22 ルーファスの過去 その2
22
どのくらい時間が経ったのだろうか……。ボクは、崩れた瓦礫の中で目を覚ました。
(何だ……? 何があった……!?)
ボクは瓦礫を押しのけながら立ち上がり、部屋を見て呆然とした。
壁は崩れ、天井は落ち、一緒に寝ていた子供たちが下敷きになり、動かなくなっていた。
「み…みんな……どうして!?」
こうなる前、大きな揺れを感じた。
(地震? 地すべり? とにかく、みんなを助けないと!)
ボクは必死で瓦礫をどかした。けれど、下敷きになっていた子は血だらけで、ゆすっても、声をかけても、ピクリとも動かなかった。
「死……死んで……」
ボクは、自分の服も血で汚れている事に気が付いた。きっとボクも、一度死んだに違いない。
その時、ボクはシャルルの事を思い出した。シャルルは、ひとりでトイレに行ったんだ。
ボクは部屋を飛び出し、シャルルの名前を叫んだ。
「シャルルー! シャルルー!」
廊下もめちゃめちゃで、倒れた柱や、落ちてきた天井が行く手を阻んだ。
「ル…ルーファス……」
微かに、シャルルの声が聞こえた。
「シャルル!」
声がした方へ目を向けると、落ちてきた天井に挟まれたシャルルがいた。
「ルーファス……」
(生きてる!)
ボクは駆け寄って、シャルルを瓦礫から引きずり出そうとした。
「い、痛い……」
シャルルは顔を歪めた。落ちてきた天井の上に、さらに折れた柱が乗っかていて、シャルルの体の下には、既に血だまりができていた。
「待っててシャルル! 神父様を呼んで来るから!」
ボクはそう言って、神父様の部屋へ向かった。
「神父様! 助けて下さい! シャルルが……!」
ボクは、歪んだドアに体当たりをして、神父様の部屋に飛び込んだ。
だけど、ボクがそこで見たのは、崩れてきた石壁と天井に頭を潰され、ベッドの上で動かなくなっていた神父様の姿だった。
「あ…あぁ……」
ボクは悲鳴すら出なかった。ひとりで、何とかするしかない。
(とにかく、シャルルを助けるんだ!)
ボクがシャルルの元に戻ると、シャルルは声も出せない程にぐったりとしていた。
「シャルル! しっかりして! シャルル!」
ボクが声をかけると、シャルルはゆっくりと目を開け、そして閉じようとした。
「だ……駄目だシャルル! ボクを見るんだ! 負けるな! 頑張れ!」
このままでは、シャルルも死んでしまう。
(どうすれば……どうすればいいんだ! どうしてボクだけが! 吸血鬼だけが生き残るんだ!)
その時、ボクはふと、以前シャルルが言っていたことを思い出した。
『吸血鬼に咬まれたら、咬まれた人間も吸血鬼になるらしいんだ!』
(吸血鬼に、なる? ボクが咬んで、みんなが吸血鬼になれば、シャルルも死なないし、神父様も生き返る?)
ボクは、うっすらと目を開けてボクを見つめているシャルルを見た。ボクが考えた物語が大好きで、綺麗な翡翠色の瞳をキラキラさせて、ボクといる時はいつも楽しそうに笑ってた。
そんなシャルルの瞳から、光が失われていく。
天井には大きな穴が開いていて、月明かりがシャルルの白い首筋を照らし、ボクは、自分の中の吸血鬼の本能が目覚めるのを感じた。
「シャルル……大丈夫……必ず助けるよ……」
ボクは、ゆっくりとシャルルの首筋に咬みついた。
「う……」
シャルルは小さく声を上げたが、ボクは牙を深く沈め、夢中でシャルルの血を飲んだ。
初めて飲む血液は、とても甘く、今まで感じた事がないような快楽的な味がした。
暫くして唇を離し、シャルルの顔を見た。
シャルルは瞬きもせず、ボクを見つめていた。
そして唇を動かし、ボクに何か伝えようとしているように見えた。
「シャルル? 何? 何て言ってるの?」
シャルルの声はとても小さく、ボクには聞き取れなかった。
そしてゆっくりと瞳を閉じたシャルルは、そのまま動かなくなった。
(大丈夫、すぐに吸血鬼になって、傷もあっという間に治る。大丈夫、大丈夫だ)
ボクは、シャルルを見つめたまま、ずっと待っていた。
(飲み方が足りない? 咬みつく場所が違うの?)
ボクは動かなくなったシャルルに、何度も、何度も咬みついた。
どんどん冷たくなっていくシャルルの体は、ボクの咬み跡でいっぱいになった。
「どうして……」
ボクは立ち上がると、神父様の部屋に向かった。
「神父様も……生き返らせないと……」
神父様のベッドは、流れた血で真っ赤に染まっていた。ボクはだらりと垂れた神父様の手を掴むと、袖を捲り咬みついた。
「みんなも……みんなにも咬みつかないと……」
ボクは子供たちの部屋に行き、咬みつけそうな場所を見つけては、吸血して回った。
(誰か……誰でもいい、生き返って……お願い……)
一通り血を飲んで回って、シャルルの所に戻って来た時には、ボクの口の周りは血でベトベトになっていた。
その時、教会の入り口がこじ開けられた。
「開いたぞ!」
「ひでぇ……! ボロボロじゃねぇか……」
「あれだけ大きな地震だったんだ。無理もねぇ」
「おおい! 誰かいないか!? 神父様ー!!」
何人かの村人が、教会の中に入って来た。
(助けが……来た?)
「おい! 子供がいるぞ!」
立ち尽くしているボクのそばに、村人が駆け寄った。
「大丈夫か!? 顔を怪我したのか!?」
血だらけのボクの口元を見て、村人が言った。
「た、助け……」
ボクが助けを求めようとした時、シャルルを瓦礫から引きずり出そうとした別の村人が叫んだ。
「おい、ちょっと待て! 何かおかしいぞ……この子供……咬み跡だらけだ!」
「咬み跡? どういう事だ?」
「おい! こっちの部屋で神父様が! 腕に咬み跡があるぞ!」
「こっちの子供たちも咬まれてる!」
村人たちは次々に叫び、ボクを見た。
「このガキ……吸血鬼か!?」
「自分だけが助かる為に、血を飲んだのか!?」
「死体の血まで飲むなんて……化け物め!!」
村人たちは、武器を取り出しボクに向けた。
「ち、違う! ボクは……!」
ボクの話を聞こうともせず、村人は剣を振り上げた。
ボクは咄嗟に手を出して、振り下ろされた剣を防ごうとした。次の瞬間、猛烈な痛みが腕に走った。
「ああああぁぁ!」
子供の細い腕は、いとも簡単に村人の剣に深く切られ、あまりの痛みにボクはうずくまり、切られた場所をもう片方の手で押さえた。とめどなく血が流れたが、次第に痛みが引いていき、ボクの腕はすぐに元通りになった。
「くそっ……! 吸血鬼の再生能力か! おい、誰か! 銀の剣を持ってないか!?」
(銀の剣だって?)
ボクは前に、果物の皮を剥こうとして、銀のナイフで指を切ったことがあった。いつもはすぐ治るのに、その時だけは中々治らず、今も指に傷跡が残っていた。
(銀の剣で切られたら、ボクの傷は治らないかもしれない)
ボクは急に恐ろしくなり、その場から逃げ出した。
「逃げたぞ!」
「追え! 追え!」
ボクは壁に開いた小さな穴から外に出て、教会の裏手に回った。辺りは、夜明けが近いのか明るくなってきていて、すぐに村人たちに見つかり、追い詰められた。崖を背にして、ボクは村人たちと対峙した。
じりじりと間合いを詰められ、ひとりの村人が踏み込んだ時、足場が崩れた。バランスを崩し、無防備になったボクの首は、村人の剣に深く切り込まれた。
「……っ!!」
声も出ず、ボクはそのまま崖から落ちた。
「やったか!?」
「手ごたえはあった!」
ボクを切りつけた村人も落ちそうになったが、別の村人に支えられ、無事のようだった。
そんな光景が、ボクの目にはとてもゆっくりと見えて、まるで長い間空中に漂っているかのように思えた。
ボクは死ぬ。もうすぐ地面にたたきつけられて死ぬ。銀の剣で切られた首は、再生するのだろうか?
しなければいい。そうすればみんなの所へ逝ける。
ボクはどうして逃げ出したりしたんだ? 素直に切られればよかった。ギリギリになって死ぬのが怖くなったのか?
『すごいやルーファス! まるで勇者みたいだ!』
違うよ、シャルル。ボクは勇者なんかじゃない。キミや、神父様やみんな、自分の死からも逃げ出したボクは、ボクは・・・・ただの臆病者だ。
長い間、眠っていたような気がした。近くで水音がして、ボクは目を覚ました。見ると、鹿が泉で水を飲んでいた。
喉の渇きを感じ、ボクはよろよろと泉へ向かって、顔を埋めがぶがぶ飲んだ。
今は夜なのか、辺りは暗かったが、月明かりが泉を照らし、ボクの顔を綺麗に映し出した。
ボクの首には、大きな傷跡が残っていた。
「う・・・・うぅ・・・・うわああああ!」
死ねなかった。死ねなかった。
ボクは声をあげて泣き続けた。
月・水・金曜日に更新予定です。




