124 ふたりの父
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何かの気配を感じ取った猫は、優里に言った。
『ユーリ、誰か来るみたいじゃ。わしはもう行く』
「え? 誰かって?」
『おぬしの魔力を辿っておる者がいる。また星を取得したら呼べ』
猫は、そう言って虹色の光に包まれた。
「猫さ……」
優里が一歩足を踏み出した時、突然目の前にクロエが現れた。
「ユーリ様!」
「ひゃあ!」
優里は驚いて、思わず悲鳴を上げた。
(誰かって……クロエの事だったんだ!)
「クロエ!? なんでここに!?」
優里がそう言うと、クロエは不服そうな顔をして優里を見た。
「ユーリ様、お困りの時はすぐにわたくしを召喚して下さいまし! わたくしはユーリ様の魔力を操れるので、ユーリ様が呼ばなくともこうしておそばに来る事が出来ますが……本来なら僕のわたくしは、召喚者の意向無しではお助けする事は御法度なんですのよ!」
「うっ……ご、ごめん……」
クロエの迫力に、優里はたじろきながら謝った。
「あっ、あのねクロエ、実は私、魔力制御が出来るようになったの!」
優里の言葉に、クロエは目を見開いた。
「まぁ! さすがユーリ様! まだお若いのに魔力を制御出来る様になっただなんて……!」
「でも、クロエは相変わらず私の魔力を操れるんだね?」
「はい、わたくしのほうが、ユーリ様よりも魔力の扱いに長けているので……。ですが、先程も言った様に、わたくしはあくまでもユーリ様の僕ですので、召喚者であるユーリ様が望まないのであれば、勿論勝手に操ったり致しません」
クロエの考えを聞き、優里はクロエの手をギュッと握った。
「えっと、クロエは今まで通りでいて? 私……自分で言うのもなんだけど、考えなしの所があるから……クロエがいてくれて、いつも助かってるよ! 来てくれてありがとう」
優里がそう言うと、クロエは涙目になった。
「ユーリ様……! わたくしは、どこまででもユーリ様にお仕え致します!」
「うん、これからもよろしくね、クロエ!」
「ところでユーリ様、こんな所で何をしているんですの?」
クロエの質問に、優里はハッとした様に顔を上げた。
「そうだ! 実は、アンシュがいなくなっちゃったの! きっと迷子になってるんだよ! どうしようクロエ!」
オロオロとする優里に、クロエはふうと息をついた。
「ユーリ様……迷子はユーリ様の方ですわ。アンシュならすでに家にいましたよ?」
「え?」
優里は、クロエからアンシュはずっとアリシャのそばにいたという事を聞き、ホッとしたと同時に悲しくなった。
(アンシュは……わざと私を森に連れて来たんだな……)
自分は置き去りにされたのだと気付き、優里は下を向いた。
「私……めちゃくちゃアンシュに嫌われてるね……」
落ち込む優里に、クロエは鼻息を荒くした。
「ユーリ様! こうなったら、リヒトに頼んでアンシュからシュリの記憶を消しましょう!」
「いや、絶対ダメでしょ!」
クロエの台詞に優里がつっこみを入れた時、足音が近付き名前を呼ばれた。
「ユーリ!」
優里が振り向くと、そこにはシュリの姿があった。
「シュリさん!?」
「ハヤセの千里眼と、お前だけを感知するという特殊スキルのおかげで場所を特定出来た」
(優一郎君のストーカースキルが役に立った……!)
シュリは優里に歩み寄ると、来ていたマントを優里に着せた。
「夜の森は冷える。早く家に帰ろう」
シュリに連れられ優里が家に戻ると、玄関の所でアリシャが待っていた。
「ユーリさん! 大丈夫!?」
アリシャはそう言って、優里の手を握った。
「あ、はい、全然大丈夫ですよ!」
(アリシャさん、手がすごく冷たい。心配して、ずっと外で待っててくれたんだ……)
「ごめんなさい、アンシュが……。いたずらにしてはやり過ぎよ、アンシュ。ちゃんとユーリさんに謝って」
アリシャの後ろに隠れるように、アンシュが下を向いたまま佇んでいた。それに気付いた優里がアンシュに声をかけようとしたが、それよりも一瞬早くシュリがアンシュの前に立った。
「アンシュ、なぜこんな事をした?」
「……」
シュリの問いに、アンシュは唇を噛んだまま黙っていた。
「アンシュ、お前は、ユーリが生気を吸わないと生きられないという事を知っていたはずだ。お前が今日ユーリにした事は、ユーリの命を危険に晒す行為だった。自分のした事をわかっているのか?」
「……わかってる」
アンシュはぼそりと呟いた。
「……なら、もう二度とこんな真似をするな。ユーリはわたしの大事な人だ。わたしはユーリを失いたくない。お前にも……傷付いて欲しくない」
シュリの言葉に、アンシュの瞳からボロボロと涙が零れ落ちた。
「シュ、シュリさん、私は全然大丈夫なので……。アンシュも、私は怒ってないから泣かないで」
優里はアンシュに向け優しく声をかけ、それを見たシュリがため息をついた。
「さあ、もう中に入ろう。そしてちゃんとユーリに謝るんだ」
シュリはそう言ってアンシュの頭を撫でようとしたが、アンシュはパシッとその手を払いのけた。
「こいつが死んでも、ぼくは傷つかない!! こんなやつ嫌いだ!! 大っ嫌いだ!!」
そう泣き叫んだアンシュに、シュリが大きな声を出した。
「アンシュ!!」
シュリの声に、アンシュはビクリと体を揺らし、泣きながら家の裏手へと走り去った。
「アンシュ!」
優里が追いかけようとしたが、シュリは軽く首を振り、優里を止めた。
「ほおっておけ。こんな時、アンシュが行く場所は決まっている。兄さんの所だ。頭が冷えたらちゃんと戻って来る」
優里は胸の前でギュッと拳を握ると、シュリの方を向いた。
「私、ほおってなんかおけません」
そう言って、優里はアンシュを追いかけ、シュリは再び大きなため息をついた。
「わたしは……間違った事を言ったか……?」
アリシャはそんなシュリの背中に手を当て、首を振った。
「子育てって難しいものよ。私とルドラも、貴方を育てるのに苦労したわ」
「……わたしは聞き分けのいい子供だった」
「ふふっ、そうね、聞き分けが良すぎて……苦労したのよ」
「どういう意味だ?」
アリシャは昔を懐かしむ様な表情をし、シュリに向き合った。
「シュリ、貴方は貴方の夢を犠牲にする事なんてない。貴方がそうであるように、私にも貴方を守りたいという意思があるのよ。“聞き分けのいい子”なら、私の言葉にも耳を傾けて」
「アリシャ……それは……」
「シュリ、貴方はもう大人だし、そして自由よ」
シュリはアリシャの言葉を聞いて黙り込み、優里とアンシュが走り去った方を見つめた。
シュリの言った通り、アンシュはミモザの木の苗木の前にうずくまっていた。
優里がそっと近付くと、アンシュは下を向いたまま叫んだ。
「来るな!! お前なんか嫌いだ!!」
優里は立ち止まり、短く息を吸うと優しく話しかけた。
「アンシュ……シュリさんは、私が死ぬ事じゃなくて、貴方が誰かを殺す事で、貴方自身が傷付くって思ったんだよ」
優里の言葉に、アンシュは顔を上げ振り向いた。
「そんなことはわかってる。お前が父さまを語るな」
「アンシュ……」
目の前の小さな子の大人びた喋り方はシュリそっくりで、優里は、アンシュがどれだけシュリを尊敬し、シュリがどれだけアンシュに愛情を注いできたのかを、瞬時に理解できた。
「お前は父さまをここから連れ出すつもりなんだ」
「え?」
優里が訊き返すと、アンシュは涙を溜めた水色の瞳で優里を睨んだ。
「母さまがお前にお願いしてた。父さまを連れ出せって……」
(アンシュ、この前の私とアリシャさんの話を聞いてたんだ……!)
「父さまだって、お前のことが大事だって言って……じゃあぼくは? ぼくのことは大事じゃないの? ぼくのことはほっといても平気なの!?」
「違う! 違うよアンシュ!」
優里は必死で否定しようとしたが、アンシュは声を荒げた。
「何が違うんだ! 父さまは……ぼくのことは大事じゃないんだ! だからぼくを置いて行くんだ! ふたりとも……」
優里は何か言おうと口を開いたが、アンシュが先に声を発した。
「どうして……」
アンシュの瞳から、大粒の涙がボロボロと零れた。
「どうしてぼくから父さまを取り上げるの……? ぼくには父さまがふたりもいるのに、どうしてふたりともぼくから離れていくの?」
「……っ」
優里は、アンシュの台詞に言葉を失った。アンシュは立ち上がると、優里の両腕を掴み泣きながら訴えた。
「今まで意地悪してごめん……。ごめんなさい。あやまるから……だから……だから、ぼくから父さまを取らないで……! お願い、ユーリ……お願いします……!」
「アンシュ……! やめて……!」
優里は思わずアンシュを抱きしめた。
「ぼくはただ……父さまにそばにいて欲しいだけなのに……どうして……」
アンシュは優里の腕の中で泣き崩れ、優里は何も言えず、ただアンシュを抱きしめる事しか出来なかった。
月・水・金曜日に更新予定です。




