144 サキュバスでも普通の恋愛はできるみたいです
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家の一室に向かい、アリシャが声をかけ扉を開けた。するとそこには、クロエに髪を整えて貰っている、純白のドレスに身を包んだ優里の姿があった。皆息をのみ、その美しい姿に心を奪われた。
「皆! 来てくれたんだね!」
優里がそう言って微笑むと、バルダーは胸に手を当て、優里を見つめた。
「凄く……綺麗だ、ユーリ」
「え、えっと……ありがとうバルダー」
まるで尊いものを前にしたかの様な表情で見つめられ、優里は恥ずかしそうに視線を彷徨わせた。そして、この場にアイリックがいない事に気が付いた。
「あれ……アイリック様は?」
「あ、兄上はふてくされ……じゃなくて、ユーリの晴れ姿は式まで取っておくと言って、控室には来なかった」
「そうなの? そんなもったいつける様なものでもないんだけど……」
優里が遠慮がちにそう言うと、バルダーと同じ様に優里を見つめていたミーシャが口を挟んだ。
「いや、めちゃくちゃ清楚で可憐だぜ。とても痴女には見えない」
「もう! ミーシャ君! 痴女じゃないから!」
優里はミーシャが言った事に反論しつつも、ヴィクトルとレイラの姿が見えない事に、残念そうな声を出した。
「あれ……ヴィクトルさんたちは……やっぱり忙しくて来れなかったのかな?」
優里がそう問いかけると、ミーシャは少し照れくさそうに、鼻の頭を掻いた。
「ユーリ、実は……母上に赤ちゃんが出来たんだ」
「え!!」
「転移は体に負担がかかるからって、今回は見合わせる事にしたんだよ。母上も父上も、すっげー来たがってたけど……ごめんな」
「ううん!! 残念だけど、すっごく嬉しい報告だよ!!」
優里は前のめりになってミーシャを見つめた。
「よかったね、ミーシャ君!」
「オレも、すげー嬉しい」
そう言って笑うミーシャの胸には、木の実でできたブローチが輝いていた。
「ユーリさん、ご招待ありがとうございました」
「皆に、ちゃあんと浄化を施しといたからね」
「ベルナエル! アスタロトも来てくれてありがとう! ベルナエル、浄化の事頼んじゃってごめんね」
優里はベルナエルとアスタロトの方に目を向け、礼を言った。
「いいえ! 頼って貰えて嬉しかったです!」
「で、ユーリも毎朝自分を浄化してるワケ?」
アスタロトがニヤニヤと笑いながらそう問いかけると、リヒトが軽く咳払いをした。
「アスタロト様、その発言はセクハラですよ。あと、ユーリさんは先生の企みにより未だ処女です」
「リっ、リヒト君! 余計な情報を漏洩しないで!! それもセクハラだからね!?」
「せくはらってナニ? てゆうか、あんたってホント……サキュバスとして無駄な人生を送ってない?」
「無駄ではない。処女は神聖なものだ」
その時、呆れた様にため息を漏らしたアスタロトの後ろから、よく通る凛とした声が響いた。その声に皆が振り向くと、そこには白いフロックコート姿のシュリが立っていた。
「シュリさん!」
「ユーリ」
シュリは皆の間をすり抜け優里の前に跪くと、その手を取った。
「とても綺麗だ、ユーリ」
「あ、ありがとうございます……」
優里も、まるで王子様の様なシュリの姿に胸の鼓動が早くなった。
「ユーリ様の準備が整い次第、式を始めますわ。皆様は会場でお待ちくださいまし」
クロエの言葉に皆は頷き、裏庭へと向かった。
優里とシュリは、結婚式をルドラの墓がある花畑でやると決めていた。そして準備を進め、世話になった皆を招待し、今日のこの日を迎えた。
「お待たせ! みんな!」
リアの声に皆が振り向くと、そこには美しい花嫁と花婿の姿があった。ふたりは祝福をする皆の間を歩き、小さなミモザの木の前に立った。木の前でスタンバイしていたクロエは優里とシュリを見つめ、口を開いた。
「シュリ、貴方はユーリ様を妻とし、健やかなる時も病める時も、喜びの時も悲しみの時も、メリュジーヌの僕がユーリ様に生気を与える時も、それを寛大な心で許し大人しく見ていると誓いますか?」
「台詞が違うぞクロエ」
「チッ! 気付きましたか……」
冷静に突っ込んだシュリに、クロエは舌打ちをした。
「もう、クロエ」
優里が困った様に笑い、クロエは少し唇を尖らせた。
「わかっております、ユーリ様……。シュリ、貴方はユーリ様を妻とし、健やかなる時も病める時も、喜びの時も悲しみの時も、妻を愛し、敬い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くす事を誓いますか?」
誓いの言葉を言い直したクロエに、シュリは真剣な眼差しを向けた。
「誓います」
「……ユーリ様、貴方はシュリを夫とし、健やかなる時も病める時も、喜びの時も悲しみの時も、夫を愛し、敬い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くす事を誓いますか?」
優里が言葉を発しようと口を開きかけた時、森中に響き渡る様な大声がその言葉を遮った。
「ちょっと待ったぁあああ!!」
そしてその声と同時に、手袋がシュリへと投げつけられた。
「私は貴様がユーリの夫になる事は断じて認めん!! 決闘だユニコーン!! ユーリを手に入れたくば、私を倒してその屍を越えてゆけ!!」
「相変わらず騒がしいな……アイリック」
声のした方に振り向いたシュリは、眉間にしわを寄せた。そこには、仁王立ちしているアイリックの姿があった。
「フハハハハハ!! そう簡単にユーリと結婚出来ると思うな!! さあ剣を取れ!! そしてユーリ!!」
「はっ、はいっ!?」
いきなり名前を呼ばれ、優里はビクビクしながらもアイリックを見つめた。
「……き……き、綺麗過ぎるぞ貴様ぁ!! 私の目を潰す気か!?」
「ええ!? す、すみません!??」
「兄上!! 神聖な儀式の最中ですよ!!」
「うるさい!! 止めるな弟よ!! これは私が打ち勝たなければならない試練なのだ!!」
見かねたバルダーが止めようとしたが、アイリックは剣を手に叫んでいた。
シュリはハァと大きくため息をつくと、優里の前にしゃがみ込んだ。
「ユーリ、背中に乗れ」
「え?」
「逃げよう」
優里は、初めてシュリがユニコーン姿になった時の事を思い出し、ふっと笑みを零した。
「はい!」
青色の光で包まれユニコーン姿になったシュリは、揉めているアイリックとバルダーの方を向いた。
『行くぞ。振り落とされるなよ』
「はい!」
シュリはアイリックとバルダー目掛け走り出し、ふたりの頭上を軽々と飛び越えた。
『アイリック! 屍ではないがお前を飛び越えた』
シュリの言葉に、アイリックは体を震わせた。
「い……意味が違うぞユニコーン!!」
『結果は同じだ。機会があれば、またどこかで会おう』
「みんな! 今日は来てくれてありがとう!」
優里は、シュリの背中の上で笑顔で手を振った。そしてシュリは、優里を乗せたまま森の中へと走り去った。
「まっ……待てーーーー!! ユニコーーーン!!」
小さくなるアイリックの声を背に、優里はシュリに話しかけた。
「シュリさん! これからどうするんですか!?」
『このまま新婚旅行だ。そういえばユーリ……』
シュリはスピードを落とすと、人型に戻った。そして優里の腰を抱き、顎に手をかけ自分の方を向かせた。
「先程の誓いが途中だったな。お前は、命ある限りわたしと共に生きると誓うか?」
優里はシュリを見つめ、頬を赤らめた。
「……誓います」
シュリはその言葉を聞くと目元を和らげ、優里の唇に自身の唇を近付けた。優里は胸が高鳴る中、そっと瞳を閉じた。しかしシュリは、寸での所で動きを止めた。
「しまった、忘れる所だった」
「え?」
「傘は持って来たか」
「今、この状況でそれ言います!?」
木漏れ日が射し込む美しい森の中で、愛を誓ったサキュバスは、ユニコーンの腕の中で幸せそうに笑うのだった。
無事、最終話を迎えることができました。
約一年程お付き合い頂き、本当にありがとうございました!
初めてのことばかりで、四苦八苦しながらも楽しく書かせて頂きました。
ブクマやいいねを付けて下さった方、感想・レビューを書いて下さった方、本当にありがとうございます。感謝しかありません。
後日談“メリュジーヌに普通の幸せは訪れるんでしょうか”で、本作では書けなかったクロエの過去に触れているので、そちらもよろしくお願いします。
次回作をちょこちょこと書き溜めているので、安定して配信できるようになったら、また載せていきたいと思っています。その時は、また読んでもらえたら嬉しいです!
鳥居塚くるり
追記;2023年8月より、『引きこもり龍姫と隻眼の龍』の連載を始めました。もしよかったら、そちらも覗いて見て下さい!




