26 転生者
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暫くして、シュリがルーファスを連れて戻って来た。
「おはよう、ユーリ。体の具合はどうだい?」
「ルーファスさん! それはこっちのセリフです……って、え!?」
優里は、部屋に入って来たルーファスを見て驚いた。
ルーファスは、あの長かった髪を切り、首には優里があげたスカーフを巻いて、傷を隠していた。
「髪、切ったんですか?」
「うん。自分で切ったんだけど……変かい?」
後頭部を触りながら、ルーファスが照れくさそうに訊いた。
「長い髪も似合ってましたけど、今の髪形も素敵ですよ! でも、急にどうして……」
優里が問いかけると、ルーファスはベッドの横に椅子を置いて座り、優里を見つめた。
「“暴食の吸血鬼”は、ボクの中からいなくなった。キミのおかげだよ、ユーリ」
「え?」
ルーファスは、首を傾げる優里に優しく笑いかけた。
「キミが、ボクを……ボクの心を救ってくれたんだ」
「私が……?」
「そう、キミが……てゆうか、こういう時は、気をきかせて席を外すものじゃないのかい? シュリ」
ルーファスは後ろから殺気を感じていた。
シュリはルーファスの後ろに立ち、冷ややかにルーファスを見下ろしていた。
「お前に使う気などない」
「はぁ……まぁいいけど……」
ルーファスはため息を落としたが、気を取り直して優里に向き合った。
「ユーリ、ボクはキミのおかげで、シャルルの最後の言葉を聞くことが出来た……。あれは、ボクの記憶の夢だ。だからもしかしたら、ボクに都合のいいように作られていたのかもしれない。それでもボクは、キミとシャルルの優しい心を信じる」
ルーファスはそう言って、にっこりと笑った。
「ボクはもう大丈夫だよ、ユーリ」
「ルーファスさん……」
優里もホッとして微笑んだ。
「ところで唐突だけど……ボクは男が好きだ」
「……え?」
突然話が変わって、優里はキョトンとした。
「えと……知ってます」
(あれだけシュリさんやミーシャ君にベタベタしてれば、普通気付くよ……)
「まぁ、別にだからといって女性が嫌いという訳ではなくて、今まで魅力を感じる女性と出会わなかったって感じなのかな……」
「はあ……」
ルーファスが何を言いたいのかがわからず、優里は首を傾げた。
「正直、自分でもこの感情に驚いているけど、ユーリ、ボクはキミが好きだ。とても愛しい」
「え?」
優里とシュリは一瞬固まったが、ルーファスは優里の手を取り、両手で包み込むように優しく握りしめた。
「とりあえずキミとの子供が欲しい。ボクは子供が大好きだから、きっといい父親になれると思うよ。どちらに似ても、ボクたちの子供ならきっとすごく可愛いぃだだだだだだ!!」
話の途中で、シュリがルーファスの耳をちぎれんばかりに引っ張った。
「痛いよシュリ! ボクは不死身だけど、痛みは人並みに感じるんだよ!」
「お前が馬鹿な事を言うからだ」
優里は、未だに状況が飲み込めないでいた。
(え? 子供? 何の話? 状況についていけない……)
「ユーリに手を出したら、お前を殺す」
「シュリ、キミの冗談は、相変わらずわかりにくいよ」
「冗談ではない、本気だ」
優里はふたりの言い争いを暫く見ていたが、その内、いつも通りのふたりのやり取りに安堵して笑った。
「ふふっ」
シュリとルーファスが優里に目を向けると、優里はにっこりと笑いながらふたりを見た。
「ふたりとも、冗談がわかりにくいです」
「いや、ユーリ、ボクは本気……」
「大丈夫です、ルーファスさん。あなたの過去を覗いてしまって、少し落ち込んでいたけど、ふたりが冗談を言い合ってるのを見て元気が出ました!」
優里はルーファスの話を遮って、ベッドから出た。
「軽くシャワーを浴びてきますね! また、今日も1日頑張ります!」
そうして優里はテキパキと準備すると、シャワールームへと向かった。
取り残されたルーファスは、ハァとため息をついた。
「ユーリ……キミがずっと処女の原因が、わかったような気がするよ……」
「お前に興味がないという事だ。諦めろ。二度とユーリに近付くな。そして死ね」
「いや、シュリ、ボクへの当たりがいつもよりキツくないかい? でも安心してシュリ、キミの事も変わらず大好きだよ」
「うるさい死ね」
シュリはふいとルーファスから顔を背け、部屋を出て行こうとしたが、不意に何かに気付き、足を止めた。
「ユーリは、シャワーを浴びると言ったか?」
「言ってたね」
「今、シャワー室は確か……」
その頃優里は、丁度シャワー室の前にいた。
(シュリさんも、ルーファスさんと話していつもの調子に戻ってたな。よかった……)
優里がシャワー室の扉を開けると、目の前に、知らない全裸の男性が立っていた。
「え?」
考え事をしていた優里は、それが現実なのかどうか一瞬わからず、目が釘付けになってしまった。
右目に眼帯をした全裸の男も、微動だにしない優里をそのままの状態で見ていた。
やがて優里は、これは現実なのだと気付き、顔を覆ってしゃがみ込んだ。
「き…きゃーーーーーーーー!!」
優里の悲鳴に、何事かとミーシャが飛んできた。
「ユーリ! どうした!?」
真っ赤になってうずくまる優里と、全裸のまま立ち尽くすリヒトを見て、ミーシャは声を荒げた。
「おいリヒト! テメェ、ユーリに何した!?」
「何もしていない。ユーリさんが急に入って来た」
「馬鹿野郎! ユーリは痴女じゃなくて処女だぞ! そんなモン見せられて平気でいられるわけねーだろ!」
「そんなモンとは何だ。お前のよりは立派だ」
「何だとぉ!?」
騒ぎを聞きつけたシュリとルーファスも、シャワールームにやって来た。
「ユーリ、すまない言い忘れていた」
「シュ、シュリさん……」
優里が涙目でシュリを見ると、シュリはつかつかとリヒトの隣に立った。
「この男はリヒトという。昨日から、わたしたちと行動を共にしている」
(言い忘れたって、そっち!?)
「はじめましてユーリさん。俺はリヒトといいます」
全裸のまま丁寧に自己紹介をするリヒトに対して、優里は顔も上げられず叫んだ。
「い、いいから服を着て下さい!」
「そうだよリヒト君、服はこれかい? って、しまったぁ! リヒト君の服を、思わずシャワーで濡らしてしまったぁ! 乾くまで、そのままでいるしかないね……?」
「わざとですね、ルーファスさん。そしてガン見しないで下さい」
艶っぽく囁くルーファスを、リヒトは冷静にあしらった。
(お父さん以外の人の……初めて見た!!)
顔を赤くしてうずくまったままの優里に、ミーシャは心配そうに声をかけた。
「ユーリ……お前まさか、本当に見たのは初めてだったのか!? まさかリヒトまでもが、お前の初めての男に……」
「ミーシャ君! 誤解を招くような言い方しないで!」
「そうだぞ、ミーシャ。ユーリの初めての男はわたしだ」
「オレだってそうだ!」
「俺も……初めての仲間入りという事か?」
「じゃあ、ボクは間男ってことで」
カオスと化したその場で、優里は涙目でしゃがみ込んだまま、頭を抱えるしかなかった。
それからリヒトはミーシャに服を借り、全裸で過ごさずに済んだ。
優里も無事シャワーを浴びて、みんなが待つ作業場へと向かった。
作業場にはソファーとテーブルがあって、シュリとリヒトがテーブルを挟んで向かい合わせに座っていた。
ミーシャは近くの壁に立ったままもたれかかり、ルーファスは玄関の扉近くにあった作業台の椅子に腰かけていた。
「ユーリ、こっちへ」
優里は、呼ばれるがままシュリの隣に座った。
「リヒト、約束通り全て話してもらうぞ」
シュリがそう言うと、リヒトは背もたれから背中を離し、両手を膝の上で組んだ。
「昨日も言った通り、俺は先生の……“伝説の薬師”の助手です」
「え!?」
リヒトの言葉に、優里は驚いてシュリを見た。
「ユーリ、数日前からわたしたちを尾行していたのは、この男だ。昨日もユーリの事をつけていて、ルーファスが対応した」
「昨日……」
優里は、鉱山の入り口の手前で、ルーファスが一時離脱したのを思い出した。
「そして本人が言っているように、伝説の薬師と面識があり、わたしたちに会わせると言っている」
「そうなんですか……!?」
「そして伝説の薬師は……お前の知り合いかもしれない」
「えぇ!?」
優里がリヒトの方を見ると、リヒトも真っ直ぐに優里を見つめた。
(どういう事? 私、この世界に来てから、シュリさんたちとしか会ってないと思うけど……)
「ユーリさん、俺と先生は、貴方と故郷が一緒なんです」
「え……」
(故郷? それって……)
優里はリヒトを見て何か言おうとしたが、ここで自分の思った事を言っては、シュリたちが混乱するかもしれないと思い、口を噤んだ。
そんな優里の態度を見て、リヒトは口を開いた。
「俺と先生は、東の島国出身です」
(東の……島国!? まさか……転生者!?)
優里はその言い回しで、リヒトが転生者だと理解した。
(もしかして……伝説の薬師は、前世での私の知り合い!?)
優里はごくりと喉を鳴らし、リヒトの次の言葉を待った。
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