや、オレんちの庭だ」


ミーシャはそう言うと、テクテクと歩き始めた。


「玄関まで少し歩くから、はぐれないようについてきてくれ」


(庭!? このだだっ広い、はぐれるほど大きな公園みたいな場所が!?)


「冬場に、使用人が庭で遭難した事があったんだ。今はもう雪はないけど、日が落ちるとまだ寒いから、気を付けてくれ」


(庭で遭難って……。ミーシャ君って、想像以上にいいとこのお坊ちゃまだったんだな……)


暫く歩くと、今度は大きなお屋敷が見えてきた。


(す、すごい……!)


優里があっけに取られていると、ミーシャが立ち止まり、振り向いた。


「皆に……お願いがあるんだ」


神妙な面持ちをしたミーシャに、皆は目を向けた。


「母上が……おかしな事を言っても、その場では話を合わせて欲しい」


「え?」


思わず、優里が声を上げた。


「ハヤセさんには、母上の現状を見てから判断して欲しいんです。前情報だけで、結論を出して欲しくなくて……」


ミーシャは胸元のブローチを握りしめ、言葉を詰まらせた。


「何か事情があるみたいだね。わかったよ、大丈夫。とりあえず君の母上に会わせてくれ」


ハヤセはそう言うと、ミーシャの肩にポンと手を乗せた。

ミーシャは頷いて、再び歩き出した。


重厚な玄関の扉を開けると、ミーシャと同じ銀色の髪に、ふさふさの耳と尻尾が生えた、獣人の男性が立っていた。


「ミーシャ!!」


「父上、只今戻りました」


(この人が、ミーシャ君のお父さん!?)


背が高く、アスリートのような引き締まった体に、仕立ての良い服を着たその男性は、見た目だけで仕事が出来そうな紳士に見えた。

ミーシャと髪の色は一緒だったが、瞳の色はグレーで、顔はあまり似ていなかった。


「お前の匂いがしたから、帰って来たとすぐに気付いた。恐らくレイラも……」


その時、広い家の中を必死で走って来たのか、息を切らせながら、栗色の髪をした獣人の女性がミーシャに抱きついた。


「ミーシャ! よかった! 無事に帰って来てくれて!」


「母上……心配をかけてしまってすみません」


(この人が、ミーシャ君のお母さん!?)


母上と呼ばれたその人は、長い栗色の髪に深い緑色の瞳をした、清楚で可憐な女性だった。シュリは少し距離をとり、襲ってくる吐き気に耐えていた。


(さすが魔族だけあって、ご両親ともすごく若く見えるけど……それ以前に……)


優里は、改めてミーシャの母親を見つめた。


「何か辛い事はなかった? 怪我はしてない?」


「大丈夫ですよ、母上。それより、旅先で知り合った仲間を紹介します」


心配そうに顔を覗き込む母親を宥めながら、ミーシャは優里たちを両親に紹介した。

ミーシャの紹介が終わると、今度は父親が丁寧に挨拶をした。


「私はミーシャの父親のヴィクトルです。こちらは妻のレイラ。旅先では息子が大変世話になりました。部屋を準備するので、どうぞゆっくりと旅の疲れを癒してください」


ヴィクトルは優里たちに礼を言って、使用人に部屋を用意するよう指示した。

母親のレイラは、紹介されたハヤセに向き合い、すがるような目で訴えた。


「伝説の薬師様、どうか息子のキリルの事を宜しくお願いします」


(えっ……?)


優里が思わずミーシャを見ると、ミーシャは母親を気遣うように背中に手を添えた。


「母上、大丈夫ですよ。キーラの一時帰宅が許されたので、早ければ今夜にでも、薬師様にキーラの事を診て頂くつもりです」


「まぁ! キーラが帰って来るの!? ヴィクトルったら私に何も教えてくれないから……! 夕飯までに、あの子の好きなりんごのケーキを焼かなくちゃ! アダム、皆さんを部屋にお通しして、お茶の準備を。夕飯まで、どうぞくつろいで下さいね」


レイラはそう言うと、いそいそとその場を後にした。


「アダム、部屋の案内を頼む。母上にはオレが付いてるから」


「かしこまりました。皆様、どうぞこちらへ」


アダムと呼ばれた燕尾服姿の使用人は、レイラを追いかけるミーシャにお辞儀をした後、優里たちに向き合った。

優里は、レイラの後ろ姿を見つめながら、ある違和感を覚えていた。


(ミーシャ君は、お母さんが病気だって言ってたけど、見る限りすごく元気そうだったよね……。それにキーラって……)


その場にいる誰もが、腑に落ちないといった様子だったが、話を合わせて欲しいとお願いされていた事だったので、皆口を噤んだまま客間へと向かった。



少しするとすぐに日が落ちて、辺りが暗くなり始めた。

食事の準備ができたという事で、優里たちは今度は食堂へと通された。食堂には美味しそうな料理が並べられ、食欲をそそるいい匂いが立ち込めていた。


ヴィクトルとレイラ、そして、子供姿になったミーシャが、優里たちを出迎えた。


(ミーシャ君、日が落ちて子供姿になったんだな……)


優里がミーシャに目をやると、レイラがにこやかに皆に言った。


「皆さん、もうひとりの息子を紹介します。ミーシャの弟のキリルです。さあキーラ、皆さんにご挨拶して」


(えっ……!?)


優里たちが驚いて目を見開くと、子供姿のミーシャは少し目を伏せながら皆に向き合った。


「……()()()()()()、キリル=ヴィクトロヴィチ=ヴォルコフです。僕の事は、どうぞキーラと呼んで下さい」


礼儀正しく挨拶をしたその子供は、声も姿も、ミーシャそのものだった。にこやかなレイラとは対照的に、ヴィクトルも周りの使用人たちも、少し気まずそうな顔をしていた。


(どういう事? だって、弟さんは亡くなったって……。それにそもそも、この子はミーシャ君だ)


「さあ、では食事にしましょう! さっきりんごのケーキも焼いたんです。皆さんもたくさん食べて下さいね」


戸惑う優里たちを尻目に、レイラはテーブルへと皆を案内した。


「あの、ミーシャの姿が見えないようですが」


ハヤセが、何かを確認するかのように、レイラに尋ねた。


「ミーシャは、大学の研究室に用事があるとかで出掛けました。あの子はとても優秀で、努力家なんです。今日ぐらいは……って止めたんですけど、教授に呼び出されたとかで……ごめんなさいね」


「そうですか。どうぞ、お気になさらず」


ハヤセはそう言って子供姿のミーシャを見た。

ミーシャは訴えるような瞳でハヤセを見ていた。ハヤセは何もかも理解したように小さく頷き、優里たちは余計な事は何も言わず、席に着いた。



食事を終え、キーラの診察と称して、優里たちはミーシャの部屋に集まった。レイラは同席したいと言い続けていたが、ヴィクトルに宥められ、別室で待機してもらう事になった。


ソファーに腰掛けたミーシャは、目の前に座るハヤセに切り出した。


「ハヤセさん、見て貰った通りです。母上は……子供姿になったオレの事を、死んだ弟のキーラだと思い込んでるんです。オレが変身するようになった3年前から、ずっと……」


「そうみたいだね……」


「オレとキーラは、髪の色も目の色も全然違います。何より、匂いも全然違うんです。だけど母上には、この姿のオレがキーラに見えている……」


「……」


考え込んでいるハヤセに、ミーシャは前のめりになりながら訴えた。


「お願いします! 母上を正気に戻して下さい! もうハヤセさんしか……伝説の薬師しか、頼れる人がいないんです!」


ミーシャの母親の“病気”の正体を知り、皆口を噤んだ。

ハヤセはしばし熟考していたが、結論を伝える為、その重い口を開くのだった。



月・水・金曜日に更新予定です。

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