18 リヒト
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一方、町はずれにある作業場では、シュリとミーシャが解毒薬作りをしていた。
「ミーシャ、次にこの液体をかき混ぜてくれ」
シュリが、隣のテーブルで作業していたミーシャに液体を渡そうと横を見ると、子供姿になったミーシャが、踏み台を持ってこようとしている所だった。
「わりぃシュリ。子供姿になって、テーブルに届かなくなっちまった」
「もう、そんな時間か」
ユニコーン姿になって、角を少し削る必要があった為、外から見えないように窓を塞いで作業していたシュリ達は、外の様子を伺い知ることが出来なかった。
シュリが窓を開けると、日が落ちて、辺りは暗くなり始めていた。
「なぁ、あいつら……遅くないか?」
「そうだな……」
シュリは口元に手を添えて少し考えた後、マントを手にして言った。
「様子を見てくる」
「場所わかるのか?」
「……」
シュリは黙ったまま、出ていこうとした。珍しく焦ったような様子に、ミーシャはハァとため息をついた。
「やみくもに探すなんて、お前らしくないぜ。こんな時ぐらい、オレの鼻に頼れよ」
ミーシャがそう言うと、シュリは立ち止まり、ひとつ息を吐いてからミーシャを見た。
「ああ……そうだな。頼む」
ミーシャは、シュリの言葉に尻尾を揺らし、ふたりは作業場を後にした。
その頃、優里たちがいる鉱山の外では、バルダーの部下たちが叫んでいた。
「カシラー! どこですか、カシラー!」
その声に、木に縛り付けられていた眼帯の男が目を覚ました。
「くそ……あの吸血鬼め……」
目は覚めたが、まだ意識が朦朧としていた。
(こんな状態じゃ……スキルが発動できない……)
「ピピィ!」
しかも目の前では、クルルが目を光らせていた。
「おい、今、鳥の鳴き声が聞こえなかったか!?」
「あっちの茂みからだ!」
部下たちが茂みをかき分けると、クルルと目が合った。
「鳥だ!」
「カシラか!?」
「さすがカシラだ! 鳥になってもめちゃくちゃでけぇ! てか、このでかさでどうやって出たんだ!?」
ざわめく部下たちに、クルルは首を傾げた。
「この男は何だ?」
「カシラがやったんですか?」
「カシラ、俺たちは魔族じゃねぇから、鳥のまんまだと言葉が解らねぇんだ。人型に戻って説明して下さい」
(何だこの人間たちは……。あの吸血鬼は何処に行った?)
眼帯の男は、ルーファスの気配がない事を確認し、部下たちに声をかけた。
「おい、この縄を解いてくれないか?」
部下たちは顔を見合わせた後、クルルを見た。
「カシラ、この男は誰なんですか? どうして人型に戻らないんですか?」
「まさか、暴食の吸血鬼と戦った時に魔力を使い過ぎて、人型に戻れないんじゃ……」
「そうなんですか!? カシラ!!」
部下たちの言葉を聞いて、眼帯の男は言った。
「オレは、その暴食の吸血鬼とやらに縛られた。奴はまたここへ戻ってくるぞ。お前たちも、そのカシラとやらを連れて、早く逃げた方がいい」
「どういう事だ!?」
「暴食の吸血鬼は、カシラが鉱山の中に閉じ込めたんじゃなかったんですか!?」
「わ、わからねぇ……カシラ、俺たちは一体どうすれば……」
「おい、早くしないと、お前たちもこうなるぞ」
眼帯の男は首を傾け、首筋を見せた。
「こ、こいつ、咬まれてる!」
「一度咬んで縛り付けたのか!? 暴食の吸血鬼は、死んだヤツの血も吸うって話だ……まさか死ぬのを待ってるんじゃ……」
「カシラ! 指示を下さい! カシラ!」
部下たちは動揺し、クルルに詰め寄ったが、クルルは首を傾げるばかりだった。
(この人間たちは、自分の意思はないのか?)
眼帯の男が、何とかして縄を解いてもらおうと画策していた時、森道の方から声が聞こえた。
「あっちの方から、クルルの匂いがする!」
「……人間の気配もするな」
優里たちを探しに来たシュリとミーシャが、茂みの方へ近寄ってきた。
「ピピィ! ピピィ!」
クルルもシュリたちの気配を感じ取り、鳴いて居場所を知らせた。
(くそ! 仲間が来てしまったか……!)
「クルル!」
「ピピィ!」
茂みをかき分けながらミーシャが呼ぶと、クルルは嬉しそうにシュリたちに駆け寄った。
「あ! カシラ!?」
部下たちがクルルをそう呼んだのを聞いて、シュリが首を傾けた。
「カシラ?」
「何だ、お前ら? それに、この男は……?」
ミーシャは眼帯の男に目をやり、鼻をヒクヒクさせた。
「お前の匂い……どこかで……」
シュリは、眼帯の男の前にしゃがみ込んだ。
「お前……ルーファスに咬まれているな」
男の首筋に吸血の後を確認すると、シュリは男と目を合わせた。その視線と気配は、以前森から感じたものと酷似していた。
「数日前から、わたしたちを監視していたのは、お前だな」
「そうか……! あの時、森から微かに感じた匂いと一緒だ! お前だったのか!」
眼帯の男は、観念したように目を伏せた。
「ここにいるという事は、お前の目的はわたしではなくユーリだったのか。ユーリが帰って来ないのは、お前の仕業か?」
シュリの言葉に、ミーシャはビクリとした。いつも冷静なシュリからは感じられない、、静かな怒りが伝わってきたからだ。
「違う。俺は、彼女を見守っていただけです」
「見守る? どういう意味だ」
「そのままの意味ですよ。彼女に危険が迫ったら、俺が守る。だから縄を解いて下さい」
眼帯の男は、真っ直ぐシュリを見て答えたが、シュリは立ち上がり、その場を離れようとした。
「……お前の手など必要ない。ユーリはわたしが守る」
「待て。貴方たちは、“伝説の薬師”を探しているのだろう? 俺は彼の居場所を知っています。縄を解いてくれたら、会えるようにお膳立て出来ます」
「なんだと?」
シュリは立ち止まり、眼帯の男を見た。ミーシャは息をのんで、男に詰め寄った。
「おい! 何でお前みたいな悪魔が、伝説の薬師の居場所を知ってるんだ!? しかも会えるようにお膳立てだって!? お前は、伝説の薬師と知り合いだっていうのか!?」
「俺は、先生の助手だ。そもそもユーリさんの事を見守るよう俺に言ったのは、先生だ」
眼帯の男の言葉に、ミーシャは憤りを感じ男の胸倉を掴んだ。
「おい……テキトーな事言ってんじゃねぇぞ!? 何で伝説の薬師がユーリを守ろうとするんだ!? 守ろうとしてるヤツが、何でルーファスに咬まれてんだよ! この場から逃れる為に、下手な作り話してんじゃねぇ!」
「ミーシャ、よせ」
シュリの言葉に、ミーシャは眼帯の男をひと睨みしてから乱暴に手を離した。
少し咳込んだ男の前に、シュリは再びしゃがみ込んだ。
「どういう事か説明しろ」
「俺が話せる事は全て話します。ですが、今はユーリさんの安全を確認するのが先決です。俺があの吸血鬼に咬まれてから、大分時間が経っています。それなのに、まだこの場に戻って来てないのはおかしい」
シュリは眼帯の男をまじまじと見た。男の片方だけの瞳には、本当に心配している色が見て取れた。
「……いいだろう。ユーリの無事を確認したら、洗いざらい話してもらうぞ」
「おいシュリ! そんな得体の知れないヤツを信じるのか!?」
男の縄を解こうとしたシュリの腕を、ミーシャが掴んだ。
「この男は嘘をついていない。ルーファスに咬まれて、今はロクにスキルも使えないようだし、そばで見張る方が逆に安全だ」
「そういうことだ。スキルが使えない今の俺では、共に行動する方が俺にとっても都合がいい。俺が変な動きを見せたら、いつでもその可愛い爪と牙で攻撃すればいい」
「オレをガキ扱いすんじゃねぇ!」
ミーシャは、毛を逆立てて男を睨みつけた。
「そうだったな。お前は、今は子供の姿をしているが、本当は大人の獣人だったな」
眼帯の男はそう言って、よろけながら立ち上がった。
「……チッ! 付きまといの変態悪魔め!」
ミーシャは舌打ちをして、眼帯の男に悪態をついた。
「リヒトだ。俺の事はリヒトと呼べ、ミーシャ」
「オレをミーシャと呼んでいいのは、仲間だけだ! 気安く呼ぶな!」
「やめろミーシャ。リヒトも、揉め事を起こすのなら、もう一度気絶させて置いて行く」
シュリの一声で、ふたりはフンと鼻を鳴らし、お互い離れた。
「この鳥は、カシラじゃなかったのか……」
事を見守っていた部下のひとりが、ぽつりと呟いた。
「じゃあ、カシラは何処に……? そもそも、暴食の吸血鬼は本物なのか? やっぱり偽物なのか?」
「な、なぁ! あんたたちは、暴食の吸血鬼の仲間なんだろ!? あの暴食の吸血鬼は偽物なのか!? カシラは……俺たちのカシラが、今その吸血鬼と戦っているはずなんだ! でも、鉱山の一部が崩れて、採掘場の入り口が塞がっちまって……」
「崩れた?」
「吸血鬼は女をふたり連れてた。もし仲間なら、一緒に採掘場に閉じ込められちまってるはずだ。俺たちのカシラも、女が無事ならきっと無駄に戦いを挑んだりしねぇ。あの人はそういう人だ。……さっきも、きっと弱い俺たちを守る為に、わざと足手まといだって言って……カシラも、まだ中にいるかもしれねぇ!」
シュリは、部下たちが口々に話す事を一通り聞くと、少し考えた後に言った。
「お前たちの事情はよくわからないが、その吸血鬼も無駄な争いはしない奴だ。おそらく、鉱山の崩落は事故だろう。そこへ案内してくれ」
部下たちは頷き、鉱山の入り口へと向かった。
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