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142 証

142


シュリの突然のプロポーズから数日経ち、優里たちはちょっとした結婚式の様なものを挙げようと相談していた。

これは、アリシャたっての願いだった。


「ルドラってば、きっとシュリの事が心配で、貴方の過去の夢に現れたのよ。私じゃシュリを面倒見きれないとでも思っていたのかしら? でもおあいにく様! きちんと式を挙げて、シュリを立派に独り立ちさせたって見せつけてやるんだから!」


アリシャは、自分だけがルドラに会えなかった事に、少しふてくされていた。


「アリシャさん、ルドラさんは、夢の中でアリシャさんの事褒めてましたよ! 自慢したいって……」


優里は、そんなアリシャを何とか宥めようとしていた。


「どうしようシュリさん、アリシャさんにも過去の夢を見せた方がいいですか? でも……過去をなぞる夢なので、シュリさんの時の様に、きっとご両親やルドラさんの死も再び体感してしまう事になると思うんですけど……」


優里は、アリシャの両親も人間に殺されたという事をシュリの夢で知っていた為、アリシャの辛い過去をあえて見せるのはどうかと思い、コソコソとシュリに耳打ちをした。


過去の夢は、実際に起こった事をその人の潜在意識をもとに構築されるものの為、幸せな記憶も辛い記憶も見せてしまう事になる。そして、夢を見せ終わった後、思い通り亡くなった人が現れてくれるとも限らなかった。


シュリが口元に手を添え、どうするべきか考えていた時、アンシュがアリシャの手を取った。


「母さま、ルドラ父さまがね、“忘れないでいてくれたら、きっとまた夢で会える”って言ってたよ。もし父さまと夢で会えたら、母さまにも会いに行ってくれるように、ぼくがちゃんとお願いするよ」


「アンシュ……」


アリシャは、アンシュの優しい言葉に胸が温かくなり、アンシュを抱き寄せるとその頬にキスをした。


「ありがとう、アンシュ。もしルドラに会えたら、私が笑顔で待ってるって伝えてね」


(その笑顔が怖いと感じるのは、きっと気のせいだよね)


優里は微笑むアリシャを見て、なぜか背筋が凍った。



その日の夜、優里は部屋でくつろいでいる時、窓辺で本を読んでいるシュリに気付かれない様に、ポーチから例の地図を取り出した。


(シュリさんに過去の夢を見せてから、なかなか確認する機会がなかったけど……シュリさんとアンシュの星がどうなったか気になってたんだよね……。シュリさん、本に夢中になってるし、今がチャンスだ)


こっそりと地図を広げ、中を見た優里は息をのんだ。


(……! やったっ……!)


同じ部屋で本を読んでいるシュリと、自室で既に眠っているであろうアンシュの星は、見事に色が変わっていた。


(私……アンシュの事も、シュリさんの事も……助けられたんだ!)


優里が地図を見て笑顔になった時、静かな部屋にシュリの声が響いた。


「それは何だ、ユーリ?」


「え!?」


いつの間にか、シュリが読んでいた本から顔を上げ、優里の事をじっと見ていた。


「え、ええっと……」


(どうやって誤魔化せば……。シュリさんに嘘は通用しない!)


目を泳がせた優里を見つめ、シュリは読んでいた本をぱたんと閉じた。


「ユーリ、お前が……何か秘密を抱えている事は知っている。前まではそれでもいいと思っていた。お前がどんな秘密を持っていても構わない……その気持ちは勿論変わらない。だが、わたしたちは夫婦になる。わたしは、その秘密をきちんと共有したい」


「ふ、夫婦……」


優里は顔を赤らめ、手にしていた地図をギュッと握った。


「お前はわたしの過去を共有し……わたしの悩みも不安も弱さも、全て受け入れてくれた。わたしは……お前に救われたんだユーリ。わたしもお前の助けとなれる様に努力する。だから、わたしの事も頼って欲しい」


「シュリさん……」


優里は手の中の地図に視線を落とし、意を決すると顔を上げシュリを見つめた。


「……信じてもらえるかわかりませんが、私の話……聞いてくれますか?」


「話してくれ、ユーリ」


シュリはそう言って優しく微笑んだ。優里はシュリに地図を見せながら、自分が違う世界から来た転生者だという事、ハヤセやリヒトもその世界から来た事、そして地図に現れる星マークの事など、全て洗いざらい話した。


シュリはとても驚いていたが、真実を知り、全ての事に合点がいった様だった。


「サキュバスなのに生気を吸うのが初めてだった事、魔力の制御が出来ないうちから、他に影響を与える様なスキルを覚えていた事、全てはお前がこの世界で生まれていなかったからだったのか……」


「はい……そうです」


「そして、この“わたしの星”を使えば、また新たにスキルを取得できるのだな?」


シュリは、何か期待している様な表情をした。


(シュリさん……目がキラキラしてる。好奇心旺盛って感じだな……。スキル取得の様子が見たいのかな?)


「そうですけど……このシュリさんの星は、使わないで取っておきたいんです」


「そうなのか?」


優里は地図を見つめると、シュリの星を優しく撫でた。


「なんていうか……大切な人を救う事が出来たっていう証なので、記念として取っておきたいというか……」


愛おしそうに星を見つめ、そう呟いた優里に、シュリは心の柔らかい部分をギュッと掴まれた様な気分になった。


「あっ、でも、シュリさんは私がスキルを取得する所が見たいんですよね? えっと、じゃあ今度アンシュの星を……」


「いや、いい」


シュリはそう言うと、優里の額に優しく触れるだけのキスを落とした。


「!? シュ、シュリさ……」


赤くなった優里に、シュリは目を細めた。


「早くお前を抱きたい」


「だっ……」


動揺する優里だったが、シュリは体を離すと真剣な表情をした。


「だが、安心しろ。式を挙げるまでは理性を保つつもりだ。お前のスキルの“欲望制御”も効いているしな」


「あ……はは……」


実はシュリは、式を挙げるまでは優里に手を出さない様にする為、あえて優里に欲望制御の魔法をかけるように頼んでいた。真剣なシュリの頼みを断ることが出来ず、優里は仕方なくシュリに軽めに欲望制御のスキルを発動していた。


(なんか悲しいけどね……)


ため息まじりに引きつった笑いをする優里に、シュリは真面目な顔で問いかけた。


「ユーリ、お前の故郷の風習、床問答のやり方も覚えたぞ。リヒトには“いえすのー枕”というのを勧められたが、お前はどうしたい?」


「え!? いや、別にそういうのは……。リヒト君も若いのに、イエスノー枕の事よく知ってたね……。てゆうか、床問答って何ですか?」


「お前は床問答を知らんのか? 古い風習だとハヤセも行っていたが……初夜を迎えるにあたって、必要な知識だぞ」


「ええっ!? いやいや、現代ではたぶん必要のない知識だと……」


「わたしがきちんと教えてやろう。色々な問いかけがあるそうだが、わたしがハヤセから教わったのは傘問答というものだ。わたしが“傘は持って来たか”と問いかけ、お前がわたしに抱かれる覚悟があるのなら、“新しいのを持ってきました”と言うんだ。それを受け、わたしは“差してもいいか”と訊き返す。そこでお前は……」


「いや、“差す”って!! なんかそれ逆に恥ずかしいです!!」


「何が恥ずかしいんだ? 大事な事だぞ。ハヤセが言うには、この“差す”は初夜に実際に差すという事にかけているのではないかと……」


「真面目な顔でやめて下さい!!」


妄想が膨らみ赤くなる優里だったが、シュリの床問答講座は容赦なく続いた。




そしてそれからひと月ほど経ち、遂にアリシャの包帯が取れる日がやってきた。

皆が見守る中、ハヤセは丁寧にアリシャの包帯を外した。


「アリシャ、ゆっくりと目を開けて」


ハヤセの穏やかな声に頷き、アリシャは瞼を開けた。

柔らかな光を感じ、目の前にいるハヤセとリヒトの顔がアリシャの瞳に映った。


「見え……ます」


唇を震わせそう言ったアリシャに、皆は息をのんだ。アリシャが周りに目をやると、泣きそうな顔で自分を見つめるニーノとリア、笑顔のルーファス、優里の腰を抱いているシュリと、その優里に両肩をやさしく包まれているアンシュの姿があった。


「アン……シュ……」


アリシャはアンシュを見つけると、口元を両手で覆った。


「母さま……ぼくが……見えるの?」


「アンシュ!!」


アリシャは転がるようにアンシュの元へ駆け寄り、アンシュもアリシャが広げる腕の中に飛び込んだ。


「母さま!!」


アリシャは強くアンシュを抱きしめた後、少し体を離しアンシュの頬を優しく包んだ。


「ああ……アンシュ……! こうして、この目に貴方を映す事が出来る日が来るなんて……! 本当に……本当にルドラにそっくり……」


目に涙を浮かべ、アリシャは愛おしそうに我が子を見つめた。


「貴方には、確かにルドラの魂が宿ってる。私とルドラを繋ぐ絆……。私たちの愛の証……。貴方は私たちの宝物よ、アンシュ……」


「母さま……!」


お互いを思い合う様に抱き合う親子を、窓から差し込む光が優しく包んでいた。




月・水・金曜日に更新予定です。

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