27 捜索
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リヒトが転生者だとわかった優里は、動揺しつつも慎重にリヒトの話に耳を傾けた。
「先生は、故郷にいる時にユーリさんに会っているんです。それで……ユーリさんに償いがしたいと、今は東の国で多くの人を助けています」
(前世で……私と会ってる!? それに償いって? どういう意味?)
混乱する優里よりも先に、ミーシャが疑問を投げかけた。
「待てよ、全く理解できねぇ。百歩譲って伝説の薬師とユーリとの間に何かがあったとして、他のヤツを助ける事が、どうしてユーリへの償いになるんだ? それに東の島国ってどこだよ? そんなの地図に載ってねぇぞ」
「悪いがミハイル、この話はお前には理解できない。でも俺は、ユーリさんさえ理解してくれれば、今はそれでいいと思っている」
「あぁ?」
ミーシャが、明らかに不満そうな声を上げた。
「ミーシャ、とりあえず最後まで話を聞こう」
シュリがミーシャを宥め、リヒトは話を続けた。
「先生は今、薬師として多くの人を助けています。地図の通りに」
「地図?」
優里が首を傾げたが、リヒトはそんな優里の目を真っ直ぐ見て言った。
「ユーリさんも持っているでしょう?」
(私も持ってるって……あ!)
優里は、例の星マークの地図の事を思い出した。
「地図があれば、効率的にためれる事はご存じですよね? だから先生は……」
リヒトは話を続けようとしたが、悩んでいるような表情の優里を見て、一度話を止め、確認した。
「ユーリさん、猫から説明を受けましたよね?」
(猫? それって、猫さんの事?)
優里はふるふると首を振った。
「まさか……知らないんですか? じゃあ、今まで一度も使ってない?」
「使うって、地図を?」
何もわからないという優里の表情を見て、リヒトは口元を手で覆い考え込んだ。
「これは……一度ちゃんと説明した方がいいかもしれません。ユーリさんとふたりきりにさせてはもらえませんか?」
リヒトはシュリを見たが、ミーシャが間髪を入れずに突っ込んだ。
「ダメに決まってんだろ! お前みたいな悪魔、信用できるか!」
「ユーリさんだって、同じ悪魔族だ」
「ユーリとお前は違う! だいたい、オレらを信用させるための説明だろ! なんでオレらのいない所で話を進めようとすんだよ」
毛を逆立てたミーシャに対し、リヒトは小さくため息をついて、優里に向き合った。
「ユーリさんなら、理解できるはずです。俺が言わんとしている事が」
優里はリヒトの真剣な顔を見て、ごくりと喉を鳴らした。
(リヒト君は、きっとこの地図の事を説明したいんだ……。けど、それはたぶん転生の事とかが絡んでて、何も知らないこの世界の人に対して、混乱を招くかもしれない事を懸念してる)
難しい顔をしている優里を、シュリが覗き込んだ。
「ユーリ、リヒトの言っている事……お前にはわかるのか?」
優里はシュリを見つめ、少し気まずそうに答えた。
「はい……わかります……。あの、でも……」
優里の思い詰めたような表情を見て、シュリが短く息を吐いた。
「ユーリ、お前は、出会った時から他と違った。サキュバスなのに生気を吸うのが初めてだったり、規格外のスキルを持っていたり、様々な事に無知だったり……それを考えると、お前は、何かわたしたちに言えない秘密を抱えているのだな?」
優里はビクリと体を揺らし、俯いた。
「勘違いするな、別に責めている訳ではない。秘密のない者など、この世にはいないと思っている。ここにいる全員、わたしも含め……何らかの秘密を抱えているだろう。お前の身に危険が及ぶ事でなければ、無理に明かす必要はない」
シュリの言葉を聞いて、ミーシャとリヒトも目を伏せた。
「リヒトも初めに言っていたな、ユーリさえ理解してくれればそれでいいと。わたしが確認したいのはただひとつだ。お前と薬師の存在は、ユーリの危険分子ではないと断言できるか?」
シュリの強い口調に、リヒトはしっかりとシュリの目を見て答えた。
「できます。俺と先生は、ユーリさんの味方です」
「シュリさん……」
優里が心配そうにシュリをみると、シュリは瞳を和らげて優里の頭を撫でた。
「リヒトは嘘を言っていない。わたしはリヒトを信用する」
ミーシャは不服そうな顔をしていたが、リヒトはホッと胸を撫でおろした。
「では今後の事を確認したい。伝説の薬師とはいつ会える?」
シュリがそう切り出した時、不意に作業場のドアが叩かれた。
「ボクが出るよ」
ルーファスがドアを開けると、そこにはバルダーの部下の姿があった。
「す、すまねぇ……あんたたちに、頼みがあるんだ……。カシラが…まだ見つからなくて……。一緒に探してくれないか?」
「え? まだ見つからないのかい?」
ルーファスの声に、優里が反応した。
「見つからないって……助けを呼んでくれたんじゃないんですか?」
ずっと眠っていた優里は、その時の状況を知らなかった。
「ユーリ、どうやら彼は、トカゲになってから行方不明らしいんだよ」
「え!? そんな……!」
優里は、ドアの所で下を向いているバルダーの部下を見た。
(私たちを助ける為に、あんな小さな生き物に変身して、行方不明なんて……。この部下の人も、すごく心配してるよね……)
「シュリさん、私も探しに行ってもいいですか?」
優里はシュリを見つめた。シュリはフウと息をついて、立ち上がった。
「お前のお人好しには、いい加減慣れた」
するとリヒトが、先程のシュリの言葉に答えるように言った。
「先生にはすぐ会えるようにします。ですが、ルーファスさんに咬まれた事で、未だにスキルが使えません。先生の所に移動できないので、魔力が戻るまで、その人探しを手伝っても?」
「わかった。伝説の薬師に関しては、リヒトの魔力が戻り次第で構わない」
シュリはそう言って、マントを羽織った。ミーシャとルーファスも外に出る準備をした。
「す、すまねぇ……恩に着る」
バルダーの部下は深々と頭を下げた。
優里たちは、手分けしてバルダーを探すことにした。
「鉱山の中は昨日から探してるから、人手は少なくていいんで、俺と嬢ちゃんと金髪の兄ちゃん以外は、森を探してくれないか?」
部下の提案に、ルーファスが口を挟んだ。
「ボクがユーリと一緒に鉱山の中に行くよ。朝の話の続きを、もう一度じっくりしたいしね……」
ルーファスが優里の肩を抱こうとしたのを、シュリが素早く阻止した。
「お前は森だ」
「シュリ、キミ、寝てないんだろ? そんな状態で、ユーリを守れるのかい?」
ルーファスがふふんと鼻を鳴らしながら、シュリの顎をくいっと持ち上げた。
シュリはルーファスを真っ直ぐ見つめ、静かに言った。
「いいのか? ミーシャとリヒトが待ってるぞ。朝とは言え、森の中は薄暗い。うっかり転んで押し倒したり、抱きついたりしても許されるだろう」
「うっかり……だと?」
ルーファスはごくりと喉を鳴らした。
「いや、許さねぇよ! シュリ! オレを売る気か!?」
「シュリ……いつそんな技を覚えたんだい……? その攻撃は、ボクには有効だ……」
ミーシャが目を吊り上げたが、ルーファスは結局、森を捜索する事になった。
「よくわたしたちの作業場がわかったな。それに、あのスライとかいう魔族はどうした?」
スライの姿がこの場になかった為、シュリが部下に問いかけた。
「スライは……先に鉱山の中を探してて……俺がそこまで案内する。作業場の件は、すまねぇ、勝手に調べさせてもらった」
部下はそう答えると、シュリから目を逸らした。
「じゃあ、早く行きましょう!」
シュリは部下の素振りを不審に思ったが、優里が率先して鉱山の中に入って行くので、ため息をついて後に続いた。
「俺はデクっていうんだ。昨日は悪かったな、お嬢ちゃん。手伝ってくれてありがとよ」
デクは優里にそう言って、頭を下げた。
「いいえ。私もバルダーの事が心配だから……。少し、不器用な所があるから、もしかして岩の隙間とかに挟まってるんじゃないかとか考えちゃって」
優里が苦笑しながらそう言うと、デクは少し嬉しそうにした。
「そうなんだよ、カシラはすげぇ強いのに、どこか抜けてる所があって……そこが憎めないってゆうか、ほっとけないっていうか」
「デクさんは、バルダーと一緒になって長いんですか?」
「かれこれ1年ぐれぇかな……。元々俺は冒険者をしてたんだけど、ある日、当時仲間だった奴らと魔物の討伐をしてる時、殺されかけてね。仲間はオレを見捨てて逃げ出したんだ。そこに現れたのが、カシラだった」
デクは、何かを思い出すように少し上を見上げた。
「あの時のカシラは本当に強くて、正直俺は、魔物よりもカシラに殺されるんじゃねぇかと思った。だけどカシラは、仲間に見捨てられ、満身創痍になってる俺に言ったんだ。『お前の居場所は俺が作ってやる』って……」
優里は、優しくて温かかった、バルダーの山吹色の瞳を思い出した。
「カシラは俺の恩人だ。絶対に助ける。俺にとってカシラは、誰よりも大事な人なんだ」
デクは、俯いて拳を握りしめた。そんなデクの様子を見て、優里は胸が痛くなった。
(デクさん……本当にバルダーの事が心配なんだな……。早く見つけてあげたいな……)
「あ、あれは……!?」
デクの声に優里が顔を上げると、横穴の向こうの、少し広くなっている空間に、ポツンと虫籠のようなものがあるのが見えた。
虫籠の中には、昨日優里が見た、赤いトカゲが居た。
「バルダー!?」
優里は急いで虫籠に駆け寄り、デクもそれに続いた。
『駄目だ! 来るな、ユーリ!』
バルダーの切り裂かれた喉も既に完治し、優里に向かって叫んだが、虫籠の効力によりその声は優里には届かなかった。
「ユーリ、待て!」
シュリは不穏な気配に優里を止めようとしたが、それよりも早く優里が虫籠を持ち上げた。
次の瞬間、下に描かれてあった魔法陣のようなものが一気に広がり、それは瞬く間に大きな鳥籠のような形になって、その場にいた優里とデクを閉じ込めた。
「えっ……!?」
鳥籠に閉じ込められた優里は、すぐにシュリの方を見たが、同時にデクに強い力で後ろから羽交い絞めにされ、剣を突き付けられた。
「どういうつもりだ!?」
ひとり、魔法陣の外にいたシュリは、鳥籠に向かって右手を突き出したが、デクが叫んだ。
「攻撃すれば、この嬢ちゃんを殺す!!」
「デ、デクさ……」
突き付けられた剣が優里の喉元に当たり、うっすらと血が滲んだ。
「……!!」
シュリは、右手を突き出したまま動けなくなった。嫌な汗が頬を伝ったが、一度小さく息をのみ込み、少し苦しそうな顔をしている優里に向かって叫んだ。
「ユーリ! クロエを呼べ!」
優里はハッとして頷いた。
「クロエ!」
いつものようにクロエを召喚しようとしたが、手の甲に描かれた印は、全く光らなかった。
「ど……どうして? クロエ! クロエ!」
優里はクロエの名を呼び続けたが、クロエが召喚される事はなかった。
「無駄ですよ」
鳥籠の背後から、スライが現れた。
「お前は……」
シュリはスライに向かって魔法を放ったが、スライは防御魔法でそれを防いだ。
「やめなさい! 次に俺に攻撃したら、デクがこの女を殺しますよ!」
鳥籠の中では、デクが相変わらず優里の喉元に剣を押し当てていた。シュリは息をのんで、魔法を打った手を下に下ろした。
「この鳥籠には、魔力を抑える力が働いています。いくら魔族とは言え、魔力が使えなければただの小娘……デクの剣で、簡単に首が飛ぶでしょうね」
スライはニヤリと笑って、シュリを見た。
「……何が望みだ」
「別に、大した事ではありませんよ。貴方の角が、まるまる1本欲しいだけです」
優里は、その言葉を聞いて青ざめた。
(この人……シュリさんがユニコーンだって知ってる!?)
「嬢ちゃん、わりぃな……あんたたちに恨みはねぇが、カシラを助ける為なんだ……!」
デクは震える手で優里に剣を突き付けていた。
『デク、やめろ! ユーリを離すんだ!』
バルダーは必死で叫んだが、声は届かず、優里は動けないまま、スライと対峙するシュリを見つめるしかなかった。
月・水・金曜日に更新予定です。




