17 バルダー
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赤髪の男たちは、鉱山の入り口に到着した。
「誰もいませんねぇ……」
スライはぐるりと辺りを見回した。
すると、男たちのひとりが、入り口のランタンが減っていることに気が付いた。
「ランタンが持ち出されてる! 暴食の吸血鬼は、鉱山の中に入ったのかもしれねぇ」
スライは貸し出し帳を確認すると、呆れながら男たちに言った。
「しかも、ご丁寧に名前が書いてあるじゃないですか。暴食の吸血鬼ともあろう者が、わざわざこんな事をすると思いますか? 完全に偽物ですよ!」
スライの言葉に、男たちは憤りをあらわにした。
「俺たち、騙されたのか!?」
「くそ! 許せねぇ!」
「カシラ! 目に物言わせてやりましょう!」
怒号が飛び交う中、赤髪の男はランタンを手にすると、鉱山の中に入って行った。
スライもランタンを手に取り、男たちはたいまつに火を着け、赤髪の男に続いた。
奥へと進み、採掘場手前の小さなトンネルまで辿り着くと、赤髪の男が言った。
「ここから先は、俺ひとりで行く。お前たちはここで待っていろ」
「カシラ! 俺たちも行きます!」
男たちは武器を手にして後に続こうとしたが、赤髪の男は低く、骨に響くような声で言った。
「足手まといだ」
「……!」
男たちは、凄みのある赤髪の男の一言で動けなくなった。
「そうです! カシラに比べれば、俺たちの戦力なんてたかが知れてます! ここはカシラにまかせましょう! カシラ、後は頼みましたよ!」
スライはそう言って、赤髪の男の後ろ姿を見送りながら、ニヤリと笑った。
(まったく……本物の暴食の吸血鬼だったら、さっさと退治して欲しいですね。そうすれば“深淵の番人”の名が上がり、参謀の俺は無傷のまま英雄になれる。国から金も貰えるでしょう。うまいこと共倒れでもしてくれれば、名声も金も全部俺のもの……)
スライは他の男たちにバレないように、顔を引き締めた。
「さぁ、俺たちはいつでも援護ができる体制を取りながら、ここで待ちましょう」
男たちはスライの言葉に頷いて、その場で待機した。
「!!」
ルーファスとクロエは、同時に何かの気配を察知した。
しかし、鉱石の採掘に集中していた為、反応が少し遅れ、入り口近くで採掘をしていた優里の方に意識を向けた時には、既に赤髪の男が優里の間合いにいた。
下手に動けなくなったルーファスたちは、その場に踏みとどまった。
手元に影が落ち、顔を上げた優里は、自分のそばに赤髪の大きな男が立っているのに気が付いた。
(えっ!? 誰……!?)
赤髪の男は、チラリと優里を見た後に、奥にいたルーファスに言った。
「お前が、暴食の吸血鬼か?」
ルーファスは男の問いかけに、目的は自分なのだと悟り、ホッと息をついた。
「そうだと言ったら、どうするの?」
次の瞬間赤髪の男は、壁際に立っていた優里に対し、勢いよく手をついて、優里を壁と自分の間に閉じ込めた。
「!!?」
壁と男に挟まれた優里は、訳が分からず固まった。
(な、何!?)
優里が男を見上げると、山吹色の瞳と目が合った。
ルーファスとクロエは息をのんだが、男は何をするでもなく、ただ優里を見つめていた。
(こ……これは……、まさか……あの有名な壁ドンってやつでは!? 何で!? 何で私、急に壁ドンされたの!? 告白!? 告白されるの!?)
初めての壁ドンに、優里の頭の中はパニック状態になった。
「怪我は……ないな?」
「え?」
優里は男の言っている意味がわからなかった。ルーファスとクロエも、男の行動の意図が読めず、判断に困った。
その時、優里の耳元で、ピシリと何かが割れるような音がした。
優里が音のした方へ目を向けると、男が手を付いた岩壁の辺りにヒビが入っていて、それはみるみるうちに広がり、壁の一部が崩れ、上部の壁の岩が優里の頭上に降ってきた。
「きゃあぁぁ!!」
優里の悲鳴が岩山に消え、辺りに砂煙が立ち込めた。
「ユーリ様!」
クロエは直ぐに、優里と男が埋まったであろう岩山に駆け寄った。
「ユーリ様! ユーリ様!」
クロエが岩山を手で払いのけようとした時、岩山はガラガラと崩れ始め、優里をかばって覆いかぶさっていた赤髪の男が、姿を現した。
「ユーリ様!」
クロエは、赤髪の男の腕の中にいた優里の姿を確認して、抱きついた。
「だ、大丈夫だよクロエ、この人が覆いかぶさって守ってくれたから……」
優里が赤髪の男を見ると、額から血が出ていた。
「あ、あの、大丈夫ですか!?」
優里は赤髪の男に近付こうとしたが、クロエがそれを許さなかった。
優里を抱きしめたまま、赤髪の男を睨みつけた。
「一体お前は何なんですの!? ユーリ様をこんな危険な目に遭わせて!」
「す、すまない……。まさか、壁が崩れるとは……」
赤髪の男は、申し訳なさそうに謝った。その顔をまじまじと見たクロエはハッとした。
「お前……まさか、北の国の城にいたオーガ?」
クロエの言葉に、赤髪の男もクロエを見た。
(オーガって……凶暴で残忍な怪物じゃなかった? でも、この人はすごく温厚で優しそうだけど……)
「あんたは……あの時の盗賊か?」
「クロエ、知り合いなの?」
優里が尋ねると、クロエは頷いた。
「はい。わたくしが盗賊として駆け出しの頃、この男に助けられた事があったんですの」
「え! そうなの!?」
(人助けをするなんて、この世界のオーガはいい人たちなのかも)
優里が驚いて赤髪の男を見ると、男は少し気まずそうに言った。
「大した事はしていない。あんたは、今でも盗賊を続けているのか?」
「いいえ。わたくしはユーリ様の為に足を洗いましたわ!」
「ユーリ……」
赤髪の男は、優里の名前を聞いて少し戸惑った。
「どうかしたかい?」
ルーファスの問いかけに、男はハッとした。
「いや、何でもない」
「そういうあなたこそ、あの地下牢を出られたんですのね」
「え!? 地下牢!?」
優里が聞き返すと、赤髪の男は苦笑いをした。
「地下ではあったが、牢屋ではなかった。俺も今は……あそこを出た」
そう言って目を伏せた赤髪の男に、ルーファスが尋ねた。
「ところで……キミの目的はボクのようだったけど、キミからは敵意を感じない。一体何の用かな?」
赤髪の男は、ルーファスを見て息をついた。
「……暴食の吸血鬼が、女を連れていたと部下から聞いて……助けようと思ったんだが、どうやらお前たちは仲間同士のようだ」
「部下? ……じゃあキミは、さっきの人間たちの……」
ルーファスの言葉を遮り、クロエが呆れた声を出した。
「今は乱暴者たちの頭ってわけですの? あなたの部下に、鉱山から立ち去れと悪態をつかれたんですのよ!」
「俺の部下がそんな事を? すまない、俺の責任だ。謝らせてくれ」
赤髪の男は、深く頭を下げた。
「部下には、あとできちんと言い聞かせておく。俺に何か出来ることはないか? 詫びと言っては何だが……俺に出来ることなら、何でもしよう。だから、部下の失態は水に流してくれ」
赤髪の男がそう言うと、ルーファスがギラリと目を光らせた。
「何でもするって……? ボクの前で、そんなコト言っていいのかい?」
ルーファスが赤髪の男に近寄り、辺りに緊張が走った。
(ルーファスさん、まさかこの人に報復を……!?)
「ま、待って下さいルーファスさん」
優里が心配そうに声をかけたが、ルーファスはまじまじと男を見て言った。
「ボクは基本細身の美青年が好みだけど、キミがその見た目で受けだというなら、ありよりのありだね!」
「ありより……? すまない、何を言っているのか分からない。説明してもらえるか?」
「いいとも! 詳しく説明してあげるよ。実践しながら……ね」
「ルーファスさん!」
ルーファスが暗がりに男を連れて行こうとしたのを、優里が慌てて止めた。
「それよりも……これ、どうしますの?」
クロエは、入り口を指差して言った。採掘場の唯一の入り口となっていた小さなトンネルは、先程の男の壁ドンにより崩れた岩で、完全に塞がっていた。
「俺が何とかしよう」
赤髪の男はそう言って、崩れて山になった岩山に拳を叩き込んだ。すると岩山はさらに崩れ、小さなトンネルにねじ込まれ、上から降ってきた岩がまた山になった。
「ちょっと! 余計な事しないで下さいまし! さっきよりさらに悪くなったじゃないですの!」
「す、すまない……」
男はクロエに叱られて、大きな体を縮こませた。
(この人……いい人なんだけど、色々行動が裏目に出ちゃうんだな……。私の中で、壁ドンもトラウマになっちゃったし……)
優里は苦笑いをしながら、塞がってしまったトンネルを見た。
「クロエの召喚を一旦解いて、拠点に戻ったクロエが助けを呼びに行くというのはどうだい?」
ルーファスの提案に、クロエは軽く首を振った。
「わたくしの拠点はエルザの街なんですの。今回、鉱山の街を新たに拠点にと考えてはいたのですが……まだ街までの魔力の道筋が定着してないんですの」
「エルザの街か……。戻っても、鉱山の街まで3日はかかるね」
ため息をついたルーファスに、バルダーが言った。
「俺の部下が外で待機している。きっと、異常に気付いて助けを呼んで来るはずだ」
「ボクたちでこの岩山をどうにかするのは無理だしね……。彼の言うように、外にいる人間が助けを呼んで来るまで、採掘しながら待っていよう」
ルーファスはそう言って、赤髪の男を見た。
「キミもオーガなら、力も体力もあるだろう? 存分に採掘を手伝ってもらうよ。ボクはルーファス。こちらの女性たちは、ユーリにクロエだ」
「俺はバルダーだ。よろしく頼む」
バルダーはそう言って、採掘を手伝い始めた。
バルダーの力は凄まじく、ルーファスの力を持ってしても割れなかった岩をいとも簡単に砕き、優里たちは、高値で売れる鉱石をたくさん手に入れることができた。
一方、トンネルの外では、バルダーの部下たちが慌てふためいていた。
「岩山が崩落したぞ!」
「カシラは大丈夫なのか!?」
「くそ! やっぱり本物の暴食の吸血鬼だったのか!?」
「落ち着きなさい!」
スライは男たちに言い放つと、岩によって塞がったトンネルを見た。
(まさか、本物だった……? それとも、何か予期せぬ事態が? 何にせよ、これは俺にとっては願ってもない展開……!)
「スライ! どうするんだ!?」
男たちは参謀のスライに意見を求め、スライは振り向くと、両手を広げて大袈裟に叫んだ。
「貴方たち! きっとカシラは、この採掘場に暴食の吸血鬼を閉じ込めるつもりなのです!」
「し、しかし、それじゃあカシラだって出て来れねぇ!」
スライはフンと鼻を鳴らし、男たちを見た。
「貴方たち、カシラには特別なスキルがある事を忘れてませんか?」
スライの言葉を聞いて、男たちはハッとした。
「そうか! あのスキルを使えば・・・・!」
「そうです! カシラには特別な能力があります! それは変身能力! 即ち、入り口を塞いで暴食の吸血鬼の退路を断った後、自身は鳥にでも変身して、通風孔から外に出たに違いありません!」
「なるほど! さすがカシラだぜ!」
男たちは小さくガッツポーズをとりながら、安堵した。
「きっと今頃、この鉱山の外にいるでしょう。貴方たちは出迎えてやりなさい。俺は念の為、暫くここを見張っておきます」
「ひとりで大丈夫か? 俺も一緒に……」
部下のひとりがそう言いかけたが、スライは左手を前に出し、部下を制止させた。
「貴方たち人間と違って、俺も魔族のひとりですよ。余計な心配は無用です」
「そうか、そうだったな。じゃあここは任せたぞ!」
男たちはそう言って、鉱山の外へと足早に戻って行った。
(あいつら、カシラの事をちっとも分かっていませんね。あの責任感の塊のような男が、生きたまま敵を閉じ込めて、自分だけ安全に逃げる訳ないでしょう。戦ってるにしても、別の要因があるにしても、カシラは十中八九まだ中にいます! この入り口を完全に固めてしまえば……)
スライは、塞がったトンネルを見ながらニヤリと笑うのだった。
月・水・金曜日に更新予定です。




