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2 サキュバスに転生してしまった


(ここが……異世界?)


優里は辺りをキョロキョロと見回した。どうやら、森の中らしい。周りは木が生い茂っていたが、木々の間から、なにかキラキラと輝くものが見え、そこに行ってみることにした。


「わぁ! きれい!」


キラキラと輝いて見えたのは、湖だった。とても美しく、まるで鏡のように空の青を映していた。

しばらく、その美しい景色に心を奪われていた優里だったが、ふと我に返った。


(そういえば、私って結局何に転生したんだろ?)


優里は、鏡のような湖を覗き込んだ。


(か、かわいい!!)


湖面には、大きな紫色の瞳に長いまつ毛、少し青みがかった、ツヤツヤでサラサラのロングヘアーの、美しい女性の姿が映っていた。


(スタイルもめちゃくちゃいい! 服はちょっと攻めすぎな気もするけど……ファンタジー世界の服って、こんなもんなのかな……)


まるで水着のような、露出度の高い服に少し恥ずかしくなり、辺りを見回したが、幸い誰もいなかった。


(よし! まずは街を目指して、そこで服を買おう! お金は……)


腰の辺りにポーチが付いていて、中を確認すると、金色や銀色の硬貨のようなものが入っていた。


(きっとこれが、この世界のお金だよね? これもポイントで交換したのかな……? 全部猫さんに任せた……というか、有無を言わさず色々やってくれたみたいだから、信じよう)


ポーチには地図も入っていて、大きな湖のそばに猫のマークが記されてあった。優里が動くと、その猫のマークも同じように動いた。


(あっ、すごい! どういう仕組みかわからないけど、この猫さんマークが現在位置なんだ)


優里から湖を挟んで反対側に、星のマークが記されていた。


(うーん……このマークは何だろう……。ゲームとかだったら、次の目的地って感じなんだろうけど……)


地図をくまなく見ても、他に目印になるようなものはなかった。


(とりあえず、この星マークの所に行ってみようかな……。湖沿いに歩けば、簡単に辿り着けそうだし)


広告代理店で働いていたということもあって、優里は普段からフットワークが軽く、前向きで行動的だった。

その能力が恋愛で活かされることはなかったわけだが。


(結局、見た目だけじゃ何の種族に転生したのかわからないなぁ……)


優里は湖に映る自分の姿を見ながら、歩き始めた。

姿だけ見れば、普通の人間と変わらない。


(ま、いっか……。とりあえず、今できることをしよう)


天気も良く、たまに吹くやわらかな風が木々を揺らし、優しい葉音が優里の耳に心地よく響いた。


(気持ちいいな……)


毎日仕事詰めだった優里にとって、こんなのんびりした時間は久しぶりだった。

ゆったりと癒されながらではあるが、優里は延々と歩いていた。次第に日が落ち始め、辺りは暗くなってきていた。


優里は体力には自信があったが、なぜか少しフラフラしていた。呼吸も乱れ、いやな汗が頬を伝った。


(疲れた……意外と遠いな……。あとどのくらいだろう?)


優里は距離を確認するため、再び地図を開いた。


「えっ!?」


地図を見た優里は、驚きのあまり立ち止まった。

先程まで湖のそばにあった星マークが、消えていたのだ。そのかわり、近くの森の中に、星マークが現れていた。

そしてよく見ると、その星マークは地図の中で動いていた。


(このマーク、動いてる? 場所を表してるんじゃないの?)


星マークは、優里のいる方にどんどん近づいてきていた。


(ど、どうしよう……逃げる? でも…う……ごけない……)


優里はフラフラとその場にしゃがみ込み、立てなくなってしまった。

そこへ、森の中から一人の男性が現れた。


「あんた、どうしたんだ!? どこかケガでもしてるのか!?」


男性は優里に近寄って、声をかけた。


「いえ……わ、私……」


優里が顔を上げると、男性と目が合った。


「あんた……一体……」


男性は優里から目が離せなくなり、次の瞬間、紫色の(もや)のようなものが二人を包み込んだ。

男性は顔を赤らめ、息も荒々し気に優里と距離を詰めた。


「はぁ……あ……あんたのためなら……おれは、死んでもいい!」


男性はそう言うと、優里に抱きつくように倒れこみ、動かなくなった。


「え?」


優里は訳が分からず、男性に声をかけた。


「あ、あの……?」


男性は幸せそうな顔をしているが、紅潮していた顔は次第に青白くなっていき、唇も紫色に変色しつつあった。


(どうしよう、この人、何か変だ)


優里は、自分もふらついて立ち上がれずにいたが、目の前で倒れている男性と、自分が死んだあの日、手を取ったのに助けられなかったあの男性の姿がフラッシュバックし、懸命に叫んだ。


「だ、誰かーーーー!! 助けて……助けて下さい!」


静かな夜の湖のほとりに、優里の声だけが響いた。


「誰か……お願い、誰か!!」


優里は無力感に押しつぶされそうになりながらも、必死に叫び続けた。


(私……また助けられないの?)


両手をギュッと握りしめたその時、優里の手元に影が落ちた。


「どうした」


優里が顔をあげると、月明かりの下、長身の男が見下ろしていた。

金髪に、冷たい海のような色の瞳、とてもきれいな顔立ちのその男に、優里は一瞬目を奪われたが、慌てて助けを求めた。


「あっ、あの! この人が急に倒れて!」


「急に倒れた?」


長身の男はしゃがみ込むと、倒れている男性の状況を確認し、驚くべきことを口にした。


「お前がやったのであろう」


「え?」


「お前が、この人間の生気を奪うために、スキルを発動したのだろう。自覚がないのか?」


(生気? スキル? 何を言っているの?)


優里はこの男の言っていることが理解できず、首を横に振った。


「この人間は知り合いか?」


「し……知りません! 今、急に目の前で倒れて……」


長身の男は、口元に手をおいて、しばらく考えていた。


(この娘……嘘を言っているようには見えない。驚くべきことだが、生気を奪おうとしたことも初めてのようだ。その上、こんなにそばにいるのに、不快感が全くない。ということは……)


「お前、処女だな」


「はぃぃい!?」


突然核心を突かれて、優里は声が裏返った。


(この人、この状況で何言ってんの!? てゆうか、なんでバレたの!?)


優里は顔を真っ赤にしながら、男に反論した。


「い、今そういうこと関係ないですよね!?」


「関係あるな。お前が、今後わたしとともに来るというのなら、この人間を助けてやろう。もし断るのなら、こいつはじきに死ぬだろう」


「え……」


怒りか悲しみかわからない感情が、優里を襲った。


「目の前に……死にそうな人がいるのに、そんなこと言ってる場合じゃないでしょう?」


声を震わせながら優里が長身の男を見ると、男の瞳がより一層冷たく光った。


「この人間が死のうが生きようが、それこそわたしには関係ない。だがお前は、この人間に死んで欲しくないのだろう?」


優里は、頭の中が真っ白になった。


(この人は、人が死ぬということに対して、何も感じないの?)


「どうする? お前にも、この人間にもあまり時間がないぞ」


優里が倒れたままの男性に目をやると、明らかに先程よりも顔色が悪いように見えた。


「……わかり……ました。あなたについて行くので、この人を助けて下さい」


優里がそう言うと、長身の男は胸元から液体の入った小瓶を取り出し、倒れている男性に飲ませた。

すると男性の顔に、うっすらと赤みが戻ってきた。


「これでもう大丈夫だろう。朝までには目が覚めるはずだ」


「そう……なんですね。よかった……」


優里はほっとしたが、長身の男にお礼を言いたくはなかった。男は、フイと目をそらした優里に近付き、いきなり横抱きにした。


「きゃあ!!」


「次はお前の番だな」


男はそのまま湖に沿って歩き始めた。


「お、おろして下さい!」


(初お姫様抱っこ……!!)


恥ずかしさのあまり、バタバタと手足を動かした優里だったが、男はしっかりと抱きかかえていて、離そうとしなかった。


「お前にも時間がないと言っただろう。わたしの野営地はすぐそこだ。大人しくしていろ」


男が歩いて行く方向に目をやると、焚火の光とテントが見えた。


(あれ……この場所って……最初に星マークがあった所?)


確信は持てなかったが、恐らくそうなのではないかと思った。


(ということは、この人が星マークの人?)


優里が考えを巡らせている間に、テントに到着した。中は意外と広く、簡易的なベッドのようなものもあり、男は優里をそこへ座らせた。


「さて……始めるか」


男も優里の隣に座った。


「始める!?」


(なななな何を!?)


男はおもむろにマントを脱ぎ、着ていた服を緩め、胸板をさらけ出した。


(ぬ、脱いだーーーーーー!? 何で!?)


究極の選択を迫られて、男について行くと決めた優里だったが、それがどういう意味なのか、今さら気付いた。


(つまり、これは……オレの女になれ的なやつ!? そういえばこの人、私が処女か確認してた! もしかして処女キラー!? 最初からそのつもりで!?)


「ま、待って下さい! なんかちょっと、色々待って下さい!!」


今までの人生でこんなシチュエーションがなかったため、どうしていいのかわからない優里は、激しく動揺し、男と距離をとろうとした。


「ダメだな。待てない」


男は怯むことなく、優里に迫ってきた。


「だ、ダメって言われても、私もダメなんです! は、初めては好きな人とじゃないと……てゆうか、初めてじゃなくても、こういうことは好きな人とするべきであって!」


「お前はさっきから何を言っている? 早くわたしから生気を奪わないと、お前死ぬぞ」


「へ?」


(生気……?)


優里は動きを止め、男を見た。


「さっきも空腹感にかられ、無意識に生気を奪おうとしたのだろう。サキュバスに生気を奪われ過ぎたやつは死ぬことがあるが、お前の場合は、まず奪う前に毒を盛るスキルが発動するようだ。相手を()()()()自分に夢中にさせる毒を仕込み、その後ゆっくりと生気を奪うのであろう」


(ちょっと……待って……この人、今、なんて言った?)


「しかし不可解だな。お前はサキュバスとして生まれて、生気も吸わずに今までどうやって生きてきた?」


男は首をかしげ、優里に問いかけた。


(私って……まさか……まさか)


優里は両手で頭を抱え、固まった。


(サキュバスに転生しちゃったのーーーーーーーーーー!?)


サキュバスとは、人の生気を奪う女淫魔である。


(クライアントの要望で、ゲームとかによく出てくる魔物やら何やらの情報を集めた事があったけど、確かサキュバスって、男性を虜にする魔物だよね!?)


優里は、猫の言葉を思い出していた。


『恋愛初心者のおぬしでも、相手が一目で恋に落ち、おぬしに死ぬほど焦がれるような、そんな最強の女性へと変貌させてやるぞ!』


(猫さん……最強の女性過ぎて、さっきの人ホントに死んじゃう所でしたーーーーーー!!)


優里はガックリと肩を落とした。


(あぁ……この攻めすぎな服も、抜群のプロポーションも、全てはサキュバスゆえに……!)


優里はやっと、自分が何者なのかを理解した。


(恋がしたい……そんな純粋な願いだったはずなのに……。猫さん……何故にサキュバス? 処女だから? 恋って、とりあえずやらないと始まらないの?)


優里は動揺のあまり、思考回路がおかしくなっていた。

チラリと隣に座っている男を見ると、不思議そうに、黙って優里を見つめていた。


(できる気がしない……!!)


彼氏もいたことがない優里にとって、とてつもなくハードルが高かった。頭を抱え、思い悩んでいたが、ふとあることに気が付いた。


「あの、生気を奪えって言ってましたけど、私、その前に毒を盛っちゃうんですよね? その場合、あなたにも命の危険が……。それにそもそも、さっきの人みたく気絶したら、色々……その……できることもできないというか……」


優里は自分で言っていて恥ずかしくなってきた。しかし男は、ひとつ息をついてから、冷静に語り始めた。


「お前は、サキュバスなのに本当に何も知らないのだな。本来、サキュバスは夢魔だ。相手に()()()()()()を見せて、生気を奪う。お前自身はおろか、わたしも実際には何もしない。ただ眠るだけだ。あと、わたしに毒は効かない」


「そ、そうなんですか!?」


思いっきり勘違いしていた優里は、さらに恥ずかしくなり、いたたまれない気持ちになった。


(あーーーー、きっと、頭が沸いてるエロサキュバスだと思われたーーーー!)


さらに頭を抱える優里だったが、そろそろ限界がきたようで、目の前がかすみ始めた。


「あ……れ……?」


ふらついた体を、男が抱きかかえた。


(あぁ……なんか……いい香りが、する……)


優里は甘い香りに誘われるように、男の首筋に顔を埋めた。

するとまたしても、優里から紫色の(もや)が発生し、ふたりを包み込んだ。男は猛烈な睡魔に襲われ、優里を抱きかかえたまま、横になった。


「お前の……毒は、すごい……な」


男はそう呟くと、ゆっくりと目を閉じた。

優里は、ぐったりとした男の首筋に、無意識に唇を押し当てた。次の瞬間、自分の中に、ものすごい量の生気がみなぎってくるのを感じた。


(何……これ……!)


渇いた喉を潤すように、男の生気がみるみるうちに体に浸透した。


(すごく……美味しい……)


えも言われぬ満足感に満たされた優里は、その安心感からか、そのまま男の腕の中で眠りについたのだった。


月・水・金曜日に更新予定です。

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