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21 ルーファスの過去 その1

21


ボクは、生まれて間もない赤ん坊の時、教会の前に捨てられていた。

その日はとても寒い夜で、神父様がボクに気付いた時には、ボクは既に死んでいたらしい。


せめて遺体を花で飾り、祈りを捧げようと準備をしてくれてる間に、ボクは生き返った。

その頃は、まだ魔族は魔物と混同されていて、人間に恐れを抱かれていた。何もしていなくとも、疎まれて、差別される事も少なくなかった。


しかし神父様は、ボクが吸血鬼だとわかっても、人間の子と同じように接し、育ててくれた。


「キミの名前はルーファス。古い言葉で、赤という意味だよ。君の目の色と一緒だ」


神父様が付けてくれた名前を、ボクは気に入っていた。


「ルーファス、キミは吸血鬼だけど、他の人にその事を言ってはいけないよ。吸血もダメだ。もし、どうしても血が欲しくなったら、私の所に来るんだ。いいね?」


「はい、神父様」


古い教会は、村はずれの崖の上に建っていた。神父様は、若いが村人からの信頼は厚く、ボクにとっては父というよりも、まるで兄のような存在だった。


教会は孤児院も兼ねていて、たくさんの子供がいた。

ボクは昔から物語を考えるのが好きで、自分が考えた物語を、よく小さい子たちに聞かせていた。

中でも、シャルルというボクより少し年下の男の子は、ボクが考えた物語が大好きで、ボクの後を付いて回っては、お話してくれとせがんだ。


ボクとシャルルには、お気に入りの場所があった。教会の裏手は崖になっていて、神父様には近付かないようにと言われていたけど、そこにある大きなトウヒの木に登り、ふたりで過ごすのが日課になっていた。


「ねぇ、ルーファス! いつか、ぼくを主人公にした物語を書いてよ!」


「キミを?」


「うん! 勇者シャルルの冒険! 勇者シャルルは、悪いドラゴンをやっつけたり、謎の迷宮を探検したりするんだ!」


「ひとりでトイレも行けないキミが、迷宮を探検するのかい?」


ボクはシャルルの鼻を、指でチョンとつついた。


「い、行けるよ! トイレくらい!」


シャルルは少し顔を赤くして、そっぽを向いた。

引っ込み思案で大人しい性格だったけど、ボクにだけはよく懐いていて、ボクもシャルルを本当の弟のように可愛がっていた。


「わかったよ。いつか必ず、キミを主人公にした冒険物語を書くよ」


ボクがそう言うと、シャルルは翡翠色の瞳をキラキラさせた。


「本当!? 約束だよ!」


「ああ、約束だ」


シャルルと笑いあって、いつものように木から降りようとした。

だけどその時、ボクは足を滑らせた。


「ルーファス!」


シャルルが手を伸ばし、ボクを掴もうとしたけど間に合わなかった。

ボクはそのまま木から落ちて、次に気付いた時は、神父様とシャルルが、ボクの顔を覗き込んでいた。


「神父様……シャルル……」


ボクがふたりを呼ぶと、シャルルがポツリと呟いた。


「生き返った……」


神父様は、気まずそうにボクの顔を見た。


ボクが少し横を向くと、ピチャリと生暖かい液体が顔に触れた。頭の所には、固い岩があった。

液体の正体は、ボクの血液だった。


「ルーファスの頭が割れて……血がいっぱい出てたのに……」


シャルルの言葉に、ボクはハッとした。


(木から落ちて、岩に頭を打ち付けたのか?)


起き上がり、自分の体を確認した。傷ひとつない。


(ボク……まさか死んでたの? そして、生き返った所をシャルルに見られた!?)


吸血鬼だとバレた。きっと恐れられ、気持ち悪がられる。ボクはまともにシャルルの顔が見れなかった。

だけどシャルルは、ボクの手を握って、物語を書くと約束した時のような、キラキラした瞳をボクに向けた。


「すごい! すごいやルーファス! まるで勇者みたいだ!」


「え……」


「きみの物語の勇者も、聖なる力で蘇ったじゃないか! きみにもそんな力があったなんて、どうして教えてくれなかったの!?」


とても興奮した様子のシャルルの肩に、神父様が手を置いた。


「シャルル、ルーファスは吸血鬼だ」


「吸血鬼……?」


「ああ。だけど、この事が皆に知られたら、ルーファスはここにはいられなくなるかもしれない」


「どうして!? そんなの嫌だよ!」


泣きそうな顔をしたシャルルに向き合い、神父様は静かに言った。


「皆、自分たちと違う種族が怖いんだ。危険じゃないと理解して、一緒に暮らせるようになるまで、すごく時間がかかるんだよ」


「ぼく、怖くないよ! ルーファスは友達だ!」


神父様は、優しくシャルルの頭を撫でた。


「きっといつか、皆がシャルルみたいに思う日が来るよ。だからそれまでは、ルーファスが吸血鬼だという事は、3人だけの秘密だ。わかるね?」


シャルルはボクの方を見て、その後神父様の目をしっかりと見て答えた。


「うん、ぼく、誰にも言わないよ」


神父様は、優しく微笑んだ。シャルルはボクに歩み寄ると、いつもの明るい笑顔を見せた。


「ルーファスが死ななくてよかった!」


「シャルル……」


ボクは泣きそうになった。ボクは、ボクを捨てた親に初めて感謝した。

ボクを、この教会に捨ててくれてありがとう。神父様とシャルルに逢わせてくれてありがとう。

もし捨てられたのが別の場所だったら、ボクは疎まれ、蔑まれ、きっと人間を恨みながら暮らしていたに違いない。


その日から、ボクとシャルルはより一層仲良くなった。


「ねぇルーファス! 吸血鬼に咬まれたら、咬まれた人間も吸血鬼になるらしいんだ! だからぼくのこと咬んでよ!」


どこで調べたのか、シャルルはそんな事を言うようになった。


「ええ? それ本当かい? てゆうかシャルル、吸血鬼になりたいの?」


「うん! ぼく、ルーファスと同じがいい!」


シャルルは、相変わらずキラキラした目でボクを見てきた。


「ダメだよ。吸血は神父様に禁止されてるんだ」


「ええーーーー」


シャルルは、あからさまにブーたれた。

それ以前にボクは、生まれてから今まで、吸血したことがなかった。

神父様には、吸血したくなったら自分の所に来なさいと言われていたけど、一度も、吸血したいと思ったことがなかった。


でも、ボクが咬んだら、みんな吸血鬼になるのか。吸血鬼は、そうやって自分の仲間を増やしているのか……と、ぼんやり考えていた。

まだ知識がなく、子供だったボクは、その事にさほど疑問を抱かず、流していた。


この時、ボクがもっと思慮深かったら、違った結果になっていたのだろうか。

……いや、きっと同じだ。結局ボクは、ボクだけが……。



その日は、やたら冷え込む夜だった。

ボクが眠っていると、耳元で微かに声が聞こえた。


「……ファス、ルーファス」


「ん……?」


ボクを呼ぶ声に目を覚ますと、シャルルがベッドの横でもじもじしていた。


「ルーファス、……トイレについてきてよ」


ボクはゆっくりと瞬きしながら、シャルルに言った。


「ひとりで行けるんじゃなかったの?」


「い、行ける……けど」


「じゃあ行ってきなよ。ここで……待ってる……から」


ボクは、またウトウトと眠りに(いざな)われた。寒いし、眠いし、正直ベッドから出たくなかった。


「ル、ルーファス……」


シャルルはもう一度ボクの名前を呼んで、それからひとりで部屋を出て行く音が聞こえた。


暫くして、ドンという音と共に地面が大きく揺れた。

ボクは驚いて再び目を覚ましたが、地面の揺れはどんどん大きくなり、部屋の壁がボクの上に崩れてきた。


「うわあああ!」


ボクは必死でベッドから這いずり出た。けれど、崩れてきた石壁の一部がボクの頭に当たり、ボクは意識を失った。


月・水・金曜日に更新予定です。

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