24 ルーファスの過去 その4
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優しい兄弟のおかげで、ボクは穏やかに過ごせていた。
兄、ルドラの提案で一緒に住む事になったが、彼の婚約者アリシャも快く承諾してくれた。
アリシャも、兄弟と同じ綺麗な金髪で、珊瑚礁の海のような透き通った緑色の瞳と、長いまつ毛が印象的な美しい女性だった。
弟のシュリアは、ふたりに“シュリ”と呼ばれていたので、ボクもそう呼ぶ事にした。
あの時拾った雛鳥は、シュリが“クルル”と名付けた。
最初は野生に帰すつもりで育てていたのだが、ボクたちにとてもよく懐いて、自らも森に帰ろうとしないので、そのまま一緒に暮らす事にした。
クルルは基本従順で大人しい性格だったが、やんちゃな一面もあり、主にボクが、そんなクルルの遊び相手になった。
予想を遥かに上回る大きさに成長したクルルの本気の体当たりを受けて、怪我をしないのはボクだけだった。いや、正直怪我はするのだが、すぐ治るから、クルルも調子に乗っていつも全力で遊んでいた。
おかげでクルルは強く逞しく成長し、その辺の魔物では相手にならないくらいの戦闘力が身に付いた。
とは言え、森は不思議な魔力で守られていたから、あまり危険な事もなかった。
森の魔力の正体は、3人の防御魔法だった。ルドラとアリシャ、まだ幼いシュリまでもが、力を合わせて結界を張っていたのだ。
それは、自分たちを守る為だと知った。彼らはユニコーン族の生き残りだった。何百年生きてきて、ユニコーンを見たのは初めてだった。
彼らは前に住んでいた村を人間に襲われて、3人でこの地に辿り着いたという。
森に結界を張り、安全を確保して、自分たちで解毒薬を作り、それをたまに売りに行って生計を立てていた。育った環境のせいか、元々の素質なのか、彼らはまだ若いのに、魔力の制御がとても上手だった。
ボクは、そんな3人におんぶにだっこの甲斐性なしだった。正直、大人として情けない。たまに感じるシュリの視線が痛かった。
そんなある日、ボクが趣味で書いていた小説をたまたまシュリが目にして、言った。
「面白いな、これ」
するとルドラとアリシャも興味を示し、ボクの小説を覗き込んだ。
「町の出版社に、持って行ってみたらどう?」
アリシャの提案で、ボクは小説を持って町に出た。この時ばかりはさすがに変装して、暴食の吸血鬼だとバレないように気を付けた。
出版社の人はボクの小説に興味を持って、他の作品も見たいと言った。ボクは、何百年の間に書き溜めた小説を全部見せた。さすがに驚いていたけど、その全てを丁寧に読んでくれた出版社の人は、すぐにでも本にできると言った。
ボクの小説は、売れ行きがよかった。晴れてボクは作家として、お給料を貰える事になった。これで、シュリにあの冷たい目で見られる事もないだろう。……それはそれでちょっと残念な気もするが。
それから暫くして、ボクは新作を発表する事になった。書くものは、もう決めてあった。
“勇者シャルルの冒険”
『いつか、ぼくを主人公にした物語を書いてよ!』
あの時の約束を、やっと果たせる。
正直、シャルルの事を思い出すのが辛くて、今まで書けずにいた。
けれど、この森で3人と優しい時間を過ごし、ボクの心は大分癒された。
それでも、ボクの中から自責の念は消えない。
あの時ボクが、初めからちゃんとシャルルについて行ってあげていれば、違った結果になっていただろうか? ボクが教会を出て、すぐに村人に助けを求めていたら……神父様が生きていたら……ボクが咬みついたりしなければ……もしかしたらシャルルは、あの後も綺麗な翡翠色の瞳をキラキラさせて、ボクの隣で笑っていたかもしれない。
シャルルは、最後に何を思っていたのだろう。救えなかったボクに、失望していたのかもしれない。
そうだ、結果ボクは誰も救えなかった。あの時、ああしていればなんて無駄な事をぐるぐると考えて、結局誰も救えなかったと、思い知らされる日々だ。
ボクはきっとこれからも、こうして後悔しながら生きていくのだろう。自分の無力さを痛感しながら。
気が付くと、ルーファスは子供の頃の姿で暗闇に佇んでいた。
(今のは……夢? いや、まだ夢の中か……)
子供姿の自分の小さな手を見つめると、重く、暗い思いがどろどろと押し寄せた。
(この姿は、まるでボクの心を表してるみたいだ。子供の頃と何も変わらない、弱い自分の心……)
その時、その小さな手をそっと誰かに握られた。
ルーファスが顔を上げると、そこにはユーリの姿があった。
「ユーリ」
ルーファスが名前を呼ぶと、優里は少し目を伏せた。
「ごめんなさい……あなたの過去を、覗くような真似をしてしまって……」
(過去をなぞる様なこの夢は、ユーリのスキルだったのか)
「ボクの事を、軽蔑したかい?」
ルーファスがそう言うと、優里は子供姿のルーファスに視線を合わせる為膝をついて、大きく首を振った。
「そんなわけないです!」
「でも見ただろう? ボクは暴食の吸血鬼だ。みんなの死を……汚すような真似をした」
「ルーファスさんは、助けようとしただけです!」
「結果、ボクは誰も助けられなかった」
「それは違いますルーファスさん! 私には聞こえたんです!」
優里は、どこか遠くを見ているようなルーファスに、しっかりと視線を合わせた。
「あの時……ルーファスさんがシャルル君を咬んだ後、シャルル君は、『ありがとう』って言ったんです!」
ルーファスは、少し息をのんで優里を見た。
「なぜ、彼の声が私に届いたのかはわかりません。でも、確かにそう言ったんです! シャルル君は、自分を必死で助けようとしてくれているルーファスさんに、感謝していたんです!」
「でも……シャルルは……」
優里は、戸惑いを隠せないルーファスの手を強く握りしめた。
「あの時、シャルル君の心は、とても穏やかでした……温かいシャルル君の心が、私に伝わってきました。ルーファスさんがそばにいて、励ましてくれたから……。最後まで、ひとりじゃなかったから……。シャルル君の心は、ルーファスさんに救われていたんです。シャルル君がルーファスさんを想う気持ちを、信じて下さい!」
ルーファスは、優里の言葉を反芻した。
「シャルルの、気持ち……?」
「人の死は……辛いです。救えなかったと……後悔しかないのもわかります」
優里の脳裏には、前世の事故で、自分が救えなかった男性の姿が焼き付いていた。
「でも、ルーファスさんは違います。無力だなんて思わないで下さい。今だって、あなたは私を助けてくれた」
優里は、大きな目に涙を浮かべながら、少し微笑んだ。
「ありがとう、ルーファスさん。私も……あなたに救われました」
その時、暗闇だったその空間に、一気に色が付いた。その場所は、幼い頃シャルルと遊んだ、教会の裏、大きなトウヒの木がある思い出の場所だった。
そして優里のそばに、光に包まれたシャルルが立っていた。
「シャ…ルル……?」
(何だ……これは……? 幻……?)
シャルルは、綺麗な翡翠色の瞳をキラキラさせて、無邪気に笑った。
『ありがとう、ルーファス。ずっと……ずっと大好きだよ』
シャルルはそう言ってルーファスに歩み寄ると、頬にキスをした。
唇が触れた場所はとても温かく、確かにそこには、シャルルの魂が存在しているように思えた。
(シャルル……ボクは、ボクを悪者にする事が、キミへの償いだと思っていた。だけどボクは、キミのその純真な心を、信じるだけでよかったんだ)
頬の温かさはやがて全体に広がり、柔らかな光を感じながら、ルーファスは目を覚ました。
腕の中では、優里がすやすやと寝息をたてていて、夢と同じ温かさを感じた。
「ユーリ……」
ルーファスは、涙で濡れている優里の頬を、優しく手で拭った。
「……ボクがキミを救ったんじゃない。キミが、ボクを救ってくれたんだ……」
優しく優里を抱きしめると、横から名前を呼ばれた。
「ルーファス」
見ると、クロエが紫色の光に包まれ、消えかけていた。
「クロエ、キミも無事でよかった」
「ごめんなさい、わたくしも……あなたの過去を……“視て”しまいましたわ」
「そうかい」
クロエは気まずそうに目を伏せたが、ルーファスは少し笑った。
「ユーリ様との魔力の扉が閉まりそうなので、わたくしはここに留まっていられないようですわ。わたくしは一旦離れますので、ユーリ様の事、頼みましたよ!」
クロエはそう言うと、紫の光と共に消えた。
ルーファスは壁に寄りかかり、高い天井を見上げた。そしてもう一度視線を落とし、優里を見て呟いた。
「ありがとう、ユーリ……」
ルーファスは、眠る優里を抱きしめ、その小さな頭を優しく撫で続けた。
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