15 鉱山の街
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「今日は、薬を作ろうと思う。ミーシャ、手伝ってくれるか?」
鉱山の街に着いた優里たちは、とある小屋にいた。この街では、鉱石を加工する工房がたくさんあり、また、冒険者や旅人が寝泊りをして、かつ加工までも行えるような場所を貸し出すシステムもあった。
シュリはその作業場をひとつ借りて、そこで薬を作ろうと思い、ミーシャに声をかけた。
「えっ、オレ?」
ミーシャは驚いてシュリを見た。
「ああ。わたしは自分で作った解毒薬を売って、旅の資金にしている。お前はこの前、魔法薬学の本も買っていただろう? 興味があるのかと思ってな。簡単な作り方なら、教えられる」
「ホントか!? オレ、魔力の制御がまだ不安定だけど……大丈夫か!?」
「一番初歩的なものなら大丈夫だろう。お前は器用だし、すぐコツを覚えるはずだ」
シュリにそう言われ、ミーシャの尻尾がブンブンと左右に大きく揺れた。
(ミーシャ君、嬉しそう。薬学にも興味があったなんて、凄いな。資産家の息子って言ってたし、きっと、きちんとした教育を受けてきたんだろうな。私にも、何か手伝える事ないかな……)
優里はそう思いながら、薬を作る準備に取り掛かるふたりを見ていた。
少し遠慮がちにしている優里を見て、ルーファスが言った。
「ユーリ、キミは、ボクと一緒に鉱山に行ってみないかい?」
「鉱山……ですか?」
「ここで採れる鉱石は、どれも質がいいんだ。いい小遣い稼ぎになると思うよ」
「そうなんですね! 行きたいです!」
優里は、これで自分も旅の資金調達に助力できると思った。
「いいだろ? シュリ。ユーリには、そんな危険な真似はさせないからさ」
ルーファスはシュリの顔を窺った。シュリは少し考えていたが、優里が懇願するような目で見つめてきたので、ハァと息をついた。
「あまり遅くなるなよ」
「わかってるよ。クルルを借りてもいいかい? 夕飯までには戻るからね」
ルーファスはそう言って、道具を選び始めた。シュリが借りた作業場には、採掘の為の道具も備わっていた。それらをクルルに積んで、優里とルーファスは鉱山へと向かった。この時の判断を、シュリは後悔する事になる。
「ルーファスさん、クロエも呼んでいいですか?」
昨晩、温泉で鉱山の街を拠点にすると言っていたクロエだったが、その時に、このあたりの鉱山の状態を見ておきたいという話もしていた事を、優里は思い出した。
「勿論いいよ! 彼女も、キミの用心棒みたいなものだからね」
ルーファスに断りを入れてから、優里はクロエを召喚した。
クロエは最初、ルーファスを警戒していたが、優里の意向に従い、次第にその警戒も解いていった。
「ルーファスさんは吸血鬼ですけど、昼間も普通に活動できるんですね」
優里たちは世間話をしながら、鉱山へ続く道を歩いていた。
クルルは相変わらずルーファスに攻撃を仕掛けていたが、ルーファスはそれを器用に受け流しながら答えた。
「吸血鬼についての定説は、間違ってるものが多いんだよ。日の光はもちろん、十字架やニンニクが苦手というのも嘘だよ」
「えっ、そうなんですか?」
「きっと、吸血鬼を恐れた人間たちが、勝手に言い出したんだろうね。ちなみに、血を吸わなくても、普通の食生活で生きていける。吸血鬼にとって、吸血行動は栄養を摂る為ではなく、求愛行動なんだ。だから、むやみやたらに吸血したりしない。たまに攻撃に使ったりはするけどね」
「へー! そうだったんですね」
生気を吸わないと生きていけない優里にとって、それは羨ましい事だった。
(私も、サキュバスじゃなくて吸血鬼だったらよかったな……そうだ!)
優里はひとつ思い当たる事があって、ルーファスに質問した。
「あの、吸血鬼に咬まれると、咬まれた人も吸血鬼になるって聞いた事があるんですけど、それって本当ですか?」
優里にとって、吸血鬼の定説と言えばそれだった。前世で観た映画やアニメなどでは、定番とも言える設定だ。
しかし優里の質問に対し、ルーファスは押し黙った。
「ルーファスさん……?」
優里の声にハッとしたルーファスは、少し静かな口調で言った。
「……それも嘘だよ。ボクが咬んでも、誰も吸血鬼になったりしない」
(そうなんだ……)
優里は少しガッカリした。
「ユーリ様、もしかして吸血鬼になりたいんですの?」
クロエに真意を見抜かれて、優里は少し気まずくなった。
「えっと……、吸血鬼だったら、生気を必要としないからいいなぁって思っただけで……」
「生気だったら、わたくしがこの身が干からびるまでユーリ様に与え続けますわ! わたくしにも少しは毒耐性がありますし、ユーリ様の毒スキルも、わたくしが制御出来れば……」
(うーん確かに、クロエが私の毒スキルを発動しないようにコントロール出来たらいいけど……。おいそれと試せるような事でもないしなぁ……)
人の生死に関わってくる以上、簡単に試せる事ではないと優里は思った。
「ふたりとも、鉱山の入り口が見えてきたよ」
考え込んでいる優里に、ルーファスが声をかけた。
「わぁ……」
目の前の大きな岩山には、ぽっかりとトンネルのような穴が開いていて、数人の冒険者らしき人達が入り口に集まっていた。
優里が鉱山に意識を奪われている隙に、ルーファスがクロエに耳打ちした。
「クロエ、キミも気付いていると思うけど、ボクたちは何者かに尾行されてる。ユーリが不安になるといけないから、こっそり様子を窺ってから行くよ。キミはユーリを連れて、先に入り口まで行って待っててくれ」
「……あなたも気付いてましたか。いつぶっ飛ばしてやろうかと目論んでいましたが……では、そちらはあなたにお任せしますわ。わたくしはこのまま、ユーリ様のおそばにいますわ」
「ボクは少し話を聞いてくるだけだよ。じゃあ、ユーリの事は任せたよ」
ルーファスは血の気の多いクロエに失笑し、クルルに積んでいた道具をクロエに渡した。
「ルーファスさん、どうしたんですか?」
茂みの方へ意識を向けているルーファスに、優里が声をかけた。
「ルーファスとクルルは、どうしてもトイレを我慢できないらしいですわよ。さ、ユーリ様、わたくしたちは先に入り口まで行きましょう」
ルーファスが何か言う前に、クロエが口を挟んだので、ルーファスは苦笑いをするしかなかった。
ふたりが入り口の方へ歩き始めたのを確認すると、ルーファスは未だに攻撃を仕掛けてくるクルルを制止させた。
「クルル、遊びは終わりだよ」
ルーファスがクルルに向かってそう言うと、クルルは攻撃をやめ、ルーファスの指の動きを見た。
ルーファスが茂みの方へ指を向けた瞬間、クルルは、茂みへ突進した。
「!?」
茂みから優里たちの動向を窺っていた眼帯の男は、突然目の前まで加速してきたクルルと距離をとろうとしたが、背中に嫌な威圧感を感じ、その場から動けなくなった。少しでも動けば攻撃される……そんな危機感を覚え、男の額に汗が伝った。男の目の前には、いつの間にかクルルがいて、男に向かって威嚇していた。そして男の後方から、ルーファスが声をかけた。
「悪いね、キミの事がわからない以上、こちらも気は抜けないんだ」
ルーファスは、シュリに抱きついた時とは比べ物にならない程素早い動きで、眼帯の男の背後に回っていた。
「キミは誰だい? なぜボクたちをつけてくるのかな? キミに敵意がない事はわかるけど……理由が知りたいんだ」
ルーファスは、口調こそ穏やかだったが、有無を言わせないような迫力があった。眼帯の男はゆっくりと両手を上げ、降伏のポーズをとった。
「流石ですね。貴方の動き……全く見えなかった」
「ボクの質問に、答えてくれるかい?」
「わかりました。では、そちらを向きます」
眼帯の男は、ルーファスの方へ体を向けようとした。次の瞬間、男は右手を少し動かした。が、ルーファスはそれを見逃さなかった。
ルーファスは素早く男の懐に潜り込み、首筋に咬みついた。
「うっ……!」
眼帯の男は顔をしかめて、ルーファスを引き離そうとしたが、強い力で押さえつけられ、どんどん血液が失われていくのを感じた。そして極度の貧血状態になり、男は意識を失いその場に崩れ落ちた。
「………」
ルーファスは、唇に残った男の血をペロリと舐め、気を失った男を無言で見つめた。
そして、持っていたロープで、男を木に縛り付けた。
(採掘に使うかもと、ロープを持って来てはいたが……まさかこんな事に使うとはね)
フゥと息をついて、ルーファスは改めて男を観察した。
(この男は……悪魔か? 振り向きざま、眼帯を外そうとした所を見ると、魔眼の類のスキルを使うのかな? それに、この印……)
眼帯の男の首筋には、優里やクロエに似た、召喚の為の印があった。
通常は髪の毛に隠れて見えないが、ルーファスは、血を吸う時に目にしていた。
(この男……使い魔だな。しかも、この独特の印は魔族が付けたものじゃない。この男を召喚したのは人間……ということは、この男は煉獄の悪魔か? 召喚者の気配はない……。どこか別の場所に?)
ルーファスがより詳しく男を調べようとしたとき、鉱山の入り口の方から怒鳴り声が聞こえた。
「いいから立ち去れって言ってんだ! ここはお嬢さんがたの遊び場じゃねぇんだよ!」
「あら? 鉱山は誰でも出入り自由なはずですわよ! わたくしたちにも採掘の権利はありますわ!」
「言っても聞かねぇお嬢さんだなぁ! 痛い目に遭わされてぇのか!?」
どうやら、入り口に向かった優里たちと、先に来ていた冒険者の間で口論になっているらしかった。
「やれやれ……向こうでも問題発生か……」
ルーファスはそう呟いて、クルルを見た。
「クルル、見張っていてくれるかい?」
「ピピィ!」
クルルは、任せてとでも言ったかのように返事をした。
「さて……とりあえずここはクルルに任せて、ユーリたちの所に行かないとね」
ルーファスはそう呟き、鉱山の入り口の方へ向かった。
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