20 新たなスキル
20
バルダーが隙間から出て行った頃、スライがトンネルを固めているとも知らずに、優里たちは助けを待っていた。
(ただ待ってるのも……暇だな)
優里は立ち上がると、再び採掘を始めた。
「ユーリ、少しは休んだらどうだい? キミは働きすぎだよ」
「大丈夫ですよ! 体力だけは自身があるんです!」
とは言っても、それは前世での話だった。
ツルハシを振り上げようとした優里だったが、足元がふらつき、倒れそうになった。
「ユーリ!」
すぐにルーファスが優里を支え、クロエもホッと息をついた。
「あれ……。す、すいません……」
優里はルーファスに謝り、離れようとしたが、体に力が入らなかった。
「ユーリ、顔色が悪い。具合が悪いんじゃないのかい? 少し横になろう。クロエ、ボクの上着を床に敷いてくれないか?」
採掘作業の為、上着を脱いでいたルーファスは、片手で優里を支えながらクロエに言った。
(具合が……悪い? 違う……これは……)
優里は、この感覚に覚えがあった。力が抜け、頭がボーっとして、手足が震え、嫌な汗がドッと出てくる。先程までは感じなかった、ルーファスから漂う、甘い香り。
(そうだ、この感覚は……)
「は、離れて、ルーファスさんっ……!」
優里はルーファスを押しのけると、よろよろと壁際に座り込んだ。
「ユーリ!?」
「ユーリ様!?」
ルーファスとクロエが駆け寄ろうとしたが、優里は今まで出したことがないような声で叫んだ。
「ふたりとも近寄らないで!!」
そのただならぬ気配に、ふたりは足を止めた。優里は自分を抱きしめるように両腕を掴み、何かに耐えるようにごくりと喉を鳴らした。
「ユーリ……キミ、まさか……生気が……」
ルーファスは、シュリから優里の毒スキルについて説明を受けていた。毎日生気が必要な事、そして生気を欲した時に、毒を発生させて相手を死に至らしめる事……。ルーファスは、小さく震える優里を見た。
(暗い洞窟の中にいたから気付かなかったけど、もう夜なの? どうしよう! シュリさんがいないのに……! 今、私のスキルが発動してしまったら……!)
ふたりを、殺してしまうかもしれない。
優里はそう思うと怖くなって、下を向いて目を瞑り、必死で飢餓感に耐えていた。
クロエは、そんな様子の優里に、迷いもなく駆け寄った。
「ユーリ様! わたくしから生気を吸って下さいまし! 早く!」
「だ、ダメ! ダメ! 離れて! 私……私は、誰も殺したくない!!」
優里は激しく首を振り、クロエから離れようとした。
「ユーリ様……!」
「クロエたちに、死んで欲しくない……! 私自身の為にも……」
それでもなお、優里のそばから離れないクロエの肩に、ルーファスがそっと手を置いた。
「離れるんだクロエ。大丈夫、ボクに任せて」
ルーファスは優里の前にしゃがみ込むと、落ち着いた口調で優里に言った。
「ユーリ、ボクから生気を吸うんだ。大丈夫、ボクは死なない。不死身だからね」
優里が顔を上げると、ルーファスの真紅の瞳が、優しく見つめていた。
「ボクの生気を吸ってる間は、クロエも安全だ。シュリから生気を貰っている時、毒スキルが発動してても、一緒に寝ているミーシャは無事だろう? だから大丈夫」
「不死……身?」
(死なないって事……? 本当に……?)
静かに話すルーファスに、優里も少し落ち着きを取り戻した。
「ああ、ボクは不死身だ。死んでも生き返る。絶対に死なない。……死ねないんだ……」
ルーファスは少し悲しそうな顔をして、そっと優里を抱き寄せた。
(シュリさん……シュリさん以外の生気を吸うなんて……でも、この飢餓感を、抑えられない……!)
「ユーリ様……!」
クロエが優里の手をギュッと握り、心配そうに見つめていた。
優里は、震えながらもクロエの手を握り返し、今にも暴走してしまいそうな自分自身を抑えながら、クロエに言った。
「クロエ……お願い……できる限り……私の、魔力を……制御……」
最後まで言い終えることなく、紫色の靄が優里とルーファスを包み込んだ。
「……っ!」
今まで体験したことがない毒気に、ルーファスの顔が歪んだ。
「ごめん……なさい……ルーファスさ…ん……」
腕の中で涙目になっている優里を見て、ルーファスは胸が苦しくなり、抗えない程の睡魔に襲われた。毒の魅了作用なのか、優里がいつもより数倍可愛く、いじらしく見え、愛おしさでいっぱいになった。ルーファスは、芽生えた吸血衝動を必死で抑えた。
「謝らないで、ユーリ……大丈夫、絶対に、キミを死なせたりしない」
ルーファスは、優里の震える唇をそっと自分の首筋に押し付けた。
「んんっ……」
次の瞬間、甘く、濃厚な生気が、優里の中に流れ込んだ。
(甘い……すごく甘い……シュリさんと…全然違う……)
シュリの生気が、体中に染み渡る澄んだ水のようだとすれば、ルーファスのそれは、まるで濃厚で甘いカクテルのようだった。
「ユーリ様……!」
クロエは、両手で優里の手を握り、必死で魔力をコントロールしようとしていた。
(ユーリ様のスキルを、危険がないものに……変換……!)
優里の毒気に襲われ、ルーファスは動かなくなった。
紫色の靄はやがて光の粒になり、3人に降り注いだ。光を浴びたクロエも猛烈な睡魔に襲われ、深い眠りへと誘われた。
「ここ……は?」
ふと気が付くと、優里は古い教会の前にいた。
(あ、あれ? どうして? 私……)
「ユーリ様!」
優里が辺りを見渡そうとした時、後ろからクロエの声がした。
「クロエ! よかった! 無事だったんだね! ルーファスさんは……!?」
「ユーリ様、申し訳ございません。ユーリ様の魔力を制御しようとしたのですが、うまくいかず……どうやら、別のスキルを発動させてしまったようなのです」
「別のスキル?」
優里が首を傾げると、教会の扉が開き、中からふたりの子供が出てきた。
「シャルル! ほら、早く早く!」
黒髪に、赤い目をしたその子供は、そう言いながら後ろから来た子に手を差し伸べた。
「ま、待ってよルーファス!」
後ろから来た茶髪の子供は、必死で差し伸べられた手を掴んだ。
(ルーファス!?)
優里は驚いて黒髪の子供を見た。黒い髪に、真紅の瞳、子供ながらに整った顔立ちのその子には、ルーファスの面影があった。
「ま、待って!」
優里は思わず声をかけたが、ふたりの子供には聞こえていないようだった。それどころか、優里たちの事も、まるで見えていなかった。
「ユーリ様、ここは恐らく、ルーファスの夢の中ですわ」
クロエの言葉に、優里は動揺を隠せなかった。
「夢の中!? そんな、どうして……」
「サキュバスは夢魔なので、誰かの夢を操ったり、覗いたり出来るスキルがあります。わたくしの制御によって、ルーファスに過去を夢として見せ、それを覗くというスキルが発動してしまったのです……。申し訳ございません」
クロエは深々と頭を下げた。
「……ううん、クロエは必死で制御しようとしてくれたんだから、謝らないで」
ユーリはそう言って、クロエの肩に触れた。
「でも……どうやったら、この夢の中から出られるのかな?」
「ルーファスが目覚めれば、自然と出られると思いますわ」
優里とクロエは、ルーファスが目覚めるまで、彼の夢を共有する事になった。
そこで優里は、ルーファスの悲しい過去を知る事になる。
月・水・金曜日に更新予定です。




