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28 優里の怒り

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「角だと? ……わかった。欠片ぐらいなら、くれてやってもいい」


シュリがそう言うと、スライは顔を歪ませシュリに向かって魔法を放った。

スライの魔法はシュリの顔を掠め、白い肌に一筋の傷が走り、血が滲んだ。


「口に気を付けなさいユニコーン。貴方に決定権はありません。俺はまるまる1本と言ったんですよ?」


「やめて!」


優里はシュリに向かって叫んだ。


「シュリさん、逃げて下さい! あなたの足なら、きっと誰も追いつけない! 早くこの場から離れて!」


「黙るんだ、お嬢ちゃん!」


デクは優里の体を締め上げ、突き付けた剣を喉元に食い込ませようとした。


「うっ……」


優里の顔が苦痛に歪んだ。


「やめろ!」


シュリはデクに向かって叫び、スライを見た。


「言う通りにする。だからユーリには絶対に手を出すな……!」


「シュリさん……! ダメ……ダメです……!」


涙目で見つめる優里に、シュリは優しく笑った。


「大丈夫だユーリ。お前の事は、必ずわたしが守る」


「では早速、ユニコーン姿になってもらいましょうか」


シュリはフウと息をついて、スライを見た。


「約束を違えるなよ、スライ。わたしの角を手に入れたら、ユーリはすぐに解放しろ。そしてもう二度と近付くことは許さん」


スライはシュリの言葉に苛立ち、右手をかざすと、シュリに向かって容赦なく何度も魔法を放った。

防御も何もしなかったシュリは、スライの魔法により鉱山の壁に打ち付けられ、そのまま崩れ落ちた。


「シュリさん!!」


優里は悲鳴のような声を上げた。シュリの額からはぽたぽたと血が流れ落ち、着ていたマントも破れ、あちこちから血が滲んでいた。


「決めるのは俺だと何度言ったらわかるんですか? いいから早くユニコーン姿になりなさい!」


シュリはゆっくりと顔を上げると、優里を見た。

目に涙を浮かべ、唇を震わす優里に、シュリは肩で息をしながらも、静かに言った。


「……ユーリ、わたしがいなくとも、お前には……ルーファスがいる。ルーファスがいれば……お前は死ぬ事はないし、誰も……殺さなくて済む。だから、大丈夫だ……」


シュリの体が青く光り、体の輪郭がぼやけ、やがてユニコーン姿になった。


「な、何が……何を言ってるんですかシュリさん……。何が大丈夫なんですか……」


優里は、以前シュリが話してくれたことを思い出していた。


(角は、ユニコーンにとっての生命の源……だから、だから……)


「角を切られたら、シュリさん死んじゃうんですよ!! 全然大丈夫じゃないです!!」


優里の叫びを無視して、スライはユニコーン姿になったシュリに近付き、鞘から剣を引き抜いた。

先程の猛攻により、ぐったりと動かなくなったシュリの角を、スライがむんずと掴み、剣を当てた。


「やめて……やめてよ……」


優里はポロポロと涙を流し、それがデクの手を濡らした。

デクは唇を噛み締め、呟いた。


「すまねぇ……本当に……」


『やめろ! スライ!』


バルダーは叫び続けたが、スライは手を止めず剣を振り下ろした。しかしシュリの角は固く、ポロポロと欠片が落ちるばかりだった。


「チッ……さすがに硬いですね……」


「やめてって……言ってるでしょう……!」


優里の心は怒りに支配され、瞳から流れる涙が次第に紫色に変色し、デクの手に痛みが走った。


「っがぁ……!?」


その涙はデクの皮膚に火傷のような痛みを与え、デクは思わず優里から手を離した。

優里の涙は持っていた虫籠も溶かし始め、バルダーは溶けた部分からするりと外に出た。


(この鳥籠は……魔力を封じ込める力が弱い! 虫籠よりも大きいからか! このぐらいの封印力なら……!)


虫籠から出たバルダーの体が山吹色に輝き、その輝きはみるみると大きくなって、バルダーは元の姿に戻った。


「カシラ!!」


デクが叫ぶと同時に、バルダーは鳥籠の網の部分を握ると、物凄い力で破壊した。


「な、何ぃ!?」


壊れた鳥籠から外に出た優里とバルダーが、自分の方に向かって来ているのを見たスライは、咄嗟にシュリに剣を突き付けた。


「止まりなさい! このユニコーンの喉元を掻っ切りますよ!」


その言葉にバルダーは立ち止まったが、優里は止まらなかった。


(怒りが……抑えきれない。シュリさんをこんな目に遭わせてるこの人が……憎い)


優里は、今まで感じたことがない感情に支配されていた。体の奥底から、どろどろとした何かが優里を突き動かし、飢餓感を感じる時のように、今にも暴発してしまいそうな自分を抑え込まなくてはという気持ちにはならず、むしろこの憎い男を、丸ごとのみ込んで消してしまいたいとさえ思った。


(私は悪魔族……この感情は、悪魔の本質? わからない、わからないけど、自分の中で良くない感情が高ぶっているのを感じる)


「バルダー、私から離れて」


優里は静かにそう言うと、スライを睨みつけた。


「死にたくなければ、今すぐシュリさんを解放して」


あまりの迫力にスライは一瞬怯んだが、ぎりっと歯を噛み締め、優里に向かって剣を向けた。


「たかがサキュバスが、俺に勝てるとでも!?」


(こんなやつ、こんなやつ……)


優里はスライを睨みつけ、涙で濡れた紫色の瞳を光らせた。


(……死んでしまえばいい)


スライが剣を振り上げた瞬間、優里の体から紫色の(もや)が発生し、瞬く間にスライとシュリをのみ込んだ。


「な、何だこれは!?」


スライは動揺したが、(もや)の切れ間から見えた優里の姿に心を奪われ、跪いた。


「な…なんて美しい……貴方の為なら俺は……死ね…ます……」


そう言って、スライはそのまま眠るように崩れ落ちた。

(もや)が消え去り、バルダーは優里に駆け寄った。


「ユーリ! 大丈夫か!? 一体何を……」


優里の足元に倒れているスライを見て、バルダーが息をのんだ。


「私と……シュリさんは無事です。でも、この人は……恐らく、死ぬでしょう」


優里は冷静にそう言ったが、体はガクガクと震え始めた。


(私は……私は、シュリさんを助ける為だったら、悪魔にでも……!)


震える体を止めようと、優里はギュッと拳に力を入れた。


『……ユーリ……』


その時、青色の光に包まれたシュリが、優里を呼んだ。


「シュリさん……!」


シュリは人型に戻り、優里はそんなシュリを抱き起そうとした。


「昨日……ミーシャと薬を作った時に……1本だけ、お前の毒に効く薬ができた……。作業場に置いてあるから……スライに呑ませろ……」


「シュリさん……! でも、この人は……!」


シュリを殺そうとした、優里はそう言おうとしたが、シュリは言葉を遮った。


「お前は……誰も殺したくないと言った……。自分の信念を曲げるな……。お前のその信念も…わたしが守る……」


「……っ!」


優里は心が張り裂けそうになった。怒りに身を任せ、我を忘れた優里の心を、シュリがボロボロになりながらも守ろうとしてくれている。自分の不甲斐なさと、シュリの優しさに涙があふれた。

そして、自分がなんて恐ろしい事をしようとしているのかに気付き、震えが止まらなかった。


「ごめ…なさい……シュリさん……! わ、私……私、シュリさんに……死んで欲しくなくて……シュリさんが……いなくなるなんて……」


震えながら泣きじゃくる優里の頭を撫でながら、シュリは優しく言った。


「お前は……何も心配するな……。わたしは大丈夫だ……」


頭を撫でてくれていたシュリの大きな手は、そのまま優里の頬を包み込み、流れ落ちる涙をそっと拭った。優里の心は落ち着いて、優しく涙を拭ってくれる手に、自分の手を重ねた。


「わたしは……少し眠る……。お前の毒は……相変わらず……すごい……な…」


シュリはそう言って目を瞑った。

優里は涙を拭い、バルダーの方を向いた。


「バルダー、お願い。シュリさんとこの人を、作業場まで……運んで欲しい」


先程まで泣いていたのに、気持ちを切り替え、凛とした顔つきになった優里に、バルダーはドキリとした。


「ああ、任せてくれ」


バルダーはふたりを軽々と肩に担いだ。


「カシラ、嬢ちゃん! 本当にすまねぇ! 俺は……俺は!」


デクは泣きそうな顔で拳を握りしめ、俯いた。


「デクさん、あなたの手も……傷付けてしまってごめんなさい。作業場に着いたら治療しましょう」


優里がデクにそう言うと、バルダーが優里に向き合った。


「ユーリ、すまない。スライとデクがやった事は、全て俺の頭領としての力量が足りなかったせいだ。責任を取らせてくれ」


優里は静かに首を振った。


「デクさんの……大切な人を助けたいという気持ちは、私にもわかります。私も…それでスライを傷付けてしまったから。だから、もう二度とこんな事はしないと約束してくれたら、それでいいです」


「ユーリ……」


バルダーは優里を見つめ、しっかりとした口調で言った。


「わかった、約束しよう。お前も、お前の仲間も、もう二度と傷付けないと。バルダー=バーグの名において誓う」


優里たちは、足早に鉱山を後にした。




鉱山を出た所で、森を捜索していたルーファスたちと出くわした。


「シュリ!? 一体どうしたんだい!?」


傷だらけのシュリを見て、ルーファスがバルダーに手を貸した。


「ルーファスさん、説明は後でします! 今は、早くこの人に解毒薬を呑ませなくちゃいけなくて……。ミーシャ君、昨日シュリさんと作った解毒薬がどこにあるか、教えて欲しいの」


優里はミーシャにそう言ったが、ミーシャはバルダーを見て呆然としていた。


「まさか……そんな……」


「ミーシャ君?」


「生きておられたんですか!? バルダー様!」


(えっ……?)


バルダーはミーシャを見ると、フウと息をついた。


「お前は……北の国の者か」


「はい。オレ……私は、ヴォルコフ家の長男、ミハイル=ヴィクトロヴィチ=ヴォルコフです」


ミーシャは、バルダーに敬意を払うように胸に手を当てた。


「ヴォルコフ……? そうか、お前はあの時の……随分大きくなってて、気が付かなかった」


「覚えておられるのですか!?」


「無論だ。俺にあんな物言いをしたのは、お前が初めてだったからな」


「いやっ……あの頃はオレ……私も子供で、口の利き方を知らず、申し訳ございませんでした!」


ミーシャは焦って深々と頭を下げたが、バルダーはおかしそうに笑った。


「いい、気にするな。それに俺はもう……」


目を伏せたバルダーを見て、優里はミーシャに訊いた。


「えっと、ふたりは知り合いなの?」


「知り合いというか……この方は、北の国の第二王子、バルダー=バーグ様だ」


「え…………ええーーーー!?」


「カ、カシラが……王子様!?」


その場にいた誰もがその事実に驚き、バルダーを見た。

バルダーの山吹色の瞳には、何故か悲し気な色が浮かんでいた。



月・水・金曜日に更新予定です。

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