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16 深淵の番人

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鉱山の入り口では、屈強な男たちとクロエが対峙していた。

優里は心配そうな顔で、オロオロしているのが見て取れた。


「ここは俺たち、“深淵の番人”のシマなんだよ! わかったらとっとと失せな!」


クロエよりも数倍大きな男はそう怒鳴ると、ドンとクロエの肩を押した。


「クロエ!」


よろけたクロエを、優里が支えた。怯えながらも、優里は男たちに言い返した。


「突き飛ばすなんて酷いです!」


「あぁ?」


男たちはじろりと優里を見た。優里は恐ろしかったが、クロエが自分を守るために盾になってくれているのを、黙って見ていることが出来なかった。


「わ、私たちは採掘をしに来たんです! あなたたちと言い争いをしたい訳じゃありません!」


クロエはそんな優里を背中に庇うと、男たちを鼻で笑った。


「……深淵の番人? 落ちこぼれ冒険者やならず者たちが、よくそうやって勝手に名前を付けて徒党を組んでいるようですが……本当に頭が悪そうな人たちなんですわね」


「……なんだと?」


クロエの挑発に、男たちの顔つきが変わった。


「あら失礼、()()()ではなく、()()人たち、なんですわね」


「……おい、女、どうやらおめぇは、俺たちの慰み者になりたくて仕方がねぇみてぇだな」


男たちは、持っていた採掘に使う道具を手で弄びながら、優里たちを取り囲んだ。


(ど、どうしよう! 私でクロエの背中を守れる?)


優里はクロエと背中合わせになり、ごくりと喉を鳴らした。


「大丈夫です、ユーリ様。そのまま動かないで下さいまし」


クロエは、不安そうな優里に耳打ちした。


「へへへ……」


ニヤニヤした男が、優里に掴みかかろうとした瞬間、物凄い速さで何者かが男の背後に立ち、腕を掴んだ。


「何してるの、キミたち……」


男の腕を掴んだのは、ルーファスだった。


「な、何だテメェは!?」


「ルーファスさ……」


優里がルーファスの名前を呼ぼうとした時、クロエが優里の声を遮って叫んだ。


「お前は! 暴食の吸血鬼!」


(え?)


優里はキョトンとして、クロエを見た。


「ここまで追って来るとは! そんなにも血に飢えているのか!」


半ば棒読み気味のクロエの叫びに、男たちは最初顔を見合わせていたが、ひとりの男がルーファスを指差して言った。


「おい……、あいつの服に付いてるの……血じゃないか?」


「ま、マジかよ……!? 本物……?」


「真紅の瞳に長い黒髪……見ろ! 首にでけぇ傷跡があるぞ!」


暴食の吸血鬼の特徴そのままのルーファスを見て、男たちは明らかに怯んだ。


「は、離せ! 離してくれ!」


ルーファスに腕を掴まれた男は、恐ろしさのあまりジタバタと暴れた。

するとルーファスは暴れる男を羽交い絞めにし、囁いた。


「この子たちは、ボクの獲物だよ……。でも、こんなんじゃ……全然足りないなぁ……。キミたちを殺せば、この渇きは癒えるのかなぁ……」


ルーファスは真紅の瞳を男たちに向けると、ニヤリと笑った。白い牙の奥は、血で真っ赤に染まっていて、口元からあふれ出た血液が、ルーファスの顎まで滴った。


「ほ、本物だ! 本物の暴食の吸血鬼だ!」


「こいつはマジでヤバい! 逃げろ!」


男たちは震えあがり、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。


「ま、待て! 俺を置いて行くんじゃねぇ! 待って! 待って下さいぃーーーー!!」


ルーファスが羽交い絞めにしていた手を離すと、男は腰をガクガクさせながら走り去って行った。



「あれのどこが“深淵の番人”なんでしょう? 完全に名前負けですわ」


クロエはフンと鼻を鳴らして、男たちが走り去った方を見た。

優里は、これは男たちを蹴散らす芝居だったとピンときたが、ルーファスの口元から目が離せなかった。


「ルーファスさん、その血は一体……」


「あぁ、ごめんごめん、怖がらせちゃったね。クルルとじゃれあってて、口の中をちょっと切っちゃったんだよ。でも、そのおかげで信憑性が増しただろ?」


ルーファスは笑いながらそう言って、口元の血を拭った。


(ちょっと切ったって量じゃないように見えるけど……)


ルーファスが喋る度に、真っ赤な口元に目がいってしまい、優里はポーチからスカーフを取り出すと、ルーファスに差し出した。


「袖口で拭いたら、服が汚れちゃいますよ。あの、よかったらこれ使って下さい」


それは、この前服を買った時に、何気なく一緒に買ったスカーフだった。


「そしたらこのスカーフが汚れちゃうよ」


「いいですよ。それ、ルーファスさんにあげます。だからちゃんと口元を拭いて下さい。ちょっと……かなり怖いんで!」


優里は無理矢理スカーフを手渡し、ルーファスはそれを受け取ると、少し自嘲気味に笑った。


「怖い……か、そうだよね……」


(ルーファスさん……?)


優里は、いつもと違うルーファスの表情に、何か言葉をかけようとしたが、勢いよくクロエに引っ張られた。


「そんな事よりユーリ様! これでゆっくり採掘ができますわね!」


クロエは、優里を鉱山の中へと誘導した。


「中は暗いから、これを使って」


ルーファスは、入り口にあったランタンのような物を、優里たちに手渡した。

優里がそれを手にすると、火が灯り辺りを明るく照らした。


「これは、持ってる人の魔力に反応して火が付く魔法道具だよ。ボクたちみたいに、魔力があれば火が付く仕組みなんだ」


「へー! 便利ですね! でも、勝手に持って行っていいんですか?」


「貸し出し帳に名前を書いたから大丈夫だよ。採掘者の為に、自由に貸し出ししてるんだ」


ルーファスが、ランタンと一緒に置いてあったノートのようなものを見せながら説明した。優里にはなんて書いてあるか読めなかったが、きっとルーファスの名前が書いてあるのだろう。


辺りが明るくなるだけで、暗い洞窟に入って行くという優里の不安を和らげた。

優里はランタンで照らしながら、キョロキョロと辺りを見回した。


(中は意外と道っぽくなってるんだなぁ。鉱山って、岩を削って進んで行くってイメージだったけど……)


「ルーファス、話はついたんですの?」


クロエは、後ろを歩く優里を気遣いながら、コソコソとルーファスに話しかけた。


「それが、妙な動きを見せたから、咄嗟に咬みついちゃったんだよ。一応、木に縛り付けてクルルに見張らせてる。今は気絶してるから、帰りにまた話を聞こうと思ってるよ。ボク好みの、なかなか美形の悪魔だったよ!」


「あなたの好みはどうでもいいですが……口の中と服に付いてる血は、そいつの血ですのね。いくらクルルに見張らせているとはいえ、目が覚めて、逃げられたりしないんですの?」


「大丈夫。ボクに血を吸われたら、足腰が立たなくなるほどの快感が襲って、そりゃあもうスキルを発動するどころじゃ……」


「もう結構ですわ」


クロエは、半ば呆れた様子でルーファスの話を終わらせた。


そうこうしているうちに、人ひとりが通れる位の穴が開いた、トンネルの前まで来た。


「ここの奥が採掘場みたいだね」


ルーファスが最初にトンネルを潜り抜け、その後優里とクロエが続いた。


「わ! 広い!」


狭いトンネルの奥は、天井が吹き抜けのように高く、割と広い空間になっていた。


「どこから掘り進めればいいのかな?」


優里はやる気満々に、ツルハシを構えた。


「ユーリ様、わたくしにお任せ下さい」


クロエはそう言って、左手を壁や床、天井へ向けてぐるりとかざした。すると、桜色の光が手をかざした場所を撫で上げ、辺りにキラキラと輝く岩場が現れた。


「この、光っている場所に鉱石がありますわ。わたくしは上の方を採掘してきますわ」


クロエはメリュジーヌ本来の姿になると、翼をはためかせ、天井の方へ飛んで行った。


「凄い便利なスキルだねぇ! じゃあボクたちは、壁や床の鉱石を掘ろうか、ユーリ」


「はい!」


優里はツルハシの使い方をルーファスに教わりながら、キラキラと輝く場所を掘り始めた。



一方、鉱山の街の一角にある酒場に、先程ルーファスに脅かされた男たちが逃げ帰っていた。


「……と、言う訳なんですカシラ!」


男たちのひとりが、命からがら逃げてきた事を伝えると、カシラと呼ばれたリーダーらしき男が、男達を一瞥した。


赤い髪に山吹色の瞳の、端正な顔立ちをしたその男は、頭に一本の立派な角が生えていた。

大柄な男たちの中でもひと際大きく、ただ座っているだけで、周りが一目置くような威圧感を放っていた。


「それで貴方たちは、ただ逃げ帰って来たんですか?」


カシラと呼ばれた赤髪の男の隣にいた、細身で緑色の肌の男が、逃げ帰ってきた男たちに対して呆れたように言い放った。


「だけどよぅ、スライ! 相手は暴食の吸血鬼だぜ! 命がいくつあっても足りねぇよ!」


逃げ帰って来た男たちは必死で言い訳をしたが、スライと呼ばれた緑色の男は、ハァとため息をついた。


「そんなのはただの言い伝えでしょう? 騙されたんですよ、貴方たちは! ナメられたままでは“深淵の番人”の名折れです! カシラ、今すぐそいつらに痛い目を見せに行きましょう!」


「………」


緑色の男の言葉に対し、赤髪の男は黙っていた。


「あの場所に戻るなんて、俺たちはごめんだぜ! あの女ふたりも、今頃は暴食の吸血鬼の餌食になってるにちげぇねぇ!」


「女?」


その言葉を聞いて、赤髪の男は立ち上がった。


「カ、カシラ! いくらあんたでも、相手はあの暴食の吸血鬼ですぜ! 無事ではすまねぇよ!」


赤髪の男は、止めようとする男たちを見下ろすと、山吹色の瞳をギラリと光らせて言った。


「案内しろ」


「それでこそ俺たちのカシラです! 勿論、俺もお供しますよ! 誰でもいい! 早く案内しなさい!」


スライはそう言うと、歩き出した赤髪の男の後に続いた。

逃げ帰った男たちも、慌ててその後を追うのだった。



月・水・金曜日に更新予定です。

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