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126 誰が為に

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窓から差し込む朝の光に、優里は目を覚ました。横を見るとシュリの姿はもうなく、アンシュだけがまだすやすやと眠っていた。アンシュの寝顔を見ながら、優里は昨夜シュリに言われた事を思い出していた。


(シュリさんは、本当に私の事が好きで、大事に思ってくれてる。でも、だからといってアンシュの事を思ってないっていう訳じゃない。むしろ私に向ける愛情とはまた別の愛がある)


優里は、眠るアンシュの小さな頭に触れ、目を伏せた。


(アンシュはまだ小さい。きっと父親が……シュリさんが必要だ……)


さらりと、指の間からアンシュの柔らかな金髪が滑り落ち、優里は、まるで自分は手にする事が出来ないと言われている様に感じた。



その日もいつものように、シュリとニーノは部屋の増築作業をし、ハヤセはアリシャの為に新しい薬を調合していた。診察は調合が終わってからという事になり、その間、アリシャはアンシュと過ごしていた。


優里はお茶を淹れて、ハヤセが調合をしている部屋に向かった。


「優一郎君、リヒト君、お茶入れたよ」


「ああ、ありがとう優里ちゃん」


優里はテーブルの上にお茶を置くと、キョロキョロと部屋を見回した。


「あれ? リヒト君は?」


「実は薬草が足りなくなっちゃって。今、追加で取りに行って貰ってるんだ」


「そうなんだね。じゃあひとつは持って帰ろうかな……。後でまた来るよ」


そう言った優里を、ハヤセが呼び止めた。


「優里ちゃん、休憩がてら、よかったら少し話し相手になってくれないかな?」


「え? あ、うん……」


優里はリヒトの為に持って来たお茶をテーブルに置き、その前の椅子に座った。ハヤセも作業を切り上げ、テーブルについた。


「優里ちゃん、大丈夫?」


「え、何が……?」


ハヤセにそう切り出され、優里はティーカップに落としていた視線を上げた。


「なんか、元気ないから」


「そ……そうかな? 元気だよ」


そう言って力なく笑う優里に、ハヤセは小さくため息をついた。


「優里ちゃん、僕がどうして君を好きになったか知ってる?」


「えっ!?」


ハヤセに突然そう言われ、優里は目をぱちくりさせた。


「勿論、子供の時に仲良くしてもらったのも嬉しかったよ。いつも本ばかり読んでた僕を、君は遊びに誘ってくれて……おままごとだったけど、君にプロポーズも出来たしね」


「あはは……懐かしいね」


優里は、少し恥ずかしそうに笑った。


「それから僕は私立の小学校に進んで……もう君と会う事はなかった。正直君への恋心も、いい思い出になってた。けど、大人になってから君と出会う機会があった」


「酷い出会いになっちゃったけどね……」


優里がそう言って下を向くと、ハヤセはフッと息をついて優里の顔を覗き込んだ。


「違うよ優里ちゃん。あの事故の前に、僕は君に助けられたんだ」


「え?」


優里が顔を上げると、ハヤセは懐かしむ様に遠くを見ていた。


「あの事故が起きる少し前……その日僕は急いでて、自分の手から大事な書類が入った封筒が落ちたのに気付かなかった。後ろから声をかけられた様な気がしたけど、自分の事じゃないと思った。それでそのまま駅構内を走って、ホームにいた電車に飛び乗ったんだ。車内は少し混んでたけど、自分が下りる駅の階段の位置まで行こうと車内を歩いた。駅に着いてホームに降りた時、隣のドアから降りた君に再び声をかけられた」


「え!?」


「『これ、落としましたよ』って言われて、その時初めて自分が大事な書類を落としていた事に気付いた。君は僕に書類を渡すと、慌てて反対側に来ていた電車に飛び乗った。僕に書類を渡す為に、君はハイヒールで僕を追いかけて、自分が下りる駅を通り越した」


(あった……そういえばそんな事が……! あの時の人が、優一郎君だったの!?)


「君はやっぱり全然気付いてなかったみたいだけど、僕は一目で君だとわかった。なにせ“初恋の人”だったからね。それから僕は、駅で君の事を探す様になった。どうしてももう一度会いたかった。でも、次に君に出会えたのは、あの事故の日だったんだ……」


ハヤセは優里の方に顔を向け、目を細めた。


「誰かの為に一生懸命になれる君が好きだ。だけど、その為に自分を犠牲にして欲しくない」


ハヤセの言葉に、優里は苦笑いをした。


「犠牲だなんて……そんな大げさな話じゃないよ。落とし物を届けただけ」


「君の全ての行動に対して言ってるんだよ」


「優一郎……君……?」


優里はハヤセがそう言う意図がわからず、首を傾けた。訳がわからないといった表情をしている優里に、ハヤセはフッと笑うと、腰を上げた。


「とにかく、僕はいつでも君の味方だ。君が望む事なら、何だって協力するからね」


「うん……? ありがとう……」


「よし! じゃあアリシャの診察を始めるから、アンシュの事お願いしてもいいかな?」


「うん。あ、でも、薬草が足りないんでしょ?」


「足りないのはストック分で、今日の治療分はあるから大丈夫」


ハヤセはそう言って、部屋を出てアリシャの元へと向かった。



アリシャが治療を受けている間、アンシュの面倒を見るのは優里の役目だった。アンシュは今朝から、あからさまにユーリを避ける事はしなくなり、会話はなかったが、優里のそばで大人しくしていた。

アンシュはベッドの下からお菓子の空き箱を取り出すと、その中に入っていた手紙の様なものを手にし、じっと読みふけっていた。

その様子を見た優里は、アンシュに話しかけた。


「それ、手紙? アンシュ、字が読めるの?」


優里の問いに、アンシュは手紙から目を逸らすことなく答えた。


「父さまが旅に出る前に教えてもらった。手紙を書くから、母さまによんで聞かせてやってくれって」


「あ……」


優里は、シュリが旅の途中で何度か手紙を出していた事を思い出した。それを、目が見えないアリシャの代わりに、アンシュが読んであげていたのだと知った。


「ぼくは……お前がここにくる前から、お前のことをしってた」


「え?」


「父さまがくれる手紙には、とちゅうからお前が出てきたからだ。おもしろい女と出会って、共に旅をすることになったって……」


「えっ、そう……だったの?」


けれど、初めてこの家に来た時、明らかにアリシャは優里の存在を知らなかった。アンシュは手紙を持っている手にギュッと力を入れ、疑問に思っている優里に言った。


「ぼくは、母さまに手紙をよんで聞かせるとき、お前のことが書いてある部分をあえてはぶいた。父さまの手紙をよんで、父さまがお前にどんどん夢中になってるのがわかった。そんな父さまをしったら、母さまが悲しむと思った……。けど、悲しんでいたのはぼくだけだった」


「アンシュ……」


優里は、胸がズキリと痛むのを感じた。アンシュは優里の方に顔を向けると、諦めた様に少し笑った。


「もういい。ぼくは父さまなんかいらない。ぼくには初めから、“父さま”なんていなかったのだから」


アンシュはそう言って、読んでいた手紙を無造作に箱に放り投げると、ごろりとベッドに横になった。

優里はかける言葉が見つからず、黙ってアンシュを見つめる事しか出来なかった。


(ダメだ……私は……こんなアンシュから、シュリさんを奪う事なんか出来ない)


優里の頭の中にある考えが浮かび上がり、胸の前でギュッと拳を握った。

そして、ハヤセが言った言葉を思い出していた。


『自分を犠牲にして欲しくない』


(犠牲……でも、これは犠牲じゃない。私の希望だ)


しばらく考え込んでいた優里は、アンシュの机から紙とペンを借りた。そして何かを書いた後、それをポケットに忍ばせると、そっと部屋を出て隠密のスキルを発動し、調合室に忍び込んだ。部屋の棚には様々な薬が並んでいて、その中からいくつかの薬瓶を手にした。


(これが、シュリさんが作ったユニコーンの角を使った解毒薬だ。前に見た事がある)


優里はその瓶を懐に入れ、そのまま裏庭まで行き、隠密のスキルを解くとクロエを呼んだ。 


「クロエ……お願いがあるの」


思い詰めた様な表情をした優里に、クロエはただ事ではない何かを感じた。


「どうなさったんですの、ユーリ様……」


優里は、今自分が思いついたある考えを、クロエに話した。クロエは息をのんで、優里の両肩に手を置いた。


「ユーリ様……! 本気で言っているんですの!? そうなったらユーリ様は……!」


「本気だよクロエ。ちゃんと考えた。貴方が言った事を、ある意味実行する事になるけど……。だから、貴方にはちゃんと私の考えた事を理解して欲しくて……」


「ユーリ様……」


優里の紫色の瞳は、何かを決意したかのように強い光を放っていた。クロエは困惑しながらも、大きく息を吐き優里と目を合わせた。


「わたくしはユーリ様の忠実なる(しもべ)です。(あるじ)の意向に従いますわ」


「……ありがとうクロエ……」


優里はそう言うと、森へと目を向け、クロエと共に歩き出した。



森に少し入った所で、優里とクロエはある人物を待っていた。すると、薬草を摘みに行ったというリヒトが、こちらに向かって歩いて来るのが見えた。


「ユーリさんにクロエさん、どうしたんですか?」


「リヒト君を……待ってたの」


「俺を?」


優里はリヒトを真っ直ぐ見つめると、あるスキルを発動した。


「!?」


優里の瞳が紫色に光り、リヒトはその真っ直ぐな視線から目を逸らせなかった。


「ユーリ……さ……」


リヒトの体が紫色の光に包まれ、その意識はたちまち優里に掌握された。リヒトが手にしていた薬草が入った袋が手から滑り落ち、足元に転がった。


「ユーリ様……リヒトは今、ユーリ様の(しもべ)です」


それは、以前取得した“使役”のスキルだった。そのスキルは対象者を意のままに操るというスキルで、命令を実行すれば元に戻り、その間の記憶は対象者には残らないというものだった。


クロエの言葉に、優里はごくりと喉を鳴らし、虚ろな瞳で目の前に立つリヒトに話しかけた。


「……リヒト……君?」


「はい」


「こんな……こんな事してごめんね……。でも、どうしても、リヒト君のその能力(ちから)が必要なの」


「何なりとお申し付けください」


温度のない声色でそう言ったリヒトを見つめると、優里は一度目を伏せた。そして、何かを断ち切るように顔を上げ、“命令”を口にした。


「シュリさんから……私の記憶を消して欲しいの」



月・水・金曜日に更新予定です。

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