表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
140/144

140 シュリの過去 その9

140


「会いたかったよ、シュリ!!」


アリシャに促され、わたしを追いかけて来たルーファスと合流した。旅を続ける上で、ルーファスがいるのは正直心強かった。けれど、崩落事故があってルーファスがユーリに生気を与えたと知った時、わたしの中で処理できないドロドロとした感情が沸き起こった。


あの場にルーファスがいなかったら、ユーリは死んでいたかもしれない。ルーファスに感謝するべきだと、頭では理解していた。それでもわたしは許せなかった。わたし以外の男が、ユーリに触れた事が。


わたしは嫉妬していた。嫉妬という感情は人を狂わせる。ユーリを守るのは自分だ、他の誰にも触れさせたくない、ユーリはわたしのものだという自分勝手な思いがわたしを支配し、正常な判断が出来なくなった。そのせいでわたしは、自分の力を過信し、無様な姿を見せてしまった。


スライにまんまとユーリを人質に取られ、不甲斐ない自分を呪った。あんなに泣いている大事な人を、わたしは安心させる事もできないのか。


「……ユーリ、わたしがいなくとも、お前には……ルーファスがいる」


彼女を納得させ、不安を取り除きたかった。


「ルーファスがいれば……お前は死ぬ事はないし、誰も……殺さなくて済む。だから、大丈夫だ……」


本当は誰にも渡したくない。でも、お前を守るには、お前の信念も一緒に守れるのは、ルーファスしかいない。その時は本当にそう思った。彼女を守るにはそれしかないと。


「角を切られたら、シュリさん死んじゃうんですよ!! 全然大丈夫じゃないです!!」


けれどユーリはわたしの言葉に声を荒げた。いつも温厚な彼女が、命を投げ出そうとしたわたしを助ける為に、スライを襲った。


ユーリがわたしの為にスライを殺そうとした事に、わたしは衝撃を受けた。大切な人にそんな事をさせてしまった自分は、ユーリのそばにいる資格などないのではないかと思った。わたしは、両親や兄に守られていた頃から、何ひとつ変わっていない。大切な人の信念すら守れない。


“僕の力はとてもちっぽけだ”


以前、兄が言っていた言葉を思い出した。何かに怯えていたわたしもまた、兄の様に自分の力はちっぽけだと感じていた。


わたしは兄との約束だけを守り、ユーリはルーファスと共にいる方が幸せなのかもしれない。そう答えを出してルーファスに胸の内を伝えたが、「自分の勝手な言い分だけを、彼女に押し付けるな」と怒らせてしまった。


勝手な言い分……だが、彼女には生気が必要で、魔力が制御できない間、死なずに生気を与えられるのは、わたし以外ではルーファスしかいない。ドロドロと渦巻く心の内に蓋をし、彼女の事を考えて出した答えだと、自分を納得させようとしていた。


けれどミーシャの屋敷で彼女を連れ出すルーファスを見て、わたしの焦燥感に拍車がかかった。


その日の夜、ユーリに誘われて酒を飲んで……気付けば、わたしはまた夢を見ていた。



だがその時は、わたしは子供姿ではなく、大人の姿だった。いつもわたしを抱きしめてくれていたユーリを、わたしが抱きしめていた。


「お前を、ルーファスに渡したくない」


思わず本音が出た。そう、本当はルーファスになど渡したくない。大事な人を……わたしの手で守りたい。


わたしの腕の中で体を熱くさせるユーリを、このまま本当に抱いてしまおうかと思った。


だがユーリに押し倒され、気付けばわたしはまた何も無い空間の中で、子供姿になっていた。そしていつもの様に、ユーリはわたしを抱きしめていた。


何故子供姿になってしまうのだろう。自分はまだまだ未熟者だという事なのだろうか? 両親と兄を助けられなかったわたしは、無力な幼子の様だという、弱い心の表れなのかもしれない。


そしてわたしは気が付いた。怯えていた“何か”――――それは、“失う事”だと。


失う事への恐怖が、わたしを保守的にさせていたのだと。兄との約束とユーリの事、何故どちらかしか選べないと思ったのだろう。ルーファスといる方が幸せだと、何故勝手に決め付けたのだろう。答えは簡単だ。欲しなければ失う事はない。心は守られる。わたしは、何かを失い自分自身が傷付く事を、ただ恐れていたんだ。


けれど、自分が傷付かない様にするというその選択は、相手を傷付ける事にもなり得る。


「ルーファス……人の気持ちを考えろと言ったお前の言葉、ようやく理解できた」


わたしがそう呟いた次の瞬間、わたしの体はみるみるうちに大人の姿になった。


自分の心を守る為に、ルーファスの純粋にユーリを思う気持ちを軽んじてしまった。ユーリの意見を聞かず、ルーファスに預けようとしてしまった。わたしは、相手の為だと言いながら、逆に相手の気持ちを考えていなかった事に気が付いた。


大人の姿になったわたしを、ユーリは変わらず抱きしめてくれていた。いつもより長い夢を見ているような気がした。でもおかげで、自分の弱さに向き合い、本当はこれからどうしたいのかを考える事が出来た。自分の正直な気持ちをユーリに伝え、彼女の答えが知りたい。ただ、それだけだった。


わたしはユーリを見下ろし口を開いたが、すぐにこれは夢だったと思い出した。早く目覚めて、本物のユーリに伝えなければ。知って欲しい。わたしの気持ちを。


愛している、心から――――――。




シュリが瞼を上げると、目の前には優里とアンシュの姿があった。何も無い空間に佇むふたりを見て、自分が今なぞっていたのが、優里の見せた“過去の夢”だったのだとすぐに気付いた。そしてこの何も無い空間が、今もまだ夢の中にいるとシュリに確信させた。


「シュリ……さん……」


心配そうに、少しおどおどとした視線を向ける優里に、シュリは優しく笑った。その笑顔に優里はホッとして、アンシュと共にシュリに近付いた。シュリは優里の頬を片手で優しく包むと、口を開いた。


「……このっ、馬鹿者!」


「えっ」


「わたしの記憶を消したな? 何を考えている! こんな事をしても、何の解決にもならない!」


「えっと、はい! ごめんなさい!」


アンシュと同じ事を言われ、優里は咄嗟に謝った。シュリはすぐに目元を和らげ、優里を強く抱きしめた。


「わたしが……お前にその選択をさせたのだな……。すまなかった」


「……シュリさん……」


優里は、自分の目元が熱くなるのを感じた。


「父さま、ぼくが悪いんだ。ぼくがユーリおねえちゃんに、そうさせるように仕向けたも同然なんだ」


シュリが自分を責める様な言い方をしたので、アンシュはシュリの服を掴み自分の非を訴えた。


「いや、お前を不安にさせたのもわたしだ。すまなかった……。もう二度と、お前たちに辛い選択はさせない」


シュリがそう言った時、どこからか懐かしい声が聞こえた。


『相変わらずだね、シュリは。また自分のせいにしてる』


シュリが声のした方へ目線を送ると、そこには、優しい光に包まれたルドラの姿があった。



月・水・金曜日に更新予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ